ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
リベラート・オーラクルはツグミの顔を一目見ただけで彼女がミリアムの孫であり、オリバの娘であり、そして自分の孫でもあることを確信した。
それは根拠があってというのではなく、身体の中に流れる同じ「血」がそう訴えかけていたのだ。
ツグミ自身もリベラートが自分と何らかの関わりがあるということは察したのだが、まさか自分の祖父だとまでは気付きはしない。
それでも赤の他人とは思えず、自然とリベラートに微笑みかけていた。
「ミルコ、おまえはもう下がっていい。私たちふたりだけにしてくれ」
リベラートはそう言ってミルコを下がらせると、部屋の入口近くで立っているツグミに声をかけた。
「ツグミ、こちらへ来て座りなさい」
「はい」
ツグミはリベラートの座っているソファの向かい側のソファに腰掛けた。
「きみはオリバにそっくりだ。血は争えないね。それに私を見ても怖じ気付く気配すらない。ミリアムの孫であることも疑いようがないよ。なにしろオリバを出産した頃の彼女ときみは雰囲気が良く似ている」
「!」
ツグミはリベラートの言葉に肌が粟立って、背筋が凍りついて動けなくなってしまった。
唇もぶるぶると震え、言葉を発しようとしてもできない。
(ミリアムさんとお父さんの親子関係を知っているのはミリアムさんだけのはず。なんで殿下がそのことを知っているの…?)
「ミリアムは最後まで否定していたけど、やっぱりオリバは私の息子だった。そのことを教えてくれさえすれば私はただひとり自分の血を引く人間を抱きしめることができたというのに…」
リベラートは悔しげに言うが、ツグミの顔を見ると満面の笑みを浮かべた。
「でもこうして孫が訪ねて来てくれたのは僥倖というもの。さあ、もっと良く顔を見せてくれ、ツグミ」
「あ、あの…」
やっとのことで口を開くことはできたが、その先の言葉が続かない。
するとリベラートは彼女の心中を察して言った。
「そうだね。きちんと説明しないときみも戸惑うだけだ。…これから話すことはきみにとってとても重要なことで、きみと周囲の人間にも影響を与えることにもなるだろう。それを心して聞いてもらいたい。そしてその後、きみのことも聞かせてくれ」
「…はい」
リベラートはツグミの顔を愛おしげに見ながら45年前のミリアムとの出会いから別れまでの話を始めたのだった。
◆
「私がミリアムと出会ったのは彼女が王宮へと招かれた時のことだった。彼女は14歳という若さでありながらトリガー
リベラートは遠くを見つめるようなうっとりとした目つきで続けた。
「ミリアムは低い身分の少女だったが聡明で身分の低さを感じさせない身のこなしや振る舞いを見せた。それでいて子供のように無邪気で空を飛ぶ鳥のように自由だった。そんな彼女と私は愛し合うようになったのだが、ふたりには障害となるものがあった。それは私には許嫁がいて私が18歳になったら結婚をしなければならないという立場だったのだよ」
王族の人間としての不自由な暮らしの中にミリアムという自由奔放な少女が舞い降りてきたというのだから、リベラートが惹かれてしまうのも無理はない。
おまけに許嫁がいるとなれば恋愛という経験なしに結婚を強いられて、人としての歓びや哀しみを知らずに生きることになるだろう。
ツグミにもリベラートの気持ちがわかる気がした。
「私とミリアムは人目を忍んで逢瀬を重ねた。初めのうちは会っていろいろな話をするだけで良かったのだが、次第にそれだけでは済まなくなっていき、とうとう私たちは結ばれたのだよ。私はこっそりと王宮を抜け出して彼女が待つ民家に急いだ。その民家というのは彼女の実家で、当時誰も住んでいなかったから自由に使えたのだ。そしてそこで私と彼女は結ばれ、その後何度もそこで情事を重ねることになったのだった」
ツグミにとって過激な内容だが、避けては通れない話であるから黙って聞き続ける。
「エウクラートンでは身分差によっての恋愛を禁止されることはない。だから庶民と貴族階級の人間の結婚は普通にある。しかし婚前交渉は禁止されているから、私たちの行為は絶対に許されないことだ。しかも私には許嫁がいるのだから、ミリアムはこのことが世間にバレたら国外追放となるほどの重罪を犯したことになる。すべて私が悪いのだが、彼女はそれでも私のことを愛し続けてくれた。しかし彼女が16歳の誕生日の前後半年ほど行方不明となってしまったのだ。私はできる範囲で探したが彼女はどこにもいなかった。そして18歳になった私は結婚をし、もう一般国民との面会が自由にできない立場になってしまっていて、彼女に再会したのはそれから10年近く経ってからだった」
リベラートとミリアムの行為はエウクラートンの
しかし本人たちが愛し合うようになる前に将来の配偶者が勝手に決められて抗えないということには納得がいかなかった。
彼女には納得できないだけでそれがエウクラートンの人間の
「ミリアムは
王族という特権階級だから何をやっても許されるという某国とは違ってエウクラートンは王族でも同じことをすれば同じ罪となる。
狡いことをしない、自分たちと同じだという意識があるから国民は王族を慕い、女王やリベラートの判断を正しいと信じ込んでいるのだ。
だから国民を裏切らないためにはオリバの出生について公にはできない。
そこでミリアムはオリバを里子に出して彼のことを誰にも話すことなく一生独身で過ごすことになった。
しかし何も知らないオリバはトリガー使いとして、また
ミリアムも愛する男性との間に産まれたオリバのことを可愛がるのは当然なのだが、きちんと「愛弟子」という意味で愛おしんだ。
そして21年前のキオンの第一次侵攻によってミリアムはオリバとリベラートを守るために自ら
「私はミリアムが
ツグミは両目に嬉し涙を浮かべるリベラートの顔を黙って見ていた。
(この人がわたしのおじいさん? 話のつじつまは合うけど本当にそうなのかしら? ミリアムさんの証言でわたしが彼女の孫であることは紛れもない事実だけど、だからといってこの人の孫とは限らないもの。ミリアムさんには悪いけど彼女が他の男性との間に子供を作って、それが
ツグミは冷静になったことでようやく言葉を発することができるようになっていた。
「リベラート殿下、わたしは今ミリアムの
「何だって!?」
「父がわたしに託したものです。これを起動してミリアムさんの魂をわたしの身体に憑依させると彼女と話ができるようになります。ですから彼女と話をしてみてください。そうすれば真実がわかるはずです」
「彼女と話ができるなら私に異存などない。早く起動してくれ」
リベラートの許しを得たツグミはミリアムの
しかし彼女の呼びかけにミリアムは反応をしない。
いつもならツグミが心の中で呼びかけるとすぐに返事をするのだが、返事をするどころか心の扉を固く閉ざしてしまっているみたいだ。
(ミリアムさん、このままで終わらせることはできないんですよ。わたしに無関係なことならスルーしてしまいますが、リベラート殿下がわたしのおじいさんかも知れないというんですから、ここはハッキリとさせてください)
ツグミは何となくわかっている。
リベラートの語っていたことが真実であり、自分がエウクラートン王家の血筋の人間であると。
しかしそれは彼女の望むことではなく、ミリアムにハッキリと否定してほしいのだ。
(…わかったわ。だけど貴女にとって知りたくない真実かも知れないのよ。それでもいいの?)
ミリアムはツグミに問う。
(はい。真実からは逃れられませんから。不都合な真実であってもわたしは目を背けずに受け入れて、その上で自分がどう生きるべきなのかを考えます)
(いい覚悟ね。じゃあ、少しだけあの人と話をしてくるわ)
ミリアムがそう言った次の瞬間、ツグミの意識は途絶えた。
そして同時にミリアムの魂がツグミの身体に憑依する。
見た目が変化するわけではないのでリベラートは何が何だかわからずにいたが、ツグミの姿と声でありながら自分の名を呼ばれて涙が溢れそうになった。
「リベラート…貴方とまたお話ができるなんて夢みたい」
「ミリアム…きみ、なのか?」
「ええ。信じられないでしょうけど。でも私はミリアムよ」
ツグミの顔で微笑むミリアム。
そんな彼女をリベラートは抱きしめた。
「ああ、私の愛するミリアム…。こうしているとふたりで人目を忍んで逢瀬を繰り返した遠い日のことを思い出すよ」
「ええ。あの時の私たちはまだ若かった…いいえ、若すぎたのね。私たちの軽率な行いがこんなことになるなんてあの時は想像もしていなかった。オリバとツグミには申し訳ないと心から思っているわ」
「それじゃあ、やはりツグミは私の…」
「そうよ。オリバは貴方の息子だもの。…私はあの子を産んでひとりで育てようと思ったの。でもそれはできなかった。貴方のお母様、つまり前女王は私とオリバのことを知ってしまい、オリバを私から取り上げてどこかに連れて行ってしまったから」
「何だって!? 母上がそんなことを?」
「やっぱり何も知らされていなかったのね。大事な息子が許嫁をないがしろにして他所の女と付き合って、あまつさえ子供までできてしまったなんて王家の醜聞を国民に知られてしまったら大変だもの仕方がないわ。この国はとても美しい国だから、国民も清く正しく生きなければいけないっていうのが国是だものね」
「しかしあまりにも酷い。母親から生まれたばかりの子供を取り上げてしまうなんて…」
「でも結果的には良かったのよ。だってオリバはきちんとした家の夫婦の実子扱いで育てられたし、私も国外追放にはならずに済んだのだから。これは愛してはいけない人を好きになってしまった私が悪いの。ごめんなさい、リベラート」
「きみが謝ることじゃない。責任は私にもある。しかしもう私にはきみに償う方法がない。どうすればいいんだ…?」
「それなら私のお願いをひとつ叶えてほしいの」
「きみのお願い?」
「そう。今この国は女王が病に伏せっているということで
「……」
「この子は真実を知りたがっているわ。だから教えてあげなければいけないんだけど、それを聞いた本人にどうするかを決めさせてちょうだい。この子は自分が正しいと信じたことはするけど、そうでなかったらテコでも動かない。この子に考える時間を与えてあげて。そして無理強いしないでほしいの。お願い、リベラート」
リベラートにとってツグミは可愛い孫娘であるが、女王の資格を持つ少女でもある。
ミリアムの言うように本人が望まないのであれば無理強いはできない。
しかし女王の後継者がいないという現実では土下座をしてでも即位してもらいたいと思うのは当然なのだ。
「わかった。ツグミには現在のエウクラートンの状況を正直に話し、その上で彼女の判断に任せるとしよう。それで良いのだな?」
「ええ。わかってもらえて良かったわ。私だってエウクラートンのことは心配だけど、この子にはオリバの分も幸せになってもらいたいのよ。…そろそろお別れよ、リベラート」
「え?」
「長い時間憑依しているとこの子の身体に良くないの。だから1日に15分くらいが限界。あとは貴方に任せるわ。この子のことをよろしくね」
そう言ってミリアムはツグミの身体から抜けた。
そして意識を取り戻したツグミはリベラートに訊く。
「ミリアムさんとお話はできましたか?」
「ああ。きみが私の孫だということも教えてもらったよ」
「そうですか…。彼女がそう言うなら疑いようがありませんね」
ツグミは残念そうな顔をして下を向いてしまうが、すぐに顔を上げて言った。
「それでこれからわたしは殿下のことをおじい様と呼んだ方が良いのでしょうか? それとも殿下のままで?」
それはツグミがリベラートの孫つまり王家の血筋の少女であることを公表するか否かという意味である。
「まだ殿下のままでいい。これからきみを神殿へ連れて行く。そこできみは自分自身でどうするのかを考えてほしい。ミリアムからそう頼まれているのだよ」
「わかりました」
ツグミは「神殿へ行く」という意味を理解し、避けては通れない道であるとして素直に従うことにしたのだった。
◆
神殿の中央の最深部に
ここは王家の人間しか入ることはできない神域で、リベラートがここにツグミを連れて来たということは正式に彼女を自分の孫だと認めているということでもある。
ツグミは生まれて初めて見る
それは一辺が3メートルくらいあるトリオンキューブそっくりな物体で、直視できないくらい光り輝いている。
そのトリオンキューブ状の物体は床から2メートルくらいの高さで浮かんでいてゆっくりと回転しているように見えた。
そしてその下にはコンソールパネルのようなものがあり、玉座ともいうべき豪奢な造りの椅子に女王が腰掛けていた。
「女王陛下、ご無理をなさってはいけませんよ。エウクラートンのことは大切ですが、あなたのお身体の方が大切なのですから」
リベラートは女王に声をかけた。
すると女王はリベラートの方を振り返り、そこにツグミの姿を見付けて怪訝そうな目で訊いた。
「その娘は誰じゃ? ここは王家の人間しか入れぬ神域ぞ」
「彼女はツグミ、私とミリアムの息子であるオリバの娘、つまり私の孫です」
「そなたの孫とな?」
女王は驚いて勢いよく立ち上がったが、そのせいで立ちくらみを起こしてしまい床にうずくまってしまった。
その様子を見たツグミは思わず駆け寄ってしまう。
「女王陛下、大丈夫ですか?」
「いや、心配するでない。いつものことだ」
そうは言うものの、彼女はまだ52歳だというのに61歳のリベラートよりもはるかに衰えていて実年齢よりもはるかに年老いて見えた。
間違いなく何らかの病に冒されていて、身体を休めるべきなのに無理をして神官としての義務を果たそうとしているのだ。
「私の病など些細なこと。この
「ですがご無理をなさってはいけません。お気持ちはわかりますが、陛下がご自分の役目をきちんとわかっていらっしゃるのなら、今すべきことは御身を労わることではないでしょうか?」
「……」
ツグミの正論に対して女王は返す言葉もない。
「わたしは医術の心得があるわけではありませんから陛下のご病気を治して差し上げることはできません。ですが心から心配していて、一日も早いご快癒を願っております」
ツグミの言葉に嘘偽りがないと知ると、女王は彼女の手を取って言った。
「優しい娘よのう…。そなたの気持ちに免じて今日はこれくらいにしておくとするか」
するとリベラートがさっとやって来て、女王の身体を抱き抱えると部屋の片隅に置かれているカウチソファーに運んだ。
「陛下、ツグミは自分の出生の真実を知ってその上でここへと来ました。その意味はおわかりになると思います」
「ああ」
「これからツグミに
「もちろんかまわぬ。エウクラートンの希望の光となるか否かの重要な診断だ、そなたに任すとしよう」
女王の許しを得たリベラートはツグミを伴って
「ツグミ、その球体に両手をかざしてごらん」
リベラートの指差す先には直径が30センチくらいの水晶のような真球がある。
ツグミは占い師のように両手を包み込むようにかざすと、その球体は強い光を発した。
それをリベラートだけでなく女王も真剣な目で見ており、その結果に満足するように静かに微笑んだのだった。