ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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282話

 

 

本部基地を出ようとしていたツグミは城戸からの電話によって呼び戻された。

再び城戸の執務室に入るとそこには根付がいて、どうやら城戸は根付と話をしていたようである。

 

「何かご用でしょうか?」

 

ツグミが城戸に訊くと、彼は根付を指さして言う。

 

「用があるのは根付くんだ。…根付くん、説明をしてやってくれ」

 

「はい」

 

根付はツグミに用件を説明する。

内容はアフトクラトル遠征に関するものであった。

大規模侵攻後の記者会見で修が爆弾発言をしてしまったことでアフトクラトル遠征を緊急に行わざるをえなくなってしまった。

そもそも近界(ネイバーフッド)遠征自体が民間人には伏せられていたことで、城戸が上手く誤魔化したから大きな騒ぎにはならずに済んだのだが、それを公にしてしまった以上はボーダーの重要課題のひとつとして一般市民にも経過を報告をせねばならない。

その時の記者会見の段階では無人機での往還は成功しているということであったから、次は有人ので往還に成功したと報告しなければ大勢の隊員を乗せた近界(ネイバーフッド)へ送り出すことはできない。

そこで有人機での往還の成功を発表し、その後に本格的な遠征を行うと宣言することにしたのだった。

予定では来月早々に出立し、そのためのメンバーの訓練も順調であると報告する記者会見を行うためにメディア対策室長である根付が近界(ネイバーフッド)帰りのツグミと迅を記者会見の場に立ち会わせようと城戸に依頼をしていたわけである。

 

「事情はよくわかりました。たしかに有人機での成功を発表しないうちにいきなり遠征部隊を送り込むなんてことをすれば無茶だと思われますが、有人機で成功してその計画に参加した隊員が無事であったことを報告すれば安心してもらえますものね」

 

ツグミも記者会見を行うことには賛成である。

しかし根付は記者会見にツグミを出席させることに二の足を踏んでいた。

というのも過去に彼女が記者会見で騒ぎを起こしたことがあるためで、再び彼女がボーダーに迷惑をかけるようなことをするかも知れないと思うと慎重にならざるをえないのだ。

記者会見のことを城戸に相談するとすぐにツグミを呼び出したというわけである。

 

「根付室長は以前のわたしが起こした騒ぎのことを心配していらっしゃるようですけど、もうあのようなことはしません。アレだって意地悪な質問をした記者を懲らしめたいと思っただけで、ボーダーに迷惑をかけようとしたのではありません。それでも心配だとおっしゃるなら台本を作ってください。わたしはその台本に沿って()()ますから。もっとも全部が全部従うということはないです。わたしの正義に反することであれば絶対に従いませんから」

 

ツグミがそう断言すると根付は困ったような顔をして城戸を見た。

すると城戸はあからさまに苦笑し、根付に言う。

 

「そう言うと思っていた。とにかくメディア対策室で記者会見の手配をしてくれ。根付くんには申し訳ないがツグミはこういう娘で、曲がったことは嫌いで自分の正義に従って生きている。以前の記者会見でもその意地悪な記者の発言に腹を立てただけで騒ぎを起こしたことは本意ではなかったのだから許してやってくれ。本人も反省しているようだから()()()()()()()()()()()()()()()きちんと役目を果たすはずだ」

 

「わかりました。念の為に記者会見は生中継ではなく録画したものを編集して放送するということにします。よろしいですね?」

 

「ああ。あとはきみに任せる」

 

城戸にそう言われてしまっては根付としてどうすることもできない。

もっともできあがったシナリオに納得さえすればツグミはおとなしく従うのだから、根付が上手くやろうと思えばそう難しいことではないのだ。

根付はツグミの顔をチラ見してから本部司令執務室を出て行った。

 

「根付室長、まだあの時のことを気にしていたんですね…」

 

ツグミがぽつりとひとり言を口にすると、城戸がそれに答えるように言う。

 

「それはそうだ。あの記者会見は新体制になったボーダーのお披露目のような意味もあるもので、その場をおまえが乱入することで完璧なシナリオを台無しにしたんだからな」

 

「乱入とは失礼ですね。次に大規模な近界民(ネイバー)の襲撃があったら街の人と自分の家族のどっちを守るかなんて質問に()()なんてないのに、そんな意地悪な質問をする大人に腹が立っただけです」

 

「おまえはその時に同じ二択の質問に『どちらでもない』と答えた。近界民(ネイバー)の襲撃があったら、それが誰であっても目の前で助けを求めている人間を助けると言ったのだったな」

 

「はい。緊急で助けなければならない人間の氏素性を詮索して、それを理由に助けるとか助けないなんて判断している暇なんてないですから。誰であっても助けるのは当然じゃありませんか」

 

「そのとおりだ。あれから4年経った今でもおまえの()()は全然変わっていない」

 

「もちろんです。ボーダーが市民の生命と財産を守ることを原則としている組織なんですから、その隊員であるわたしのやることはひとつしかありません」

 

「やることはひとつでも手段はいろいろあっておまえにしかできないことをおまえはやっている…のだな?」

 

「はい。全部をやろうとしたら自分で自分を潰してしまいますから、わたしは他の人にやってもらえることは他の人にやってもらい、自分にしかできないことを優先してやっているつもりです。…まあ、わたしも4年間で少しは成長しましたから、大人たちの事情も理解できるようになりました。納得はできない部分が多いですけど、世の中は子供の理論で回すことはできないですからね」

 

「フッ…確かに成長したな。何度も呼び出してすまなかった。ところでこのあとおまえは何か用事があるのか?」

 

「特に用事というものはありませんが、これから寮に帰ってみんなのお昼ご飯を作ることにしています。調理器具の使い方を教えて自由に使えるようになってもらうまではわたしが面倒をみてあげないといけませんから。ちなみにメニューはお好み焼きです。ジンさんが中古のホットプレートを玉狛支部の厨房から持ってきてくれたんです。新しいものを買ったのでもう使っていないからってレイジさんが譲ってくれました」

 

「そうか。もし何か必要なものがあれば例のカードを自由に使っていいぞ」

 

城戸の言う「例のカード」とはボーダー名義のクレジットカードで、近界民(ネイバー)6人を()()()いくとなればツグミひとりの財布で済ませることは不可能だ。

そこで城戸はボーダーの経費として計上することを認めたのだった。

 

「はい、節約をしながら自由に使わせていただきます。では、これで失礼します」

 

ツグミがそう言って出て行こうとすると、城戸が声をかけた。

 

「ツグミ、さっきのエウクラートンでの話だが、いつ忍田に話すつもりだ?」

 

「それは…アフト遠征が終わってからです。あの人は遠征部隊の隊長ですから余計な心配や不安を与えてはいけないですから」

 

「わかった。できるかぎり良い形で知らせるようにするんだ。忍田はおまえのことを心底大事にしているからな」

 

「はい」

 

その後、根付から記者会見を15日の金曜日の午後に行うとのメールが来て、14日にはメディア対策室長自ら考えた会見の際の内容や一問一答などが書かれた書面が送られてきた。

その内容に特に問題はなく、ツグミは納得した旨を根付に連絡をし、当日を待つのみとなったのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

記者会見は三門市民会館の小ホールで行われる。

会見は城戸をはじめとした上層部のメンバーと、実際に近界(ネイバーフッド)へ行ったツグミと迅が出席することになっていた。

アフトクラトル遠征に関しての情報はボーダーの広報番組や新聞、公式雑誌によって市民に知らされてきたが、記者会見という形では大規模侵攻後に行われたもの以来3ヶ月半ぶりである。

ボーダーがこのタイミングで記者会見を開くとなるとその内容がアフトクラトル遠征であることは誰でも想像でき、40席用意した記者席は開始の30分前から埋まっている。

ツグミは迅と一緒に舞台袖から記者席の様子を見ていた。

 

「ジンさん、もういっぱいになってますよ。それだけ市民が注目しているという証拠ですね」

 

「ああ。つまり市民が期待をしているということで、言い換えればこの遠征が失敗すればボーダーは存続しても市民の賛同を得られない孤独な組織となるということだ。その前哨戦的なものがこの記者会見。俺たちがどう()()()かが重要なポイントだ。俺はおまえのフォローをしろと言われているだけだからプレッシャーはないんだが、おまえは…って心配いらないか」

 

「ええ。根付室長から渡された台本どおりに()()()だけですもの。でもいかなる場合でもアドリブは必要。そうでないと面白みがありませんから」

 

そう言ってツグミが意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「ははぁ…何か企んでいるみたいだな。でもテレビで放送される時には編集されてしまうんだろ?」

 

「テレビ放送ではそうなりますが、この会場にいる人たちには知られることになります。いくらボーダーが口止めしたところで漏れる時には漏れるものですよ。それに市民だって薄々気付いていることですから、いつまでも秘密にしておくのは不可能。だったらこのタイミングで公開してしまった方がいいと思います」

 

迅はツグミの話を聞いていて、彼女が何を暴露しようとしているのかがわかったようである。

 

「ま、おまえの言い分は正しいな。だけど言い方を気ぃ付けろよ。相手の受け取り方によっては大騒ぎになる」

 

「ええ、わかっています。念の為に城戸司令には話をしてあります。その上で了承を得ているので、何かあればあの人がフォローしてくれるはずです」

 

ツグミのやることは一般人にとって突拍子もないことだと感じられるのだが、理由がわかれば納得できるものばかり。

なので城戸に前もって話をしておくことで自分に降りかかる火の粉を防ごうと準備は万端なのである。

 

 

 

 

定時になり、記者会見は始まった。

まずは司会の根付による挨拶とこの記者会見の概要について説明があり、有人機による近界(ネイバーフッド)往還が成功したとの旨を発表すると会場から歓声が上がる。

 

「では()()()()()()異世界へ行って無事に帰還した隊員たちをご紹介します。霧科ツグミ隊員と迅悠一隊員です」

 

根付の合図でツグミと迅が舞台へと上がると、中央に並ぶ。

そして一礼すると迅が先に座り、ツグミは立ったままで会場の記者たちを見回して言った。

 

「今回の有人機による近界(ネイバーフッド)往還計画につきましてはわたくし霧科を中心として行われましたので、わたくしが自分の言葉で報告をいたします。…では、着席をさせていただきます」

 

ツグミは椅子に腰掛けると資料を見ずに説明を始めた。

 

「今回の有人機による近界(ネイバーフッド)往還計画は先般の近界民(ネイバー)による大規模侵攻でさらわれたC級隊員32名を救出するための遠征に向けて行われたものです。すでに無人機による往還は成功しておりましたから、あとは人間が近界(ネイバーフッド)へと行って無事に戻って来ることができるか…という点を確かめる必要があり、実際にわたくしとこの迅隊員のふたりが近界(ネイバーフッド)へ行くという計画を立てました」

 

「何できみたちふたりが計画に参加したんですか?」

 

記者席から声が上がった。

 

「それはボーダー隊員の中でも未知の世界に赴いて無事に帰還できる可能性が最も高いと判断されたからです。通常ボーダーの正隊員は数人で部隊(チーム)を組み、その部隊(チーム)単位で行動をしています。部隊(チーム)によって戦い方が異なりますので一概には言えませんが、攻撃・防御のバランスを考えて攻撃手(アタッカー)射手(シューター)銃手(ガンナー)狙撃手(スナイパー)という攻撃の距離の違いによる戦い方の違いを上手く考えて部隊(チーム)を組みます。つまり単独での戦い方よりも部隊(チーム)で戦うことによって数倍の戦力を得られるということです。しかし逆に言えば個人ではその隊員の持つ技量のみで戦うしかありません。攻撃手(アタッカー)は遠距離からの攻撃に対して手を出せませんし、狙撃手(スナイパー)は敵に近付かれてしまっては防御に徹するしかありません。ですがわたくしはすべての攻撃用武器(トリガー)を一定以上の技術で使うことができる完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)ですから、敵がどのような攻撃を仕掛けてきても柔軟に対応できます。3-4人の部隊(チーム)で戦う隊員よりも特定の部隊(チーム)に所属していない無所属(フリー)の隊員であるわたくしと迅隊員はそういった点で相応しいということです。何か非常事態に陥った時にひとりでは何もできないというのではどうしようもないですからね。それと艇の定員の関係で2名までしか乗れなかったという点もあります。万が一の時に犠牲になるのもふたりだけで済みますし」

 

ツグミはにこやかに言うが、最後の「万が一~」の言葉の重みに会場はしんと静まり返った。

実際には何度も近界(ネイバーフッド)への遠征は行われていて安全は保証されているのだが、そのことを一般市民は知らないのだから当然である。

彼女の発言は「勇気あるボーダー隊員」の印象を強く植え付けることになっただろう。

 

「他にここまでの時点で質問がないようですので報告を続けさせていただきます。…わたくしたちが近界(ネイバーフッド)へ行って知り得たことはいくつかありますが、その中で今後のボーダーの活動を続ける上でみなさんにはお教えできないことがあります。報告できないことによってみなさんに不利益が生じることはなく、単に()()()()()()()()()()()()()()()()()というものですから深く追求せずにいてもらいたいと切にお願い申し上げます。世の中には知らない方が良いということはたくさんあります。無理に知ろうとして身の破滅となる例はいくらでもありますから。自らすすんでパンドラの匣を開きたくはありませんよね?」

 

そう言ってニヤリとするツグミ。

『パンドラの匣』の逸話を知らない者はなく、「見るなのタブー」を破ればどうなるかは理解しているはず。

こうして前もって釘を刺しておけば記者の中から意地悪な質問をする人間は減るだろう。

 

「わたくしたちは近界(ネイバーフッド)へ行ってタダ帰って来ただけではありません。こちら側の世界に最も近い場所にある国に2日ほど滞在し、近界(ネイバーフッド)の国がどのような場所なのか調査をしてまいりました。のちほどお帰りの際にお渡しする資料に詳細が書かれていますのでこの場では割愛させていただきますが、わたくしたちの住む世界と近界(ネイバーフッド)に大きな違いはなく、大気や土壌の成分は人類が生存するのに適しており、こちら側にいる鳥類や哺乳類等の生物や植物と同様のものが確認されました」

 

すると会場内がざわめいた。

「人類が生存するのに適している」となれば、誰でも「人類がいるかも知れない」と考えるはずだ。

ボーダー以外の人間にとって「近界民(ネイバー)=トリオン兵」であるから、得体の知れない怪物の襲撃ではなく自分たちと同じような人間による戦争だということになれば恐怖感はさらに募る。

だからこそこれまでボーダーは人型近界民(ネイバー)の存在をひた隠しにしていたのだった。

まだこの時点ではツグミは人型近界民(ネイバー)がいるともいないとも言ってはいない。

しかし記者たちを動揺させるには十分だ。

 

「みなさん、お静かに願います。それぞれに思うところがあるでしょうが、この場は()()()()()()()ですので静かに聞いていただけませんでしょうか。人の話を黙って聞くことができないなんて小学生じゃあるまいし、大人のみなさんならできないはずがありませんよね?」

 

しーんと水を打ったように静まり返る会場。

そこにツグミの凛とした声が響いた。

 

「みなさんが気を揉んでいらっしゃるのは我々の敵である近界民(ネイバー)がもしかしたら人間ではないかと考えていらっしゃるからでしょう。人類の生存に適している環境だからといって人間が住んでいるとは限りません。だって地球も人類が生まれたのは700万年から600万年前とされ、それ以前は植物と他の動物しかいなかったのですから。現在の近界(ネイバーフッド)の国が地球の1000万年前かも知れないわけです。こちら側の最新兵器が通用しない生物が繁栄していて、人類はまだ生まれていないとも考えられます」

 

「……」

 

「みなさんは近界民(ネイバー)とは自分たちと同じ人間で、先の大侵攻で三門市を破壊した怪物が彼らの作った兵器かも知れないと心配しているのではありませんか? これまでのいくつかの状況証拠からそう判断するのは無理もないことです。人には知らない方が良いこともありますが、知らないことによって余計な不安や疑念を招いて冷静でいられなくなったり、他人を信用できなくなったりすることもあります。ですから必要なことであれば公開し、無用な不安を煽らないようにするのは事情を知っている者の責務であるとわたくしは考えております」

 

「……」

 

会場の記者たちは固唾を飲んでツグミの次の言葉を待っていた。

 

 

 

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