ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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255話

 

 

午後の特別訓練が始まった。

千佳はいつものようにまず複数のトリオン兵を()()()()倒す訓練を行い、同時に8体のトリオン兵が現れても慌てることなく順に倒していくことができるようになっている。

1回目の訓練時には装備しているトリガーがB級ランク戦の時のままであったために対処できずにいたが、2回目ではトリオン兵に対応できる装備に変えたことでツグミの指示なしでミッションクリアできるようになった。

3回目ともなればどういった状況でも自分の判断で攻撃手段とタイミングを決めることができ、これで対トリオン兵に関する訓練は終了としても良いだろう。

続いて()()()対人戦闘訓練である。

敵が狙撃手(スナイパー)の位置を把握しているのであれば、接近してくる際にシールド等の防御手段を講じていて、射程距離に入ったところで防御から攻撃に回るというもの。

狙撃手(スナイパー)として千佳は接近されたらアウトであるから遠距離攻撃できるという優位な点を活かす戦い方をするしかない。

アイビスなら破壊力は問題ないが弾速は劣る。

ライトニングなら弾速に申し分はないがシールドでは防がれてしまう。

その点イーグレットなら攻撃力と弾速のバランスが良いから使用する武器(トリガー)としてはベストな選択といえる。

問題は彼女がノーマルな弾を撃てないということ。

追い詰められた状況でなら撃つこともできるようになったものの、まだ実戦で使えるレベルではない。

ライトニングによる鉛弾(レッドバレット)狙撃もB級ランク戦では通用したが、この対人戦闘では弾速が落ちてしまうことで当てることはできなかった。

こればかりは訓練で腕を上げれば良いというものではなく、ノーマルな弾を撃てるようになるしかないのだ。

この問題の解決には千佳の「心の問題」を先に解決しなければならず、そのためにツグミは千佳本人だけでなく自分自身にも痛みを伴う荒療治を施してきた。

そして最終手段として「周囲の人間はあなたが思っているほど怖くはない。誰もあなたを責めはしない」のだと理解させるために栞たちの協力を得て「自分から近付いていけないのなら、周りの人間が近付いていく」ことにした。

栞の話によると千佳を交えた女子会の手応えは良好なものだというから、一歩進んだと言えるだろう。

そこで千佳には内緒で栞、国近、月見の3人に訓練を見守ってもらい、撃つことができたら大いに褒めてあげることになっている。

おまけに栞らの訓練指導を任されていたレイジも一緒に来てくれたのなら()()()()()()()()()()()()効果は栞たちだけの時よりははるかに大きいはずだ。

 

[雨取隊員、今から5分後に4人の人型を同時に出現させます。条件は前回とまったく同じなんですから、どう対応すれば良いのかわかるはずです。前回のような無様な姿をわたし()()に見せないよう戦ってください]

 

[了解しました]

 

4人の人型の内ふたりは(ブレード)トリガーを持つトリガー使いで、ふたりは簡易トリオン銃を持つ一般兵であり、出現場所も前回と同じであるから自分の至らなかった点を反省してどうすれば良いのか考えていれば対応は可能だ。

千佳は遠征艇の上にジャンプすると敵がやって来る方向に向けてエスクードを起動、その背後に隠れながらイーグレットを構えた。

 

「雨取は玉狛での訓練で的を人間の姿に似せたものに変えて撃つ練習をしていた」

 

レイジがツグミに言う。

 

「素の弾を撃てるようにとあいつなりに努力はしている。誰だって人間の姿をしているものを撃つことには抵抗があり、それはもう慣れるしかない。だから長い目で見てくれたら ──」

 

「長い目で見ていてアフトクラトルへの遠征に間に合うという保証があるのならいいですよ。木崎隊長が保証してくれるんですね?」

 

ツグミはわざとレイジの言葉を遮り、さらに厳しい口ぶりで訊く。

 

「それは…」

 

「無責任な発言は控えてください。それにわたしだって彼女が努力していることは良く知っています。ですがその努力は誰もがやっていることで、狙撃手(スナイパー)に限らず他のポジションの隊員だって撃つとか斬ることで人間の姿をした敵を倒すことができなければ防衛隊員をやってはいけません。誰もが乗り越えた壁をいつまで経っても越えられないのは本人の心の問題なんです」

 

「……」

 

「鳩原さんの『撃てない』は自分の手で人体を破壊することに対する嫌悪感と罪の意識によるものでした。だから本人が自分の意識を変えようとしなかったことで自滅してしまったわけです。一方雨取隊員の『撃てない』は自分が撃つことで周囲の人間が自分に対して悪意の感情を向けるのではないかという勝手な思い込みが原因です。優れた能力を妬まれるということは世間でも普通にあります。でもそれは努力もせずに他人のことを羨むことしかできない愚か者たちの戯言で、そんなものは気にせず受け流せば良いというのにそれを深刻に受け止めてしまって悩んだり苦しんだりするから卑屈になってしまうんです。雨取隊員はその典型的なもので、意識改革ができれば彼女の抱えている問題の大部分は解決するでしょう」

 

「……」

 

レイジも千佳の「撃てない」が心の問題であることは良く理解しており、なんとか解決してやりたいと考えていた。

しかし彼女の過去の経験を知っているからこそ彼女の「傷」に触れないよう臆病になっていて、親身に接しているつもりでいて実はよそよそしい態度になってしまっていたのだ。

他人の心が見えないと不安になったり怯えたりするのは誰でも同じなのだが、彼女が極端なのは過去の経験によるものが大きく、他人のことを知ろうとするのではなく他人との距離を保つことで自分の身を守ろうとすることが癖になってしまっていた。

玉狛支部の先輩たちが彼女を甘やかし放題であったことは彼女に自分に対して好意的な人間だけが住んでいる「玉狛支部という小さくて居心地の良い世界」を与えてしまったのだった。

だから余計に玉狛支部以外の「外の世界」との関わりが本部基地で行われる狙撃手(スナイパー)の合同訓練だけになり、そこでも同世代の出穂とユズルとは親しくなっても他に大勢いる先輩たちとの交流はほとんどなかった。

それは彼女が外の世界に踏み出したと言うよりも自分に都合の良い自分にとって優しい世界にふたりを引きずり込んだだけであり、B級ランク戦Round7の後にヒュースが「千佳は撃てる」発言をしなければ、彼女は撃てないことを許されたままでいたことだろう。

 

「撃とうと思えば撃てるかもしれないけど…わたしのトリオンで人を撃ったらみんなにどう思われるんだろう…。ずるいって思われないか…こわいって思われないか…恨まれないか…それがこわい…」

「でも修くんや遊真くんにはだめなやつって思われたくなくて、だから一生懸命やるけど、自分は人を撃てないんだ、他の人より弱いんだって思い込んで…、だから許してくださいって…」

「だけどヒュースくんに、わたしが撃たなかったら修くんや遊真くんが死ぬかもって言われて、それならきっと相手が人間でも撃つってわたしも思った…。ふたりを助けたいし、それよりもっと『お前が撃たなかったせいで』って誰かに思われるのが恐いから…。わたし…わたしは結局いつも、自分のことばっかり考えてる…」

こういった千佳の本心は他人を疑う気持ちから生じるもので、自分可愛さに修や遊真ですら騙していることになり、そのことがさらに罪の意識となる。

そんな状況を本人もダメなことだとわかっていたのだが、レイジと栞は肯定してしまった。

こんなダメな自分すら受け入れてくれる人たちを裏切ることはできないと考えて千佳は修たちと一緒に戦おうとするものの、撃てば誰かが自分をずるいと言い、恨むのではないかという怯えは消えることはない。

だから鉛弾(レッドバレット)狙撃という「修たちと一緒に戦うけど、誰かに恨まれたくはないから小手先の技で誤魔化す」ことで済ませてしまったのだった。

レイジや栞が師匠や先輩として千佳を大切に思うことは間違っていない。

むしろ当然のことなのだが、誰かが必ずそばにいて守ってやれる保証がない以上は防衛隊員として「最低限自分で自分の身を守る」技術と心構えを持てるように鍛えることこそが先輩としての役目だったのだ。

 

「まあ、見ていてください。木崎隊長は狙撃訓練という表向きの彼女の変化しか知らないでしょうけど、彼女の心の中の変化があったことはこの訓練でわかるはずです。ね、シオリさん?」

 

ツグミが栞に話を振ると、栞は微笑みながら頷いた。

 

「うん、きっと大丈夫。当たっても当たらなくても素の弾を撃つ気概を見せるかどうかが重要で、撃つという行動を見せたらそれだけで褒めてあげちゃう」

 

「ええ。エスクードを展開し、イーグレットを使おうとしている時点でもう鉛弾(レッドバレット)は使わないという覚悟を見せてくれています。イーグレットなら射程が長いですから初弾が当たらなくても心が折れずに何度もトライすれば当たるでしょうし、敵もそう簡単に近付けないと意識せざるをえなくなります。一般兵は簡易トリオン銃のみで防御手段はありませんが、トリガー使いはシールドを展開して接近してきますから威力の弱いライトニングではなくイーグレットを使うのは良い選択です。…さあ、始まりますよ」

 

 

ツグミの言葉でその場にいた全員が一斉にモニターに注目した。

それまでは千佳の様子のみが映っていたが、敵兵が現れると同時に2画面になり、それぞれの様子が映し出される。

 

[さあ、敵が現れました! 雨取隊員、遠征艇にいる仲間をあなたひとりで守ってください]

 

[了解しました!]

 

千佳は敵のいる方角にイーグレットを向け、照準器(スコープ)を覗き込む。

その姿は前回の()()に怯えていた様子とは一変していて、これまでの迷いを吹っ切ったような清々しい表情をしており、それは師匠のレイジですら初めて見たものだ。

 

「雨取隊員の有効射程距離は約500メートルですから、簡易トリオン銃の射程に入るまで400メートルあります。これなら4人とも倒せる時間的余裕はありますし、何発か撃ち損じても慌てなければクリア可能なミッションです」

 

敵の出現位置は遠征艇から700メートル離れた場所であるから、千佳の射程に入るまで200メートル。

遮るものはなく真っ直ぐに向かって来る敵の姿は照準器(スコープ)の中に映っているはずなので、真面目にコツコツと訓練を重ねてきた彼女なら撃ち損じることはない。

もちろんこれまでそれができなかったのは技術的な面ではなく心の問題であったわけであるから、その心の問題を解決できたのであれば撃てないはずがないのだ。

 

敵が450メートルまで近付いた地点で千佳が撃ったノーマルな弾はトリガー使いの内のひとりの右肩に見事命中した。

対象は握っていた(ブレード)トリガーを落とし、それを拾っている内に他の3人と離れてしまう。

それを見守っていたコントロールルームにいたツグミたちは歓声を上げた。

 

「やった!!」

 

千佳が誰にも命じられず自分の判断で人を撃つことができた瞬間である。

致命傷にはなっていないが、追い詰められずとも人を撃つことができたというのは彼女にとって大きな前進だ。

その様子を見ていたレイジと栞も嬉しそうな顔で弟子や後輩の新たな一歩を祝福しているようであり、同時に肩の荷が下りて安堵したという表情にも見えた。

 

「まだ倒してはいません。ここで自信を失ってしまったら前回と同じことになりますが、今日の彼女は諦めていません。ほら、次を撃ちますよ」

 

千佳は次弾を撃つ。

同じトリガー使いを撃ち、今度は胸部に当たったものだから換装が解けてしまって生身の状態になる。

こうなると戦意を失い、もうこれ以上対象を撃つことはなく無力化できたと言って過言ではないだろう。

残るは3人。

敵はすでに300メートル以内に入って来ていて、あとひとりでも倒しておかないと後が面倒になってくる。

次の千佳の標的(ターゲット)もトリガー使いであった。

 

「やはり接近されると面倒な攻撃手(アタッカー)を先に倒してしまおうということですね。これは正しい判断だと思います。それにトリガー使いを倒してしまえば残りは一般兵ふたり。どちらも装備は簡易トリオン銃だけで防御手段はありませんから、いくら一対二といってもエスクードで防御できる雨取隊員は不利とは言えません。前回はライトニングによる鉛弾(レッドバレット)狙撃でしたから弾速が落ちてしまって敵に回避されっぱなしで、結局防御に徹してしまったために反撃できずに終わってしまいました。今回は鉛弾(レッドバレット)は使わないようですから、いざとなればライトニングに持ち替えて戦うんじゃないでしょうか。生身の敵相手なら威力よりもまず当てることが重要ですからね」

 

ツグミはそう考えていたが、実は千佳が単に生身の人間を撃つことにまだ抵抗があっただけなのだ。

いくらコンピュータで再現したものであって本物ではないとわかってはいても、生身の身体だと言われてしまうと躊躇してしまうもの。

生身の身体だと弾が当たれば本物のように血が出たり死んでしまう光景が目に映ることになるだろうと想像するだけで血の気が引いてしまうのも無理はない。

しかしボーダーの弾丸トリガーでは実際はそんなことにならず気を失って倒れるだけなのだが、ひとまずトリオン体に換装しているトリガー使いから倒してしまおうということなのである。

ツグミの考えとは違った理由であったが、展開は彼女の推測していたとおりになった。

 

250メートルまで近付いた地点で、今度は1発でトリガー使いを倒した。

彼はシールドを展開していたものの、千佳のイーグレットを防ぐことができずに頭部を打ち抜かれたのだ。

トリガー使いふたりを倒した時点で一般兵は2方向に分かれ、北西側と南西側からそれぞれ接近する。

これは予め残敵がふたりになった場合は2方向に分かれて接近するようにプログラミングしてあったもので、千佳はそれぞれに対応できるようにエスクードを2枚展開し、ライトニングに持ち替えて若干近い南西側の敵と対峙した。

ライトニングに持ち替えたこともツグミの推測どおりなのだが、理由は単に威力が弱い分敵へのダメージが小さくなって、同時に千佳の自分の心に受けるダメージも減らそうという魂胆なのである。

そうとは気付かないツグミは千佳の対応力に感心していた。

 

しかしすべてが完璧に上手くいくはずがなく、千佳が南西側の敵を相手にしている間に北西側の敵に接近されてしまいゲームオーバーとなってしまったのだった。

落胆する千佳だが前回の訓練ではひとりも倒すことができなかったのだから格段に上達したと言ってもいいだろう。

緊急脱出(ベイルアウト)してコントロールルームへと戻って来た彼女を栞たちが出迎えた。

千佳はそこに栞たちがいるということを知らなかったので驚いて目を丸くしている。

 

「千佳ちゃ~ん、よく頑張ったっね~!」

 

栞が千佳に抱きついて頭を撫で回して言う。

 

「栞さん、見てくれていたんですか?」

 

「そうだよ~。千佳ちゃんがイーグレットを構えて敵を撃つトコ、ちゃんと見てたよ~」

 

「でもふたりしか倒せませんでした」

 

「たしかにそうだけど、千佳ちゃんは自分の意思で人を撃ったんだからそれだけで十分だよ。ね、みんなもそう思うでしょ?」

 

栞が同意を求めると国近と月見がそれぞれ言う。

 

「そうだよ~。これまで人を撃つことに戸惑っていた千佳ちゃんが人型の敵を撃てたんだから、それは十分評価できることだよ~」

 

「雨取さんの努力が報われたのは間違いないわ。今回はダメだったかも知れないけど、次の訓練までには腕を上げてクリアできるわよ」

 

そして最後にレイジが千佳に近付いて言った。

 

「おまえなら必ずできるようになる。俺はずっとおまえの師匠として見守ってきたからわかる。昨日より今日、今日より明日、着実に前進している。これで人を撃つことを恐れず…いや、人を撃ったことで周囲の人間が自分をどう思うかなどということを恐れずに戦うことができるようになったはずだ」

 

「木崎さん…」

 

「遠征メンバーの中で遠征艇の防衛の中心となるのがおまえだと全員が知っている。その上で誰もおまえの戦力を不安に考えてはいない。おまえなら必ず守ってくれると信じているんだ。C級を取り返すために敵地に乗り込むのが俺たち本隊で、その俺たちの帰る場所である遠征艇を守る役目を負っているのがおまえだ。どちらが楽でどちらが大変な任務だというわけではない。どちらも重要な任務で、お互いが相手のことを信頼していなければこの遠征の成功はありえないんだ。本隊のメンバーがおまえを信頼しているんだ、おまえも本隊のメンバーのことを信頼しろ。たぶん俺の言葉だけでは足りないだろうから、次の俺たちの訓練の時におまえも参加してみたらどうだ」

 

「わたしが本隊の人たちと一緒に…?」

 

千佳はすかさずツグミの顔を見た。

それは「わたしが参加してかまわないのか?」という意味である。

 

「別にいいんじゃないかしら。本隊メンバーの訓練は東隊長が責任者だから、木崎隊長から頼んでもらって参加させてもらえばいい。もちろん午後の訓練にも出席してもらうけど」

 

「もちろん出席します。…では木崎さん、東さんに頼んでください。わたしも本隊のみなさんの戦いぶりを見せてもらって参考にしたいですし、わたしも戦力のひとりとして不足のないように頑張っていることを知ってもらいたいです」

 

「わかった」

 

そう言ってレイジは千佳の頭に手を置いて撫でる。

 

「本当に頑張ったな。おまえの努力は必ず報われる。だからこれからも努力を怠るな。これがゴールじゃない。これがスタートなんだ」

 

「はい!」

 

千佳は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて返事をした。

 

「じゃあ、俺たちはもう行く。宇佐美たち遠征艇居残り組の訓練はこれからだからな」

 

レイジの言葉を聞いて千佳は驚いた。

 

「それじゃあ、わたしの訓練を見るためにわざわざ…?」

 

「ツグミちゃんに頼まれたんだよ」

 

レイジに代わって栞が答えた。

 

「ツグミちゃんに訓練を見に来てほしいって言われたからね。そして千佳ちゃんが人を撃つことができたらその場で褒めてあげてくださいって頼まれたんだよ」

 

「え?」

 

「人を撃つことは責められることではなく褒められること、ミッションクリアして遠征艇を守ることができたらそれはアタシたちを守ることができた証であるということで、あなたに『他人の役に立った』という意識を持てるようにさせたいんだって言ってた。まあ、今回はミッションクリアできなかったけど、これがもし実戦だったらアタシたちが援護したから敵は全滅して遠征艇は守れたはずだよ。そういうことだから今日の訓練のことは気にしなくてもいいと思う。でもどこをどうしたら良いのかは反省して次回のために役立てる必要はあるけどね」

 

「はい、わかりました。栞さん、国近さん、月見さん、そして木崎さん、今日はわざわざわたしのために時間を割いてくださってありがとうございました」

 

千佳はそう言って4人に深々と頭を下げた。

そして彼女たちを見送ると、今度はツグミに向かって頭を下げて言う。

 

「ツグミさん、どうもありがとうございました。あなたの助言がなかったらわたしはまだ人を撃つことができなかったと思います。あの夜…あなたが自分の知られたくない過去まで曝け出してわたしのことを何とかしようとしてくれたのに、わたしは甘やかしてくれる木崎さんや栞さんの方へと流されてしまいました。手を差し伸べてくれたのに、それを振り払ってしまったようなものです。そんな失礼なことをしたわたしのことを見捨てず、こうして何度もわたしを引っ張り上げようとしてくれたからこそ、わたしはやっと自分の意思で恐れることなく人を撃つことができました」

 

「うん」

 

「まだこれは訓練で本物の人間ではありませんから正確には人を撃つことができたとは言い難いです。でもこれが第一歩で、それをみんなが喜んでくれたことは今後の励みになります。今日のこの気持ちを忘れないようにしてもっと頑張って訓練を続けますので、今後共どうぞよろしくお願いします」

 

「いい心構えだわ。その分なら次回の訓練ではこの4人のミッションはクリアできそうね。だけどそれを見ることはできそうにないのよ」

 

「え? それはどういう意味ですか?」

 

「実はあなたの訓練の指導をするのは今日でおしまいなの。ああ、でもわたしの後任は木崎隊長になると思うから心配いらないわよ」

 

4月1日に近界(ネイバーフッド)へ出発するので、30日は支度で忙しくて訓練の指導どころではないのだ。

もちろん彼女がゼノンたちと近界(ネイバーフッド)へ行くことは内緒だから詳しいことは言えない。

千佳が事実を知る頃にはツグミはもう近界(ネイバーフッド)で旅をしているはずだ。

 

「とにかくわたしができることはここまで。後は自分の力で自分のやるべきことをやるだけよ。頑張ってね。…じゃ、残りの時間はどうする? 人型の訓練を続ける? それともトリオン兵の数を増やしての訓練がいい?」

 

「人型でやります。ツグミさんに指導してもらえるのが今日までなら、今日中にミッションクリアしてみせます!」

 

「いい覚悟だわ。じゃあ、15分の休憩後に同じ条件でやってみましょう」

 

「はい!」

 

やる気に満ちている千佳の姿を見ていたツグミにはもう不安はなかった。

 

(もう人が撃てないことで悩んだり怯えたりすることはないわね。これで憂いなく近界(ネイバーフッド)へ行くことができそう。本当によかった…)

 

 

 

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