ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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271話

 

 

ツグミ、迅、ゼノン、リヌス、テオの5人は総統府の庁舎前で心の準備をしていた。

 

「いよいよだな」

 

ゼノンがツグミに言う。

 

「はい。来るべき時が来たというカンジです。みなさんがそばにいてくれるのでとても心強いですし、ジンさんの未来視(サイドエフェクト)では処刑されたり強制収容所送りになることはないということですから安心して戦えます」

 

「総統閣下は執務室でお待ちだ。行くぞ」

 

「はい」

 

 

執務室に通されたツグミは部屋の主の姿に我が目を疑った。

彼女にとって「総統」のイメージはドイツ国ナチ党の「Führer(フューラー)」やイタリアの「Duce(ドゥーチェ)」であるから、ヒトラーやムッソリーニのような「大衆を前にして拳を振り上げながら力強く演説をする眼光鋭い中年男性」を想像していた。

しかし彼女を出迎えたのは30歳くらいの若い男性である。

初めは総統の秘書かと思ったほどで、線の細い俳優のような整った顔立ちのその男性はツグミに対して非常に礼儀正しく微笑みながら挨拶をした。

 

玄界(ミデン)のお嬢さん、遠路はるばるようこそ。私はテスタ・スカルキ、キオンの総統です」

 

物腰の柔らかい好青年を思わせるテスタだが、キオンの男性は女性に対して紳士的な態度で接する習慣があるため、これで油断をしてはいけない。

 

「はじめまして。霧科ツグミと申します」

 

少々警戒をしながらも丁寧に挨拶をするツグミ。

いくら相手が若い男性で態度が紳士的であっても、目の前にいるのはキオンという軍事大国の最高指導者であることに間違いはなく、()()彼女が虜囚という立場であることも事実である。

第一印象が良くても安心はできない。

彼女の勘はそう言っていた。

逆にゼノンたちとの出会いは最悪であったが、交流していくうちに信頼のおける人間であるとわかっていったからこそ「友人」として信頼してる。

しかしまだテスタに気を許してはいけないと「本能」が教えているのだ。

 

「まあ、立ち話というわけにもいかないね。どうぞ」

 

テスタは来客用のソファセットのひとり掛けの椅子に腰掛け、長椅子をツグミに勧めた。

するとテスタの後ろに控えていたサーヴァが言う。

 

「閣下、先にゼノン隊の3人に ──」

 

「ああ、すっかり忘れていた。彼らにはご褒美をあげないとね」

 

そう言って立ち上がるとサーヴァから受け取った書類をパラパラと見てから机の上に放り出すと、手に残した3枚の書面をゼノン、リヌス、テオの順に授与した。

 

「ゼノン少佐、リヌス大尉、テオ少尉、今後もキオンのために職務に励んでくれ。以上だ」

 

これでそれぞれ一階級ずつ昇進したことになる。

しかしあまりにも簡単な交付式で、ツグミは長椅子に腰掛けながら唖然として見ていたのだが、ゼノンたちは恭しく書類を受け取っていた。

 

(こんなものなのかな…? でも軍の昇格の任命なんてものは軍の最高司令官のサーヴァ総司令の仕事の範疇で、国家の最高指導者がわざわざやるほどのことじゃないわよね。(ブラック)トリガーを持って帰ったことはやっぱ特別なことなんだ)

 

「じゃあ、ゼノン隊の3人はこれで下がってかまわないよ。彼女の処遇は私に任せていいから」

 

テスタはそう言ってゼノンたちを下がらせようとする。

ここから先は現場の末端の兵士には関係ないとして彼らをここから排除しようという意図は明らかだ。

ゼノンたちは素直に従って執務室の外に出て行った。

 

「さて、本題に入ろうか。…で、そこにいる従者の青年にも出て行ってもらおう。ここは安全な場所だから彼の存在は邪魔でしかない」

 

テスタが迅をも排除しようとするが、サーヴァが制止した。

 

「閣下、お待ちください。彼は従者ではなく、玄界(ミデン)において近界(ネイバーフッド)との窓口になるボーダーという組織の最高司令官から全権を委任されているツグミ嬢の監視役です。先ほどご説明しましたが、彼女は単なる虜囚ではありません」

 

「わかった。…そこの監視役の青年、名は何と言う?」

 

「迅悠一です」

 

迅がそう答えると、テスタは部屋の最も下座に置いてある椅子を顎で示して言った。

 

「貴様はそこでよかろう。我々の話をそこで黙って聞いていろ」

 

ツグミに対してとは真逆で「男には礼を尽くす必要はない」という意思がありありとわかる態度だ。

迅も見当が付いていたので腹を立てている様子はない。

むしろ面白がっているようである。

硬い座面の椅子に腰掛け、ツグミたちの会談を見物するという姿勢だ。

 

ツグミの正面にテスタが座り、その斜め後ろにサーヴァはスツールを置いてそこに腰掛けた。

総統の隣りに座るというのは憚れるということなのだろう。

彼はオブザーバー的な意味合いで、ツグミとテスタの会談に口出しはしないということになっている。

 

「さあ、はじめようか。…まずは確認からだ。きみはミリアムの(ブラック)トリガーの適合者で、現在の所有者なのかい?」

 

「はい」

 

ゼノンからの報告書を読んでいる以上はツグミとミリアムの(ブラック)トリガーに関わる事情は知っているはずなのだが、テスタは自ら確認しようとしているようだ。

ツグミはテーブルの上にミリアムの(ブラック)トリガーを置いて見せた。

 

「それがミリアムの(ブラック)トリガーか…。21年前、これのために我が国は散々な目に遭わされたという。当時、私は10歳であり大人たちから話を聞かされただけで、そんな恐ろしいものが存在するのかと疑っていたよ。こうして実際に目にしてみると21年前の悲劇は現実の出来事だったのだと思い知らされる」

 

「キオンにとって悲劇でしたでしょうけど、エウクラートンにとっても悲劇であったのですよ。キオンが攻めてこなければどちらにも悲しい想いをする人は出なかったはずなのですから」

 

ツグミは少々恨みを込めて言ってやった。

 

「たしかにそのとおりで申し訳ないと思うのだが、こちらにも事情はあったのだから勘弁してもらいたいものだ。事実、エウクラートンを従属させたことでキオンの食料事情は改善され、このように私は無事に大人になって総統という地位にも就くことができたのだからね」

 

「過去の出来事を変えることはできませんが、未来に向けて両国が以前のような友好的な関係を復活させることができれば犠牲になった多くの兵士や市民の魂も慰められるというものです。その行動を起こさず『申し訳ない』という言葉だけで済ませるようであれば、そのお気持ちが真実であるとは言い難いですね」

 

「ハハハ…これは手厳しい。まあ、きみはエウクラートンの縁者であるのだからキオンへの恨みがあるのは当然かな?」

 

「もちろん恨みはあります。しかしキオンが攻めてこなければミリアムの(ブラック)トリガーが生まれず、オリバが玄界(ミデン)に亡命することはなかったのですから、結果的にわたしはキオンの侵攻がなければ生まれてこなかったということになるのです。その点ではキオンに感謝をせねばなりませんね」

 

「ほう…。きみはそう考えているのか。ならばお礼という意味でこれからの質問に正直に答えてもらいたいものだ」

 

「はい。もとよりそのつもりでいましたから」

 

「では質問だ。きみは玄界(ミデン)でゼノン隊に捕らえられてキオンに連行されたということでいいのかな?」

 

「いいえ。彼らはそう思っているでしょうが、わたしは自らの意思でまいりました。ですから報告書の内容は正しくもあり、間違ってもいます」

 

するとテスタは困ったような顔をする。

 

「そうなるとゼノン隊を昇格させたのは私の軽挙であったかな?」

 

「いえ、彼らの任務は『ミリアムの(ブラック)トリガーの奪取と適合者の連行』であったと聞いています。でしたら彼らは任務を完遂させたのですから褒美はあって当然でしょう」

 

「ふむ、つまり彼らの錯誤であり、報告書に問題はないということか」

 

「はい。ですから彼らへの報奨は正当なものであり取り消すことはできません。総統閣下ともあるべき人が自分の不手際で処分の撤回をするなんて無様なマネはしたくありませんよね?」

 

そう言ってツグミはニコッと笑った。

 

「それはそうだ。それに彼らは我が国の優秀な軍人だ。彼らをくだらない理由で失うのは国家の損失というもの。それに彼らのおかげで(ブラック)トリガーと適合者を手に入れたのだから、その経緯は問うべきではないな」

 

テスタの言葉にツグミが異を唱える。

 

「そのお言葉の前半は正しいですが、後半は間違っています。閣下はまだ(ブラック)トリガーと適合者を手に入れたとは言い難い状態です。わたしはあなたの手に落ちてはいないのですから」

 

「この状況でその強気はどこから出て来るものなのかな? まさかここにいるサーヴァが味方になってくれるからと安心しているのではないだろうな?」

 

「いいえ。わたしはゼノン隊長から話を聞き、総統閣下は単なる権力者ではなく身分や立場など超えて優秀な人材を登用し、広く声を聞くという懐の深さを持っている人だと想像しておりました。さらにキオンに来てからサーヴァ総司令のお話を聞いたことでわたしの想像は間違っていなかったと確信をしました」

 

「それなら直接会ってみて印象は変わったか?」

 

「はい。思いのほか若くて端正な顔立ちの魅力的な男性だと感じました」

 

「アハハハ…サーヴァが篭絡されるのも無理はない。ゼノンたちもその手で懐柔したのだろうな」

 

「篭絡とか懐柔などと人聞きの悪いことを…。わたしはそんなつもりはありません。ただわたしは相手の事情を踏まえた上で自分の正直な気持ちをぶつけただけです。心のこもった言葉とそれに伴う行動は相手の気持ちを動かすものです。それは閣下ご自身が経験でご存知なのでは?」

 

「うむ、まさにそのとおりだ。言葉には発する者の魂が込められている。よってきみの言葉でサーヴァやゼノンたちがきみに傾倒しているのは無理もないのかも知れない。下手をすればこの私ですら飲み込まれてしまいそうだ」

 

「自分が飲まれないためには相手を飲み込んでしまうしかありませんでしょ? これは言葉による戦いなのです。閣下はキオンの未来をかけて、わたしは自分自身とわたしが大切にしている人が幸せになる未来のための戦い。ただしこの戦いでは必ずどちらかが勝って、もう一方が負けになるというものではありません。どちらにとっても勝利となる道はあるのですから」

 

テスタはこの時点でツグミのキャラクターに魅せられてしまっていた。

 

(これまでに出会った女性にはない類の少女だ…。私が国家元首であることをきちんと認識しており、その上で対等に話をしようという意思が垣間見られる。いや、垣間見るなんてものじゃない。まったく隠そうとしていないのだからな。サーヴァの話だとこの娘はまだ16歳だということだが、年齢にそぐわず胆が据わっている。さらに常に周囲に気を配っていて、臨機応変に対応できる柔軟さも持っているという。何がこの娘をそうさせているのだろうか? 非常に興味深い。手元において()()()みたいものだ)

 

一方、ツグミもテスタが軍事国家の元首となれた理由について考えていた。

 

(民主主義国家では選挙によって代表者を選ぶものだけど、キオンの政治体制はそういったものではない。まだ若いからサーヴァ総司令のように軍で活躍したからというのでもないし、当然イケメンだから女性に支持されて…というのでもない。何か特別な魅力を持っていて、国民をグイグイと引っ張っていく逞しさが男女問わず惹きつけるんじゃないかって気がする。その特別な魅力というのはまだわからないけど、この世に真史叔父さん以上に素晴らしい人はいないし、ジンさん以上に素敵な男性もいない。だから絶対に陥落することはないわよ)

 

お互いが相手に対して警戒はしながらも敵意も生まれていないという状態で会談を再開した。

 

 

「するときみの認識ではこの状況でも自分が囚われの身でありキオンのために戦うことを強いられることはないと考えているのかな?」

 

現在のツグミは生身であり、ここで銃口を向けられて「死にたくなければ命令に従え」と脅されたら嫌でも言いなりになるしかないだろう。

いくら迅がいるといってもツグミが人質に取られてしまえば何もできないし、サーヴァはテスタの命令に逆らうはずがない。

仮に第三者がこの光景を見れば100人のうち100人が口を揃えて「テスタ優勢」と答えるはずだ。

しかしツグミは状況が自分に不利だとはこれっぽっちも思っていない。

 

「わたしは他人に命じられてもそれが正しいかどうか自分で考え、正しいのであれば行動しますが間違っていると思えば絶対に動きません」

 

「それで命を落とすことになってもか?」

 

「死ぬのは嫌ですけど自分の正義を曲げて他人に踊らされるのはもっと嫌です」

 

「自分の意思というものを持っているようだが、でもこうされたら考えを変えるのではないのか?」

 

そう言ってテスタは立ち上がると懐から拳銃を取り出して銃口をツグミの額に向けた。

しかしツグミはまったく動じず、涼しい顔で答える。

 

「その引き金を引くおつもりがないのなら懐に戻してください。一国の元首が他国の客人に銃を向けている姿は見た目がよろしくない。それに引き金を引けば床に敷いてあるカーペットやソファが血で汚れてしまいますから、やるなら場所を変えた方が良いかと思いますよ」

 

「普通の人間なら銃を見ただけで怯えて命乞いをするというのに、きみは怖くないのかい?」

 

テスタは拳銃を懐に戻して座り直すとツグミに訊いた。

 

「知らない人間に銃を向けられたら怖いですよ。相手が何を考えているのかわからないということは対応のしようがありませんから。ですが知っている人間なら相手が何のために銃を向けるのかという理由がわかりますから、その問題となるものを解消させればいいんです。そして閣下がわたしに銃を向けているのは単にわたしを試しているだけですから怖くはありません」

 

「なぜ試していると言い切ることができるんだ?」

 

「わたしを殺しても閣下には何ひとつ得はありませんから。ミリアムの(ブラック)トリガーはキオンが20年もずっと探していたもので、使()()()()()()()()計り知れない威力を発揮します。ですが現在確認されている適合者はわたしひとりで、ゼノン隊長の報告書では適合者は他に見付からないだろうと書かれていると思います。それはミリアムさんのわたし以外の誰にも使わせないという固い意思によるもので、わたしを殺してしまったらミリアムの(ブラック)トリガーは永遠に使用不可となります。念のためにキオンのトリガー使い全員に起動実験をさせてみてもかまいませんが良い結果は出ませんよ」

 

「21年前に(ブラック)トリガーになったミリアムが他の誰にも使わせないときみに言ったのか?」

 

「はい。彼女はわたしに対して『自分を所有するならその覚悟を見せろ』と言い、わたしは自分の考えやどのように使うかを説明して、その結果彼女はわたしを適合者及び所有者として認めてくれたのです。信じる信じないはご自由ですが、これは事実ですから。それにたぶんゼノン隊長の報告書に書かれていると思いますが、わたしはミリアムさんの孫です。血のつながりがあるからこそ、彼女はわたしに自分の願いを託しているのだと思います」

 

「彼女の願い?」

 

「彼女はエウクラートンの同胞のために(ブラック)トリガーとなりました。彼女の願いは今でも祖国の安寧と同胞の幸福なのです。わたしはエウクラートンが現在どのような状況なのか知りません。ですがわたしに何かできることがあればやりたいと思っていて、そのために何ができるかを模索中です。そういうことですので、わたしはまだ死ぬ気はありません。もちろん閣下の言いなりになる気もありません。ですから話し合いでお互いに得になる道を探そうということなのです」

 

「ではきみの言う『どちらにとっても勝利となる道』とはどんなものなのか話してくれるかい? ミリアムの(ブラック)トリガーを諦めても十分に見返りがあるのだろうね」

 

「もちろんです。ではまず閣下にとっても非常に興味深く身近なものから始めましょう」

 

ツグミはそう言って迅に目配せをする。

すると迅はドアを開けて廊下で待機をしていたリヌスを中に招いた。

リヌスはダンボール箱を抱えていて、その箱をツグミたちの前にあるテーブルの上に置く。

 

「これは閣下への貢ぎ物…というわけではありませんが、お試ししてくださいという意味で持ってまいりました」

 

ツグミは箱の中から中身を取り出す。

カップラーメン、袋入りの即席ラーメン、レトルトのカレールー、缶入りのパン、カップ入りの粉末スープ、コンソメスープの素…と、まるでスーパーで買い物をしてきたような品揃いだ。

テスタは「これは何だ?」という顔で神妙に見ている。

 

「これらはお湯を入れて数分待つだけで良いもの、鍋で湯を沸かしてその中に入れて数分煮込むもの、熱湯で温めるだけのものなど短時間ですぐに食べられる長期保存の効く食品です」

 

「戦闘糧食なのか?」

 

「いいえ。玄界(ミデン)でごく普通に販売されていて誰でも簡単に手に入る一般庶民の日常食です。例えばこの缶の中にはパンが入っていて5年間保存ができます。そしてこの粉末は鶏や野菜を煮込んで作るブイヨンに味付けがされていますので、ジャガイモなどの野菜と鶏肉や豚肉などを一緒に煮込み、これを適量入れるだけでスープができます」

 

「一般庶民の日常食でこんなに便利なものがあるのか…」

 

「ええ。これはごく一部です。もしよろしければここで試しに召し上がってみませんか? このカップラーメンはわたしのオススメです」

 

「ラーメンとはどんなものなんだ?」

 

「わたしの故郷では人気のある麺料理で、肉や野菜を数種類煮込んで作ったダシに調味料やペーストを加えたスープに小麦粉で作った麺が入っているものです。非常に手間のかかる料理で、家庭で一から作ることは難しいために専門店で食するのが普通です。それを手軽に食べられるようにしたものが販売されていて、こうしてお湯を入れるだけでも食べられるタイプのものまであるのです」

 

「麺料理か…。キオンではあまりないものだな。よし、試してみよう」

 

「では、すぐに用意いたします」

 

するとタイミング良くテオがポットを持って執務室に入って来た。

それを受け取ったツグミは粉末スープを入れたカップに湯を注ぐ。

 

「これは3分でできます。少々お待ちください」

 

 

「そろそろいいでしょう」

 

ツグミはカップのフタをめくって外すとふわっと湯気が立ち上り、醤油と鶏ガラのダシがブレンドされた定番のラーメンらしい良い香りが鼻腔をくすぐった。

彼女はうどんを紹介したかったのだが日本人にとっては慣れ親しんだ鰹ダシのにおいは外国人にはあまり好まれないという。

それが近界民(ネイバー)であり、海のない国の人間であれば抵抗感があると考えたので、外国人にも好まれるラーメンを選んだのだった。

テスタは生まれて初めて見る正体不明の料理に興味津々だ。

ツグミは食べやすいようにとフォークと一緒にカップラーメンをテスタに勧める。

 

「どうぞ召し上がれ。毒見が必要ならいたしますけど、いかがなさいますか?」

 

するとテスタは首を横に振る。

 

「その必要はない。それこそ私を殺してもきみには何ひとつ得はないからな」

 

そう言ってテスタはカップを手にすると、まずスープをひと啜りした。

 

「ふむ…初めて味わうが悪くない。いや、鶏と野菜がしっかりと煮込まれたブイヨンに不思議な味の調味料が加えられているようだな」

 

「それは醤油といって大豆、小麦、塩を原料とし、麹菌、乳酸菌、出芽酵母による複雑な発酵過程を経て生成される液体調味料です。わたしの故郷の日本の代表的な調味料で、日本人の食生活には欠かせないものとなっています。ラーメンとは元々他所の国の料理であったものを我が国で独自に進化させた料理で、国民食と言っても過言ではありません」

 

ツグミの説明を聞きながら、テスタは麺を食べてみた。

 

「うん、これは美味い! 何とも言えぬ口福感が全身にも広がっていく…」

 

テスタの反応は上々である。

ゼノンからテスタは食に関する興味や造詣が深く、美食を追求するだけでなく自身も調理や新しい料理の開発をするという趣味があるということを聞いていたものだから、ツグミはまず料理で玄界(ミデン)に対して興味を持ってもらおうという作戦を決行したのだ。

 

「お気に召していただけたなら幸いです」

 

ツグミが微笑むと、テスタはニヤリとする。

 

「さては食べ物で私を釣ろうというのだな?」

 

「まさか、そんなつもりはありません。人というものはお腹が満たされていれば気持ちにもゆとりができます。逆にお腹が減っていると些細なことでイライラしたり、目の前の相手に対して攻撃的にもなるものです。キオンの方は比較的早い時間に朝食を済まして、これくらいの時間に軽食を召し上がる習慣だそうですからちょうど良いと思ったのです」

 

ツグミはこれまでにいろいろな情報を仕入れている。

キオンでの食習慣については特に詳しく調べており、宗教上の理由などで食べてはいけない食材はなく、食料事情が厳しい国であるから「何でも食べる」ということは承知していた。

さらに昼食の時間が正午ではなく13時から15時くらいと少々遅いので、朝食をしっかりと食べているといっても11時くらいになると小腹が減ってくるものだ。

そこに未知の美味を提供すれば飛びつくに決まっている。

現にテスタはラーメンを気に入ったようで、最後のスープの一滴まで飲み干してしまったほどだ。

 

「はあ~、美味かった。身体がホカホカして、汗まで掻いてしまったよ」

 

「それはスープに含まれている生姜の成分の効果でしょう。生姜には『ショウガオール』という成分が多く含まれており、冷えによって滞りがちになった血液の流れを良くして、身体のすみずみまで血液を行き渡らせて温めるとされています」

 

「この美味しい料理には身体に良い成分が含まれているのか…。キオンではいかに材料を無駄なく調理をするかと味にのみ価値を求めているが、食べた者の身体のことまでは考えていない。玄界(ミデン)ではそういう習慣があるか?」

 

玄界(ミデン)にもたくさんの国があり、それぞれに事情がありますので、キオンのような考え方の国もあれば、わたしの国のように食自体が文化であると考える国もあります。まあ、それだけ豊かな国であるという証拠ですね」

 

食に対して人一倍興味を持っているテスタであるから、ツグミの故郷と交易ができればメリットがあると考えるのは自然な流れだ。

ある意味これも「相手の胃袋を掴んだ」とも言えなくはない。

 

(手強い相手に対してのプレゼンだけど、つかみはOKというカンジ。…このあとはやっぱりエネルギー事情の改善について、かな?)

 

腹が満たされて上機嫌なテスタを前に、ツグミは次なる()()の使用を開始した。

 

 

 

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