ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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283話

「みなさんが近界民(ネイバー)と呼んでいるあの怪物はトリオン兵という兵器で、その兵器を作っているのは我々と同じ姿をしている人間です」

 

ツグミの言葉に会場内はざわめきたった。

自分たちが敵だと考えていた怪物が兵器で、それを作ったのが人間であるというのだから当然である。

もっともそれが想定外ではなく「やはりそうだったか」と頷いている記者もいて、同じことを考えている市民もかなりの数いることだろう。

こうなることが予想されたためにボーダーはこれまで敵が人間であることをずっと隠していたのだが、公にしなければならないと考えた結果この記者会見で発表することになったのだ。

 

「わたくしと迅隊員が近界民(ネイバー)の住む町へ潜入して調べたことです。この事実はボーダー内でも大変衝撃的な事実でしたのでそれを民間人のみなさんにどうお伝えするか、もしくは黙っているかを論議しました。そしてみなさんに公表することに決めたのです。そうでしたよね、城戸司令?」

 

ツグミは城戸に話をふった。

 

「ああ。…記者のみなさん、ただいま霧科隊員が報告したように今回の有人機による近界(ネイバーフッド)往還計画でこのような事実が判明しました。こちら側の世界にやって来る近界民(ネイバー)の正体が人間であるということは心理的に戦いにくくなるものですが、だからといって我々のやるべきことは変わりません。我々の活動目的は侵略しようとするものから市民の生命と財産を守ることです。近界民(ネイバー)を殺すことではありません。しかし近界民(ネイバー)を殺さなければみなさんを守ることができないというのであれば、我々は躊躇することなく敵を斬り、撃ち、自らの命とみなさんを守るとここで宣言いたします!」

 

城戸は声を張り上げて言うと、記者席からパチパチと拍手する音がして、それが伝染するように会場にいたすべての人間が惜しみない拍手を彼に向けたのだった。

これはツグミと城戸による茶番で、ツグミが今回の近界(ネイバーフッド)往還で「近界民(ネイバー)とは人間である」という事実を初めて知ったことにして、これまで隠していたということを誤魔化したのだ。

以前に修が近界(ネイバーフッド)遠征を暴露してしまった時に「これから遠征に行く」ということにして誤魔化したのと同じことである。

中途半端にバレるくらいなら白状してしまおうというのがこの記者会見の目的のひとつでもあり、その作戦は成功したようだ。

 

「霧科くん、報告を続けてくれたまえ」

 

「はい」

 

城戸からバトンを再び手渡されたツグミは「今回の近界(ネイバーフッド)往還で知り得たこと」としていくつかの()()()()()()()()事実を伝え、最後に重要なこととして記者に向けて言った。

 

「今ここでわたくしがお話したことをみなさんは文字や電波によって多くの三門市民に知らしめることになるでしょうが、同じ言葉を聞いても人によって受け取り方が違うのですから違う形で報道することになるはずです。それは当然であり、ボーダー側としても自分たちに都合の良いことばかり書かれても、逆に不利になるようなことを書かれても困ってしまいますから、みなさんの感じたままに報道してくださってかまいません。ですがわたくしの言葉を聞いて人によって受け取り方が違うのですから、みなさんが書いた記事を読んだ人やテレビを見た人によって受け取り方が変わるのは当たり前です。よって市民のみなさんに誤解・勘違いを与えるような報道だけはしないように気を付けてください。なお、遠征に参加する隊員たちの訓練は順調に進んでおり、期日は未定ですがこのような記者会見を開いて参加者たちの意気込みをご紹介する機会を作る予定ですので、本日の遠征部隊関係の報告は書面にて行わせていただきます。…さて、わたくしの報告はここまでですが、どなたか質問のある方がいらっしゃったらここでお願いします」

 

「はーい、質問!」

 

すると記者席の最後部の席にいた大柄な記者が手を挙げた。

ツグミは彼を見付けて声をかける。

 

「お名前をお願いします」

 

「『ボーダー・タイムズ』編集部、日下智則です。重要なことを訊きたいんだけど、いいかな?」

 

「はい。どのようなことでしょうか?」

 

「きみたちは近界(ネイバーフッド)へ行って来たって言うけど、それを証明できるものってあるのかな? 物的証拠とか」

 

日下の言葉に会場の記者たちも同じ気持ちなのか頷いたり、隣の席の記者と何かを話したりしていた。

 

「日下さんのおっしゃることはもっともです。何事も客観的な証拠がなければ真実だと証明できませんからね。それが近界(ネイバーフッド)という異世界のこととなれば当然です。我々の敵が人間だということも信じたくはないという気持ちがありますから、嘘であってほしいと願いたくもなるものです。ですがわたくしがお話したことは悲しいかな事実であります」

 

「ではその証拠を見せてください。写真とかあれば好都合なんですが」

 

「写真ならたくさん撮ってきましたからありますが、でもそれが証拠として成立するかどうかはわかりませんよ」

 

ツグミはこうなることを想定して近界(ネイバーフッド)で撮影した写真をB4サイズで焼いてきたものを用意してある。

その中で1枚を記者たちに良く見えるように持つ。

その写真はエウクラートンで撮影したなだらかな丘と畑がどこまでも続く牧歌的な風景のものだ。

 

「この写真をご覧ください。これはまぎれもなく近界(ネイバーフッド)で撮影したものですが、わたくしはこの風景を見た時に北海道の美瑛や富良野の景色に良く似ていると思いました。たぶんみなさんの中にも同じように感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。…ですが仮にわたくしが以前に北海道を旅行して撮影した写真を近界(ネイバーフッド)のものだと嘘をついていたらどうでしょう。みなさんはこの写真を見て近界(ネイバーフッド)の風景だと断定できますか?」

 

「……」

 

「もしわたくしが北海道に旅行したと証明したいのなら北海道にしかないもので誰でも知っている有名なものと自撮りしますね。例えば札幌にある時計台とか函館山から見た夜景とか。それなら誰でも納得できるはずですから。ですが特に変哲もない浜辺や牧場の牛とのツーショットでしたらそれが北海道に行ったという証拠としては弱いです。だって誰も確認のしようがないからです。この近界(ネイバーフッド)の写真も同じです。みなさんは近界(ネイバーフッド)がどんなところか知らないのですから。他にも街の様子を撮ったものもあります。このように雰囲気は中世ヨーロッパの田舎町のようですが、これが近界(ネイバーフッド)ではなくどこかのテーマパークの建物だとしたらどうしますか? 別にわたくしはみなさんを騙すつもりはありませんから正真正銘本物の近界(ネイバーフッド)で撮影した写真を資料として提供いたします。それを信じるか否かはみなさんの心ひとつです。日下さん、これでよろしいでしょうか?」

 

「ああ、きみのことを信じることにするよ。近界(ネイバーフッド)の写真かどうかは判断できないけど、きみがそう言うのなら間違いないと確信を得られるからね」

 

「ありがとうございます。他に質問のある方はいらっしゃいますか?」

 

日下の他に手は挙がらなかった。

個々の報告で納得できるような説明をしていたのだから特に質問はないはずなのだ。

ただひとつツグミたちが近界(ネイバーフッド)へ行って帰って来たのかの確認が重要で、確認する手段がないのなら信じるしかないという答えに至ったのだった。

この日下というのは以前にツグミがB級ランク戦で快進撃をしていた時に取材を申し込んでいたのだが、彼女がトリオン切れで倒れたりゼノンたちに拉致されたりといろいろな事件に巻き込まれていてずっと保留になっていた。

そのお詫びを兼ねて独占取材を受けるという約束をし、ついでにこの記者会見で茶番を演じてほしいと頼んでいたのだ。

日下のおかげで意地の悪い記者からの質問がなく無事に記者会見は終了したのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

記者会見を終えたツグミと迅と唐沢は日下と一緒にボーダー本部基地内にあるツグミの作戦室へと向かった。

日下がツグミとの約束を無事に果たしてくれたのだから、今度は彼女が日下の取材を受ける番なのである。

そこでツグミが自分の部屋に招き、美味しいお茶でも飲みながらインタビューを…ということになったわけだ。

『ボーダー・タイムズ』では毎月特集を組んで重点的にその話題を取材しており、本来なら3月に発行される雑誌に彼女の「突如現れたひとり部隊(ワン・マン・アーミー)のB級隊員が怒涛の勢いでRound4終了時点で単独1位」の記事を載せる予定であった。

しかし彼女の都合によりキャンセルとなってしまっていた。

よって迷惑をかけた分と合わせて他社より先にとくダネとなる記事を提供しようとツグミは考えている。

もちろん秘密にすべき部分は話せないが、ボーダーにとって不利にならない程度に真実を話すことは城戸から許しを得ていた。

 

ツグミは事前に用意しておいたお気に入りの紅茶と手作りのマフィンを日下たちに供すると、執務机の椅子を引っ張って来て彼らの輪に加わった。

 

「お待たせしました、日下さん。お約束どおりに取材をお受けします。さて、どんなことを訊かれるのかと思うとドキドキしてしまいます。こういうことは初めてですから」

 

ツグミは16歳の少女らしく振舞うものだから、1時間ほど前に40人もの記者たちの前で堂々とした姿を見せた人物と同一人物とは到底思えない。

 

「ハハハ…そんなに緊張しなくてもいいよ。別に言いたくないことを無理に聞こうとはしないから」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

『ボーダー・タイムズ』の次号の特集は「第一次近界民(ネイバー)侵攻から5年」で、犠牲者の追悼記事、ボーダーの歴史と未来への展望等を中心としたものになる。

そして新連載の「今月の注目株」という記事の第1回目としてツグミへのインタビューを載せようとしているのだそうだ。

有人機での近界(ネイバーフッド)往還に成功した隊員ということで彼女はまさにぴったりの人物なのである。

近いうちにさっきの記者会見の模様がテレビ放映されたり新聞・雑誌に載るだろうが、()()()()()()()()()()()()の独占取材となれば売上は倍増するに違いないと日下は踏んでいるのだ。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

そう言って日下はICレコーダーのスイッチをONにした。

 

取材の内容はごく普通のものから始まった。

ツグミがボーダー入隊を決めた動機や入隊した9歳当時の旧ボーダーの様子から現在に至るまでを一隊員の目で見てきたことや、ボーダーが新体制を迎えるきっかけとなった第一次近界民(ネイバー)侵攻での体験についてなど、事実を語りながらも秘密にすべきポイントは上手くはぐらかして答える。

さらに大規模侵攻でイルガーを撃墜した件や人型のトリオン兵との戦いなどを話したが、ハイレインやミラといった人型近界民(ネイバー)については一切口外しなかった。

なにしろ人型近界民(ネイバー)の存在はツグミたちが近界(ネイバーフッド)へ行って初めて確認したことになっているのだから言えるはずがないのだ。

続いてツグミの普段の生活についてで、以前は玉狛支部の所属で支部内に自室があったが、現在では新たに用意された寮に引っ越して暮らしているということを話す。

もちろん人型近界民(ネイバー)と同じ屋根の下であることは秘密だ。

それから今回の取材のメインである近界(ネイバーフッド)で見て感じたものについて話をした。

 

「わたしが見てきたのは近界(ネイバーフッド)のごく一部だけで、言ってみれば三門市をちらりと見ただけで地球がどのような星なのかを話すようなものです。したがってわたしが近界(ネイバーフッド)がどのような場所かを断言してしまうのはとても乱暴なこと。ですから記事にする時には読者が誤解を招かないような表現でお願いします」

 

そう前置きをしてからツグミはから、近界(ネイバーフッド)近界民(ネイバー)についての自分の印象について話し始めた。

 

「こちら側の世界と近界(ネイバーフッド)の国に大きな違いはないと感じました。それは単にわたしたちがほんの少しだけお邪魔して遠くから見ただけの印象ですからそれがすべてではないはずです。現地の人間と交流したのであれば彼らがどのような人物であるかわかりますが、その存在を確認したという程度ではわかるはずがありません。ただこちら側の人間でも平和を愛する一般人だけでなく戦争をやりたくてウズウズしている人間がいて、そういった人間に兵器を提供する連中がいるのですから、近界民(ネイバー)の中にも平和が一番だと考える人や、逆にこちら側の世界にやって来て街を破壊したり人をさらったりする奴らがいると想像するのは自然な流れです。ですからすべての近界民(ネイバー)が好戦的でわたしたちの敵であると考えるのは危険な思想です」

 

「……」

 

「仮にボーダーが近界(ネイバーフッド)へ攻め込んで近界民(ネイバー)たちを惨殺したりさらったり街を破壊するような行為をしていたとしましょう。ですがだからといってこちら側の世界の人間がすべて好戦的であるということになりますか? いいえ、そんなことはありませんよね。それと同じなのです。今はまだふたつの世界に交流はありませんから、相手のことを何も知らないのと同然です。もしかしたら互いに手を取り合って友好的な関係を築くことができるかも知れませんし、徹底的に戦うことしかできない悲しい関係になるかも知れません。これはまだボーダーが近界(ネイバーフッド)へ行くことができて、ほんの少しだけ近界(ネイバーフッド)の様子を見てきただけですから、今後どうなるのかは誰にもわからないのです。ただひとつだけ確かなのは近界(ネイバーフッド)の中に三門市民をさらった国があり、わたしたちボーダーはさらわれた市民を救出する責務があるということ。そのために大規模な戦闘を行うことになる可能性は高く、遠征に参加する隊員たちはそのために訓練を積んでいます」

 

「……」

 

「ボーダー隊員の多くは10代から20代の若者たちで、わたしを含めて彼らは日々命懸けで戦っています。ですが彼らひとりひとりの行動原理は三門市民のためという公共の福祉とか無償の愛などという代価を求めないものではなく『これ以上家族や友人を失いたくない』とか『平穏な日々を取り戻したい』というような()()()()理由です。乱暴な言い方をすれば三門市民の生命・財産を守るなんてタダの大義名分だと言っていいでしょう。ですがだからといって彼らを非難しないでください。一般市民も彼らと同様に『これ以上家族や友人を失いたくない』とか『平穏な日々を取り戻したい』と考えていても実際に行動していないだけなんですから。理由はともかくボーダー隊員は結果的に三門市民の守護者(ガーディアン)であるのは間違いないのですし、なにより彼らの行動原理は純粋で非常に強いものですから、それが行動に大きく影響しているのです。顔も知らないどこかの誰かを守るよりも、自分の家族や友人を守りたいと思う方が強くなれるというものです」

 

ツグミがそこまで話すと、唐沢がくつくつと笑う。

 

「なんともきみらしい考え方だな。隊員ひとりひとりが自分の事情を抱えていて、それは守られる側の市民も同じ。違うのは戦う意思があるか否かで、どちら側にいるかは本人次第ということか」

 

「そのとおりです。別にすべての市民にボーダーに入って戦えとは言いません。能力的に無理な人もいるのですから。ただ市民にはボーダー隊員というのは特別な人間ではなく、あなたの家族であり友人であると理解してもらいたいんです。つまりボーダー隊員が強く守りたいと思う家族や友人の中にあなたも含まれているのですよ、と伝えたい。市民のひとりひとりが自分のことを『タダの三門市民ではなく、ボーダー(わたしたち)が守りたいと思う大切な家族や友人のひとりである』と理解してもらえたら、今まで以上に協力的に接してもらえるようになるとわたしは思うんです」

 

そしてツグミは日下の顔を見て訊く。

 

「ごちゃごちゃといろいろなことを言いましたがわかっていただけたでしょうか?」

 

「ああ、良くわかったよ。ボーダーが強いのは大切なものを守りたいという強い意思によるもので、ボーダー隊員が頑張っているのは家族や友人を守りたいという個人的な理由であっても、その守りたい人の中に市民のみんなが含まれている。逆に市民の側から言えばボーダー隊員は自分たちの家族や友人であるということ。ボーダー隊員は顔も知らない赤の他人のために戦っているのではなく、また彼らは赤の他人ではないと市民にわかってもらいたい。わかってもらえたらボーダー隊員が市民を守ることが『義務』ではなく、戦う力を持たない人の代わりに自分のできることをやっている。だからボーダー隊員が戦って傷ついてもそれが当然だとは思わないでほしい。ボーダー隊員は市民のみんなの家族であり友人なのだから、と」

 

「はい、そうです。ですからあとは日下さんの手腕で市民に上手く伝えてもらいたい。そのためには何でも協力しますから」

 

「それならいくつかお願いを聞いてもらおうかな。これが連載の第1回になるわけだから、後々の取材が楽になるようにしたいからね」

 

日下はそう言って笑った。

 

日下のお願いとはツグミがボーダーの正隊員として戦い始めた頃の写真や、現在のプライベート写真などの雑誌掲載に必要な資料の提供であった。

当初の予定の隊服姿等の()()()写真のみでは他の雑誌と変わらず、差別化を図るために読者が喜びそうな写真を載せたいというのである。

はたして自分の子供の頃やプライベートに読者が興味を持つのかはわからないが、日下がそう言うのであればと考えてツグミは旧ボーダー時代のロングコート姿の写真を提供し、買い物をしている姿や喫茶店でくつろぐ姿などの撮影を許したのだった。

もちろんメディア対策室、つまり根付の許しがなければ掲載はできないのだが、そこは唐沢が上手くやってくれたことで簡単に許可は下りた。

あとは日下が()()調()()()()()()である。

 


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