ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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279話

 

 

ロの字型の席の上座に城戸が座り、下座にいるツグミから見て右側に忍田、沢村、林藤、左側に根付、鬼怒田、唐沢が座ってツグミの顔を一斉に見つめている。

 

(こういうの苦手なのよね…。隣にジンさんがいてくれるのは心強いけど、後ろにいるゼノン隊長たちと同じでオブザーバー的な立場だから援護射撃はないって考えた方がいいもの)

 

ツグミは深呼吸をひとつしてから口を開いた。

 

「では始めさせていただきます。先ほどお配りしたレジュメをご覧くださいませ。大きく分けてアフトクラトルとキオンの2ヶ国でわたしと迅隊員及びキオンのお三方の5人の共同で行った交渉内容について書かれています。それを読んでいただければおおまかにはおわかりいただけるかと思います」

 

ツグミはアフトクラトルとキオンでの行動について毎日詳細に日記を書いていて、艇の中で報告書を書き上げており、さらにこの報告会のためのレジュメまで仕上げていた。

それを本部基地に着いてから必要枚数をコピーして配布したという手際の良さで、これによって時間を短縮しようというのである。

 

「アフトクラトルでの行動に関しましてはこのあとの遠征会議にも関わってくることですので、先にキオンでの報告をいたします。レジュメの6ページ目をご覧ください」

 

キオンで総統であるテスタ・スカルキと二度に渡って公式・非公式の会談を行い、城戸司令宛の親書を託されたことを報告した。

 

「みなさまもご存知のようにキオンは近界(ネイバーフッド)においてアフトクラトルと並ぶ軍事大国であり、その国と同盟関係を結ぶことができるとなれば今後の界境防衛にとって役立つ技術協力を得られることになるでしょう。もちろんこちらも同程度の技術提供はしなければなりませんが、先方の希望はボーダーにとってさほど困難なものになるとは思えません。またボーダーとキオンが同盟を結ぶことによってアフトクラトルに対して圧力をかけることができます」

 

「それはおまえの理想であって現実に同盟を結ぶかどうかはまだ決まっていない」

 

城戸が冷たく言い放つが、ツグミは平然と答えた。

 

「もちろんわかっております。ですが理想とするイメージが頭になくては何もできません。それにここでキオンと同盟を結ぶことができなくてもボーダーにとってマイナスにはなりません。キオンはトリオンに代わるエネルギーを求めていますがトリオン不足というのではなく、諸外国を穏便な手段で従属させるか同盟を結ぶことで武力に頼らずに近界(ネイバーフッド)の覇権を握ろうとしているのです。現在のキオンで最も必要なものは十分な食料で、少数の従属国から無理矢理に徴収するのではなく、多くの国から少しずつ集めようというのですからボーダーにとっては脅威にはならないのです。総統は玄界(ミデン)、いえボーダーを敵に回すよりも味方にした方が利益となると理解していますから、お互いに相手を利用するという点でわたしたちと考えが一致しています。少なくともボーダーに対して協力の意思を示しているのは間違いありません。その証拠にゼノン隊3人へボーダーのアフトクラトル遠征に全面的に協力するよう命じ、このようにわざわざ派遣してくださったのですからわたしたちは彼らを信じて一緒に戦うべきであると思います。正式に同盟を結ぶかどうかは遠征の後に結論を出せばよろしいかと」

 

城戸たちもゼノンの持つ(ブラック)トリガーやリヌスの持つ敵のトリガーを無効化する「カテーナ」の価値を理解しているから遠征では役に立つことがわかっている。

キオンの側から協力を申し出ているのだからここはひとまずツグミの成果を認めて彼女の立てた計画を進めるべきである。

 

「なお滞在がわずか7日間という短時間でここまでの結果を出せたのはゼノン隊のお三方が軍内部で功績を出していて、軍の最高司令官であるサーヴァ閣下との面会がスムーズに行えたからです。よって彼らには言葉には言い尽くせないほどの感謝の気持ちでいっぱいです」

 

そう言ってツグミは振り返ってゼノンたちに頭を下げた。

ここで彼らのボーダーに対する協力的な面をアピールすることで上層部のメンバーに好印象を与えておけば後々役に立つとの考えだ。

もちろんツグミは彼らに感謝しているから演技ではなく本気で礼をしているのである。

 

「キオンとの交渉はアフトクラトル遠征の後でかまわないということです。なお、総統はわたしのことを気に入ってくださったようで、今後の交渉の窓口となってほしいと言われております」

 

「おまえの話はわかった。キオンとの同盟締結の件に関しては引き続きおまえにも加わってもらってもらうことになるな。アフトクラトル遠征についてもいろいろ働いてもらわなければならないことがある。忙しいだろうがおまえでなければできない内容だ、やってもらうぞ」

 

「もちろんその覚悟はあります。自分で種を蒔いたんですから、刈り取りまでしっかりと責任を持ってやります」

 

「よかろう。その約束を違えるのではないぞ。…さて、誰か質問のある者はいるか?」

 

城戸が参加メンバーの顔を見回した。

すると鬼怒田が手を挙げてツグミに訊いた。

 

「昨日おまえたちが乗ってきた艇は前のものとは違うようだが、アレはどうした?」

 

「はい。総統に最新型の艇をいただきましたから。エンジンが以前のものよりもはるかにパワーアップしていて、航行速度が約2割、トリオン効率が約5割上昇しています。大型の艇を動かすためには現在ボーダーで使用しているものではパワー不足でしょうから、新しい遠征艇のエンジンの制作の参考にしてはいかがでしょうか。 総統からは自由に調べてかまわないと許可を得ています。もしご用がありましたらゼノン隊長が艇までご案内してくださるそうです」

 

「そりゃあ助かる。さっそく明日にでも頼むとするか」

 

鬼怒田は上機嫌だ。

なにしろ航行速度やトリオン効率が従来のものよりアップすればそれだけ遠征の期間を短縮することができるのだから、参加する隊員たちの負担も減るし、経費の節減にもなるとすれば当然である。

 

「ああ、ツグミくん、ちょっといいかな?」

 

続いて手を挙げたのは唐沢であった。

 

「このレジュメにはエウクラートンという国の女王と皇太子のふたりに面会をしたとあるが、それについての話はしないのかい? たしかエウクラートンというのはきみの持つ(ブラック)トリガーや実父と縁の深い国のはず。どうしてその報告がたった数行でおしまいになっているのかを聞きたいんだが」

 

この場にいるメンバーは全員がツグミの出生やミリアムの(ブラック)トリガーについて承知している。

だからその国の国家元首と面会したことをスルーしようとすることが腑に落ちないのだ。

 

「それについてはこの後の遠征会議に直接関係ないために別途書面においてご報告させていただく予定でした。と言いますのもエウクラートン訪問は当初の予定にはなく、キオンにおいてエウクラートンの女王の体調が優れないと聞き、急遽予定を変更して訪問をしたのもですから、これといって報告すべき点がなかったので口頭での報告を割愛させていただくことにしたのです。それにこの国は個人的にいろいろ思うところがありますので、今日はキオンとアフトクラトルの2ヶ国のみの報告とさせていただきます。個人的に興味がおありでしたら、お時間を作っていただければ()()()()()()()()()()()()いくらでもお話いたします」

 

「承知した。またいつか話してもらおうかな」

 

エウクラートンでの話をすれば自然に(マザー)トリガーのことにも触れなければならず、ツグミはその前にボーダーの屋台骨を支える玄界(ミデン)には本来不要の(マザー)トリガーについて城戸から話を聞こうと考えていたのだ。

それを踏まえた上でなければ話せない点もあるからで、唐沢がさっと退いてくれたのは彼女にとって非常にありがたかった。

 

他には挙手する者はおらず、続いてアフトクラトルでの報告となるのだが、その前にやることがあった。

 

「続きましてはアフトクラトルにおけるディルク・エリン氏との会談ですが、その前にお客様をお呼びしたいと思います」

 

ツグミがそう言うと沢村がさっと立ち上がり、別室で控えていたマーナとレクス、そしてヒュースの3人を会議室へと案内してきた。

 

「こちらのご婦人がアフトクラトルの貴族ディルク・エリン氏の令夫人のマーナさん、そして御子息のレクスくんです」

 

マーナとレクスは貴族らしい身のこなしで挨拶をすると、会議室に隅に用意した椅子に腰掛けた。

ヒュースも彼女たちを護衛するかのようにすぐそばに立つが、マーナに座るよう言われて残りの椅子に座る。

 

「さて、ディルク・エリン氏というのはここにいるヒュース隊員の主君であり、同時に家族として育ててくださった恩人で、本来ならこの場に来ていただきたくて依頼はしたのですが、あえてアフトクラトルに残り夫人と御子息のみをボーダーに託してくださったのです。このおふたりにはアフトクラトルでの次期神候補の問題が解決するまで三門市に滞在していただくことになっており、そのすべてはわたしに任せていただいています。そうでしたね、城戸司令?」

 

ツグミがそう訊くと、城戸が頷いて答えた。

 

「ああ。アフトクラトルの客人の世話は一任してある。失礼のないように接してくれ」

 

「承知いたしました。なお、先ほどのキオンのお三方とこちらのおふたりにはボーダーで用意した寮の空室を使っていただこうと考えております。その点に関しましては寮のリフォーム等を担当なさった唐沢部長に確認を取り、了解を得ております。慣れないこちら側の世界での暮らしですから、わたしと迅隊員そしてヒュース隊員もその寮に引越しして生活のサポートをする予定です」

 

「おまえたちに任せておけば大丈夫そうだな。何か不都合があれば遠慮なく言ってくれ。ただちに善処する」

 

「ありがとうございます。ではアフトクラトルのお三方には遠征に際に協力していただきますので、このあともオブザーバーとして参加していただきます。まずはアフトクラトルにおいてこの目で確かめてきたことと、集めた情報についての報告を始めます。レジュメの10ページ目を開いてください」

 

そう切り出して、ツグミはディルクからもらった都市の地図と地下道の配置図をモニターに投影する。

それを見た忍田や鬼怒田たちから驚嘆の声が上がった。

 

「これはベルティストン家の居城のある城郭都市の詳細な地図とその地下に張り巡らされている地下道の配置図です。エリン氏からお預かりした大切なもので、これを託してくださった彼がボーダーに対して協力的であることはおわかりでしょう。さらにボーダーと繋がっていることが知られると非常に立場が悪くなるというのに、ハイレインたちの状況やさらわれたC級隊員の居場所などについて調べてくださいました。場所は特定できませんが攻撃手(アタッカー)についてはヴィザという前回の侵攻で退却させた老人のもとで訓練を行っているようです。他のポジションの隊員たちについてはまったく情報はありませんが、少なくとも訓練なしには実戦に投入できないレベルですからどこかで同様の訓練を受けているものと思われます」

 

ツグミはそう説明をし、エリン家が城郭都市の南門及び南エリアの管理していることで事前の潜入調査は想定されていたものよりはずっと楽になるということ説明してからトリガーを起動した。

 

「これは近界(ネイバーフッド)へ行く前に技術者(エンジニア)の方にお願いして作ってもらったトリガーです。このように起動すると現地の人間に似せたトリオン体になり、さらにバッグワームを起動して通常のマントではなく庶民の服装することでレーダーでも肉眼でも『アフトクラトルのごく普通の庶民』として認識されます。実際に試してみましたが現地の人間に普通に溶け込んで怪しまれることはありませんでした。なにしろ市場を散策していた時にハイレインとランバネインのベルティストン兄弟と遭遇(エンカウント)してしまいましたが、わたしがボーダーの霧科ツグミだとはバレませんでしたから」

 

ツグミが大規模侵攻でハイレインと直接戦ったことで面識があることは誰もが知っている。

そんな相手に素性がバレなかったとなればこのトリガーの効果は証明されたようなもので、遠征の際には非常に役立つことは誰でも理解できるはずだ。

 

「遠征に参加する隊員は戦闘訓練を積んで以前よりもはるかに強くなっていると思いますが、できることなら戦闘を避けたいと思うのが当然です。みなさんも敵の本拠地(ホーム)で正面から戦闘を挑むのはリスクが高いと承知しているかと思われます。ですのでこのトリガーと先ほどの地図を上手く使うことでそのリスクを回避できるでしょうから、有効活用していただきたいと思います。トリガーについての試験結果は別に報告書を作成してあり城戸司令の手元にありますので、鬼怒田室長におかれましては城戸司令から報告書のコピーをもらってください」

 

苦手だとは言いながらもツグミは上層部のメンバーを前にして怖気づくこともなく淡々と報告を続けている。

その様子を隣で見ている迅や背後にいるゼノンたちは改めてツグミの度胸の良さと、自分の正義を信じて迷いなく真っ直ぐに進むことができる精神に感服していた。

 

「…以上です。城戸司令、何かございますか?」

 

簡単ながらも報告すべきことは全部話したところで城戸に訊く。

すると城戸はツグミに言った。

 

「いや、()()()()()()これで十分だ。ご苦労だった。昨日の今日で大変だっただろう。ゆっくりと休めと言いたいところだが、おまえのことだからまだやることがたくさんあると言って休暇を取る気などないのだろうな?」

 

「いえ、休暇をいただけるならありがたくいただきます。ただあと4-5日は無理そうです。寮への引越しやマーナさんたちの生活に必要なものを購入したり、できれば街を案内したいですから。それらが一段落したらゆっくりと温泉でも行って寛ぎたいですね」

 

「ふっ…ならば好きにするといい。しかしくれぐれもキオンとアフトクラトルの客人については他の隊員たちに正体がバレないようにしてくれよ。私はボーダーの最高司令官の立場として近界民(ネイバー)を敵とみなしている。間違っても近界民(ネイバー)、特にアフトクラトルという敵国の人間と通じているとか、正式に国交のないキオンのトリガー使いが遠征に協力するということが公になってしまっては非常に都合が悪い。スポンサーの中には近界民(ネイバー)を恨んでいてボーダーに協力してくれているという人物も何人かいるのだからな」

 

「重々承知しております。わたしはボーダー隊員ですからボーダーにとって不都合なことにはならないよう行動しています。現在はS級隊員となり城戸司令の直属の部下ですから、間違っても司令の眉間のシワを深くするようなことはいたしません。ご安心くださいませ」

 

そう言ってツグミは微笑んだ。

 

「そうか、それならいい。おまえのやりたいようにあることを許す。よって何かあれば遠慮なく私に言え」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「では、アフトクラトルに関することで誰か質問のある者はいるか?」

 

城戸が再び参加メンバーの顔を見回した。

すると林藤が手を挙げてツグミに訊く。

 

「ツグミ、おまえの報告を聞いてると何から何までボーダー(俺たち)にとって都合がいいことばかりだな。言っちゃ悪ぃがおまえは16歳の小娘だ。そんな玄界(ミデン)の小娘相手にキオンの国家元首がマジで対等に話し合いに応じてくれたと思っているのか?」

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「キオンは近界(ネイバーフッド)の軍事大国だ。トリオンさえあればバンバンすげぇトリガーを作っていろんな国を攻め滅ぼすことも可能だ。そのトリオンの供給源としてこっちの人間を寄こせと言ってきたり、アフトのように隙を見て侵攻してくるかも知れない。キオン(奴ら)のことを全面的に信用して大丈夫なのか?」

 

「わたしだって()()()()()()全面的に信用などしていません。利用されていることも承知しています。ですがそれはこちらも同じこと。ゼノン隊のみなさんはキオンという国に忠誠を誓う軍人ですが、それ以前に平和を愛する人間として何が正しいか否かを自分で考えて行動しています。わたしはそんな彼らとは不幸な出会いをしましたが、今では彼らのことをボーダーの仲間と同じくらい信用できると自信を持って言えます。総統がボーダーを利用して近界(ネイバーフッド)の覇者となりたいのならそれはかまいません。ですがこちら側の人間には指一本触れさせはしません」

 

ツグミの言葉はすべて本心からのもので、そのことは林藤だけでなく城戸や忍田、ゼノンたちはよくわかっていた。

それは彼女を幼い頃から見守っているからであり、周囲の反対にも負けず自分たちのために走り回ってくれた姿を見ていたからであり、危険な敵地に赴いてでも大切なもののために戦う姿を見たからである。

しかしツグミの本質を知らない人間には彼女がキオンやアフトクラトルの海千山千の連中に手玉に取られたことに気付いていないようにしか感じられないだろう。

さらに普通の人間なら大したことではなくても、さも大変だったとか自分でしかできないようなことをやったように盛りに盛って言うはずなのだが、彼女はいとも簡単にやってのけたように報告していた。

それはその人間がひとつの事実を針小棒大に言うことで周りから評価を得たいがためである。

しかしツグミにはそんなものは不要で、逆に苦労したことを他人に知られたくはなくてなんでもなかったフリをしてしまう。

そこを勘違いされてはいけないと、林藤はあえて彼女のことをあまり快く思わない側の人間の立場として言ったのだった。

 

「まあ、ちゃんとわかっていればいい。おまえの覚悟は本物だということはわかった。万が一キオンの奴らが攻めて来たらおまえを先頭に全力で戦うのみだ。ハハハ…」

 

こうして林藤が納得して退くのであれば、誰かが同じことで彼女を追求することはなくなる。

言ってみれば林藤のアドリブにツグミが上手く応じたということ。

これで彼女の近界(ネイバーフッド)での成果は上層部のメンバー全員に認められたことになるわけだ。

 

「これ以上質問がないようであれば報告会はこれで終了とする」

 

城戸が終了宣言をしたことで、報告会は無事終わったのだった。

 

 

 

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