ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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272話

 

 

ツグミはキオンに到着したその日のうちに拘置所の一角にソーラーパネルを設置しておいた。

これからの季節なら昼間は晴天になることが多く、ソーラー発電は十分可能である。

そのことを確認したことで、彼女はテスタに太陽光だけでなく風力や水力など自然由来のエネルギーの可能性についても説明をした。

照明や暖房などに使用していたトリオンを太陽光発電に置き換えることで(マザー)トリガーから得るトリオンを減らすことができるようになるという内容にテスタは目を輝かせて彼女の話に聞き入っていた。

 

続いて玄界(ミデン)の社会について話をした。

貴族や庶民といった階級はなく、職業選択の自由があるとか、一定の年齢達すると誰もが教育を受けられるシステムとなっていることなどをわかりやすく説明をする。

また日常生活についてはテスタもゼノンたちと同じようにコンビニや電気・水道・交通などのインフラに驚き、一部の特権階級だけでなくすべての国民が当たり前のように恩恵を受けているということに興味をそそられた。

 

そして玄界(ミデン)とは三門市のことではなく、三門市が日本という国の一地方都市であり、日本が地球という星の上にある200近い数の国のひとつで、総人口は80億人に近いと話したのだがテスタはにわかには信じがたいものであった。

近界(ネイバーフッド)の国々はひとつひとつが星の上に載っているようなものであり、人口も500万人もいればそれは超大国で、数十万人というレベルの国もあるくらいだから信じられるものではない。

しかしツグミが嘘をつく理由はなく、玄界(ミデン)がトリオンに頼らない異なる技術によって発展し、異なる文明を持っているという事実を信じることにした。

 

玄界(ミデン)はトリガー文明については後進国であるものの、それ以外はほとんどが近界(ネイバーフッド)の国々よりも進んでいる。いずれはトリガー開発や兵士の育成においても我々と肩を並べるようになるだろう。なにしろ玄界(ミデン)(マザー)トリガーなしで国土を維持することができ、人口が80億もいればトリオンは無限と言っても良い。ツグミはありえないと言っていたが、もし玄界(ミデン)が本気で近界(ネイバーフッド)と戦おうとすればいくつかの国はあっという間に攻め落とされるだろう。ボーダーはあのアフトクラトルのベルティストン家の軍を半日で追い払ったという噂はキオンまで届いている。半信半疑であったが、ツグミの話を聞けばそれが真実であったと認めざるをえない)

 

さらにテスタは考えた。

 

玄界(ミデン)を敵に回しても得にはならない。むしろ手を結んで双方に利益となる道を選ぶべきだ。これがツグミの言っていた『どちらにとっても勝利となる道』というものか。キオンと玄界(ミデン)はお互いに利害関係で対立する部分はなく、むしろアフトクラトルという共通の敵を持つ『敵の敵は味方』という状態となっている。アフトクラトルは次の神選びで国内がゴタゴタしている最中で、この機会に国を滅ぼすとまでいかなくとも弱体化してしまえばキオンは近界(ネイバーフッド)の覇権国家ともなりうる。ならば玄界(ミデン)を利用しない手はない)

 

順調に事は進んでいるかのように思えた。

しかしテスタは総統という国家元首ではあるが独裁者ではない。

玄界(ミデン)でいえば台湾の総統と同じで、彼の意思だけで物事を進めることはできないのだ。

よって議会に諮って、その結果を待たなければならない。

とはいえ彼が乗り気であるのは間違いなく手応えはあったといえよう。

ツグミの理想はボーダーとキオンが同盟国となり、相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉を守りながら積極的な貿易や技術の交換などが行うというもの。

ただ玄界(ミデン)とキオンが接近するのは約1年の周期があり、玄界(ミデン)の暦で1月に最接近して現在4月であるからだんだん遠ざかっていて、7月に最も遠くなる。

現在でも2週間近くかかっており、7月ともなれば単純計算で片道約30日もかかることになるのだから頻繁に交流するのは難しいだろう。

そういった物理的距離感を縮める手段があれば良いのだが、ボーダー側にはその技術はない。

 

ここまででツグミは自分が危険を承知でキオンに来た理由を話し、キオンに対して提供できるものについての説明をし、そして自分の正直な気持ちをすべて告げた。

「自分の手の届く範囲内の幸せ」を追求しているのであり、それ以外の人間のことについては感知していないと正々堂々と言い切ったツグミの態度にテスタは感服してしまう。

相手を上手く取り込もうというのであれば本心を隠して上辺だけ繕い体裁の良いことだけを並べ立てるものだ。

しかし彼女はそれをせず直球を投げて勝負をしてきた。

こうなるとテスタもそれをきちんと受け止めて投げ返さなければならず、その際には変化球ではなく直球で返さなければ失礼だと思ってしまう。

 

「ツグミ、きみの気持ちは良くわかった。私にとっては非常に興味深くぜひとも話を進めたいのだが、私だけで判断できる内容ではないことは聡明なきみなら理解できていると思う。申し訳ないが正式な答えを出すために少々時間をもらいたい。いいだろうか?」

 

「ええ、もちろんです。早くお答えをいただきたいとは思いますが、それはわたしのワガママですから我慢します」

 

「そう言ってくれると助かる。その代わりといってはなんだが、きみのお願いで叶えられるものは叶えてあげたい。何かしてほしいことはあるかい?」

 

テスタの申し出にツグミはすぐ飛びついた。

 

「ではふたつお願いします。ひとつはわたしたちが街の中を散策しても良いというお墨付きをいただきたい。せっかくキオンへ来たのですから首都の中だけでも見て回りたいのです。もちろん都合の悪い区域には入りません。許可の出た場所だけにします」

 

「それならゼノン隊の誰かに案内させよう」

 

「ありがとうございます。もうひとつはテオ少尉に休暇を与えてください。彼には二等市民として街の中で暮らしている家族がいます。長い間離れ離れになっていたのですから家族水入らずの時間を持たせてあげたいのです」

 

「ああ、それも承知した」

 

「ありがとうございます」

 

ツグミは深々と頭を下げて礼を言う。

 

「いや、礼を言うのはこちらだよ。きみがもたらした情報や技術は近界(ネイバーフッド)のあらゆるものを大きく変えることになるかも知れないのだからね。その最初となる国に我がキオンを選んでくれたことを感謝する」

 

テスタはそう言ってツグミに右手を差し出した。

ツグミはその手をしっかりと握り、微笑みながら答える。

 

「キオンにはわたしの友人がいますから。手の届く範囲にいる身近な家族や友人たちの幸せだけを考えているつもりなんですが、こんなに遠くまで手が伸びてしまいました」

 

「その範囲の中に私は入れてもらえるのだろうか?」

 

「閣下の態度とお心次第です」

 

「…それなら明日の昼食にきみを招待してもいいかな?」

 

「それは大歓迎ですが、わたしだけでなくそちらに控えている迅悠一も同席させていただきたいです」

 

「彼はきみの監視役だから?」

 

「いいえ。彼は将来を約束した大切な男性ですから、わたしと一緒にわたしが歩く道を一緒に歩いてもらい、わたしの目指すものを一緒に見てもらいたいからです」

 

テスタは迅の方をちらりと見た。

迅はずっと姿勢を正したままでツグミたちのやり取りを静観しており、テスタに視線を向けられると無言で頷いた。

 

「きみが『将来を約束した大切な男性』と言うのだからさぞかし骨のある男なんだろうね?」

 

テスタがそう訊くと、ツグミは困ったような顔をして笑った。

 

「そんなことはありません。どこにでもいるごく普通の青年です。でもわたしにとってかけがえのない男性で、ふたりで一緒にいる時にこそ最大の力を発揮できるとわたしは信じています。現にわたしがこんな遠くまで来ることができたのは彼がいてくれるからです」

 

再びテスタが迅を見ると、今度は頭をポリポリ掻きながら気まずそうな顔で笑う。

 

「容姿や才能、その他においても閣下の方が数段上回っています。でもただひとつだけ彼の方が優っているのはわたしと彼が9年以上もずっと一緒にいるという時間の長さで、それが絆の強さにも繋がっているのですから、この点では閣下には絶対に勝ち目はありません」

 

「ハハハ…それはそうだ。よかろう、明日はきみとジンのふたりを招待しよう。しかしきみのことだ、普通の食事ではつまらないだろうから、何か面白い趣向を考えておくことにするよ」

 

「恐れ入ります」

 

そんな会話をしているとインテリアとして置いてあった置時計が鐘を鳴らす。

 

「閣下、お時間のようです」

 

サーヴァがテスタに声をかけた。

 

「ああ、もうそんな時間か。ツグミ、申し訳ないが今日の会談はここでおしまいだ。このあと予定が入っていてどうしても外せないんだよ」

 

「いいえ、お気になさらないでください。わたしの方こそお忙しい閣下に急に面会をお願いしまして申し訳ございませんでした」

 

「じゃ、お互いさまだな。明日のことは後ほどゼノン隊の連中に伝えておくから、彼らから聞いてくれ」

 

「承知いたしました。では、これで失礼させていただきます」

 

ツグミは立ち上がって軽く一礼すると迅を伴って執務室を出て行った。

 

 

 

 

執務室に残ったテスタは握手した時のツグミの手の感触を反芻するように握ったり開いたりしている。

 

「閣下、どうなさいましたか?」

 

「なんでもないよ。サーヴァ。それよりもツグミを驚かせたいと思うのだが、何か良い案はないだろうか?」

 

「はあ…。昨日彼女を昼食に誘いましたが、なんともまあ何でも美味しそうに食べるのですよ。好き嫌いはないようですから、閣下がお気に入りの店でよろしいのでは?」

 

「それでは面白くない。…とにかく用件を先に済ませてしまおう。サーヴァ、下がって良い」

 

「はい。では、失礼します」

 

執務室を出て行くサーヴァの後ろ姿を見送ったテスタは再び右手を握ったり開いたりする。

 

(不思議な娘だ…。本気で『自分の手の届く範囲内の幸せ』()()を追い求めている利己主義者だというのに、彼女が行動すれば何人もの人間を巻き込み、彼らを『自分の手の届く範囲内』に入れてしまう。いや、彼女に惹かれて自分たちから入ろうとして、彼女がそれを受け入れているだけ。私もまたその中に足を踏み入れてしまったようだな)

 

テスタには「触れた相手の()()()()を読み取る」というサイドエフェクトがあった。

彼は政敵の考えや自分に対する感情などを読み取り、そうして得た情報を活かして20代で国家元首の地位に上り詰めたのである。

その能力でツグミと握手することにより彼女の心の中を読んだ結果、彼女が嘘偽りなくキオンと良好な関係を結び、近いうちに行われるアフトクラトル遠征を成功させたいという強い意思を知ったのだった。

 

(遠征を成功させたいというのもすべて自分の家族や友人たちが幸せな日常を過ごせるようにとの強い願い。その願い()()叶えばあとはどうなってもかまわないという。彼女の行動原理が『自分が幸せでありたい』で、そのために『自分の手の届く範囲内にいる家族や友人の幸せ』を求めることになり、それがさらに『関わった親しい人たちが範囲の中』に含まれ、彼女の大切なものが次々に増えていく。多くのものを守ろうとすれば自らを犠牲にしなければならない部分も出てくるというのに、彼女にはそれがまったくない。他人から見れば無理をしているように見えることでも本人には苦労でも何もないという)

 

テスタは机の引き出しからふたつの報告書を取り出して見比べた。

それはゼノンによって書かれた「ミリアムの(ブラック)トリガーの確保と適合者の連行」という任務の報告書だが、一方は公式な報告書として無事に任務を遂行したと書かれていて、その内容によってゼノン隊は全員が昇格となったのだった。

そしてもう一方は()として任務に失敗してボーダーの捕虜になったことや玉狛支部での()()としての扱い、さらには自分の判断でキオンの情報の一部 ── 国情やテスタの人柄など ── を教えたという事実が包み隠さず書かれていて、本来ならこちらの報告書の内容でゼノン隊を処分しなければならなかったはずである。

 

(この()報告書にもあるが、ツグミは一度友人や仲間と認めた者のためには全力で()()人間のようだ。ゼノンたちを友人と認めたからこそボーダーでの待遇を良くするために働きかけ、また任務の失敗によって処罰を受けないようにといろいろ考えた結果が『自らの意思でキオンに行く』ことであった。本来ならゼノン隊の3人は三等市民への降格と強制収容所での労働といった処分を与えなければならないが、そんなことをすれば彼女が哀しむ。だから私はあえて()報告書の内容については知らないこととして判断を下した。()の報告書よりも()の方がずっと面白い。彼女のことをもっと知りたい。そして彼女が哀しむことをしたくないと考えた自分自身の気持ちも知りたい…)

 

テスタはキオンの総統ではないひとりの男としての自分に戻ってツグミの顔を思い浮かべた。

 

(これまで出会ったキオンの女性は見た目こそ美しく着飾っていて好ましく見えるが頭の中にあるものはおぞましいものばかりだった。私の妻になれば贅沢ができるとか、父親や兄弟を政府の要職に就けてもらうのだとか考えている。彼女たちの行動原理もツグミと同じものなのだがツグミのものは純粋に思え、他の女性のものは醜く思えてしまう。ツグミ…なんとも興味深い女性だ)

 

 

トントン

 

執務室のドアをノックする音がして、それを聞いたテスタは総統モードに戻る。

 

「閣下、閣議のお時間です。議場へお越し下さい」

 

ドアの向こうから彼を呼ぶ男の声がした。

 

「わかった。今、行く」

 

そう返事をしてテスタは立ち上がった。

 

 

◆◆◆

 

 

マーグヌスは直径が5キロメートルのほぼ円形に近い形をしている巨大な()()である。

神殿を中心として街が放射線状に広がっていて、中心に近い方から貴族階級の屋敷のあるエリア、一等市民の居住エリア、二等市民の居住エリアと商業エリア、そして最も壁に近い場所が三等市民の住むエリアとなっている。

建物も盛土をして円錐のような形にした土台の表面に建っているようなものだから、上級の市民ほど快適な場所で暮らすことができるが、最下級の市民は城壁のそばで陽の当たらないジメジメした場所にバラックのような簡素な小屋を建てて住んでいるというもので、身分制度とか階級社会といった言葉の典型的な見本と言えよう。

街を時計に見立てると北門が12時、東門が3時、南門が6時、西門が9時の位置になり、円形の中央を半径約100メートルで丸く切り取った部分が神殿と総統府の庁舎のエリアである。

残りのドーナツ状の街の中で、軍司令部の敷地は神殿を中心として11時と1時の位置で扇型に切り取った街の約6分の1を占めている。

一般市民の住むエリアとは高さが3メートルくらいの壁で仕切られていて完全に区切られているのだが、東西の仕切りの壁にひとつずつ通用口があって、許可があればそこを使って出入りできることになっていた。

残った1時から11時までの6分の5が一般市民の住むエリアなのだが、同じ階級であってもその中でいくつかのランクがあるらしく、東側に近いほど恵まれていて、西側になると格が下がる。

西側が劣ったものと見なされるのは、西門が忌むべき門として扱われているからで、貴族であっても身分の低い家の屋敷は街の西側にあって、墓地や強制収容所のある山岳地帯が見えないようにということで建物の西側に窓はないそうだ。

 

ツグミは街の中をリヌスの案内で散策していた。

本来なら他国の人間である彼女が首都の街歩きをするなんて許されないことなのだが、テスタの許可があるものだから問題はない。

ただ大人数だと目立ってしまうということで、じゃんけんで勝ったリヌスがひとりだけでエスコートをすることになったのだった。

迅はいろいろな人間を見ておけば役立つこともあるだろうということでゼノンと一緒に行動している。

それぞれ一般市民の使用する橇に乗って、二等市民の住むエリアを集中的に見て回っていた。

もちろんテオは特別休暇をもらって実家へと向かっている。

 

 

「市場にある食料の種類は豊富だけど、数が少ないのは仕方がないのかな…」

 

ツグミが屋台の野菜を見ながら感想を漏らす。

するとリヌスが事情を説明した。

 

「ここにあるものはほとんどがエウクラートンから運ばれて来るものです。現在エウクラートンは夏ですからトマトやキュウリといった夏野菜がある分だけ他の季節に比べて種類は多くなります。ですがエウクラートンで消費する分以外はすべてキオンに運んでいてこの量ですからね、元々の生産量が2国分を賄うのに十分な量ではないのです」

 

エウクラートンは畑作を中心とした農業が盛んな国で、自国で消費する分だけではなく全生産量の約25%を他国に輸出するだけの余裕があった。

しかし21年前にキオンから無茶な要求を突きつけられたことで関係は悪化し、キオンによる二度の侵攻で従属国にされてしまって以来、約70%の農作物を奪われてしまうようになった。

キオンとしては全部持って行きたいくらいなのだが、そうするとエウクラートンの国民は食料不足で死に絶えてしまう。

そこでエウクラートンの国民がギリギリ死なない程度に食料を残して、労働力を確保しているという状態だ。

 

「詳しいことはわからないのですが、噂ではエウクラートンの女王つまり神官が病に罹り、(マザー)トリガーの操作に不都合が生じていて生産量が落ちてきているとのことなんです」

 

「それじゃあリヌスさんは気掛かりですよね?」

 

「はい。ですが今の私はキオンの軍人ですから気軽に故郷へ行くなんてことはできません。もちろん任務で行くよう命じられたなら可能ですが、タダの噂話の段階ですからそれを信じて調査のために派遣するようなことはないでしょう」

 

「女王が快癒しないとエウクラートンはどうなるんですか? 彼女に娘がいればその人が代替わりすればいいと思うんですけど、何か問題があるんでしょうか?」

 

「女王となることが決まっている女性は王女である間に結婚をし、後継者となる娘や息子を産んた後に女王に即位します。それは女王、つまり神官になってしまうと結婚できなくなってしまうからです。現女王も貴族の男性と結婚をして娘を産み、娘が10歳になった年に女王となりました。しかしその娘が14歳で亡くなってしまったのです。さらに夫となった男性も新たな子供を作ることなく戦死してしまいましたので王家の直系はそこで途絶えています」

 

「でもそんなことを言っていたら王家が途絶えてしまうじゃないですか?」

 

「はい。ですが前女王には男子がひとりいます。現女王にとっては兄になる方で、彼は貴族の娘を妻にしました」

 

「じゃあ、傍系となりますけど血筋は繋がっているんですね?」

 

「いいえ。残念なことにその夫婦には子供ができませんでした。妻にした女性の家系に問題があったようで、現在61歳と58歳ですからこの先も見込みはありません」

 

「女性の側に不妊の原因があったなら離婚するとか側室を持つとかできたんじゃないですか?」

 

「エウクラートンでは離婚はできないのです。死別でなければ再婚はできませんし、王家の人間でも一夫一婦制ですから側室は持てません」

 

「なかなか面倒なルールがあるんですね…。でもこういうことになる可能性はゼロじゃないんですから、何重にも保険をかけて子供はたくさん産んでもらうべきですよ。…そうなると現女王に不幸があった場合はどうなるんですか?」

 

「たぶん国内で新たな女王となれる女性を探して新たな王家を設立することになるのでしょうが、そんなに簡単なことではありません。(マザー)トリガーを操作するとなればそのトリガーの核ともいうべきものと波長が合わなければならないのですから。王家の人間が代々神官を担うのはそのためです。ですから最悪の場合、(マザー)トリガー自体を新たなものと交換することになるかも知れません」

 

(マザー)トリガーが新しいものになるんですか?」

 

「はい。しかし(マザー)トリガー自体が新たなものになるということは、まったく違う国になるということです。まだ(マザー)トリガーが同じであれば神になった人間の個性が反映されるといってもそれほど大きな違いはありませんが、(マザー)トリガーが別のものになれば今までと同じというわけにはいきません。それに核となるものを作り、さらに神となる人間を探さなければならないのですから国内は混乱することになるのは目に見えています」

 

「女王が元気になって(マザー)トリガーを再び操作できるようになったとしても後継者がいないという事実は変わらないのですから、エウクラートンの国民は不安でしょうね?」

 

「はい。女王の不調が公になるよりも前に新しい王家の設立のために家臣たちが動き始めることでしょう。女王が逝去されてからでは遅いですから」

 

リヌスは幼い頃にキオンに渡ったのだからエウクラートンについての記憶はあまりないはずなのだが、生まれた国に対しての想いはとても強い。

なにしろ自分が軍で功績を残せばエウクラートンの同胞の待遇が良くなると信じて過酷な諜報員になったということだから、今でもキオンよりもエウクラートンが大事なのだ。

言葉の端々から現在のエウクラートンの状況を心配しているといった様子が伝わってくる。

 

「リヌスさんは(マザー)トリガーのことやエウクラートンの事情について詳しいですけど、それはどうしてなんですか?」

 

「私は軍人、特に諜報活動をする立場の人間にとって最新の情報は必要不可欠なものですから。先輩から教えられることもありますが、多くは自分自身で調べたことです。知識や情報というものはたくさんあって困るものではありませんからね。ただ正しく取捨選択できないと役に立ちませんが」

 

「それ、よくわかります。エウクラートンのことは心配ですが、今はこちらも全力を注いでやるべきことがあります。エウクラートンのことはエウクラートンの国民にお任せするしかありません。リヌスさん、次は住宅地がみたいです」

 

「では治安の面を考えて東エリアにある二等市民の住宅地へ行きましょう」

 

 

 

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