ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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288話

 

 

夜も更けて、ツグミは千佳に対して行う最終試験の内容について考えていた。

本来なら彼女は遠征に参加することが決定している迅やヒュースと同じで試験を行う必要はない。

しかしツグミはまだ彼女が近界(ネイバーフッド)遠征に参加する資格はないと考えていて、試験が不合格であったら遠征艇のパーツとして扱うとまで言っている。

それは彼女の命を守るためにもっともリスクの少ない方法であり、最悪の場合を想定してのことである。

ツグミは迅とふたりで修・遊真・千佳の3人の部隊(チーム)と模擬戦を行い、千佳が自分の意思で人を撃つことができたら合格にしようという趣旨で試験を行うのだが、模擬戦であるからきっちりを勝敗をつける必要はあり、負けたらいくら千佳が人を撃つことができても合格にはできない。

 

(別にチカちゃんを不合格にしたいわけじゃないけど、彼女のためにはキッチリわからせないといけない部分はある。この模擬戦は非公開にするから撃つ撃たないに関わらず誰かから責められるという不安はないはずで、単純に()()()()()()()()だけでなく()を撃てるかどうかを判断するにはこうするしかない。訓練に使うプログラミングした人型近界民(ネイバー)なんてトリオン兵と同じ。本物の人型近界民(ネイバー)じゃ動きが違うし、そこに人の意思が働いているから逃げるかも知れないし防御に徹するかも知れない。もしくは防御を無視して回避しながら攻撃オンリーで向かってくるかも知れないという『相手の行動を読んで次の自分の行動を決める』ことができるようになれば、もうひとりで考えて行動できるはず。でもそれが彼女にとってはとても難しいのよね…。やっぱり今回もオサムくんの指示で動くだろうから、その指示が的確かどうかによって結果は大きく変わる。オサムくんはそこをどう考えているのかしら?)

 

千佳の「人を撃てない問題」についてツグミが心を砕くのは鳩原の密航事件が大きく影響していた。

なにしろ千佳と鳩原には共通点がいくつもあり、近界(ネイバーフッド)にいると思われる家族や友人を()()()()()探して連れ戻したいという理由が行動原理になっている。

たしかに自分自身で探したいという気持ちはわからないでもないが、ふたりとも人を撃てない・撃ちたくないという狙撃手(スナイパー)としては致命的な欠点があって、その欠点を自らの力で解決する努力もせずにいた。

そして鳩原は周囲の人間に迷惑をかけるとわかっていながら密航という違法な手段によって近界(ネイバーフッド)へ消えてしまったのだ。

千佳は周囲の人間の甘やかしによって撃てないのは仕方がないと許されてしまい、B級ランク戦で撃てないという弱点は鉛弾(レッドバレット)を使うということで上手く()()()()ことができたものだから、()の弾が撃てなくてもOKと片付けられた。

もしツグミが鳩原と友人でなければいくら玉狛の後輩だからといって千佳に対してここまでしなかったはずだ。

彼女の師匠はレイジであるからすべての責任は彼にあり、ツグミは一歩退いた位置で見守るだけだっただろう。

しかし鳩原の時の二の舞はゴメンだと考えて、なんとかしようと奮闘しているのだ。

 

(でもそれはチカちゃんのためじゃなくて、わたし自身が後悔をしないためのエゴにすぎない。チカちゃんが撃てないせいで遠征が失敗すればボーダーの活動にも影響は出て、わたしは自分の大切なものを失ってしまうことになるから。わたしはもうあんな悔しくて辛くて悲しい思いはしたくない。そのためなら悪と呼ばれることだってしてやる。それを考えたらチカちゃんに対する厳しい試験内容なんてたいしたことじゃない。そもそも狙撃手(スナイパー)が人を撃つことなんて当たり前のことで厳しいと思う方がおかしいわよ)

 

ツグミは玉狛第2との模擬戦を前提としたトリガーセットについて考えた。

 

(今回は別に特殊な戦術は必要ない。単純に()()の後輩を倒すだけだもの、ここは先輩らしく真正面からいくのがセオリー。B級ランク戦での基本装備に何かプラスしたいわね…)

 

彼女の基本装備はメインにイーグレット、通常弾(アステロイド)、弧月、旋空、サブにレイガスト、スラスターとなっていて、空いている2つの枠にバッグワームやグラスホッパーを入れることが多い。

B級ランク戦では敵の戦力やトリガーセットを考慮して大幅に変えることもあるが、完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)として近・中・遠距離用トリガーは必ず装備している。

何事においても想定外ということはあるので、どんな状況においても対応できるようにとすべての武器(トリガー)を使えるようにしたのは彼女なりの戦術だ。

攻撃用トリガーを充実させて防御用トリガーはシールドを使わずレイガストの(シールド)モードオンリーということが多いツグミ。

そのトリオン能力を活かして火力押しで戦う彼女らしい戦闘スタイルなのだが、千佳のトリオン量には敵わない。

よって千佳の攻撃をシールド等の防御トリガーで防ぐのは諦め、隠密行動と回避行動によって対応することにした。

そして結果、メインに通常弾(アステロイド)、弧月、旋空、バッグワーム、サブにイーグレット、通常弾(アステロイド)炸裂弾(メテオラ)、グラスホッパーという攻撃特化型・防御ゼロの装備となったのだった。

 

(これだと攻撃を受ければノーダメージというわけにはいかない。チカちゃんの攻撃なら尚更で、絶対にノーダメージで戦わないとわたしの負けになる危険なトリガーセット…。別に攻撃に特化したこんなバランスの悪いセットにしなくてもいいんだけど、これくらいのハンデは必要よね。問題はチカちゃんの装備だけど、以前は攻撃用にアイビス、イーグレット、ライトニング、鉛弾(レッドバレット)、防御にシールドを2枚とエスクード、そしてバッグワームというセットだった。たしかにこれは遠征艇の護衛としては理想的だけど、市街地Bのようなマップではセットを変えた方がいい。たぶんエスクードを外してそこに炸裂弾(メテオラ)を入れると思う。あのトリオン能力での炸裂弾(メテオラ)は最凶だもの。でもそれだけじゃダメ。今回の模擬戦では鉛弾(レッドバレット)禁止ルールにしてあるからどんな()()()を考えるかがポイントね。ジンさんがオサムくんに連絡して20日の放課後に行うと伝えてあるだろうから、丸二日という余裕があれば部隊(チーム)としてなんらかの方法を考えるだろうけど、わたしはチカちゃんたちを部隊(チーム)として連携させない戦い方をするつもり。わたしのこの考え方をオサムくんが想像して作戦を練ることができればいいんだけど、たぶんダメでしょうね…)

 

修は作戦参謀という役目も担っている。

戦闘能力は遊真の方がはるかに上なのだが、彼自身が「オサムの命令に従う」という考え方で行動しているから近界(ネイバーフッド)で培われた経験は自身の戦闘スタイルにしか生かされない。

千佳は自分で考えて行動することができず、修や栞の指示がなければ適切な行動ができずにいる。

今回の模擬戦も栞のオペレーションなしという()()があるので、ヒュース抜きの玉狛第2ではツグミや迅という歴戦の兵士を相手にするのは厳しいと考えるはずで、千佳にもそれなりの役目を果たしてもらわなければ玉狛第2の負けは確定。

ただ修が千佳に危険な役目を負わせるとは思えず、結局のところB級ランク戦とほとんど変わらない戦術となるだろう。

なにしろ修がそう考えるよう誘導するためにあえて「市街地B」のマップを選択したのである。

普段から使い慣れたマップであるからこそ()()()()()()の安定感のある戦術で戦おうとするに決まっているのだ。

転送直後のバラバラの状態であるから、修は遊真との合流を優先するのだが合流地点を自分がスパイダーを張りやすい場所にするだろう。

そしてその合流地点で遊真と一緒にツグミと迅を迎え撃つことになり、千佳には最適な狙撃地点で待機させるはずだ。

そこをツグミは急襲しようと考えている。

 

(チカちゃんには自分の身を守るために撃ってもらわなきゃならない。特別訓練ではひとりで訓練をしていたといっても今回の模擬戦のように近くにオサムくんやユーマくんがいるとわかっているとつい頼りたくなるもの。トリオン能力は優れていても狙撃技術は並レベル。当たらなければ何の意味もない。おまけに人型の標的(ターゲット)が撃てるようになったといってもそれはトリオン兵と同じで、人間という感情やとっさの判断で行動が変わる標的(ターゲット)を撃つためには自分で考えることができなきゃ無理なのよ)

 

ツグミにとって玉狛第2との模擬戦で勝つことは特に難しいことではない。

この試験で重要なのは修や千佳に自分たちがB級2位部隊(チーム)であるという結果が近界(ネイバーフッド)遠征において何の意味もないということを理解させることだ。

口で言ってもわからないのなら痛い目に合わせるしかない。

修と千佳にとっての痛い目とは遠征に参加できなくなることなので、参加できないと判断されたなら自分が実力に伴わない高望みをしていたことに気付くはず。

気付くことで自らを変えようという気にさせるのがツグミの狙いである。

アフトクラトル遠征の出発は来月早々ということになっていて、残り時間はあまりにも少ない。

意識改革しても1週間や10日で生還できるという保証を与えることは難しいだろう。

 

(なんで誰もこんな重要なことに気付かなかったんだろう? もっと早いうちにこの問題を解決しておけば今頃は何の心配もなく訓練を続け、最終試験にもすんなり合格できるはずなのに…。特にレイジさんはチカちゃんの師匠だというのに何もしていないのは無責任すぎる。レイジさんは鳩原さんの事件のことを良く知っているのに、チカちゃんが人を撃てない狙撃手(スナイパー)であることを肯定してしまった。そしてチカちゃんが鉛弾(レッドバレット)狙撃という方法を覚えたものだから、もう安心とばかりにチカちゃんのことは放りっぱなし。オサムくんのように自分の命を顧みずにチカちゃんを守るって覚悟でもあれば別だけど、そんなことができるはずもないしする気もない。結局レイジさんにとっては他人事なのよ。たしかに他人だけど、師匠という立場を引き受けたなら最後まで弟子の面倒を見るのが義務じゃないかしら)

 

そこにいない相手に文句を言うツグミだが、文句を言うだけなら誰でもできる。

彼女だからこそ今からでも千佳の問題を解決しようといろいろ考えているのだ。

アフトクラトル遠征は千佳が人を撃つか否かに関係なく行われ、絶対に成功させなければならないという現実が立ちふさがっていた。

想定外のことが起きうるのが近界(ネイバーフッド)遠征で、想定外のことだから仕方がないという言葉では済まされないのだから、ツグミは想定外を想定内にするためにあらゆる状況を自らの経験や知識を総動員して考える。

実戦を経験することは重要だが、それを次の戦闘に活かすことができるよう考えることはもっと重要で、それができない人間は同じ過ちを繰り返す。

だから彼女は考えることをやめないのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

迅から電話で連絡を受けた修は急遽作戦会議をするために隊員を招集した。

といっても修と遊真は玉狛支部で暮らしているのだし、千佳も遠征が近いということで閉鎖環境滞在実験終了後はずっと玉狛支部で寝泊りしながら学校へ通っているので、作戦会議を開くとしてもすぐにできるのだ。

夜間ではあるが修の部屋に集合し、3人で20日に行われる模擬戦 ── 千佳にとっては遠征参加のための最終試験 ── について話し合うことになった。

 

「さっき迅さんから電話があって、急だけど20日の放課後に本部基地で千佳の最終試験として模擬戦を行うことになったって連絡があった」

 

修は話をそう切り出した。

 

「チカは参加決定なのにわざわざ試験を行う意味があるのか?」

 

遊真がそんな疑問を抱くのも無理はない。

千佳が参加することを前提として大型の遠征艇を建造することができたのであり、彼女のトリオンが艇のエネルギーとなるのだから、彼女がいない遠征はありえないのだ。

 

「ぼくもそう思ったんだが、千佳は本隊が出動している間の遠征艇を守るという役目もあって、そのための特別訓練もしてきた。だからその訓練の結果を見たいってことらしい。機関員だけでなく防衛隊員としての役目もあるから」

 

修がそう言うと、千佳も大きく頷いた。

 

「対戦相手が迅さんとツグミさんなのは、わたしがちゃんと人を撃てるかどうか気になっていて、ふたりが近界(ネイバーフッド)に行っている間にわたしがどれくらい戦えるようになったのかを見たいんじゃないかって思う。わたしはもう大丈夫。相手が人であってもちゃんと撃てるというところを見てもらいます」

 

「だけど鉛弾(レッドバレット)は使用禁止で緊急脱出(ベイルアウト)は使えない。ヒュースもいない上に宇佐美先輩のオペなしってルールだからけっこう厳しいと思うぞ。相手は迅さんと霧科先輩だ。ふたりだけだけどA級レベルの手ごわい相手だからな」

 

「でも迅さんときりしな先輩は部隊(チーム)を組んで戦うことはしていないし、連携プレイならこっちの方が上だ。それにチカが人を撃てるなら何の問題もない。ただし気になるのはマップが『市街地B』ってところだ。きりしな先輩なら『城郭都市』を選んで実戦形式でやると思うんだ。だから何か企んでいる気がする」

 

遊真の言葉に修は賛成する。

 

「ぼくもそこが気になっている。でも千佳は遠征艇に残って接近してくる敵がいたら対応するだけだから、本隊のようなマップじゃなくていいんだけど、だからといって『市街地B』は変だと思う。ただ千佳が人を撃てるかどうかだからマップはどうでもいいのかも知れないとも考えられる。どちらにしろぼくたちは全力で戦うだけだ。幸い『市街地B』は何度もB級ランク戦で戦ったことがあるマップだから頭にしっかりと入っている。転送直後にぼくと空閑が合流しようとすれば迅さんと霧科先輩は必ず()()()狙ってくるだろう。ぼくが危機に陥れば千佳が撃つと考えているだろうから」

 

修は「市街地B」のマップをPCのモニターに映し出した。

どこに何があるのかを暗記してしまうほど彼らは何度も繰り返し見たマップである。

 

「転送位置はランダムだけどおおよそ見当はつく。今回は全員で5人だからかなり離れた位置にバラバラになる。そうなると迅さんと霧科先輩も合流するとなればそれなりの時間を要するだろうから、その間にぼくが転送された位置から一番近くて都合のいい場所にスパイダーで罠を張る。そこに空閑が合流し、千佳は狙撃地点で待機する。…というのが理想なんだけど、転送位置によってはそれぞれ遭遇(エンカウント)戦になるかも知れない。その時にはできるかぎり単独での戦闘を避けて合流を優先する。…このマップだとこことここ、そしてここがぼくたちにとって戦いやすい場所だ。千佳が人を撃てるかどうか確認したいというなら千佳に狙撃をさせるチャンスを与えると思う。だったらぼくたちにとって都合のいい場所で戦い、千佳に迅さんでも霧科先輩でもかまわないから撃ってもらえばあとがかなり楽になる。3対1なら十分勝てるぞ。たとえ落とせなくてもダメージを与えることができればそれだけで十分意味がある」

 

修はそう考えていた。

たしかに模擬戦形式の試験で千佳が人を撃てるかどうかを確認するという趣旨のものであれば、だいたいの人間が修と同じように考えるはずである。

しかし大きな勘違いをしており、そこが()()()()()命取りにもなりかねない。

ツグミが見たいのは千佳が修や遊真の危機に対して狙撃をすることではなく、自分の身を守るために撃てるかどうかなのである。

玉狛第2が勝利を掴むにはツグミの思考を読んで、それに対抗する戦術を編み出さなければ不可能…とまでは言わないが、東春秋を唸らせるような戦術を弄してB級ランク戦を無傷で勝ち抜いてきた彼女に敵うはずがないのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

迅にとってもこの模擬戦は重要な意味を持っている。

彼にはふたつの未来が視えていて、そのどちらかになるかによって遠征の結果が正反対のものとなるからだ。

正反対とは成功か失敗という意味で、失敗となればボーダーという組織の存続が危ぶまれる。

しかし模擬戦の結果が視えるというのではない。

玉狛第2が勝つか負けるかで修と千佳の遠征における役割が変わるだけで、このふたりの行動は大局には影響しないからだ。

ただしこの模擬戦の勝敗によってツグミがアフトクラトルで切るカードが変わってきて、そのタイミングを間違えれば遠征の成否を分けることになる。

つまりツグミの判断と行動にはボーダーの将来がかかっていて、彼女にその責任が大きくのしかかってくる。

そうなると迅にとっては玉狛第2が勝たない方が都合は良い。

 

(メガネくんと千佳ちゃんにとっては悔しい結果となるだろうが、それも()()()()()()には仕方がないこと。ここは俺も本気でやるしかないな)

 

迅が後輩相手に本気を出す…その言葉の意味するものとはいかなるものなのだろうか?

 

 

 

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