ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ラッドの一斉駆除作戦から数日後、非番のツグミは玉狛支部の訓練室で自主トレに励んでいた。
彼女は「とある事情」により
さらに本部基地で行われる
いつものように訓練室で「敵」を相手にもう3時間以上も戦っている。
「敵」というのはトリオン兵の集積データから再現した擬似トリオン兵で、モールモッドを玉狛支部で独自改良した「やしゃまるシリーズ」は、スピードや装甲、攻撃力などを特化したものである。
今回の敵は装甲・スピード・攻撃力の数値を3倍にしたツグミ専用モールモッド「やしゃまるレインボー」で、ツグミは弧月と
一般に訓練の場合は仮想戦闘モードにしてトリオンの消費をゼロにするものだが、彼女はトリオン器官を鍛えるためにはあえてトリオンを消費する形で訓練をする。
普通の人間ならとっくにトリオン切れになるのだが、ボーダー有数のトリオン量を持つ彼女なら3時間の戦闘などなんてことはないのだ。
訓練室で自主トレをしていた彼女には、修や遊真たちが三輪隊に襲撃されたことや、遊真が
そして当人たちが玉狛支部へ向かっていることもまだ何も知らずにいた。
◆◆◆
「ツグミちゃん、訓練終了よ」
オペレーターの宇佐美栞(うさみしおり)から通信が入り、訓練室が通常の空間に戻る。
「何かあったんですか?」
「迅さんがお客さんを連れて帰って来たの。あなたを呼んでくれって言うから」
「わかりました。すぐに行きます」
ツグミは換装を解くとミーティングルームへと向かった。
(ジンさんの行動には必ず何か意味がある。わざわざ
そんなことを考えながらミーティングルームに入ると、見覚えのある少年がふたりと少女が3人並んでソファに腰掛けていた。
そしてツグミの姿を見つけると、修がすっと立ってお辞儀をした。
「霧科先輩、お邪魔してます」
「ようこそ、オサムくん、ユーマくん。で、そっちの彼女は?」
「あ、紹介します。ぼくが世話になった先輩の妹で同じ学校の2年の雨取千佳(あまとりちか)です」
修が紹介すると、千佳も立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「はじめまして、雨取千佳です。よろしくお願いします」
「チカちゃんね。わたしは霧科ツグミ。こちらこそよろしく」
互いに挨拶を交わし、ツグミは空いている椅子に腰掛けた。
同席しているのは栞とお子様隊員の林藤陽太郎(りんどうようたろう)。
陽太郎はカピバラの雷神丸(らいじんまる・♀)に跨って室内をウロウロしている。
「これで今いる隊員は全部だな。じゃ、事情を説明する」
そう言って迅はこれまでの出来事を話しだした。
内容はこうだ。
以前から度々
ふたりを引き合わせるつもりだった修だが、合流前に遊真と千佳は出会っており、その最中にトリオン兵・バンダーに千佳が襲われた。
近くにいた修がバンダーを撃退し、3人は廃駅となった旧弓出町駅で話をしていたが、そこに三輪隊の三輪と米屋が現れた。
城戸は修が
もちろん根拠があってのことである。
数日前の警戒区域内に現れたバムスターは「ボーダー管理外のトリガー」によって倒されたものであった。
それは修と遊真が立ち去った直後に現着した三輪隊によって確認されている。
事実、遊真が自身のトリガーを使っていた。
そして付近で保護された中学生が修のクラスメイトであり、翌日の中学校に現れたモールモッドをC級の彼が訓練用トリガーで倒したとなれば疑うのは当然のことである。
そして三輪と米屋が修を尾行していて、遊真と千佳と3人でいた時に証拠を掴まれてしまった。
遊真が
結果、遊真が勝利した形になった。
もちろんそれだけでは済まず、迅と修は本部に出頭し事情を説明するものの、迅は城戸から遊真の
しかし本部所属の隊員なら城戸の命令は絶対だが、ボーダーの
その林藤の命令は「
迅は遊真の味方であるし、彼の事情も知っている。
そこで遊真を玉狛支部で匿おうということになったわけである。
遊真を玉狛支部で保護するという形で迅は命令を実行したことになるのだ。
ただし命令に従ったとはいえ、城戸の意に反する形であることには間違いない。
「なるほど…。
ツグミは腕を組みながら頷く。
「あの…本部の偉い人は遊真くんを敵だと考えているのに、どうして迅さんや
千佳が迅に訊き、迅はそれに答える。
「ボーダーという組織には考え方の違う3つの派閥がある。まず
「わかりました」
千佳は迅の説明を聞いて納得したようだが、ツグミは別のことを考えていた。
(これまで城戸派はボーダーの中で一番の勢力を保ってきた。だから
しかし余裕の態度でいる迅を見て、ツグミは不確定な未来を憂うことをやめた。
一方、修は本部とは違って緊張感がないというか、まったりとした雰囲気の玉狛支部について釈然としないという表情をしている。
「あの…なんていうかここは本部とは全然雰囲気が違いますね?」
遠慮がちに訊く修。
心の中ではそう思っていても「こんなにユルい雰囲気で、ここは本当にボーダーの基地なのか?」とストレートに訊くような不躾なことはしないところが彼らしい。
「そう? まあウチはスタッフ全員で10人しかいないちっちゃい基地だからねー。でもはっきり言って強いよ」
栞が自信たっぷりで答える。
「ウチの防衛隊員は迅さんとツグミちゃんの他に3人しかいないけど、みんなA級レベルのデキる人だよ。ツグミちゃんも今はB級だけど、A級の実力はあるし。つまり玉狛支部は少数精鋭の実力派集団なのだ!」
防衛隊員全員がA級レベル以上という事実を前に、修は息を呑む。
ついこの間までC級隊員だった彼にとってA級というのは雲の上の存在のようなもの。
さらにS級である迅に目をかけてもらっているのだから、彼は自分の置かれた状況を掴むのに必死だ。
「あの…」
千佳が手を挙げて栞に訊く。
「さっき迅さんが言ってたんですけど…、宇佐美さんも
「うん、あるよ。1回だけだけど」
「じゃあ…
「それはねー、A級隊員の中から選抜試験で選ぶんだよね。大体は
「A級隊員…ってやっぱりすごいんですよね…」
「400人のC級、100人のB級のさらに上だからね。そりゃツワモノ揃いだよ」
栞の言葉を聞いて真剣に何かを考えている千佳。
その様子を見ていた修は不安そうな顔をしている。
そこに少し席を外していた迅が戻ってきた。
「よう、3人とも。親御さんに連絡して、今日は
「
「遊真、メガネくん、来てくれ。ウチの
迅は修と遊真を連れてミーティングルームを出て行った。
栞がツグミに声をかける。
「アタシは部屋の準備をしてるから、ツグミちゃんは倉庫から毛布とシーツ、あと枕を持って来て」
「わかりました」
ツグミがそう答えて倉庫へ行こうとすると、千佳が言う。
「ツグミさん、わたしも手伝います」
「そう? じゃあ遠慮なくお言葉に甘えるわね。こっちよ」
ツグミと千佳は一緒に倉庫へと向かった。
「ツグミさんは何でボーダーに入ったんですか?」
廊下を歩きながらツグミに千佳が訊く。
「わたし? わたしは大切なものを守るために自分にできることをやろうと思ったからよ」
「大切なもの?」
「うん。わたしにとって自分と自分の周りの人たちの命、平穏な日常がなによりも大切。わたしは
「戦う力というのはトリオンとかいうボーダーの武器を使うための力のことですか?」
「そうよ。さっきの話だとチカちゃんはものすごいトリオン能力があるみたいね。そのせいで
「はい」
「なぜボーダーに保護を求めなかったの?」
「それは…」
千佳は自分のせいで親しい友人と兄が
その結果、他人に頼ることで迷惑をかけるくらいなら、自分が我慢をすればいいのだという考えに至ったのだ。
「それっておかしいよ、チカちゃん」
「え?」
「だってボーダーに頼ることって誰かに迷惑をかけることになるの?」
「……」
「例えばだけど、チカちゃんの家が火事になったとするよ。その時、あなたはどうする?」
「消防に連絡します」
「そうよね。だって火事の時に火を消すのが消防隊員の仕事だもの。ボーダーの仕事は民間人を
「……」
「トリオン能力の高い人間が
「あの…もしかしてその少女というのはツグミさんのことですか?」
「ええ、そうよ。…あなたは自分ひとりですべてを抱え込んで解決しようって考えているけど、それを見ている親しい人が心配したり悲しんだりするってことにあなたは気付いていないでしょ?」
「え?」
「わたしとチカちゃんは良く似ているのよ。実はね…わたしは
「……」
「でもそうじゃなかった。わたしが不登校になったことで親代わりの叔父がすごく心配するし、わたしを助けてくれた最上さんもずいぶんと気を遣ってくれて、登下校の時に送り迎えしてくれるなんて言い出したり。つまり周りに迷惑をかけないようにしているつもりで、逆に迷惑をかけていたってこと。それがわかったから、わたしは叔父から剣術を学び、ボーダーに入る準備を始めたのよ」
「……」
「
「…!」
「まあ、とりあえず今夜はゆっくりと休んでちょうだい。…あ、ここよ。鍵開けるから待ってて」
ツグミは倉庫の中から枕を3つ取り出して千佳に渡した。
そしてツグミ自身は3人分の毛布とシーツの山を抱える。
「わたしにはきょうだいがいないからあなたやオサムくんたちのことが妹や弟みたいに思えてくるの。わたしもあなたに頼る時にはお願いするから、あなたもわたしのことを頼ってくれていいんだからね」
「はい!」
それからふたりは仲良く自己紹介的な会話をしながら、3つの空き部屋を整えた。
その頃、支部室へ呼ばれた遊真は林藤からボーダー入隊の勧誘を受けていた。
しかし遊真は自分がこちら側の世界に来た目的 ──
さらに千佳がボーダーに入隊したいと言い出したものだから、修は困惑してしまう。
千佳はボーダーでA級隊員になり、遠征部隊に入って
ツグミから聞いた話に影響されているのは間違いない。
もちろん千佳はA級になることがとても難しいことと、彼女の兄や友人がさらわれた国へと行けるとは限らないことも承知の上だ。
わずかでも可能性があるのならそれにすべてを賭けたいという彼女の気持ちに修は折れた。
すると修は何か思いついたようで、その足で遊真のもとへと行った。
そして説得の結果、修を隊長として遊真と千佳の3人で遠征部隊を目指し、玉狛支部所属として
こうなることを見抜いていた迅と林藤はすでに必要書類を用意しており、こうして「三雲隊」通称「玉狛第2」が誕生したのだった。