ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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289話

 

 

アフトクラトル遠征において正式な遠征部隊とは他にツグミやゼノンたちの「別働隊」案が認められたことで、ツグミは本格的に作戦を練ることにした。

本来なら忍田たちの本隊が城郭都市内に潜入してC級隊員の捜索と救出活動を行うのだが、このミッションはこれまで防衛隊員が行ってきた「トリオン兵や人型近界民(ネイバー)から三門市民を守る」というものとはまったく違う種類のものだ。

単純に武器(トリガー)を駆使して敵を全部倒せば良いというものではなく、むしろガロプラのガトリンたちがボーダー本部基地にある遠征艇の破壊工作のために動いたあの一件に近いといえる。

もちろんハイレインたちアフトクラトルの敵を全員倒してしまえばゆっくりとC級隊員の捜索はできるだろうが、それは絶対に不可能である。

よって本隊メンバーの特別訓練は単なる戦闘訓練だけではなく、今までに行ったことのない敵地への極秘潜入や現地の人間に溶け込んでの情報収集などを学ぶべきであった。

そのためにツグミは近界(ネイバーフッド)へ発つ前に「戦闘体の容姿を変える」とか「バッグワームを起動するとマントではなく現地の人間と同じような服装になる」というトリガーの開発を進めていた。

そして本人が試作品を使用して効果を確認し、参加メンバーの分の変身トリガーも開発室では完成させていた。

しかしそれを使用した訓練の事実はなく、ただの宝の持ち腐れとなっている。

なぜそのようなことになったのかというと、適切な指導者がいなかったからなのだ。

ゼノン隊のような諜報員として訓練を受けている人間がいれば指導をすることができただろうが、不幸なことにこれまでのボーダーの活動の中ではこのようなミッションはなかった。

ではそういった諜報活動を生業としているプロに頼むという手があるのだが、そこまで頭が回る人間はひとりもいなかったようなのだ。

ツグミなら「その分野なら唐沢部長に頼めばいい」と考えて依頼し、唐沢も昔の仕事のツテを利用して何とかしてくれたはずである。

しかし誰もそんなことを考えず、唐沢も頼まれないのに勝手に動くこともできない。

そうして現在に至るというわけであった。

トリガーは万能ではない。

それを使う人間次第であり、その人間が敵と戦って勝ちさえすればいいという考え方では単なる武器で終わる。

だがそれを戦わずに済ませるための道具として使うことができれば、その性能を最大限に活かすことができるものなのだ。

もっとも遠征出発まであと半月くらいしかないのだから今さら嘆いても意味はなく、ならばこの状況において「別働隊」がどのように動けばいいかを考えるのが最善の道である。

 

今のところツグミはいくつかの案を考えている。

まず本隊メンバーが無事にC級隊員を救出して遠征艇へと帰還するだけの状態で、ハイレインたちに発見されていないのならそのまま何もせずにいればいい。

しかし発見されてしまい戦闘状態に入るようになった場合は別働隊が城郭都市内で騒ぎを起こして注意を引く陽動作戦を行う必要がある。

陽動作戦の場合、別働隊のツグミ、ゼノン、リヌス、テオ、そしてヒュースの5人がハイレインたちと直接対決になる可能性が高いので、不利な状況であってもいかにそれを自分たちに有利な戦闘に導くかを考えなければならない。

さらに本隊メンバーが発見されるとしてもC級隊員を救出した後と発見できていない状態では別働隊の行動も変わってくる。

C級隊員を救出した後なら全員が遠征艇へ帰還できるようにすればよいだけだが、発見もできていないのであれば別働隊がC級隊員の捜索・救出と本隊の援護、そして自身の脱出をしなければならないのだからもっとも困難なミッションとなるだろう。

他にも敵に遠征艇の場所が見付かってしまい、遠征艇が攻撃されるという場合も考えられ、そこは非戦闘員に簡易トリオン銃「ターミガン」を使用して身を守ることと、艇自体は千佳に守らせるという想定で訓練をしてきた。

そうはいっても想定外のことは起きうるもので、それを「想定外だったから仕方がない」では済まされない。

そこでツグミは遠征艇が襲撃を受けた時のことも想定して解決策を考えていた。

最悪の場合は遠征艇を捨てて乗員だけでも脱出して自分自身の身を守ることに専念してもらうしかない。

そうなると()()()()を失った遠征部隊のメンバーは敵地で身を寄せる場所を失うわけだ。

それについてもツグミには考えがある。

ただしそれは最後の最後で、もうこれ以上何もできないと追い込まれた場合であるから正直考えたくもないことなのだが、だからといって考えずにいたらその万が一の最悪の事態の時に困るのだから仕方がない。

 

ツグミはミーティングルームのホワイトボードを前にしていろいろ書いていた。

「本隊メンバーがアフトクラトル兵に発見された場合」とか「C級隊員の所在が判明しないうちに戦闘状態になった場合」などいくつかの状況が列挙されていて、それぞれの解決策・対抗策が考えられるだけ書き連ねてある。

 

(本隊メンバーは戦闘能力の面ではそれほど心配しなくても大丈夫だけど、遠征経験のない人が約半数いるだけでなくアウェイで戦った経験のない人ばかり。旧ボーダーの4人とユーマくんだけが死と隣り合わせの危険な戦闘を経験しているけど、そのメンバーが加わった特別訓練でもアウェイで戦う緊張感がないのよね…。普段の訓練や模擬戦で戦闘体の痛覚をオフにしてあるから痛みは感じないし、緊急脱出(ベイルアウト)システムを常用しているから危なくなったら逃げるという手段があって『死』の恐怖に怯えることなく戦える。でもそれが逆に緊急脱出(ベイルアウト)が使えない状態での戦いを想像できなくしているんだ)

 

そんなことを考えてしまい、手が止まってしまうツグミ。

ボーダーに入隊する若者が安心して戦えるようにした緊急脱出(ベイルアウト)システムを否定しているのではない。

ただ万能ではない以上は使えない場合のことを考えて対策を講じるのは当然のこと。

それなのに遠征に参加する当事者たちが一切そのことを深く考えていないという()()()にツグミは苛立ってしまうのも無理はない。

 

(特別訓練の紅白戦では緊急脱出(ベイルアウト)が使えないというだけで戦闘体が破壊されて生身になってしまった隊員は()()()()()と戦線離脱してコントロールルームで暢気に見物をしていた。これが実戦ならそう簡単に戦線離脱できないし、その前に敵が生身になった隊員を拘束するとか攻撃して()()()()()()()ようにするわよ。そうでなければトリオンが回復して戦闘体が構成できるようになればまた敵として立ちふさがることになるんだもの。だったらそうならないようにするのが普通で、アフトの連中が戦闘体を失ったボーダー隊員を見逃してくれるはずがないじゃない)

 

近界(ネイバーフッド)へ旅立つ前、ツグミは遠征部隊メンバーの特別訓練の責任者としてより実戦的な訓練内容を考えて行った。

しかしそれを不満に思う隊員がいて、彼女は仲間内でのトラブルを回避するため、さらに自分たちで考えて訓練を行う大切さをわかってもらうために責任者を辞任した。

その後のことは東に一任しておいたのだが、その東でさえツグミの意図をわかっていながら適切な訓練を行うことができなかったのだった。

 

(東さんだって遠征に参加する主力メンバーのひとりなんだから、いろいろなシチュエーションを想定して訓練内容を考えることができたはずなのに全然ダメダメじゃない。東さんですらできないことが他の人にできるはずもなく、これはわたしの東さんへの過信がこの結果を招いたと言えること。だけどどうしてこんな簡単なことがわからないのかしら~!)

 

そんなことを言ったり悔いたところで過去の事実は覆らない。

彼女にできることは現在不足している部分を補い、修正する部分は正すしかないのだ。

そして根本的に解決できない部分を別働隊でなんとかしようというもので、その責任は大きい。

 

(本隊の遠征艇を停めるとなると物理的に隠れることのできる場所であり、レーダーの範囲外であることが望ましい。実際に現地を見てベストとは言えないまでもベターな場所はあった)

 

ツグミはホワイトボードの横の壁に貼ってあるアフトクラトルの地図を見つめた。

 

(城郭都市から南東約5500メートル。ディルクさんの話だとアフトクラトルで使用しているレーダーの索敵範囲は半径約5000メートルだから引っかかる心配はいらない。それにエリン家の管理している南門から入りやすい位置だし、別働隊の艇を停める場所との位置関係もまあまあ大丈夫かな?)

 

地図に赤いペンでふたつの印を付ける。

それぞれ本隊の遠征艇と別働隊の艇を停める予定地である。

別働隊の存在を本隊メンバーは知らせないことになっていて、本隊では忍田と迅、そして遠征艇に残る寺島のみが知っている。

それは別働隊が近界民(ネイバー)によって構成されていることと、別働隊がいることで妙な安心感を持たないでいてほしいからだ。

それに本隊メンバーが自力でミッションクリアできればそれがベストなわけで、知らせなければ別働隊など初めからなかったことにもできる。

別働隊は本隊が苦しい状況に陥った時のために存在しているのであり、ツグミたちは高みの見物ができればそれが一番なのだ。

しかし本隊が動きやすいようにお膳立てしておく必要はあり、ツグミたちは本隊の出発の数日前にはアフトクラトルへ発つ予定である。

 

(ディルクさんがどこまで最新の情報を手に入れられるかがポイントだけど、あんまり無茶をしないように言っておいたから期待はしない方がいい。むしろわたしたちが先乗りして情報集めをした方がいいと思うから、少なくとも本隊よりも3-4日前には出発しないとね)

 

別働隊といっても先乗りするのはツグミとゼノン、リヌス、テオの4人だけで、ヒュースは本隊と行動を共にすることになっている。

ヒュースがアフトクラトルまでの道案内をすることを条件として彼が玉狛第2に入隊することになったのだから当然のことだ。

すでにツグミはアフトクラトルからの復路でゼノンたちと綿密な打ち合わせをしていた。

ディルクから貰った地図、特に地下道の地図はC級隊員の捜索・救出のために必ず役に立つことだろう。

この2枚の地図のオリジナルはツグミが管理しており、2枚ずつコピーしたものを彼女と迅がそれぞれ持っているので、本隊でも詳細な城郭都市の様子はわかることになり、潜入作戦に活用するはずである。

 

(ディルクさんの話だとさらわれたC級隊員のうち攻撃手(アタッカー)はヴィザの屋敷の近くにある家に住まわせて共同生活をしているらしい。あぶんそこで剣の稽古をさせられているんだ。さらわれた攻撃手(アタッカー)は14人。彼らの居場所だけでもおおよそ見当が付いているのはありがたいわね。残る18人はまったく手がかりがないけど、早く実戦投入できるようにどこかで訓練をしているのは間違いない。ディルクさんやヒュースの話だとトリガー使いは全員軍の幼年学校で訓練を積むってことだから、ここが一番怪しいのよね)

 

ツグミは地図上の一点を凝視する。

そこは都市の北西の一角にある街の中で最も広い敷地を持つ幼年学校である。

ディルクの話ではアフトクラトルの子供は3歳と9歳にトリオン計測が行われ、素質のある子供はほぼ全員が幼年学校に進むことになっている。

幼い頃なら(ホーン)トリガーを移植されるだろうが、さらわれたC級隊員の最年少は13歳だからその心配はいらないだろう。

そこで幼年学校の生徒と一緒にC級隊員が訓練を受けていると考えるのが自然だ。

 

(ここなら寄宿舎があるからそこに攻撃手(アタッカー)以外の18人がいる可能性が高い。ひとりでも多くのトリガー使いが欲しいんだから、せっかく生け捕りにした雛鳥である彼らを殺すってことはないはず。全員が生きて助けが来るのを待っているに決まっている。なら早く助けに行かなきゃ)

 

可能性は高いといっても必ずそこにいるというわけではないのでまずは確認しなければいけないのだが、そこはディルクと相談してハイレインたちに怪しまれない方法で行うしかない。

 

(C級隊員の居場所さえ確定できていればそれだけでも十分楽になる。攻撃手(アタッカー)たちはヴィザの屋敷の近くの家で共同生活をしているということだから、その近くで見張っていれば移動するC級隊員を目視できるかも?)

 

さらわれたC級隊員32名の顔写真入りリストを作っており、ツグミ自身は全員の顔と名前を覚えた。

だから街中で誰かひとりでも見付けることができれば後を追って家の場所を特定できるはずだ。

そうなると変身トリガーが役に立つ。

 

(前回の容姿はハイレインとランバネインに見られているから少し変更してもらった方がいいかも知れない。今度は街へ入るのに苦労しないから、街の住民のような姿と服装がいいだろうな。明日、寺島さんに頼みに行こう)

 

ピピッ、ピピッ

 

ツグミの携帯電話のアラームが鳴った。

それは午後10時45分を知らせるもので、そろそろ自分の部屋に戻って休めという合図である。

彼女には寮に住む8人分の朝食を作る仕事があり、その前に30分ほど木刀の素振りも行っているのだから早く寝なければいけないのだ。

 

(仕方がない、今日はここまででおしまいにしよう)

 

名残惜しいという顔でツグミはホワイトボードの文字を消し、ミーティングルームを出た。

 

 

◆◆◆

 

 

アフトクラトルにおいてツグミと迅がエリン家を訪問している間にゼノン隊の3人は別行動をして情報収集活動を行っていた。

ベルティストン家以外の有力貴族たちも「神」探しに躍起になっていて、他の貴族とのトラブルは極力避けたいと考えているはずだ。

だからベルティストン家VSボーダーの戦いが起きても他の貴族がベルティストン家に力を貸すことも敵に回ることもないと想像できる。

むしろボーダーがベルティストン家にダメージを与えることができれば他の貴族にとってはありがたいことで、少しでもベルティストン家の勢力を削ぐことができるように戦闘になっても見て見ぬふりをする可能性が高いだろう。

ただでさえ不利な戦闘となることが想定できるのだから、計算のできない余計な勢力が加わることは敵でも味方でも遠慮願いたい。

そういった点では心配することはなさそうだ。

もっともだからといって油断はできないのだが。

アフトクラトルの(マザー)トリガーの寿命が尽きかけているという事実は他国にも知られている。

キオンからの帰途で立ち寄った国々の庶民の噂話にも取り上げられるほどだから近界(ネイバーフッド)に住む者で知らない者はいないというくらい広まっているに違いない。

そこでゼノンたちは「キオンがアフトクラトルに侵攻するタイミングを狙っている」というデマを流した。

キオンとアフトクラトルが二大軍事国家として対立していることは誰でも知っていて、アフトクラトルの混乱に乗じてキオンが侵攻しようとしているとなれば信じる者の方が多い。

もちろんそんな事実はない。

キオンの元首であるテスタはボーダーに協力する約束はしたが、戦力を貸すといってもゼノン隊の3人を派遣するのみで手は出さないことになっている。

今回のボーダーのアフトクラトル遠征にキオンはまったく関係ないということにしておくためである。

キオンは近界(ネイバーフッド)の中でも有数の大国であり、軍事力も他の国にはるかに強大であるから、その国が玄界(ミデン)と手を組んだとなれば他の国々はキオンをますます警戒することになる。

テスタは近界(ネイバーフッド)の国々を平定したいと考えているが、それは戦争という暴力を伴う手段ではなく、玄界(ミデン)の優れた技術を広めることで穏便に進めたいのだから、武力を誇示するようなことはできないのだ。

武力によって他国を制圧し続けるアフトクラトルとは違うところを見せたいので、キオンはボーダーのために表立った協力はしないのである。

ただキオンが侵攻するという噂でアフトクラトル国内を動揺させることは一定の効果があるため、ゼノンたちは立ち寄った国の食堂や飲み屋などであることないこと吹聴してきたのだった。

近界(ネイバーフッド)の国々はそれぞれが宇宙空間に浮かぶ星のような位置関係にあるから情報が伝わるのにも時間がかかりそうなものなのだが、国を跨いで商売をする商人やゼノンたちのような諜報員などがどこにでもいるので噂は瞬く間に広がっていく。

たぶん今頃はハイレインたちの耳にも「キオンがアフトクラトルに侵攻するタイミングを狙っている」というデマが届いていることだろう。

そしてボーダーとキオンが手を組んでいることを知らない彼らは両者に対して警戒をしなければならず、ストレスが溜まってきているに違いない。

それをツグミは狙って情報操作をしてきたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

その頃、アフトクラトルではハイレインたちがツグミたちの仕掛けた「罠」にはまってストレスを溜めつつあった。

神探しは上手くいかず、玄界(ミデン)への侵攻も雛鳥を確保したとはいえトリガー使い2名を喪うという被害を出している。

ヴィザと国宝・星の杖(オルガノン)まで投入したというのにわずか数時間で追い返されたという事実は他の貴族だけでなく庶民の耳にも届いていて、その体たらくは嘲笑の的になっているのだった。

当然のことながらハイレインの苛立ちはピークに達しており、キオンの侵攻の可能性やボーダーの遠征が目の前でチラつけば冷静でいられるはずがない。

しかしさすがはベルティストン家の当主であり、次期の王座を狙っているだけの野心家であるからそんな素振りを他人には見せない。

よってそのとばっちりを受けるのがランバネインで、兄弟の関係にはヒビが入っていた。

腹を立てたランバネインはハイレインと同じ屋根の下では暮らせないと、現在はベルティストン家の城を出て街中に小さな屋敷を借りてそこに住んでいる。

そうなるとハイレインにとってディルクの価値は高まっていく。

神候補でありながらもトリガー使いとして優秀な彼を軽んずることはできず、ハイレインにとって今最も恐れているのはディルクの謀反である。

敵対する有力貴族に寝返ったり亡命でもされたら面倒なことになるわけで、エリン家の監視は以前よりも強化された。

そのことはディルクも気付いており、違和感をもたれない程度に屋敷に引きこもっている。

理由はマーナが病に伏せっているということにしているから、マーナやレクスの姿が見えないことも怪しまれずに済んでいて、ハイレインはエリン家とボーダーに繋がりがあるとは想像もしていない。

 

 

こうしてアフトクラトル遠征における別働隊の工作は潜水艦が海面下を潜行するように静かに、誰にも悟られずに進んでいった。

 

 

 

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