ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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273話

 

 

翌日は午後にテスタの招待でツグミと迅は彼の自宅 ── 総統府の一角にある豪奢な一戸建て ── を訪問した。

前日の約束では昼食をご馳走するということであったのに自宅に招かれたのは、テスタ自身がふたりに料理をふるまうというサプライズをするためである。

彼は食に関する興味や造詣が深く、美食を追求するだけでなく自身も調理や新しい料理の開発をするという趣味があるものだから、ツグミたちを驚かせるためにあえてレストランではなく自宅に招いて料理の腕を振るおうということなのだ。

これは総統としてではなくテスタ・スカルキ個人の招待であるという意味もあり、3人は他人を交えず互いにプライベートな会話を楽しんだのだが、やはりテスタの興味は玄界(ミデン)とツグミ個人のことになる。

テスタがツグミに対して玄界(ミデン)の文化や慣習などの質問をして、ツグミがそれに答えるというパターンがほとんどであって、迅はふたりの様子を眺めている時間が多かったのだが。

ゼノンたちの時もそうだったが、近界民(ネイバー)にとって玄界(ミデン)は非常に興味深い世界であり、なによりもトリオンやトリガーというものの概念すらなかったというのに近界(ネイバーフッド)の国々よりも優れた文明があるという点で知りたいことは山ほどあるのだ。

ツグミは日本だけでなく世界の地理や歴史など自分の知る限りの知識を披露し、近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の根本的な違い ── 玄界(ミデン)の国土は(マザー)トリガーによって維持されているものではなく、約46億年前に様々な物質が凝集して地球という天体ができあがり、途方もない長い時間をかけて生命が誕生、進化を続けて現在に至ることを説明するとテスタは信じられないという顔をして呆けてしまった。

さらに古代の動植物などの死骸が地中に堆積し、長い年月をかけて地圧・地熱などにより変成されてできた「化石燃料」を消費することで人類は文明を発展させてきたが、近年になって様々な問題が発生したことで自然由来のエネルギーへの転換が進んでいることを話し、それが近界(ネイバーフッド)でも可能であるのだからトリオンとの併用で(マザー)トリガーに頼る部分を減らすことができるとなれば喰いついてこないはずがない。

さらに寒冷地での作物の生産や長期保存のための加工方法などの詳しい話を聞きたがったのだが、専門家ではないツグミではテスタを満足させられるだけの説明はできなかった。

それについてはキオンが玄界(ミデン)に対して()()()同盟関係を結んだ後に追々と…ということにして、ひとまず話を終えた。

 

 

「私が総統という立場ではなく一市民であったなら、きみたちが帰国する際に同行して玄界(ミデン)を見物しようとするだろうな」

 

テスタが大きなため息をついて言った。

 

「きみの話を聞いている驚くことばかりで、その優れた技術を近界(ネイバーフッド)に導入できるとなればぜひとも…と考えたくもなる。特にエネルギーと食料の問題は我が国の最重要課題であり、玄界(ミデン)の技術を我が国から広めることができればキオンは近界(ネイバーフッド)最大の国家となれるだろう。その情報を我がキオンにもたらしてくれたきみに感謝するよ、ツグミ」

 

「いえ、侵攻だけでなく諜報員までもが玄界(ミデン)にやって来ているのですから、わたしたちの世界の情報が近界民(ネイバー)に知られるのは時間の問題です。ですからここでわたしが話したところで何の実害もありません。むしろ玄界(ミデン)、いえボーダーを敵に回せば後で酷いしっぺ返しを食らうとわかってもらえたら今後愚かな侵攻はなくなって助かります。玄界(ミデン)には無尽蔵と言って良いくらいのトリオンがありますから、技術的な面で劣るとしても近界(ネイバーフッド)の国々が総力戦で臨んで来なければ勝てる見込みはありません。おまけにわたしがミリアムの(ブラック)トリガーを持っていることを立ち寄った国で吹聴してきましたから、手を出そうなどと誰も思わないでしょう。閣下もわたしとボーダーを敵に回して戦いたいとお思いですか?」

 

「いや、それはないな。手強い相手は敵よりも味方にした方がいい。今のところキオンにとって目障りなのはアフトクラトル一国のみ。まだ直接対決をしたことはないが、かの国が従属国を増やしている様子を見ているといずれ我が国にも影響を及ぼすことになりかねない。ならば今のうちに手を打っておこうと思うのだが決定打がなかった。そこに共通の敵を持つきみたちが現れた。これは好機だ」

 

テスタがそう言うと、ツグミは首を横に振った。

 

「閣下、ボーダーはアフトクラトルという国を敵としているのではなく、ボーダー隊員をさらったベルティストン家のみを敵とみなしているのです。国を相手に戦争をしようというのではなく、わたしはさらわれた後輩たちを救出する遠征部隊が誰ひとりとして欠けることなく無事に任務を果たすことができるように働いているだけです。そして二度と玄界(ミデン)に手を出さないよう釘をさすことが目的であり、積極的に近界(ネイバーフッド)の国々と事を構えようとしているのではないことをご承知ください」

 

「釘をさす」はテスタに対しても同じことである。

ボーダーは近界(ネイバーフッド)の国々と交流を持つ意思はあるが、それは三門市防衛のためにトリガーを充実させることを目的としていて、キオンのように他国を侵略して従属させようというのではない。

そこを勘違いされて一緒にアフトクラトルを攻めようという話になれば、それはツグミの意思とは違うものとなってしまう。

 

するとテスタがツグミに訊く。

 

「ボーダーでは近いうちにアフトクラトルへの遠征を行ってさらわれた隊員を救出するということだが、敵の本拠地に乗り込んで戦うとなれば非常に不利な状態での戦闘となる。キオンに来たのは協力を求めるためでもあるのだろ? 具体的に我々は何をすれば良いのかな?」

 

テスタはゼノンの報告書によってボーダーにはトリガー使いの訓練において特別なシステムがあり、短期間で一定レベルの兵士に仕上げることができると知らされていた。

さらに近界(ネイバーフッド)にはない緊急脱出(ベイルアウト)システムや、使用者が自分の個性に合わせて複数の武器(トリガー)を組み合わせて使うというものに興味を持っていた。

ガロプラがすでに緊急脱出(ベイルアウト)システムを実用化しているとなれば、キオンでも導入したいと思うのは無理もない。

そのための協力は惜しまないということだ。

 

「キオンに協力を求めるとすれば情報操作と実戦に耐えうる優秀なトリガー使いの派遣の2点ですね」

 

「情報操作とトリガー使いの派遣? 具体的には?」

 

「まずキオンがアフトクラトルへの侵攻を計画しているという嘘の情報を意識的に流します。現在のアフトクラトルは神候補探しで慌ただしい状態であり、ベルティストン家だけでなく他の領主たちも近界(ネイバーフッド)の各地へ赴いてトリオン能力者を探していますから、そこにキオンが攻めて来ると聞けばますますドタバタするようになるでしょう。もちろんベルティストン家のハイレインはボーダーの遠征についても警戒していますが、キオンへの警戒もしなければならないとするとボーダーへの警戒だけに人員を割くわけにはいかなくなります。ハイレインはボーダーの遠征があることを承知でいましたから、ガロプラのトリガー使いを使って本部基地を攻撃してきました。ですがこちらも上手い具合に撤退させ、さらにはハイレインに偽情報を伝えるよう依頼してあります」

 

「ガロプラの連中は信用できるのか?」

 

「彼らもハイレインのやり方には頭にきているようでしたから、奴を出し抜くことができれば溜飲を下げるというもの。それにその情報操作に失敗しても損害はありません。それからトリガー使いの派遣についてですが、ゼノン隊の3人をお借りしたいと考えています」

 

「ゼノン隊を? まあ、彼らなら積極的に協力してくれるだろうし優先させる任務も今のところはない。彼らが承知すればそれでいい。しかしたった3人では戦力にならないだろ?」

 

「いいえ、彼らは並のトリガー使いが100人いるよりもはるかに役に立ってくれるはずです。彼らの持つトリガーは特殊な能力を持ち、今回の遠征にはぜひとも協力をお願いしたいのです」

 

「きみは彼らに絶大は信頼をおいているのだな?」

 

「はい。祖国、同胞、家族、仲間、矜持…住む世界は違っても、彼らも大切なものを守るために必死になって戦っているわたしたちと同じ人間で、対話という手段でお互いを理解し合えたのです。わたしは彼らのことを信頼する自分を最も信頼しています。だからゼノン隊長、リヌスさん、テオくんの3人がいればそれで十分ベルティストン家の奴らと戦えると自信を持って言えるのです」

 

「『彼らのことを信頼する自分を最も信頼している』か…。なんともきみらしい考え方だな」

 

「だってそう思わないと何もできませんでしょ?」

 

ツグミはそう言って微笑んだ。

 

「わかった。ではサーヴァを経由してゼノン隊にはボーダーへの協力という任務を与え、目的を全力で達成するよう命じておく。キオンとボーダーが同盟国として今後交流を行うという話の結論が出るのはまだずっと先になりそうだからその件はこちらで預からせてもらい、結論が出たら具体的な交渉などを行いたいと思う。今のところはそれで良いかな?」

 

「はい。こちらは一日でも早く帰国したい事情がありますから上司にはその旨を伝え、以後の交渉については総司令や本部長といった責任者にお任せするつもりです」

 

「きみはもう関与しないと言うのか?」

 

残念そうな顔で訊くテスタにツグミは返答する。

 

「お望みであればわたしも加わってお互いに利益となるよう働きたいと思います」

 

「ぜひそうしてくれ。それで他に私にできることがあれば何でも言ってくれ」

 

「でしたらゼノン隊の遠征艇のエンジンを最新のもの…とまではいかずとも新しいものに交換してもらえないでしょうか? 旧式なエンジンでしたからここまで来るのにずいぶんと時間がかかってしまいました」

 

「ならば最新式の艇を用意させよう。彼らの艇では新しいエンジンでの航行に耐えられないだろうからな。それに彼らにはこれからボーダーとの交渉でも役に立ってもらわなければならない。これはその褒美の前払いのようなものだ」

 

「ありがとうございます。これで素晴らしい報告を早く上司に伝えることができます」

 

ツグミは深く頭を下げて礼をした。

そして話題を変える。

 

「ところでリヌスさんの話ですとエウクラートンの女王の体調が優れず、(マザー)トリガーの操作に支障が出ているということです。それについては閣下のお耳に入っていらっしゃるでしょうか?」

 

「ああ、そのことか。あの国には現在女王の後継者が不在で、彼女が崩御すれば国は荒れるだろう」

 

「それを承知で何もしていない…なんてことはありませんよね?」

 

「もちろん。これは国の最高機密の内容できみにも話せないが手は打ってある。エウクラートンはキオンにとって大切な食料倉庫だからね」

 

「……」

 

テスタにとってキオンとその国民は自国の国民の腹を満たすための()()でしかなく、そこに住むひとりひとりにも自分たちと同じように人生があるのだということをわかってはいない。

それを隠そうともしない彼の態度にツグミは落胆してしまった。

 

(それは仕方がないと言えばそうなんだけど、だからといって人を人として見ることができないなんて残念な人だこと。手は打ってあると言っていたけど、まさかこの混乱に乗じて従属国ではなく植民地にでもしようというんじゃないでしょうね)

 

現在はエウクラートンも独立国として自治を認めているが、植民地になれば今よりもずっと待遇は悪いものとなる。

女王がいなくなったのだからという理由で支配することはそう難しいことではない。

むしろそれを狙っているとも考えられる。

 

(テスタさんは国家元首だもの、キオンの国民のためならどんなことだってやりそう。でもそれを責めることはできない。自国の国民を優先させることは間違ってはいないんだから)

 

ミリアムやリヌスからエウクラートンのことや(マザー)トリガーについて話を聞かされていたものだから、ツグミはテスタが何かを企んでいるだろうと想像してしまう。

 

(エウクラートンのことは心配だけど、今のわたしには何もできない。今やるべきことはアフトクラトル遠征を成功させること。エウクラートンの女王は病気だっていうんだから、わたしに手に負えるはずがないもの)

 

エウクラートンの女王の容態やテスタの思惑など気になることは多いが、神ならぬ身のツグミがすべて解決できるものではない。

彼女にできるのは小さな幸せを守ることだけで、世界平和や全人類の幸福を叶えることなどできるはずがないのだ。

ただ彼女は自分の小さな羽ばたきがいずれ大風を起こすことになるなどど想像もしていない。

 

 

◆◆◆

 

 

テスタとの会談は公式なものと私的なものと2回行ったわけだが、そのどちらも手応えはあったとツグミは感じていた。

ゼノン隊を()()()()()ことができたのは最大の収穫である。

なにしろゼノンの持つタキトゥスの(ブラック)トリガーは一度に十数人の人間を転移させられる規模の(ゲート)を開くことができるし、リヌスの持つトリガーはノーマルトリガーと(ブラック)トリガーのハイブリッドタイプで、使用者の半径約30メートル内に干渉して、敵のトリガーが起動できない状態にする。

このふたつのトリガーがあればアフトクラトル遠征はだいぶ楽になるはずなのだ。

ただし上層部はOKしても実際に遠征に参加する隊員の中には近界民(ネイバー)の協力を不要だと考える者もいるだろう。

その点もツグミは考えていて、誰にとっても「納得はできなくても理解はしてもらう」ように事を運ぶつもりでいる。

 

ゼノン隊の新しい遠征艇の用意ができるのは最短で3日ということなので、ツグミはキオンを発つ日を4日後に決めた。

長居したいものの彼女にとってやるべきことは多く、そのためには1日でも早く帰国する必要がある。

しかしそれだけ急いでいても、見過ごしたままではいられないことがひとつだけある。

それはエウクラートンのことである。

幸い帰国の経路を計算するとエウクラートンを経由しても時間のロスは2日で済むというので、ツグミはエウクラートンの現状を自分の目で確かめてから帰国することにした。

父親の故郷である国の姿を実際に見ることは彼女のためでもあると迅とゼノンたちの意見も一致し、キオンを出発してエウクラートンに立ち寄り、往路とは少し違うコースをとってアフトクラトルへ行くことになる。

計算上では約18日の行程で、帰国する頃には遠征部隊のメンバーの訓練もだいぶ進んでいることだろう。

 

帰国の目処がついたところで、ツグミはキオンに滞在している間にやれることをやろうと考えて行動を開始した。

まずはテオの実家に行って彼の家族と会った。

今回の任務に成功すればテオは家族を含めて一等市民になれたはずなのだが、正確には任務成功とまでは言えず彼の昇格だけで終わってしまっていた。

しかしキオンとボーダーが正式に同盟関係を結ぶことになればゼノン隊の功績は大きいということで、ゼノンたち3人が一等市民になれる可能性が高くなり、同時にテオの家族も一等市民になれるという希望はまだ残っている。

ツグミに会うなりテオの両親は彼女の手を握って涙を流しながら感謝の言葉を告げた。

テオが彼女のことを前もって話してあったからなのだが、どうやら少し大げさに言ったらしい。

ツグミはテオの家族の温かい歓迎に自分の判断が正しかったことを確信した。

 

続いてキオンの畑の土を採取し、それを持ち帰ってしかるべき機関に依頼して成分調査をしてもらうことにした。

土壌を改良して、さらに寒冷地でも作ることのできる作物を探すためだ。

キオンが他国を従属させるのは食料を得るためで、自国である程度の収穫があればエウクラートンの負担が減る。

ツグミにとってエウクラートンは父親の故郷であるというだけで縁もゆかりもないのだが、近界(ネイバーフッド)が平和な世界になることでボーダーの界境防衛の意味が減って本来の友好的な交流を目指すことができるようになると考えた第一歩がキオンの食料自給率の向上なのである。

 

最後にツグミは自分が滞在していた拘置所の敷地にシロツメクサの種を蒔いた。

キオンにはない植物であるからいわゆる「外来種」で持ち込むことには問題がありそうなのだが、テスタに事情を説明して許可を得ていたのである。

首都の中なら雪が積もらずに一年中暖かいから上手く育つだろう。

なぜそんなことをしたのかという理由はいくつかあった。

まずシロツメクサは家畜の飼料になること。

上手く育てば牛や馬の餌として役に立つと考えたのだ。

さらに根粒菌の作用により窒素を固定することから、土壌を豊かにする植物として玄界(ミデン)では緑化資材にも用いられている。

まずは土を肥やして、その上で種を蒔くのは当然の順番である。

そして拘置所の敷地にした理由は、拘留されている人にとっての慰めになればという気持ちだ。

花が咲けばそれなりに美しい花畑になるし、そうでなくてもタダの地面よりも緑が広がる光景の方が見ていて気持ちがいいはずなのだから。

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミたちがキオンを発つ日がやって来た。

数日前に到着した時と同じメンバーで出発することができるのは最大の収穫である。

なにしろゼノンたちが3人とも処分を受けず、さらにボーダーの遠征に()()()協力をしてくれることになったのだから。

おまけに新しい遠征艇になり、燃費と居住環境が格段にアップしている。

これなら今までよりも快適な旅ができるだろう。

 

たった数日しかいなかったというのにツグミは離れるのが惜しい気持ちになってしまい、トリオン兵の橇に乗りながら小さくなっていくマーグヌスの街を振り返って見つめる。

 

(次はもっと素敵なお土産を持って来ます。だから()()()も今回以上に素敵なプレゼントを用意して待っていてくださいね)

 

心の中でそう呟いたツグミの表情は晴れ晴れとしていて、短い春が訪れてまもなく草木が芽吹くであろう大地に降り注ぐ太陽の光のように輝いて見えたのだった。

 

 

 

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