ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ロの字型の席の上座に城戸が座り、下座にいるツグミから見て右側に忍田、沢村、林藤、左側に根付、鬼怒田、唐沢が座ってツグミの顔を一斉に見つめている。
(こういうの苦手なのよね…。隣にジンさんがいてくれるのは心強いけど、後ろにいるゼノン隊長たちと同じでオブザーバー的な立場だから援護射撃はないって考えた方がいいもの)
ツグミは深呼吸をひとつしてから口を開いた。
「では始めさせていただきます。先ほどお配りしたレジュメをご覧くださいませ。大きく分けてアフトクラトルとキオンの2ヶ国でわたしと迅隊員及びキオンのお三方の5人の共同で行った交渉内容について書かれています。それを読んでいただければおおまかにはおわかりいただけるかと思います」
ツグミはアフトクラトルとキオンでの行動について毎日詳細に日記を書いていて、艇の中で報告書を書き上げており、さらにこの報告会のためのレジュメまで仕上げていた。
それを本部基地に着いてから必要枚数をコピーして配布したという手際の良さで、これによって時間を短縮しようというのである。
「アフトクラトルでの行動に関しましてはこのあとの遠征会議にも関わってくることですので、先にキオンでの報告をいたします。レジュメの6ページ目をご覧ください」
キオンで総統であるテスタ・スカルキと二度に渡って公式・非公式の会談を行い、城戸司令宛の親書を託されたことを報告した。
「みなさまもご存知のようにキオンは
「それはおまえの理想であって現実に同盟を結ぶかどうかはまだ決まっていない」
城戸が冷たく言い放つが、ツグミは平然と答えた。
「もちろんわかっております。ですが理想とするイメージが頭になくては何もできません。それにここでキオンと同盟を結ぶことができなくてもボーダーにとってマイナスにはなりません。キオンはトリオンに代わるエネルギーを求めていますがトリオン不足というのではなく、諸外国を穏便な手段で従属させるか同盟を結ぶことで武力に頼らずに
城戸たちもゼノンの持つ
キオンの側から協力を申し出ているのだからここはひとまずツグミの成果を認めて彼女の立てた計画を進めるべきである。
「なお滞在がわずか7日間という短時間でここまでの結果を出せたのはゼノン隊のお三方が軍内部で功績を出していて、軍の最高司令官であるサーヴァ閣下との面会がスムーズに行えたからです。よって彼らには言葉には言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです」
そう言ってツグミは振り返ってゼノンたちに頭を下げた。
ここで彼らのボーダーに対する協力的な面をアピールすることで上層部のメンバーに好印象を与えておけば後々役に立つとの考えだ。
もちろんツグミは彼らに感謝しているから演技ではなく本気で礼をしているのである。
「キオンとの交渉はアフトクラトル遠征の後でかまわないということです。なお、総統はわたしのことを気に入ってくださったようで、今後の交渉の窓口となってほしいと言われております」
「おまえの話はわかった。キオンとの同盟締結の件に関しては引き続きおまえにも加わってもらってもらうことになるな。アフトクラトル遠征についてもいろいろ働いてもらわなければならないことがある。忙しいだろうがおまえでなければできない内容だ、やってもらうぞ」
「もちろんその覚悟はあります。自分で種を蒔いたんですから、刈り取りまでしっかりと責任を持ってやります」
「よかろう。その約束を違えるのではないぞ。…さて、誰か質問のある者はいるか?」
城戸が参加メンバーの顔を見回した。
すると鬼怒田が手を挙げてツグミに訊いた。
「昨日おまえたちが乗ってきた艇は前のものとは違うようだが、アレはどうした?」
「はい。総統に最新型の艇をいただきましたから。エンジンが以前のものよりもはるかにパワーアップしていて、航行速度が約2割、トリオン効率が約5割上昇しています。大型の艇を動かすためには現在ボーダーで使用しているものではパワー不足でしょうから、新しい遠征艇のエンジンの制作の参考にしてはいかがでしょうか。 総統からは自由に調べてかまわないと許可を得ています。もしご用がありましたらゼノン隊長が艇までご案内してくださるそうです」
「そりゃあ助かる。さっそく明日にでも頼むとするか」
鬼怒田は上機嫌だ。
なにしろ航行速度やトリオン効率が従来のものよりアップすればそれだけ遠征の期間を短縮することができるのだから、参加する隊員たちの負担も減るし、経費の節減にもなるとすれば当然である。
「ああ、ツグミくん、ちょっといいかな?」
続いて手を挙げたのは唐沢であった。
「このレジュメにはエウクラートンという国の女王と皇太子のふたりに面会をしたとあるが、それについての話はしないのかい? たしかエウクラートンというのはきみの持つ
この場にいるメンバーは全員がツグミの出生やミリアムの
だからその国の国家元首と面会したことをスルーしようとすることが腑に落ちないのだ。
「それについてはこの後の遠征会議に直接関係ないために別途書面においてご報告させていただく予定でした。と言いますのもエウクラートン訪問は当初の予定にはなく、キオンにおいてエウクラートンの女王の体調が優れないと聞き、急遽予定を変更して訪問をしたのもですから、これといって報告すべき点がなかったので口頭での報告を割愛させていただくことにしたのです。それにこの国は個人的にいろいろ思うところがありますので、今日はキオンとアフトクラトルの2ヶ国のみの報告とさせていただきます。個人的に興味がおありでしたら、お時間を作っていただければ
「承知した。またいつか話してもらおうかな」
エウクラートンでの話をすれば自然に
それを踏まえた上でなければ話せない点もあるからで、唐沢がさっと退いてくれたのは彼女にとって非常にありがたかった。
他には挙手する者はおらず、続いてアフトクラトルでの報告となるのだが、その前にやることがあった。
「続きましてはアフトクラトルにおけるディルク・エリン氏との会談ですが、その前にお客様をお呼びしたいと思います」
ツグミがそう言うと沢村がさっと立ち上がり、別室で控えていたマーナとレクス、そしてヒュースの3人を会議室へと案内してきた。
「こちらのご婦人がアフトクラトルの貴族ディルク・エリン氏の令夫人のマーナさん、そして御子息のレクスくんです」
マーナとレクスは貴族らしい身のこなしで挨拶をすると、会議室に隅に用意した椅子に腰掛けた。
ヒュースも彼女たちを護衛するかのようにすぐそばに立つが、マーナに座るよう言われて残りの椅子に座る。
「さて、ディルク・エリン氏というのはここにいるヒュース隊員の主君であり、同時に家族として育ててくださった恩人で、本来ならこの場に来ていただきたくて依頼はしたのですが、あえてアフトクラトルに残り夫人と御子息のみをボーダーに託してくださったのです。このおふたりにはアフトクラトルでの次期神候補の問題が解決するまで三門市に滞在していただくことになっており、そのすべてはわたしに任せていただいています。そうでしたね、城戸司令?」
ツグミがそう訊くと、城戸が頷いて答えた。
「ああ。アフトクラトルの客人の世話は一任してある。失礼のないように接してくれ」
「承知いたしました。なお、先ほどのキオンのお三方とこちらのおふたりにはボーダーで用意した寮の空室を使っていただこうと考えております。その点に関しましては寮のリフォーム等を担当なさった唐沢部長に確認を取り、了解を得ております。慣れないこちら側の世界での暮らしですから、わたしと迅隊員そしてヒュース隊員もその寮に引越しして生活のサポートをする予定です」
「おまえたちに任せておけば大丈夫そうだな。何か不都合があれば遠慮なく言ってくれ。ただちに善処する」
「ありがとうございます。ではアフトクラトルのお三方には遠征に際に協力していただきますので、このあともオブザーバーとして参加していただきます。まずはアフトクラトルにおいてこの目で確かめてきたことと、集めた情報についての報告を始めます。レジュメの10ページ目を開いてください」
そう切り出して、ツグミはディルクからもらった都市の地図と地下道の配置図をモニターに投影する。
それを見た忍田や鬼怒田たちから驚嘆の声が上がった。
「これはベルティストン家の居城のある城郭都市の詳細な地図とその地下に張り巡らされている地下道の配置図です。エリン氏からお預かりした大切なもので、これを託してくださった彼がボーダーに対して協力的であることはおわかりでしょう。さらにボーダーと繋がっていることが知られると非常に立場が悪くなるというのに、ハイレインたちの状況やさらわれたC級隊員の居場所などについて調べてくださいました。場所は特定できませんが
ツグミはそう説明をし、エリン家が城郭都市の南門及び南エリアの管理していることで事前の潜入調査は想定されていたものよりはずっと楽になるということ説明してからトリガーを起動した。
「これは
ツグミが大規模侵攻でハイレインと直接戦ったことで面識があることは誰もが知っている。
そんな相手に素性がバレなかったとなればこのトリガーの効果は証明されたようなもので、遠征の際には非常に役立つことは誰でも理解できるはずだ。
「遠征に参加する隊員は戦闘訓練を積んで以前よりもはるかに強くなっていると思いますが、できることなら戦闘を避けたいと思うのが当然です。みなさんも敵の
苦手だとは言いながらもツグミは上層部のメンバーを前にして怖気づくこともなく淡々と報告を続けている。
その様子を隣で見ている迅や背後にいるゼノンたちは改めてツグミの度胸の良さと、自分の正義を信じて迷いなく真っ直ぐに進むことができる精神に感服していた。
「…以上です。城戸司令、何かございますか?」
簡単ながらも報告すべきことは全部話したところで城戸に訊く。
すると城戸はツグミに言った。
「いや、
「いえ、休暇をいただけるならありがたくいただきます。ただあと4-5日は無理そうです。寮への引越しやマーナさんたちの生活に必要なものを購入したり、できれば街を案内したいですから。それらが一段落したらゆっくりと温泉でも行って寛ぎたいですね」
「ふっ…ならば好きにするといい。しかしくれぐれもキオンとアフトクラトルの客人については他の隊員たちに正体がバレないようにしてくれよ。私はボーダーの最高司令官の立場として
「重々承知しております。わたしはボーダー隊員ですからボーダーにとって不都合なことにはならないよう行動しています。現在はS級隊員となり城戸司令の直属の部下ですから、間違っても司令の眉間のシワを深くするようなことはいたしません。ご安心くださいませ」
そう言ってツグミは微笑んだ。
「そうか、それならいい。おまえのやりたいようにあることを許す。よって何かあれば遠慮なく私に言え」
「はい、ありがとうございます」
「では、アフトクラトルに関することで誰か質問のある者はいるか?」
城戸が再び参加メンバーの顔を見回した。
すると林藤が手を挙げてツグミに訊く。
「ツグミ、おまえの報告を聞いてると何から何まで
「それはどういう意味でしょうか?」
「キオンは
「わたしだって
ツグミの言葉はすべて本心からのもので、そのことは林藤だけでなく城戸や忍田、ゼノンたちはよくわかっていた。
それは彼女を幼い頃から見守っているからであり、周囲の反対にも負けず自分たちのために走り回ってくれた姿を見ていたからであり、危険な敵地に赴いてでも大切なもののために戦う姿を見たからである。
しかしツグミの本質を知らない人間には彼女がキオンやアフトクラトルの海千山千の連中に手玉に取られたことに気付いていないようにしか感じられないだろう。
さらに普通の人間なら大したことではなくても、さも大変だったとか自分でしかできないようなことをやったように盛りに盛って言うはずなのだが、彼女はいとも簡単にやってのけたように報告していた。
それはその人間がひとつの事実を針小棒大に言うことで周りから評価を得たいがためである。
しかしツグミにはそんなものは不要で、逆に苦労したことを他人に知られたくはなくてなんでもなかったフリをしてしまう。
そこを勘違いされてはいけないと、林藤はあえて彼女のことをあまり快く思わない側の人間の立場として言ったのだった。
「まあ、ちゃんとわかっていればいい。おまえの覚悟は本物だということはわかった。万が一キオンの奴らが攻めて来たらおまえを先頭に全力で戦うのみだ。ハハハ…」
こうして林藤が納得して退くのであれば、誰かが同じことで彼女を追求することはなくなる。
言ってみれば林藤のアドリブにツグミが上手く応じたということ。
これで彼女の
「これ以上質問がないようであれば報告会はこれで終了とする」
城戸が終了宣言をしたことで、報告会は無事終わったのだった。