ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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280話

 

 

報告会を終えて解散をしたタイミングでツグミは城戸に近付いて言った。

 

「城戸司令、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「何だ?」

 

「ボーダー本部基地の地下にある(マザー)トリガーについてお話を聞きたいと思うんです。いつでもかまいませんのでお時間を作ってはいただけないでしょうか?」

 

城戸はいつかツグミに真実を告げるべき時が来ると考えていたが、それが自分の考えていたよりもずっと早く来てしまったということに気付いた。

 

「わかった。できるだけ早い方がいいと言うだろうから、明日の午前…9時に執務室まで来るといい。1時間くらいなら大丈夫だろう」

 

「ありがとうございます」

 

「その代わりにおまえがエウクラートンで何を知ったのか、を教えてもらおうじゃないか」

 

「そうきましたか…。まあ、いつまでも隠し通せるものではありませんから、城戸司令に()()お話しましょう」

 

「私にだけ? 忍田には言わないつもりか?」

 

「忍田()()()に報告すべきことではありませんから。もちろん父としてのあの人には別の形でお話するつもりでいます」

 

「なるほど、おまえらしいな」

 

「では、これで失礼いたします。このあと唐沢部長と一緒に例の寮を見に行くことになっていますので」

 

「午後の遠征会議には出席しないのか?」

 

「はい。わたしにできることはもうなさそうですから。城戸司令が必要だとお考えでしたらいつでもお呼びください。ゼノン隊長たちと同じく()()()として馳せ参じますから」

 

「わかった」

 

ツグミは一礼をして会議室を出ると廊下では迅たちが待っていて、ツグミのことを心配そうな顔をして出迎えた。

 

「お待たせしました。別に心配するようなことじゃありませんから。さあ、まいりましょう」

 

 

◆◆◆

 

 

2台の車に分乗して、ツグミたちは目的の寮へとやって来た。

ここはボーダーのスポンサーである須坂の会社の元社員寮で、旧弓手町駅の北口から徒歩10分くらいの住宅地の中にある築8年鉄筋4階建ての建物であった。

そこをボーダーは無償で譲り受け、内部をリフォームして隊員用の寮として使う予定であったのだが、ツグミが入居するまで他の隊員を住まわせないように保留状態にしていた。

各部屋の間取りは全部同じタイプで1DK。

寝室は6畳でウォークインクローゼット付き、ダイニングキッチンは約8畳の広さで、どちらの部屋も採光はバッチリの全室南向き。

小さいながらも各部屋にベランダが付いているので、洗濯物や布団を干すのにも便利だ。

バス・トイレは完全分離型の典型的な単身者用の部屋が9室あり、各人が相部屋ではなく個室を使うことができる。

立地場所は警戒区域外ではあるものの大勢の人間が引越ししてしまったためにゴーストタウン化しているが、逆に入居者に近界民(ネイバー)が6人もいるのだからちょうど良い。

リフォームを始めた頃はこうなることを想定していなかったが、結果的にベストな条件となっていたのだった。

 

ツグミや迅にとってはごく普通の部屋なのだが、近界民(ネイバー)たちにとってはあらゆるものが珍しく驚くものばかりである。

まず玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えた途端にレクスは大興奮で館内を歩き回った。

ヒュースやゼノンたちにとってはだいぶ慣れた玄界(ミデン)の生活だが、レクスやマーナにとってはどれもこれも初めて見るものだから当然だ。

ウイークリーマンション的な感じで家電等の必要最低限のものは揃っているが、寝具とシャンプーなどの消耗品はまだ内容である。

唐沢の説明では「個人的な好みに関するものはそれぞれに用意してもらう」ということで、午後にホームセンターへ行く予定になっていた。

 

「以前に間取りについては聞いていましたが、こうして二部屋とも南向きの窓があると明るくていいですね」

 

ツグミが感想を言うと唐沢が自分のことのように言った。

 

「ここを譲り受けた時におれもそう思ったよ。立地に問題があるけど、それ以外は申し分ない物件だからね」

 

「立地に問題と言っても第一次近界民(ネイバー)侵攻のせいでこの辺りがゴーストタウン化してしまっただけですから。駅から徒歩10分なんて当時なら最高の物件だったんじゃありませんか?」

 

「まあな。ああ、須坂会長がきみに会えなくて寂しがっていたよ。元気になったとたんに長期出張だということで、あの人からきみをあまりこき使うなと叱られてしまった」

 

「それは申し訳ありませんでした。近いうちにお会いしてお礼と報告をしておこうと思います」

 

「ああ、そうしてくれ。それでまだ何か足りないものがあるか見てくれるかい? 必要なものがあればすぐに手配する」

 

「ありがとうございます。今のところ気付いたところはありませんので、大丈夫だと思います。…あ、ひとつお願いがありました。住居として使用する部屋の他にもうひと部屋使いたいんですけどよろしいでしょうか?」

 

「いいけど、なぜだい?」

 

「はい、現状ではゼノン隊長たち近界民(ネイバー)のみなさんに自炊をお願いするのはちょっと難しいと思うので、彼らの食事はわたしが作ろうかと思っています。なので一緒に食事ができる場所として空き室を使うことが出来れば、そこで調理もできると思いまして。料理をわたしの部屋で作ってミーティングルームへ運ぶよりもその方が楽ですから」

 

「なるほど。どうせ全館貸切で他の隊員が入居することはしばらくないだろうから好きに使ってかまわない。でもひとりで8人分の食事の支度は大変なんじゃないか?」

 

「大丈夫です。量が多くなるだけで手間はさほどかかりません。それに手の空いている人に手伝ってもらいますから」

 

ツグミが唐沢にそう答えると、すぐそばにいたレクスが手を挙げて言った。

 

「ボクもお手伝いする! ボクはお父さまと約束をしたんだ。お母さまを守り、ツグミの言うことを聞いて良い子でいるって」

 

すると唐沢がレクスの頭を撫でながら言う。

 

「きみは女の子みたいに可愛いだけじゃなくて、男としても立派な覚悟を持っている。将来が楽しみだな」

 

レクスが嬉しそうに唐沢に撫でられているということは、唐沢が彼に対して非常に好意的に接してくれていて、それが本心からの言葉だとレクスにはわかっているからだ。

ツグミは大勢の人間の中に放り込まれてレクスのサイドエフェクトが彼の人格を傷付けてしまわないか心配をしていたのだが、今のところは問題ないようである。

 

「あ、大事なことを忘れていた」

 

唐沢は何かを思い出したかのように言う。

そして携えていたカバンの中からトリガーホルダーを取り出した。

 

「ツグミくん、これはキオンの3人とマーナさん用のトリガーだ。といっても換装や武器(トリガー)の生成はできない。この寮はトリガーで出入りを管理している。つまり鍵の役目をトリガーがしているから住むとなれば必要になるわけで、鬼怒田さんから彼ら用にと貰ってきた。建物の玄関にある機械にかざせばドアが開くようになっていて、各部屋もトリガーをかざせば開くようにしてある」

 

「それってこの寮に住む以上は行動のすべてを管理しますよ、ってことですね?」

 

「まあ、そうなるな。しかしそれだけ彼らのことを信頼していて行動の自由を与えているということだ。問題はあるまい」

 

「ええ、そうですね。そういっても彼らが個人的に出歩くことはあまりないでしょう。わたしが寮長となってしっかりと管理しますから安心してください」

 

「ハハハ…きみならそう言うと思ったよ。もしこれ以上用がないならおれは本部に戻るけどいいかな?」

 

「はい。どうもありがとうございました。これから先はこちらでやります」

 

「そうか。じゃあ、頑張れよ」

 

「はい」

 

 

寮を出て行く唐沢を見送ったツグミはさっそく自分の仕事を開始した。

まずは部屋割りである。

 

「これからみなさんの部屋割りをします。といってもわたしがもう決めてあるのでそれに従ってください。2階の3部屋はゼノン隊長、リヌスさん、テオくんでそれぞれ1部屋ずつお使いください。3階はわたしとジンさん、そして残る1部屋をミーティングルームとし、みんなで食事をするための部屋として使います。4階にはマーナさんとレクスくんが一緒に1部屋を使ってもらい、もう1部屋をヒュースが使うということになります。すべての部屋が同じ間取りですので問題はないと思います。そして今から部屋の設備の使い方を説明しますのでキッチンへ来てください」

 

ツグミはゼノンたちに水道やガス、電子レンジなどの使い方を説明し、続いてトイレとお風呂の説明をした。

これらは近界(ネイバーフッド)にも普通にあるものなのだが、近界民(ネイバー)の面々はそれらのエネルギーが電気・ガスなどトリオン以外で賄われていることに関心を持つのだ。

さらにウォシュレット機能のあるトイレについては近界(ネイバーフッド)に存在しないもので、前夜に忍田家で初めてウォシュレット機能のあるトイレを使ったマーナとレクスはカルチャーショックを受けていた。

これからも玄界(ミデン)で暮らしていれば驚くことは多いはずで、それがレクスの将来に役立つことになればいいとツグミは心から思っている。

 

車が1台しかないので、同時に大人数の移動が不可能となり2班に分けて行動をすることになる。

運転手は迅でツグミが財布を握っているので、キオン班とアフト班というように分けて買い物に行くことに決めた。

ひとまず昼食だが、これは迅とツグミとリヌスとヒュースの4人でコンビニへ行って人数分の弁当を買って来た。

午後から生活必需品の買い出しである。

生活必需品でも特にマーナとレクスの服や下着などは最優先で、マーナは美琴の、レクスはツグミの子供の頃の服を借りている状態であるから、彼女たちの好みに合わせて買わざるをえないのだ。

そして午後いっぱいを使って新生活の準備をし、夜は新歓パーティーのような雰囲気で食事をした。

その和やかな会食のメンバーがボーダー隊員、キオンの軍人、アフトクラトルの貴族という誰にも想像のできない光景であるのだが、それを可能にしたのはツグミが相手の立場や肩書きなど関係なくひとりの人間として人と接することができる人物だからだ。

ヒュースもキオンという敵国の軍人と同席するなんて嫌だ…といった顔をしていたが、レクスとテオが親しげにしているのを見て考えを変えたらしい。

自分がそうであるように相手も家族を大切にする同じ人間なのだと理解できたからだろう。

 

学生の合宿所のような共同生活がこうして始まったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

各人が自分の部屋に戻って、ツグミもまた自分の部屋で荷物の整理をしていた。

 

(悪くないスタートを切ることができたみたい。ヒュースのことがちょっと不安だったけど、レクスくんを介してテオくんと親しくなれたみたいだからもう安心。ヒュースはボーダー隊員としての仕事があるから留守にすることが多いけどテオくんがいれば大丈夫だし、わたしもアフト遠征に関してはできるだけのことをしたからもう手を離してマーナさんとレクスくんのお世話に徹してもいいわね。あとは上層部と参加する隊員たちが自分たちの考え方でやってくれるはず。だからわたしはキオンとエウクラートンとの三国同盟に関しての詳細を詰めることに専念できそう)

 

下準備はできているのだから、あとは細かい条件をどうするか考えるだけである。

それぞれが必要としているものがはっきりとしていて、三者が公平に満足できる内容にするのはそう難しくなさそうなのだが、キオンの総統のテスタ、エウクラートンの皇太子のリベラート、そしてボーダーの最高司令官の城戸という三人が三人とも油断のならな()()であるから、ツグミのような()()にはそう簡単に手に負えるものではない。

 

(自分の立場や体面ってものがあるオジサンたちの面子を潰さないようにしながら気分良く話し合いの場に出てもらわないとね。まあ、三者が集まる会談よりもその前にいろいろなすり合わせがあるから、そっちでご機嫌を損ねないようにしないといけない。…あ、キオンの土壌の成分を調べてもらわなきゃならないんだった。やっぱ唐沢部長に訊くのがいいかな? 他に太陽光発電とバイオマス発電に詳しい人を紹介してもらわなきゃ)

 

ツグミの頭の中は三国同盟を結ぶことでいっぱいになっている。

もちろんアフトクラトル遠征のこともあるが、そちらはもう当事者たちの手に渡っていて下手に手を出さない方がいいとわかっており、彼女の知恵や手が必要であれば城戸や忍田が彼女に声をかけてくるはずなのだ。

そしてもうひとつ彼女を悩ます問題がある。

 

(エウクラートンの女王の具合が悪いのはわかるけど、具体的な病名がわからなければ治療の方法もわからない。近界(ネイバーフッド)の国ってトリオン文明はとんでもなく進んでいるというのにその他のことはこちら側の世界の100年も200年も昔のレベル。王家お抱えの医師がいても治療法どころか病名すらまったくわからないっていうんだからダメダメなのよね。せめてこちら側の世界の医師に往診してもらえたらいいのに…って城戸司令に訊いてみようかな)

 

エウクラートンの女王が不在となれば同盟どころの話ではなくなる。

なによりも(マザー)トリガーを操作できる人間が現状ではツグミしかいないのだ。

ここで彼女が女王になるとすれば残りの人生のすべてをエウクラートンに捧げなければならず、自分自身の幸福を求めることはできない。

女王になることを拒めば新たな女王を探さなければならないのだが、誰でもできるものではないことは明らかだ。

最悪の場合は(マザー)トリガー自体を新しいものに取り替えなければならない。

「神」に相応しいトリオン能力を持つ者をひとり犠牲にし、さらにその(マザー)トリガーを操作できる人間を探して新たな女王となってもらわなければならないのだから、最後の最後まで使いたくはない「奥の手」である。

よって女王やリベラートがツグミを後継者として迎えたいというのは当然なのだ。

 

(もしかしたら三国同盟の条件としてエウクラートンはボーダーにわたしの引渡しを要求するかも知れない。それくらいあの国は女王となる人間を欲しているんだもの)

 

ツグミにとってエウクラートンは父親と友人リヌスの故郷であるというだけで、彼女自身には縁もゆかりもない国である。

その国のために自分を犠牲にするなんて彼女にとってはありえないことだ。

しかし自分の求める「手の届く範囲の幸せ」のためには目を背けることができないのも事実で、だからこそ城戸に真実を告白しようと考えたのだった。

もちろん答えを城戸に求めるのではない。

最終的には自分で決めるのだが、相談できる人間の中でもっとも信頼でき、なおかつ冷静な判断ができるのが城戸だということで話すことに決めたのである。

もっともいずれ話さなければならないことで、早いうちに言ってしまおうという気持ちもあるのだが。

 

(とにかく順を追ってできることは全部やってしまおう。やり残したことがあれば悔いも残ってしまうもの)

 

ツグミは備忘録を取り出して「To Do リスト」に書き込んだ。

その中に近界(ネイバーフッド)へ行く前に書き込んでおいて、帰還したらやろうと決めていたことを思い出した。

 

(そうだ、これは明後日確かめてみよう。あれから40日以上も経っているんだから少しはマシになっているはずだもの)

 

ツグミにはまだやるべきことが山とあって、自分のことで悩んでいる暇などないのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

同じ頃、レクスはマーナに自分の決意を告げていた。

 

「お母さま、ボクはこれから男の子の格好をするって言ってツグミに男の子の服を選んでもらったでしょ?」

 

「ええ、そうだったわね」

 

玄界(ミデン)では男の子が女の子の格好をしていてもアフトクラトルにいた時よりもみんなが認めてくれるから楽なんだけど、やっぱりボクのことを変な目で見る人もいる。だからってわけじゃないけど、ボクはやっぱり男の子だから他の男の子と同じようにしようと思う。その方が動きやすいし、男の子の恰好をするからといって可愛い女の子の服を捨てることにはならない。家の中で寛ぐ時には女の子の服を着ようと思うんだ。その方が落ち着くから。これって変じゃないよね?」

 

「ええ。それにあなたが自分でそう決めたのならそうしなさい。それよりも今夜はもう寝ましょう。お買い物の時にたくさん歩いて疲れたでしょ?」

 

「ううん、全然疲れてなんていないよ。玄界(ミデン)にはたくさんの珍しいものがあるからすごく楽しいし、もっとたくさんのものを見たいし知りたい。ねえ、ツグミは毎朝早く起きて剣の稽古をするんだって教えてくれたんだよ。ボクも一緒にできるならやりたいんだ」

 

「それならますます早く寝なきゃいけないわね」

 

「はい。おやすみなさい、お母さま」

 

「おやすみなさい、レクス」

 

近界民(ネイバー)の母と息子はひとつのベッドで寄り添いながら眠りに就いたのだった。

 

 

 

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