ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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260話

 

 

近界(ネイバーフッド)の国々の文明はトリオン技術を中心としたものですけど、庶民の暮らしはトリオンを使わない部分が大きいですよね」

 

ツグミはそばで薪を割っているリヌスに話しかけた。

その会話を迅は薪をかまどにくべながら興味深げに聞いている。

 

「街に住むある程度の恵まれた階級の人はトリオンを使用した暖房器具を使っていても、貧しい人たちはこうして自然にある木材を使うしかない。玄界(ミデン)でも昔は同じようなものでしたが、今ではその格差もだいぶ減ってきています。近界(ネイバーフッド)ではその国土の性質上、地球のように古代の生物が化石燃料となる仕組みはなさそうだから、限られたトリオンに頼るしかないんでしょうね。そこを改善できたら庶民の暮らしもだいぶ楽になるんでしょうけど、そのためには代替えエネルギーが必須。幸い近界(ネイバーフッド)の太陽でも発電ができるみたいですから、この技術を導入すれば暖房器具と家の照明くらいなら利用できそう」

 

ツグミの言う太陽光発電は、メノエイデスに到着してすぐに玄界(ミデン)から運んで来たソーラーパネルとポータブル電源装置を繋いで発電をしてみたもので、順調に蓄電できていることから「利用できる」と判断した。

もっとも太陽光発電が可能であるとわかっただけで実用化はまだずっと先のことにはなるのだが。

 

「そうなるといいですね。キオンはもっと寒い国ですから、暖房用のエネルギーとして使えるなら大いに役立ちます。総統閣下は目新しいものが大好きで、自国の利益となるとわかればどんなものでも導入しようという積極性がありますから、きっとこれを見れば喜んで欲しがることでしょう」

 

「そうなるといいんですが、交渉に上手く持ち込めるかがポイントです。なにしろわたしはミリアムの(ブラック)トリガーの適合者で所有者。20年以上もかけてずっと探していた『お宝』ですから疎略には扱わないでしょうけど、対等な立場での話し合いに応じてくれるかどうかは別物ですからね」

 

「ですがあなたならきっと総統閣下に気に入られますよ。あの方は内容は別として堂々と自分の意見を言える人間のことが好きですからあなたに会いさえすれば話を聞く気になるでしょうし、話を聞けば興味を抱いて後はあなたの思うがままです。その状況に持ち込めるよう、我々が全力でフォローします」

 

「はい、よろしくお願いします。…っとゼノン隊長たちが帰って来たみたいです」

 

ツグミは茂みの奥の方にふたつの大小の人影を見付けたものだから、それをゼノンとテオだと思ったのは自然な流れだ。

しかしリヌスは即座にトリガーホルダーを握り、近付いて来る音の方を睨みつけた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「隊長たちの行った川は反対側、あなたの背後です」

 

つまりツグミの正面から彼らが戻って来ることはありえず、ふたつの人影は明らかに別人のものということだ。

その言葉に反応し、ツグミと迅もトリガーホルダーを握って正体不明の人物のいる方を振り返ってじっと見つめた。

 

「え? …どうして? 何であのふたりが…?」

 

ツグミは近付いて来たふたりの人間の顔に見覚えがあった。

ついさっき別れたばかりの少女を連れた青年で、今思えば以前にこの国で出会った青年と少女の顔は良く似ていた。

 

「何でさっき気付かなかったんだろ…」

 

ツグミは一瞬で緊張を解き、笑みを浮かべながら並んで歩いて来るふたりに笑顔で呼びかけた。

 

「エカ…それにウェルスさん、お久しぶりです」

 

「やっぱりきみだったんだね、ツグミ」

 

ウェルスは懐かしげな顔でツグミに近付いて来た。

 

「妹から話を聞いて、もしかしたらと思って探して来たんだ」

 

するとエカが慌ててふたりの会話に加わった。

 

「誰にも言わないって約束していましたけど、兄にバレてしまったんです。ごめんなさい」

 

「エカ、謝らなくていいわよ。それにしても意外な再会になりましたね、ウェルスさん」

 

「ああ。…それで、きみのそばにいるふたりがきみの旅の仲間かい?」

 

ウェルスが迅とリヌスのふたりを見ながら訊く。

 

「はい、そうです」

 

「ボーダーの任務として旅をしているのか?」

 

「今回はわたしの個人的な目的のためです」

 

「もしかして俺のせいで…?」

 

「いいえ、ボーダーはまだ続けています。ちょっとした処分はありましたけど、もうあの時の影響はまったくありません。ご心配なく」

 

「そうか、それなら良かった。俺を逃がしたせいできみが罰せられるのは確実だったから、どれくらい重い処分になったのかずっと気になっていたんだ」

 

「降格と遠征に参加できなくなったくらいです。わたしは優秀な隊員ですから上層部のメンバーも仲間もわたしを手放せないんですよ、へへへ」

 

わざと明るく言うツグミ。

そして彼女は振り返って迅とリヌスに事情を説明した。

 

「こちらの男性はウェルスさん。わたしが例の隊務規定違反をやらかした時の()()となった方です。敵ではありませんから安心してください」

 

ツグミの言葉を聞いて迅とリヌスはウェルスへの敵意を好奇心へと変えた。

それぞれトリガーホルダーを懐に戻し、ツグミの横に並んで挨拶をする。

 

「俺は迅悠一。こいつと同じボーダーの隊員だ」

 

「私はリヌスといいます」

 

ウェルスはリヌスの名とその佇まいから彼もまた近界民(ネイバー)、それも軍属であることを悟ったが、事情があるのだろうと思ってそのことには触れなかった。

 

「俺はメノエイデスの軍に所属しているトリガー使いのウェルス。この子は妹のエカ。ツグミ、ジン、先程は妹が世話になったそうですね。どうもありがとうございました」

 

頭を下げるウェルスにツグミが言う。

 

「世話っていっても大したことじゃないですよ。それにしてもわたしたちがここにいると良くわかったですね?」

 

「それは…軍の機密で教えることはできませんが、とある手段で一定の範囲内にいる人間の居場所を特定することができるんです。あの時のようなことにならないために敵国の侵攻をいち早く察知する必要がありますから。玄界(ミデン)の人間が他国へ行くための経由地にしているようで時々見かけることがあってもこちらに積極的に接触してこなければこちらも干渉せずにいました。ですから妹から玄界(ミデン)の人間が来ていると聞いても特に問題はないと思っていたところ、ツグミという名の少女だと聞いて大急ぎで駆け付けたという次第です」

 

ぜひ会いたかったというウェルスの気持ちが彼の言葉から感じられ、ツグミも思わぬ再会に嬉しくなってしまった。

ゼノンたちが戻って来るからといって火を焚いていたかまどで湯を沸かしていたのでちょっとしたお茶会もできそうだ。

 

「せっかくこうして再会できたんですからお話をしませんか? あとふたり()()がいるんですけど彼らが戻って来るまでまだ少し時間がありますから」

 

ツグミはあの事件の後、ウェルスが軍の中でどのような処分を受けたのかずっと気になっていた。

彼女の手を借りて脱出したわけだが、無事に帰還したことを素直に喜んでくれたなら良いのだが、いろいろと痛くもない腹を探られたのではないかと思うと申し訳ない気分になったのだ。

 

「俺たちはかまわないけど、いいのか?」

 

ウェルスは迅とリヌスのことを気にしているらしい。

そんな彼の様子を察したリヌスが迅を誘って席を外そうとする。

 

「ジン、艇の荷物の整理をしたいんですが手伝ってもらえますね?」

 

「あ、ああ…」

 

「では、一緒に来てください。…ツグミ、お客さんのことはあなたにお任せします」

 

そう言い残してふたりは艇の中へ消えて行った。

 

ツグミとウェルス、そしてエカの3人がかまどのそばのレジャーシートの上に座り、ツグミはウェルスにはコーヒー、自分とエカにはココアを作ることにした。

昼食後に飲んだ時のポットや紙コップをそのまま置きっぱなしにしてあったもので、ツグミが紙コップにインスタントコーヒーを淹れている様子をウェルスはじっと見ていた。

 

「ウェルスさん、あなたの好きなコーヒーの銘柄ではないですけど、こうしているとあの時のことを思い出しますね?」

 

「ああ。俺は捕虜となり周りは敵ばかりだったというのに、きみだけは俺に優しくしてくれた。その優しさを初めは俺を懐柔するための作戦だと考え、ずいぶんと失礼なことをしてしまったな」

 

「誰だってあの状況ならそう思います。わたしは全然気にしていませんよ。…さあ、どうぞ。熱いので気を付けてください」

 

ツグミはウェルスとエカにそれぞれ紙コップを手渡した。

 

「ありがとう。…うん、いい香りだ」

 

「ありがとう」

 

エカは紙コップに注がれた濃い茶色のドロッとした液体を不思議そうな顔をして匂いを嗅ぐ。

ココア独特の甘いに誘われて、彼女はそっと口を付けた。

 

「…!?」

 

エカにとって生まれて初めて経験した飲み物であったらしい。

彼女の顔はウェルスが初めてコーヒーを口にした時のものと同じで「何、この味。信じられない、すっごく美味しい♡」という声が聞こえてきそうだ。

 

「エカにはまだコーヒーは早いからわたしと同じココアにしたけど、その顔は気に入ってもらえたみたいね」

 

「はい、こんな甘くて美味しい飲み物、初めて飲みました! 玄界(ミデン)にはこういうものがまだあるんですか?」

 

「ええ。飲み物でも食べ物でも美味しいものはいっぱいあるわよ」

 

「いいな~。どんなものか想像できないけど食べてみたいな~」

 

頭の中で自分に想像できる範囲で美味しい料理を思い描くエカ。

そんな彼女の様子をウェルスは微笑ましく見守っている。

 

「ところで、ウェルスさんはあの後、どんなことになったのか話せる範囲でかまわないので話してもらえませんか?」

 

話を切り出したツグミにウェルスは何をどう言おうかと少し考えてから口を開いた。

 

「わかった。…きみが艇から逃がしてくれた後、俺は真っ直ぐに家に向かった。きみが『家族のもとへ帰って』と言ってくれたからな。そして家族を安心させた後に軍の詰所に帰還した。詰所では俺が玄界(ミデン)の兵士に捕らわれたということを本部の上官に知らせていたものだから、俺はすぐに司令部へと出頭したんだ」

 

「それで罰を受けたんですか?」

 

「いいや、そんなことはなかった。なにしろ捕虜とは戦争などで敵に捕らえられた人間のことであり、ボーダーは敵ではないのだから俺は捕虜には当たらない。それにあの時、俺たち末端の兵士にはボーダーの存在自体知らされてはおらず、そのせいで敵だと勘違いして交戦状態に入ってしまったわけで、俺たちときみたちボーダーが戦う理由はなかった」

 

あの時のメノエイデスの敵はヘルペトンという国で、偶然に居合わせたボーダーは事情を知らない末端の兵士たちと交戦してしまった。

幸いちょっとした小競り合い程度で済んだのだが、ボーダーとしても収穫なしで撤退することはできないと考えてウェルスから情報を引き出そうとしていたのだった。

 

「軍の上層部はボーダーの存在を承知していて、一部の人間は技術や情報の交換をしていたらしい。ボーダーも同様だったらしいがあんなことがあったせいで他国へ行く際の経由地として立ち寄るのみになってしまった。まあ、勘違いして攻撃を仕掛けた俺たちが悪かったわけで、玄界(ミデン)の人間が入国しても見て見ぬふりをすることにした。あの時以来、他国の艇の侵入に対して厳しい警戒態勢をとっているが、玄界(ミデン)の人間については黙殺している。軍のお偉方も頭が固い。こちらの非を素直に認めて謝罪してしまえば良いというのに自尊心が強くて部下の失態について謝罪したくないようだ。まったくバカバカしい」

 

「ええ、まったく同感です。こうしてわたしたち現場で動く人間は相手の事情さえわかればすぐに和解できるし、国の違いなんて関係なく仲良くなれるんですもの。お互いに相手の国の優れた部分を学び、自国の利益に繋げようとすることで双方にとって良い効果が生まれる。どちらか一方が得をしてもう一方が損をする関係じゃダメです。おまけにお偉いさん方の密約で結ばれているだけだったから、わたしたちみたいな下っ端が迷惑をしたんです。やっぱり庶民レベルの民間交流を活発にしないとダメですね」

 

ツグミとウェルスは国同士のトラブルに巻き込まれた当事者であるから強くそう思うのである。

 

「俺の方で話せることはこれくらいだが、きみの方はどうだったんだ? 罰が軽く済んだといっても上官のきみに対する印象は悪くなったんじゃないか?」

 

「わたしは自分が正しいと思うことをやっただけで、そのせいで他人からの評価が下がったところで何も気にしませんし、何より自分の正義を曲げることはありません。それにわたしのことを認めてくれる人もいますから、このようにボーダー隊員を続けていられるんです」

 

「きみはあの頃と全然変わっていないな。自分の信念というものを持っていて全然ブレない。俺は今でも自分のやっていることが正しいのかどうか判断に悩むことが多いというのに」

 

「わたしが自己中心的な人間だってことですよ。…人って本音と建前のふたつを使い分けなければならないですし、組織に属する立場だとやらなければいけないこととやりたいことが相反する場合もあります。だから判断に迷ってしまうんですよね? わたしはボーダーという組織の人間ですけど、その組織における自分の立場と自分にとって大切なものを比べて、そこで迷ってしまったら手遅れになって後悔することにもなりかねません。ウェルスさんだってエカやご家族を守るためだったら迷わずに行動できるはずですよ。メノエイデスの軍人という立場は大事でしょうけど、家族のこととなれば別。そうではありませんか?」

 

そう問われたウェルスは頷く。

 

「そのとおりだ。つまりきみは自分が後悔したくはないからその時点で自分にとって最優先でやるべきことをやっているということか」

 

「はい。重要な場面で選択をすべき時に正解がわからない場合、わたしはどれが正しいかではなく自分が後悔をしない方を選びます。後に結果が出て良いものとなれば万々歳ですし、悪い方に転がってしまったとしても悔いが残らないですから諦めもつくというもの。だからあの時わたしがあなたを脱走させたことはわたしが後悔をしない選択をし、そしてあなたに再会して結果は良いものになったと確信できました」

 

微笑みながらツグミが言うものだから、ウェルスもつられて笑みを浮かべた。

 

「俺もこれで胸のつかえが下りて安心したよ。…それにしてもこの艇は玄界(ミデン)のものではないし、さっきのリヌスという男は玄界(ミデン)の人間に似ているが近界民(ネイバー)だろ?」

 

リヌスのことが近界民(ネイバー)だとバレたものだから、ツグミの表情が険しくなる。

 

「いや、別に詮索しようというのではない。きみに俺の他にも近界民(ネイバー)の知り合いがいて、一緒に行動しているとしてもきみらしいなと思っただけだ。いちおう俺は軍人として他の国の人間が侵入したのだから捕まえて司令部に連行しなければならない立場だが、自分にとって大切なものと比べてみたらどちらを選ぶかは難しいことじゃない。俺にとって大切なものは任務よりも玄界(ミデン)の友人との友情だ。ここで友情を失うようなことになれば俺は一生後悔する。だったら侵入者があったことに目を瞑ればいい。俺は大切なものを守るために、そして俺の正義のためにここは軍命に背くことにする」

 

「ありがとうございます、ウェルスさん」

 

お礼を言って頭を下げるツグミ。

かつてツグミが隊務規定違反を犯したように、ウェルスも軍規違反を犯すことになる。

彼はツグミの「重要な場面で選択をしなければならない場合、わたしはどれが正しいかではなく自分が後悔をしない方を選びます」という言葉を聞いた上で出した答えであるから、それをツグミがやめろと言うことはできない。

ウェルスが彼女を友人と認めている以上、彼女にできるのはその厚意をありがたく受け止めることだけである。

 

ツグミとウェルスがふたりだけで話をしているので、エカは自分だけのけ者にされたような気分になった。

しかし彼女はふたりの間に割って入ることができないのだ。

 

(兄さん、なんだか楽しそう…)

 

初めのうちは深刻な内容であったものの、そのうちにお互いのプライベートな話を始めたものだから、自然と笑みも零れるというもの。

 

(それにわたしと話している時よりも浮かれているみたい。やっぱり女の子と話す方がわたしを相手にするよりもいいのね。だったら恋人を探して早く結婚すればいいのに。…って、そんな気配がないのはツグミさんのことを好きになって、今までずっと忘れられなかったからなのかしら?)

 

エカは勝手にそんなことを想像しているが、実際のところは過去の事件のことでお互い相手の心配をしていたがそのモヤモヤが解決したことで気分がスッキリしたからなのである。

だから相手が同性であっても同じだったのだが、男と女という組み合わせであったから彼女は勘違いしてしまったわけだ。

 

 

それから20分ほど話し込んでいたところにゼノンとテオが戻って来た。

明らかに近界民(ネイバー)とわかる顔つきのふたりを前にウェルスは警戒するかと思われたが、彼らがツグミの仲間であるなら他国の侵入者であっても敵ではない。

ゼノンとテオ、そしてウェルスは互いに名乗りあって挨拶をするが、それぞれ自分たちの立場を弁えているものだからあっさりとしていた。

続いてゼノンがツグミを促す。

 

「ツグミ、そろそろ出発をしなければならない時間だ。名残惜しいだろうが、きみにはやるべきことがあるのだろ?」

 

「はい、わかっています」

 

ツグミはワガママを言える立場ではないし、なによりも自分がやるべきことをやるために近界(ネイバーフッド)へと来たのだ。

旧友に会って親交を深めることよりも優先すべきことがある。

ウェルスも彼女の事情をわかっているから何も言わずにいた。

 

「ウェルスさん、エカ、もう行かなきゃならないみたい。旅の帰途で寄りたいとは思いますけどその約束はできません。でもいつかあなたたちに会うためにわたしはここに戻って来ます」

 

「ああ、わかっている。ここで俺たちが引き止められるとは考えていないし、きみがどこへ行くのかはわからないがわざわざ近界(ネイバーフッド)へとやって来たのはそれ相応の理由があるということはわかる。旅の無事を祈っているよ。そしてまた会おう」

 

「ツグミさん、今度は時間がたくさんある時に来て、玄界(ミデン)のことを教えてください」

 

エカがツグミにそう言うと、ツグミは微笑みながら答える。

 

「ええ。その時を楽しみにしているわ」

 

するとウェルスはエカの頭を軽くポンと叩いて言う。

 

「さあ、行くぞ。ツグミ、またな」

 

「メノエイデスにふたりの友人がいると思うととても心強いです。また会いましょう」

 

名残惜しいとは思いながらもウェルスとエカは家路に着いた。

 

 

彼らの背中を見送るツグミの表情は少し寂しそうなものであったため、テオがわざとおどけて彼女に言う。

 

「ツグミ、これを見てみろよ。この辺りにはこ~んなにたくさん野イチゴが実ってたんだぜ。今日はこれを賭けてブラックジャックで勝負だ!」

 

テオが見せたのはコンビニの弁当用に使うレジ袋いっぱいに入った野イチゴの赤い実であった。

薔薇のような大きな花をつけるためバライチゴと言われているもので、花はとてもキレイなため北米やヨーロッパでは観賞用として育てられている種類だ。

果実はやや酸味が強いのだが完熟すると酸味も減って美味しく食べられるもので、テオが採ってきたものは真っ赤に完熟していてとても美味しそうである。

なお、日本ではレッドリストに指定されていて食用にはできないどころか採取にも規制がある。

果物全般が大好物のツグミにとって採りたての野イチゴはご馳走だ。

 

「うわ~すごい! こんなにたくさん採るのは大変だったでしょ?」

 

「おまえに食わせたかったから頑張ったんだぜ」

 

喜ぶツグミの顔を見て顔をほころばせるテオ。

そんな彼にゼノンが言う。

 

「テオ、こっちへ来て暖をとれ。風邪、ひいちまうぞ」

 

「おっと、了解」

 

テオはすでに火にあたっているゼノンの向かい側に立つと手のひらを火にかざした。

 

「ううっ…暖けぇ…」

 

身体が冷え切っていたのをずっと我慢していたといった感じで、彼の様子を見たツグミはハッとした。

 

(そうか、わたしとウェルスさんたちが話をしていたところに帰って来たものの邪魔をしてはいけないと考えて離れた場所で時間潰しをしてくれていたんだ。それでついでに野イチゴを摘んで、わたしにお土産まで持って来てくれたに違いない。そうよ、水浴びをしに行っただけならそんなに長い時間かかるはずがないもの。寒いのにずっと我慢してくれたんだ…)

 

ゼノンとテオはそんなことを一切言わないが、それはツグミに気を遣わせないようにとの思いやり。

だから彼女もあえてこの件には触れないようにした。

それからツグミがゼノンたちにコーヒーを淹れてあげて、火の始末をきちんとすると撤退のために片付けを始めた。

 

 

30分後、遠征艇は(ゲート)の向こう側へと消えていった。

(ゲート)発生の反応はウェルスの家にあるレーダーに探知されていたが帰宅した彼の手によって記録は抹消され、その日の日誌には「異常なし」とだけ書き記されているのだった。

 

 





ウェルスは2年ちょっと前の事件の後、軍の上層部の秘密 ── 軍がボーダーと取引をしていたこと ── を知ってしまったことで特別な任務を与えられました。
それは軍の司令部でカバーできないエリアの監視で、ちょうど彼の実家のある場所が該当するもので彼がその任務を引き受けることになったのです。
彼の実家には軍の装備と同じレーダーが設置されていて、彼が公式に「なし」としてしまえば、ツグミたちがメノエイデスへ来たこともなかったことになります。
そういった意味でツグミは心強い味方を得たわけです。


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