ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
アフトクラトル遠征部隊の最終試験は選抜試験と同じく城郭都市内から脱出して遠征艇へ帰還するという内容になった。
もちろん前回とまったく同じではない。
受験者は訓練を積んでいるのだし、なによりもまったく同じでは
いくらアフトクラトル側の兵士つまり試験官側にゼノン隊の3人という未知の
打ち合わせの中で試験官が忍田、迅、ゼノン、リヌス、テオ、そしてツグミの6人で、受験者が20人であるという人数のバランスが悪い点について意見が出た。
「やはり受験者を2グループに分けて行うしかないか…」
忍田がそう言ったとたん、ツグミがにやりとして手を挙げた。
「本部長、ちょっと面白い提案があります」
「何だ?」
「その前に確認をしたいことがあるんですけど、本隊ではなく遠征艇の居残り組のメンバーについては遠征に参加できるレベルに達しているとお考えですか?」
ツグミの質問に忍田は当然だとばかりに答えた。
「もちろんだ。そもそも居残り組は原則として戦闘はありえない。おまえの指示で万が一の時のことを考えて非戦闘員に簡易トリオン銃の射撃訓練を受けさせただけだ。オペの3人は防衛隊員ほどではないが彼女たちの射撃の技術なら十分身を守ることができるだろう。雨取千佳も人型
するとツグミは「やっぱり」という顔で言う。
「オペの3人や寺島さん、冬島さんに問題はないと確認はできています。ですが今日の特別訓練の様子を見せてもらいましたが、雨取隊員に関してはまだかなり不安な要素があります。たしかに人型
ツグミはこの日の特別訓練を見学しており、午後からの居残り組の訓練で不安を抱いていた。
千佳の訓練内容はツグミが
そしてこの訓練で出現する「敵」は一定のダメージを受けると自然に消滅するようになっていて、戦闘フィールド上でトリオン兵や人型
訓練で使う人型
つまり撃っても撃っても人型
そんな
つまり実戦のように凄惨な光景が広がる状態で撃てるようになればそれは本物だ。
「そこで試験の話に戻りますが、この試験で試験官側に入ってもらい、彼女だけの課題をクリアしてもらうというのはいかがでしょうか?」
「彼女だけの課題?」
「はい。彼女には試験官側に入ってもらいますから、受験者の誰かひとりだけでも撃って倒すことで合格とするんです。プログラミングされた傀儡ではない人間ですから、動きや反応は
「それは厳しいな。しかし不合格になったとしても彼女には遠征に参加してもらわなければならないんだぞ」
「それは承知していますよ。不合格であってもアフトクラトルへは行ってもらいます。本来の役目のトリオンタンクとしてですけど」
「どういう意味だ?」
「文字どおり彼女にはトリオンタンクとして遠征艇から一歩も出ずにいてもらいます。もちろん隊員ではなく遠征艇の
ツグミの非人道的な考えに忍田は顔を顰めるが、彼女の言い分にも一理ある。
それに彼女はこれまでに何度も千佳にチャンスを与え、保護者の承諾書を得るために千佳の両親に土下座までしていた。
訓練も千佳に理解できるように説明し、自分で考えることもさせた。
本来なら師匠のレイジがすべきことであるが彼は射撃の技術を教えただけで、千佳の根本的な問題に対してはただ甘やかしただけで解決方法を考えることすらしなかった。
千佳に嫌われるだけでなく玉狛支部のメンバーを敵に回すことも覚悟で諌めたり、その後もいろいろフォローしていたのはツグミなのである。
それは千佳を死なせないためと、千佳が撃てないことで仲間を死なせてしまわないようにするためで、ツグミの苦労の甲斐あって千佳の「自分が撃ったら誰かに責められるのではないか」という不要な不安はだいぶ緩和されたようだが、まだ彼女は人を撃ってはいない。
彼女が撃てるようになったのは人型
だから実戦に近い状態で本当に人が撃てるかどうかの試験をしたいと考えるのはもっともなのだ。
遠征艇の
大袈裟なようだが、先の大規模侵攻での一件があるのだから慎重になるのも無理はなく、ボーダーは彼女の両親に対して彼女を生還させる義務を負っているのだ。
忍田はやっと遠征の責任者という自分の立場をツグミの方がより深く理解していたのだと認識したのだった。
「わかった。雨取の試験は私も行うべきだと思う。ただしそれは本隊の試験と同時に行うのではなく別の形でする」
「では雨取隊員の試験は別に何らかの方法を考えることにしましょう。それとヒュース隊員のことですが、彼には試験官側に入ってもらいます」
「ヒュースを試験官側に?」
「だって彼はアフトクラトルに着いたとたんにディルクさんの元に走る…ということになっていたんですから。本隊メンバーの中にも彼が到着したとたんに逃げ出すと考えている人が何人もいるはずで、彼が仲間として戦ってくれるなどと期待している人はいないでしょう。だから本隊の特別訓練にも不参加で、この状況はちょうどいいんです。試験官側に彼が入ってくれたら受験者20名を2班に分けることなく一気に試験できます。2班に分けるとなるとその分け方によって合否が変わってきますから、不公平にならないように一度でできるようにすべきです。なお、さっきの別働隊の提案書にヒュース隊員の名前は入っていませんが、彼が承諾してくれたら彼には別働隊に入ってもらおうと考えています。なにしろ別働隊はディルクさんと連携してC級捜索と救出に当たるんですから彼も嫌とは言わないでしょう」
ここまでツグミがいくつかの意見を出してきたが、迅を始めゼノン、リヌス、テオの誰ひとりとして異議を挟む者はいない。
彼女の言うことに忍田だけが意見や反対をするだけである。
(アフトクラトルでの根回しはできていて、ツグミの計画に絶大な信頼を抱いているようだな。それとも彼らの胃袋を握っていて有無を言わせないとか? まあ、どちらにしてもいつの間にこれほどの人心掌握術を身に付けたんだろう?
そんな忍田の思惑など関係なく、ツグミは話を進めた。
「仮にヒュース隊員に試験官側に入ってもらいますと
ツグミの言う「彼」とは修のことである。
この日の特別訓練では3時間ぶっ通しで紅白戦を行っていたのだが、トリオン能力の低さからスパイダーで罠を張って味方の援護をするのが精一杯。
しかしハイレインたちと戦うとなればスパイダーの罠など何の意味もないと本人どころか誰も気付いていないのは不思議だ。
遠征はB級ランク戦ではないのだから時間内に敵を全員倒さなければならないという話ではない。
B級ランク戦なら罠に敵をおびき寄せて、自隊に有利な環境で戦うためにスパイダーは一定の効果はある。
ではそれが実戦で役に立つかというとそうではない。
ハイレインたちにとっては自分たちに都合の悪い敵を排除するだけで、わざわざ遠征部隊を殲滅しなくてもかまわないのだから。
これは大規模侵攻の逆パターンで、敵を追い返してしまえばそれで勝利条件をクリアする。
バカみたいに敵を追って罠にはまるのはせいぜい下っ端のトリガー使いか生身の兵士くらいなもので、雑魚を十数人減らすくらいしか効果はないだろう。
さらに敵に発見されたら倒すどころか身を守ることに専念せねばならず、下手に
自分の身を守ることができないとなれば他の隊員からすると邪魔な存在でしかない。
修を守りながら戦うとなれば、さすがの遊真も本来の力は出せずに宝の持ち腐れとなるだろう。
この約2ヶ月に修のやるべきことはトリオン器官を鍛えることでトリオン能力を少しでも高めることだったのだが、そこに気付かずに下手な小細工だけ達者になったようにツグミには見えたのだった。
(トリオン値が2のままだなんて、2ヶ月あれば正しい鍛え方で1ポイントか2ポイント上げることもできたのに…。これじゃオペの柚宇さんやシオリさんの方がまだマシじゃない。やっぱりここは…)
ツグミはまだ何かを企んでいるようである。
「ツグミ、最終試験についてはおまえの案を採用することになるから、ヒュースを含めた7人で詳細を詰めていこう。彼は今どこにいる?」
忍田もヒュースを試験官に加えることに納得したようで、ヒュースを呼んで打ち合わせをしようと言う。
「たぶんマーナさんたちの部屋にいると思います。内線電話で呼び出しますね」
ツグミはそう言って内線電話でマーナとレクスの部屋に電話をしてヒュースにミーティングルームに来るよう頼んだ。
すると1分も経たずにやって来たのだった。
なにしろ1階分降りて来るだけなのだし、なによりもツグミから最終試験の関係で忍田から呼び出されると言われていて準備をしていたのだから当然だ。
そしてツグミがこれまでの経緯を説明すると、ヒュースは承諾して下座の迅の隣に座った。
「では会議を再開します。最終試験の試験官としてヒュース隊員が参加してくれることになりましたので、彼のアイデアも参考にして
それから試験でのそれぞれの役割分担について意見を出し合った。
ツグミはそれを全部ホワイトボードに書き込んでいく。
そして30分ほど経ったところで出た意見をひとつひとつ丁寧に精査していった。
「…そうなると遠征部隊は実戦において2班に分かれて行動をするということですから、それぞれを東西もしくは南北といった中心を基準にして点対称な位置に転送し、そこから城郭都市を脱出するというシチュエーションになるでしょう。試験官であるわたしたちはそのことを知らないという前提で、都市内部に敵が潜入していたことを発見したという報告を受けて行動を開始します。試験官は全員ベルティストン家の居城に待機していて、侵入者発見次第行動開始です。ここまではよろしいですか?」
ツグミがそう言うとさっとヒュースの手が挙がった。
「ツグミ、これは実戦を模した試験であり、受験者を逃がさないように攻撃するのが俺たち試験官の役目だと聞いている。つまり俺たちはアフト兵となってボーダーの連中を攻撃するわけだが、自分たちの住む街の中で戦闘行為をするなんてバカなことはしないだろ」
「ええ。街中で戦闘をすれば建物は破壊され、住民たちが戦闘に巻き込まれて命を落としかねません。三門市での戦いでは警戒区域内で行うために建物が破壊されても問題はなく、ボーダー関係者以外立ち入り禁止ですから民間人に被害が及ぶことは
「それならどこで戦うんだ?」
「もちろん城外です。受験者はふたつの班に分かれていますが、向かう先は同じ場所です。その動きで遠征艇がどちらにあるか見当がつき、遠征艇から遠い方のグループのみを試験官は攻撃すればいい。下手に街中で騒ぎを起こされては迷惑ですので、4つの城門は開け放ち自由に出て行ってもらえば街中での戦闘は避けられるはずです。たぶんハイレインたちも同じことをするんじゃありませんか? 特にヴィザの
「しかし城外に出てバラバラに逃走されたら面倒だぞ。受験者側は20人でこっちは7人だ、人数の上ではこっちが圧倒的に不利。その点はどう考えている?」
「だから片方のグループのみを攻撃するんです。そうすれば10人になります。これが自分ひとりでも合格さえすればいいという考えであれば仲間を見捨てて自分は遠征艇へと向かうでしょう。ですが見捨てた仲間が不合格となれば遠征参加者が減ってしまい、下手をすれば半数が脱落した状態で遠征に向かうことになるでしょう。そうならないよう仲間を援護するために戻って来るに違いありません」
「しかし人数で不利なのは変わらない」
「でもこちらには受験者20人のうち16人の情報を持っています。その16人とは大規模侵攻でアフトの人型
するとヒュースが険しい目つきで言った。
「その弱点とはオサムのことだな?」
「ええ。何事においても勝つためには敵の弱点を攻めるでしょ? この遠征部隊の弱点はあきらかに彼ですから。そして同時に先の大規模侵攻でハイレインたちは彼に散々な目に合わされたから、要注意人物に認定されていると思います。だから彼を積極的に攻撃し潰そうとするでしょう。もっとも弱点となる彼が早々に脱落してしまえば、残った受験者は楽になりますけどね」
「そんなことはクガがさせないだろ」
「でしょうね。空閑隊員が三雲隊長を見捨てるはずがありませんから。…他に意見のある方はいらっしゃいますか?」
するとリヌスが手を挙げた。
「私はツグミの提案に賛成です。とにかくルールは単純明解。受験者は遠征艇まで帰還する。試験官は受験者を妨害する。それだけです。そして
続いて迅が手を挙げる。
「俺も本隊の試験はこれでいいと思う。なにしろ俺たち試験官側のメンバーはすべて
「他に意見のある方はいらっしゃいますか? …いらっしゃらないようですね。では本隊メンバーの試験はこの7人が試験官となって行うことに決定です。まだ少し時間がありますので、雨取隊員の試験についても議論をしましょう」