ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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268話

 

 

入って来た時と同様に総司令部本庁舎の裏口からツグミたちは外へ出た。

 

「ゼノン隊長、サーヴァ総司令という方は若い頃ものすごいトリガー使いだったんじゃありませんか? それもかなりの(ブレード)トリガー使いとお見受けます」

 

ツグミが質問すると、ゼノンが不思議そうな顔をして訊き返した。

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「好々爺然とした風貌で、隙だらけのように見えて隙がない。古武士のような風格があって、おまけに軍の最高司令官なのだから若い頃にそれなりの活躍を見せたんじゃないかと思ったんです」

 

「今の言葉を伯父上に教えたら大喜びしそうだ。あの人は女性のことが好きだが、賢くて若い女性は大好きだからな。…ああ、別に女性が好きと言っても悪い意味ではなく、単純にさまざまな援助をしてやったり食事をご馳走したりと自分の娘か孫のように可愛がりたいだけなんだ」

 

「ああ、つまりパトロンということですか。なんとなくわかりました」

 

ツグミにも見返りを一切期待せずに援助を申し出てくれる中年から老年にかけての男性たちが何人もいる。

彼女個人ではなくボーダーに対しての支援だが、彼女個人に期待している部分が大きいから彼女のパトロンと言ってもいいだろう。

特に熱心なのは須坂で、彼女がトリオン切れで倒れた時には見舞いの花や菓子を週2-3回のペースで送ってくれたくらいだ。

 

「サーヴァ・コンプソスは現在のキオンの()()()トリガー使いの中で最も恐ろしい男だ。あの人は普段はノーマルトリガーしか使わないが、その威力は(ブラック)トリガーをはるかに超える。トリガーについて詳しいことは教えられないが、ひとつ教えてやろう。あの人を敵に回して生きている人間は近界(ネイバーフッド)中探してもどこにもいないはずだ」

 

「え…?」

 

ツグミは一瞬「恐ろしい男」だというから敵を皆殺しにしてしまったのかと思った。

それが表情に出たようで、彼女の顔を見たゼノンが大笑いをした。

 

「アハハハ…脅かして悪かった。伯父上は現役のトリガー使いではあるが、戦場で活躍したのは30代の頃までで、その頃戦った相手はもう老衰で死んでいるはずなんだ。あの人は今年でもう68歳。近界民(ネイバー)の平均寿命は55-6歳くらいだからな」

 

「ああ、なるほど。でも68歳でおまけに現役というのはすごいですね」

 

「過去には70代で現役だったという豪傑もいたらしい。百年以上も昔の話だから真相は定かではないがな」

 

「ではあと2年もすればサーヴァ総司令も殿堂入りで、歴史に名を残す偉人ってことになりそうですね。サインを貰っておこうかしら?」

 

そんな暢気な会話をしながら歩いていると誰にも会わないうちに殺風景でなんとなく陰気な3階建ての建物の前に到着した。

 

「ここは犯罪者を一時的に拘留する拘置所だ。キオンの軍は玄界(ミデン)での警察のような仕事もやっていて、捕らえた犯罪者を裁判の日までここに入れておく。きみたちもいちおう虜囚ということになっているから総統閣下との面会までここに滞在してもらわなければならない。しばらく我慢してくれ」

 

ゼノンは申し訳なさそうな顔で言うが、ツグミは全然気にしていないという態度だ。

 

「牢屋に入るなんて初めてのことじゃありませんから平気です。それにやっとレトルトやインスタントな食事から解放されるんですから、艇の中での生活と比べたら多少粗末な食事や不便なことがあっても気になりません」

 

「そう言ってくれると助かるよ。だがたぶん部屋や食事はきみが想像しているものよりははるかに良いはずだ。さあ、行こう」

 

ゼノンに連れられてツグミと迅は拘置所の建物の中に入る。

そこは石造りで寒々としている1階と2階が一般用の牢獄なのだが、3階に上ると雰囲気が一変した。

高価そうなカーペットを敷いた廊下を歩いて行くと南側に面して3つの()()があることがわかった。

そのうちの一番奥の部屋のドアを開けると、そこがまた高級ホテルの室内のような豪華なインテリアで囲まれたリビングルームになっている。

ただし窓枠には鉄格子があって逃げられないようになっており、3階のフロアの入口に詰所があってそこに警備兵が常に待機しているそうなのだが、それがなければ高級ホテルとしか思えない。

 

「ここは貴族専用の牢で、今は誰も収容されていないからきみたちだけの貸切だ。ツグミはこの部屋を使い、ジンはこの隣にある使用人用の控え室を使ってくれ。まあ、ドア1枚で繋がっているのだから同室のようなものだがな。後でリヌスとテオにきみたちの荷物を運ばせるから待っていてくれ。わからないことがあればこの呼び鈴の紐を引っ張って警備兵を呼ぶといい。もうしばらくすれば事情を知っている奴と交代するだろうからな」

 

「わかりました。ずっと狭い艇の中での暮らしでしたから急にこんなに広くて快適そうな部屋で過ごすことになってちょっとビックリです。ひとまず明日のサーヴァ総司令との会食までやることがないってことですからのんびりさせてもらいますね」

 

「気に入ってくれたようで良かったよ。じゃあ、ごゆっくり」

 

ゼノンはそう言って部屋を出て行った。

 

 

 

 

ツグミと迅は牢とは呼べない豪華な部屋に残された。

するとツグミはすぐに部屋の中のチェックを始めた。

旅行に出かけて旅館やホテルにチェックインして部屋に案内されると誰でもまず部屋の中のチェックをするものだ。

迅はというとソファに腰掛けて寛いでいる。

 

「このドアは何だろ?」

 

そう呟きながら開けるとそこにはキングサイズのベッドが中央に置かれている。

ここが部屋の主のベッドルームのようである。

 

「じゃあ、こっちは…」

 

ベッドルームのドアの隣りのドアを開けるとバスルームとトイレがあった。

バスルームといってもバスタブは浅く、シャワーがメインのようである。

そしてベッドルームとは反対側にあるドアを開けてみると普通のシングルサイズのベッド、机と椅子が1脚ずつ置いてある簡素な部屋となっているのでここが使用人の部屋だとわかる。

さらにリビングルームの備品をチェックする。

 

「ここ、ホントに牢屋なのかってくらいサービスが行き届いている。この飾り棚にはお酒の瓶らしきものが並んでるけど、やっぱフリードリンクなのかな? 犯罪者が暮らす場所じゃないわね、ここ」

 

そんなひとり言をブツブツ言いながらツグミは迅の元へ戻って来た。

 

「ここなら何日でも暮らせそうですね。窓の鉄格子だってカーテンを閉めておけば気にならないし、発展途上国に赴任した日本人商社マンの家なんてこんなカンジの鉄格子が付いていて外からの侵入を防ぐって聞いたことがありますからそれと同じだと思えばむしろ安全性が増して安心かも?」

 

ツグミは迅に楽しそうに言う。

 

「ここを使うのが貴族階級の連中ってことだから、処分が決まるまでは未決囚ということで滅多な扱いができないってことなんだよ。そういう奴らの犯罪と言うと贈収賄が多いんだろうな」

 

「もしくは思想犯、国家内乱罪とかかも。キオンはまだしばらく(マザー)トリガー関係のトラブルはないでしょうけど、アフトみたいに神の寿命が近付いてくれば国の中は荒れるでしょうから、そういった時には必要になるんでしょうね」

 

近界民(ネイバー)同士で争う分にはかまわないだが、アフトの連中みたいに俺たちの世界に介入してくるのは迷惑だ」

 

「だからといって『こっちへ来るな』って(ゲート)が開かないようにすることは不可能。上手く折り合いをつけるしかないってことなんですよね、今は」

 

「ああ。だからおまえはこんな遠くまでやって来たんだろ?」

 

「そういうことです。…あ、誰か来たみたい。リヌスさんたちかな?」

 

ドアをノックする音がしたので、ツグミは急いでドアを開けに向かった。

 

「どうぞ」

 

ツグミと迅の荷物を抱えて廊下に立っていたリヌスとテオを中に招き入れる。

するとテオが大げさなほど驚いて、荷物を床に置くとさっきのツグミのように部屋の中の探索を始めた。

 

「すげえ…貴族用の牢屋って初めて見た。何これ? 犯罪者のくせにこんなイイトコに入って贅沢なことしてんだ。悪いことしたんだからもっと劣悪な環境で苦しめばいいのに。リヌスもそう思うだろ?」

 

「そういうのは裁判で判決が下されてからだ。貴族だって裁判で有罪となれば強制収容所に送られる。そうなれば地獄のような苦しみを味わうことになるんだ」

 

「リヌスはそう言うけど、同じ収容所送りだって貴族の奴らとオレたちじゃ全然扱いが違うじゃないか。奴らは楽な作業で、期間だって短いって話だぜ」

 

「その代わりに財産を没収されて身分も剥奪される。貴族連中にとって収容所の労働よりも三等市民に格下げされて無一文で放り出された後の生活の方がずっと苦労するんだよ。悪いことをすれば必ずそれ相応の報いがある。それは身分なんて関係ないのさ。そんなことよりもツグミが呆れて見ているぞ」

 

「え?」

 

テオはツグミの顔を見た。

彼女は自分と同じようなことをしていたテオの様子を苦笑しながら見ていたのだった。

 

「別に呆れてはいないけど、あなたの言い分は良くわかる。玄界(ミデン)でも似たようなことは普通にあるもの。それはそうと、荷物を運んでくれてありがとう。さっきサーヴァ総司令という人に会ったんだけど、その時の話で明日のお昼はみんなで一緒に食べることになったのよ」

 

「ああ、隊長からさっき聞いた。隊長たちが良く行く店で、けっこう美味いメシが食える高級店なんだぜ。一等市民しか行けないような店だから、オレもまだ一度しか行ったことがないんだ。今からすっげえ楽しみなんだ~」

 

「きっと任務の成功に対するご褒美なんじゃないかな」

 

「これって成功…なのかな?」

 

「成功に決まっているじゃない。そしてその先にもっと大きな仕事があって、それを成功させるためにもうひと頑張りしてもらわなきゃならないのよ。ゼノン隊長もそのことをわかっているからサーヴァ総司令を巻き込もうとしているんだと思う。そのために会食なのよ」

 

「なるほど」

 

テオが納得したような顔で頷いた。

 

「テオ、そろそろ交代の時間だ。行くぞ」

 

「あ、そっか」

 

リヌスに促されて一緒に部屋を出るテオ。

そして一旦ドアを閉めたのだが、すぐにドアを開いて顔を出して言う。

 

「またすぐに会えると思うぜ。用があったら遠慮せずに呼んでくれよな」

 

ツグミはテオの言葉の意味を特に考えず、そのままふたりを帰してしまった。

それからしばらくして迅とふたりでお茶でも飲もうという話になり、試しに警備兵を呼んでお湯を持って来てもらうことにした。

ティーセットは置いてあるものの湯を沸かすような設備はないので、必要になれば持って来てもらうシステムらしいのだ。

呼び鈴を鳴らすと十数秒でドアをノックする音がした。

 

「お呼びでしょうか?」

 

聞き覚えのある男性に声がしたが確認せずドア越しにツグミは用件だけ伝える。

 

「お茶を飲みたいのでお湯を持って来てもらえますか?」

 

「承知しました」

 

警備兵の男はそれだけ言ってすぐに立ち去ってしまい、5分もしないうちにすぐ戻って来た。

 

「お待たせしました」

 

この声にも聞き覚えがあり、すぐになるほどと腑に落ちた。

 

「どうぞリヌスさん、お入りください」

 

ツグミがドアを開けるとリヌスがポットを持って立っていた。

その姿はいつも見ていた遠征用の軍服ではなく、学ランのような詰襟の上着に肩章が付いた濃紺の軍服を着ている。

 

「そういうことだったんですね。じゃあ、さっきの声はやっぱりテオくん。おふたりが警備の係なんですか?」

 

「あなたが玄界(ミデン)から来た(ブラック)トリガーを持つトリガー使いであることがバレると騒ぎが大きくなりますからね、このことを知っている人間は最小限に抑えたいんですよ。私たちが交代した警備兵もあなた方が拘留されたことは知っていますが、どんな人物なのかは知らされていません。ですからあなた方がここを出るまで私とテオが警備担当となります」

 

リヌスはテーブルの上にポットを置き、そのまま手馴れた仕草でお茶を淹れる支度をしながら説明をした。

 

「それが無難なところですね。これはサーヴァ総司令の指示ですか?」

 

「そうです。ゼノン隊長はキオンに到着してすぐに総司令に直接連絡をし、あなた方の存在と来訪の理由を簡単に説明しておいたんです。ですからすぐにあなた方を受け入れる体勢を整えてお出迎えをしたわけで、その証拠にキオンに着いてこれまで総司令以外の人間に会っていないでしょ?」

 

「…ああ、そういえばそうですね。だとすればこの3階に他人は誰も来ないということで、警備兵のふたりがここでお茶を飲んだりお菓子を食べていてもバレないということになりそう。テオくんを呼んでリヌスさんたちも一緒にいかがですか?」

 

「そう言うと思ってもう来たぜ」

 

テオがドアの隙間から顔を出して言った。

やはり彼もリヌスと同じ軍服を着ている。

 

「オレたちの任務はここにいる虜囚が逃亡しないように見張ることだから、同じ部屋にいても任務遂行中ってことで問題ないよな?」

 

「そうね。お互いに暇なんだし、誰にもバレないならへーきよね。さあ、遠慮なく入って」

 

ツグミはテオを部屋に招くと4人でのお茶会となり、日が暮れて夕食の時間になるまでずっと談笑していたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

夜も更けて、夕食を共にしたリヌスとテオは警備兵の詰所に戻ってしまい、ツグミは迅とふたりだけになった。

そうなるとお互いに相手を意識してしまい、なんとなく気まずい雰囲気になってくる。

こういう時にはさっさと寝てしまうのがいいと、迅がツグミに先に声をかけた。

 

「じゃあ、俺はもう寝るわ。おやすみ」

 

「あ…おやすみなさい、ジンさん」

 

迅は使用人の控え室へと消え、残されたツグミはベッドルームへと向かう。

中央に置かれているベッドに寝転がるが彼女ひとりには大きすぎて、これまでの艇の中の簡易ベッドに身体が慣れてしまっているので快適なようでなんとなく居心地が悪い。

寝返りをうってしっくりくる場所を探すのだがどうにも落ち着かない。

目を瞑っていてもなかなか寝つかれず、ついいろいろなことを考えてしまう。

 

(真史叔父さんはちゃんとご飯食べてるかな…? 遠征の準備で忙しいはずだから不規則な生活をしているかも知れない。念のために沢村さんに叔父さんの好きなおかずのレシピを渡してきたからたまにはお弁当を作ってくれていると思うけどちょっと不安。おばあちゃんの具合が良くなって退院していたらいいんだけどな…)

 

(ヒュースは今頃エリン家の人たちのことを考えてヤキモキしているに違いない。良い報告ができるけど、今は無理。もうしばらく我慢してもらわなきゃ。マーナさんとレクスくんに会えたらすごく喜ぶだろうけど、ディルクさんがいないのを哀しむだろうな。でもこれは本人が家族と相談して決めたことなんだから仕方がないよね)

 

(隊務規定違反のせいで二度と近界(ネイバーフッド)の地を踏むことはないと思っていたけど、こうして前よりもずっと遠くの国まで来ることができた。メノエイデスではウェルスさんにも会えたし、彼の妹のエカちゃんにも会えるなんてすっごく運がいい。いろんな国に立ち寄って少しだけだけどその国の人と触れ合うことができた。その人たちにもわたしと同じように家族がいて、なによりも家族のことを大切にしている。家族の話をしている時、誰もが笑顔になるし、離れて暮らしていてなかなか会えないという場合はすごく心配しているって感じた。どんな人でも自分の手の届く範囲の人たちの幸せを望んで必死になって生きている。そんな人たちのささやかな願いを壊そうとするのが戦争だ。やっぱり戦争は悪でしかない)

 

(だけどいくら戦争が悪であっても絶対に無くならない。人と人の争いは何百万年も前に人類が生まれた時から存在するもので、異なる考えや意思を持つ以上は必ず争いは起きるものだもの。それが国家単位となったのが戦争。その戦争も自分たちの利益のために行っているもので、それぞれが自分の正義のためにやっていること。それをわたしが否定する資格はない。わたしだって家族とボーダーの仲間たちのために武器(トリガー)を持って戦い、過去には人を殺めてしまったこともあるのだから)

 

(わたしはエゴのために悪意のある近界民(ネイバー)玄界(ミデン)に害を及ぼさないようにしたいと()()()()()。三門市民にとってそれは歓迎すべきことだから、わたしの正義は彼らから認められている。今まではそうだった。でもゼノン隊長やリヌスさんにテオくん、ウェルスさんとエカちゃん、エリン家の家族のみなさん…そういった戦争によって自由を奪われたり理不尽な命令でやりたくもないことをさせられているごく普通の人たちと出会ってしまい、その人たちもわたしの手の届く範囲の人々になってしまった。もう玄界(ミデン)のことだけを考えているわけにはいかない。そうなると三門市民の中で近界民(ネイバー)に対して強い憎しみを持っている人にとってはわたしの正義が悪になる。それが難しいのよね…)

 

ツグミはベッドから下り、鉄格子の嵌めてある窓の方へ歩いて行った。

そして外の様子を眺める。

 

(キオンはアフトクラトル違って月や星がある。(マザー)トリガーが十分に機能しているということね。たぶん外の気温は氷点下なんだろうけど、部屋の中はものすごく暖かい。この暖房もトリオンを使っているのは間違いない。未だに良くわからないけど、近界(ネイバーフッド)の国々ではすべてがトリオンという生体エネルギーによって賄われている。国土を維持することや太陽や雲や雨といった自然現象もトリオンで、人々の生活のために使う道具の原動力もトリオン。そのトリオンの供給源が(マザー)トリガーなんだから、その(マザー)トリガーへの生贄となる人間を『神』と呼ぶのも当然ね)

 

(広い国土を維持するためには相当量のトリオンが必要になるし、人間の数が多ければ多いほどやっぱりトリオンは必要になる。だから生贄になるトリオン能力者の()が良ければ良いほど高い国力を持つことができるわけで、アフトクラトルがいろいろな国に出兵してトリオン能力者を探してさらって来るのも仕方がないといえば仕方がないこと。でも他国を犠牲にしてまで自国の発展を望むというのはどんなもんだろう? まあまあの広さの国土に適当な数の国民がいて、その国民が幸せに生きていけるってだけじゃダメなのかな?)

 

(こうしてわたしは暖かくて快適な部屋で眠れるけど、この国の国民の半数以上が三等市民として日々の食事にも苦労し、今も寒さに震えて無理矢理にでも眠ろうとしているに違いない。罪を犯して下層階級に落とされた奴は自業自得だけど、生まれたのが下層階級であったというのは本人に責任はない。もっとも本人の努力で這い上がろうとして、その努力が認められる社会システムではあるんだけど、その網の目からこぼれ落ちてしまう人の方が多い。そんなこぼれ落ちた人を救うシステムはこの国にはないみたい。だったら生まれつきトリオンが少ないとか、身体が弱いとか、そういう弱者と呼ばれる人たちには一生貧しい暮らしをして早く死ねということなのかしら?)

 

(ゼノン隊長は近界民(ネイバー)の平均寿命は55-6歳くらいと言っていたけど、それは戦争によって死ぬ人が多いというよりは貧しさのせいで長生きできないのだと考えた方がいいのかも。それに医療体制が十分とは言い難い。特に貧しい人たちは満足な治療を受けられずに死ぬのを待つしかないのだから下層階級では若くして死ぬ人が多く、生産年齢人口が減少してしまう。どういうわけかわからないけどキオンは女性の出生率が低くてそれが拍車をかけている。そんな負のスパイラルに陥ってしまうとなかなか抜け出せない。根本的な解決方法がないわけじゃないけど、それは今のキオンにとってはとても難しいこと。ううん、この国だけじゃなくて他の国でも同じようなことが起きていて、わたしたちの住む地球上でも貧困から抜け出せない人たちはいっぱいいる)

 

(わたしにはそんな大勢の人たちを救うなんてことをする気はないし、大事業を成して周りから褒められたいとも思わない。できるとも思っていないもの。だけどわたしやジンさんや真史叔父さんや、ボーダーのみんなが優しく穏やかで楽しい毎日が過ごせるようになるようにという願いは近界(ネイバーフッド)の国々の争いが収まらなければ叶わない。だからわたしは武器(トリガー)を使わずに戦う道を選んだ)

 

ツグミは窓辺から離れ、部屋の壁際に置いてあるバッグの中から2本のトリガーを取り出してテーブルの上に並べた。

 

(これを使うのはすごく簡単。だってもうこれを使うためのトリオンは十分にあるし、自分の意思さえあればすぐに起動できるんだから。武器(トリガー)を使って敵対する相手をすべて滅ぼしてしまえばもう敵はいなくなって戦わずに済む平和な世界がやって来る。でもだからといって敵となる人間を滅ぼす気なんてない。戦いたくはないもの。だから戦う前に敵となりうる連中から戦意を失わせるために玄界の少女(わたし)がミリアムの(ブラック)トリガーを持っていることをいろいろな国で宣伝してきた。あれで玄界(ミデン)の人間と戦おうなんてことを考えるバカが減ってくれたらいいんだけど…)

 

(ミリアムさんと話をしたいけど、ここでトリガーを起動したらマズイよね。せっかくここまでは順調に来たんだから、迂闊なことをしてすべてを水の泡にはさせられない。わたしひとりだけのことじゃないんだもの。…そろそろ無理矢理にでも眠らないと明日に影響する。明日のサーヴァ総司令との会食が交渉のスタートだもの!)

 

再び大きなベッドの上に寝転がり毛布に包まった。

 

(心配事がたくさんあってそのことを考えるから眠れないのよ。だったら楽しいことを考えよう。玄界(ミデン)に帰ったらまずはスイーツ食べ放題の店に行ってフルーツとスイーツをおなかいっぱいになるまで食べよう。お菓子は持ってきたけど保存が効く焼き菓子とかチョコレートばかりだから、生クリームや餡子を使ったものが食べたくてしょうがないのよね。パフェとかアップルパイとか、あとはチーズケーキやジェラートもいいな。大福にどら焼き、それから…)

 

頭の中にスイーツバイキングの店の中の様子が浮かび、食べたいものを片っ端から皿に載せていく自分の姿を想像しているうちにツグミはあっという間に深い眠りに落ちていった。

 

 

 

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