ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ツグミが本部基地の廊下を歩いていると早朝からの防衛任務を終えた太刀川隊のメンバーが向かい側から近付いて来た。
太刀川と出水、そして国近の3人は遠征参加予定者ではあるが、特別訓練だけでなく通常の市内巡回等の防衛任務も怠ることはできない。
むしろ遠征に行っている間は留守番をする隊員たちに大きな負担がかかるため、遠征選抜メンバーだからといって甘えてはいけないのだ。
「太刀川さん、出水さん、唯我
ツグミの方から声をかけると、太刀川が手を軽く上げて挨拶を返してきた。
「よう、久しぶり。俺たちに内緒で迅と一緒に
「ええ」
「暇なら今から話を聞かせろよ。このタイミングでの
太刀川はニヤニヤしながらツグミに訊くが、ツグミは毅然とした態度で答えた。
「それにはお答えできません。城戸司令には報告書を提出してありますので、司令の判断で隊員に知らせるべきことなら教えてくれるはずですのでそれを待っていてくださいな」
「そんなケチくさいこと言うなよ。俺とおまえの仲だろ?」
「他人が聞いたら誤解を招くような言い回しはやめてください」
「じゃあ、俺と模擬戦をやって俺が勝ったら教えるってのは?」
「嫌です。わたしは忙しいんですよ。太刀川さんと遊んでいる暇なんてないんです。それに今日のトリガーセットは対
「勝ち逃げのままかよ?」
「勝ち逃げ?」
「大規模侵攻の論功行賞の表彰式の時の模擬戦でおまえが二連勝したままで、リベンジマッチが済んでいない」
「ああ、そういえばそうですね。でもわたしは40日以上も模擬戦どころか訓練もしていないんですよ、個人総合1位の太刀川さんには絶対に勝てません。圧倒的に不利な状況で戦いに挑むのは無謀というもの。賢い人間のやることじゃありません」
「じゃあ、おれとはどうだ?」
それまで傍観していた出水が口を挟んだ。
「装備が対
「嫌です。ハイレインとタイマン勝負ができるような人が奴に勝つために40日以上も訓練を続けているんですもの、わたしが勝てるわけないですよ。わたし、負けるのが嫌いなんです」
「おれだってそうさ。…って、迅さん! 迅さん、久しぶりです!」
出水はツグミの背後に現れた迅の顔を見ると何やら思いついたようでツグミに言った。
「そうだ、ツグミちゃんは迅さんとふたりで組んで、おれと太刀川さんとの2対2の勝負ならいいんじゃね?」
「お断りです。今日の装備ではシールドもレイガストもエスクードなくて防御装備ゼロですし、いくらジンさんと一緒でも即席
ツグミは拒否し続けていると、迅が会話に加わってきた。
「なんか面白そうな話してるな?」
「ああ、ジンさん、太刀川さんが模擬戦をして自分が勝ったら
「う~ん…別に勝負にならないってことはないだろうけど、勝っても俺たちに得はないし負けたら城戸さんに叱られる」
「じゃあ、迅、俺とタイマン勝負しろ」
太刀川が前に出て言う。
「
結局なんだかんだで強い奴と戦いたいだけなのだ。
しかしツグミと迅が本部基地にやって来たのは太刀川と戦うためではなく、千佳の試験という名目で玉狛第2との模擬戦を行うために来たのであり、余計なことにかまってはいられない。
「ジンさん、太刀川さんの相手をしてあげてください。一本だけでも勝負しないと解放してくれそうにありません。私は例の準備がありますので先に行かなければなりませんから、ここで太刀川さんの足止めをお願いできるのはジンさんだけなんです」
ツグミは申し訳ないと思いながらも迅に言う。
「しょうがないな…。じゃ、太刀川さん、1本だけってことで」
「よし、行くぞ!」
太刀川は迅の肩に手を置いて並んで歩いて行き、呆れ返っている出水と完璧に無視されている唯我のふたりは太刀川と迅の後をついてC級ランク戦ブースのあるフロアへと行ってしまった。
(ふぅ…暇な時なら相手をしてあげてもいいけど、今はそれどころじゃないんだものゴメンネ)
ツグミは心の中で謝罪し、自分の作戦室へとすたすた歩いて行く。
そしてすぐに頭の中を切り替え、千佳の試験についての最終調整に入った。
◆◆◆
これから行うツグミ・迅の即席
1.千佳が撃つことができて、さらに玉狛第2が勝利する。
2.千佳は撃つことがでたものの、玉狛第2としては負けてしまう。
3.千佳は撃つことはできなかったが、玉狛第2は勝利する。
4.千佳が撃てず、玉狛第2も負けてしまう。
この中で千佳は1と2であれば遠征参加は無条件でOKとなるのだが、3と4では条件付き遠征参加となる。
いざという時に人を撃てないようでは役に立たないとして防衛隊員ではなく機関員としての任務を全うさせる ── つまりトリオンタンクという遠征艇のパーツとして扱うとさえツグミは言っている。
なぜそこまで厳しくするのかというと、千佳にトリガーを持たせて自由に行動できる状態にさせないためである。
彼女が遠征に参加するのはC級隊員救出のためではなく麟児と青葉の捜索であるから、万が一自分で情報収集をしようと勝手な行動をしてしまったら最悪の事態となるのだ。
もちろんそんなことはしないようキツく言っておくだろうが、アフトクラトルのどこかにC級隊員以外の
人を撃つことができれば自分の身を守ることができるかもしれないが、撃てないのであれば捕虜になるか死ぬしかないのだから遠征艇から絶対に出してはいけないという意味なのである。
勝手な行動をしないとしても遠征艇が危機に陥った時に「撃てない」では済まされない。
訓練で模擬人型
だから千佳が「撃てない」のであればまだ「撃ちたくない」とワガママを言っているのと同義である。
撃てるかどうかと技術的に当てられるかは別だが、ただ撃ったとしても当たらなければ意味はない。
ツグミは防御系トリガーを装備していないのだから回避しか身を守る手段はないので、弾が当たれば必ず戦闘体を破壊することができるだろう。
そしてツグミは千佳に自分を撃たせるためにこれまで非常に厳しく接してきた。
レイジや栞のような甘やかし放題の先輩を撃つのは無理でも、ツグミになら銃口を向けるのもそう難しくはないだろう。
そこまで考えて厳しい態度でいたのだ。
千佳が無事にツグミを撃てたとしても玉狛第2が負けてしまった時は修に対して遠征参加の条件が変わってくる。
本来なら修は本隊メンバーとしてC級隊員の救出任務に携わるのだが、本隊の足手まといになるであれば参加させるわけにはいかない。
おまけに彼の遠征の目的が遊真とレプリカを再会させることであるから、その可能性がわずかでもあるとわかれば命令違反をしてしまう可能性が高いのだ。
彼にとって「ぼくがそうするべきだと思ってる」ことがC級隊員の救出よりも遊真とレプリカの再会を優先している以上、彼の存在は非常に危険な爆弾を抱えているようなものなのである。
そんなハイリスク・ローリターンな人間を重要なミッションに参加させるよりも他に役目を与えてそれを完遂させた方が良いとツグミは考えていた。
もちろんこれは彼女の頭の中にあるだけで
ただ彼女の意見が正当と判断されたら忍田はその判断に従うだろう。
それくらい彼女は信頼されているのだから。
「千佳が撃つことができて、さらに玉狛第2が勝利する」ことが理想であるが、だからといってツグミと迅は手を抜くことはなく全力で戦う気でいる。
英語のことわざに「The strength of the chain is in the weakest link」というものがあり、「鎖の強度は最も弱い輪で決まる」という意味を持つ。
また同じような言葉で「The chain is no stronger than its weakest link」があり、「鎖は一番弱いところ以上に強くなれない」というものもある。
一般には「
いくらレイジや太刀川、風間、二宮といったランカークラスの隊員が大勢いたとしても、遠征部隊をひとつの組織として考えたら修や千佳のレベルが全体のレベルとなってしまう。
だから修と千佳には自らの力でウィーケスト・リンクではないと証明してもらいたいのである。
そのためには全力のツグミと迅を倒してこそ修と千佳は遠征に参加する資格のある隊員だと証明できるのだ。
「市街地B」のマップを見ながらツグミは玉狛第2が戦闘エリアとして使いそうな3つのポイントをチェックしていた。
(転送位置はランダムだけどおおよそ見当はつく。初期位置は適度にバラバラになるからいきなり
修はこれまでB級ランク戦で何度も使用している「市街地B」のマップで模擬戦を行うことと、これが千佳の遠征参加の最終試験という重要な試合であることを意識している。
よって必ず勝つために最も自信のある戦術で戦うに違いない。
それがワイヤー陣と千佳の狙撃で、千佳が「人が撃てる」自信がついたという言葉を信じているならなおさら自分の戦術での勝利を確信していることだろう。
「自分がそうすべきだと思っている」という行動原理によって動く修にとって「そうすべきこと」が明らかに間違っていたとなれば自信を失うのは火を見るよりも明らかだ。
B級ランク戦で2位となった玉狛第2だが、それはいくつもの幸運と先輩たちの手助けがあったことによる結果で、修たちにとって多少の行き詰まりはあったものの難なく切り抜けてしまったからB級2位の「手応え」は1位の二宮隊や3位の影浦隊のメンバーよりもはるかに少ないはず。
この手応えがトリガー使いとしての自信に繋がるものなのだが、修と千佳にはそれがない。
いくら遊真が
B級2位という結果は玉狛第2にとって相応しいものではない。
B級に昇格したこと自体が周囲の手助けで下駄を履かせてもらい、遊真のA級レベルの戦闘力によって上げ底されたことによって得られたものだから、それが自分の実力だと思い込んでしまうことが恐ろしい。
玉狛第2のB級2位は4人で勝ち得たものではあるが遊真とヒュースのふたりがいればこそであり、
(特別訓練の過去ログを見せてもらったけど、オサムくんはユーマくんの援護があってこそ動くことができて、他の隊員との連携のよって効果を出したものはひとつもなかった。つまりユーマくんがいなかったら他の隊員と一緒に上手く戦うどころか他の隊員の足を引っ張ることにもなりかねない。紅白戦でも
B級ランク戦を観戦していると修と千佳以外の上位グループのメンバーは誰でも単独での戦闘に耐えうる隊員であるとわかる。
個々の隊員が単独でも
いや、千佳の場合は指示どおりにしなければダメなヤツだと思われるからという理由で従っていたのだし、自分で判断して行動して失敗をしたらそれを責められると考えて何もできないのだ。
(チカちゃんの他人の目を気にする点は多少改善されたらしいけど、だからといってすぐに自分の判断で行動するところまでは成長できていない。自分の判断で何かをした結果を理由に責められるという怯えが消えていないから、重要なことは誰かの判断に委ねたいという気持ちになる。それもオサムくんが彼女の行動のすべてに責任を持つような過保護的な面があったせい。オサムくんは麟児さんの代わりにチカちゃんを守らなければいけないという義務感で行動しているから、チカちゃんのことを『守ってやらなければいけない弱い存在』と勘違いしてしまっているのよね。オサムくんよりもチカちゃんの方がずっと強いのに)
ツグミの考える「強い」はトリガー使いとしての意味ではなく、人間としてという意味である。
自分のせいでいなくなったと思い込んでいる兄と友人を探したいという自分勝手な理由で遠征に参加しようという図々しさがあり、その逞しい根性は生きていく上で「強い」といえるのだ。
しかし修は「千佳を守ることのできる強さ」に価値を見出しているから、千佳の存在がなくなれば彼自身の存在価値も失われてしまうほど危うい。
他人を助けるためとはいえ自分の命を顧みないのは勇敢なのではなくタダの向こう見ずであり、自分の命と仲間の命の両方を守ることができるという実力と覚悟がないのでは蛮勇としか言いようがないのだ。
修の計算ずくではなく自分の信じたことをやろうとする行動に多くの人間が魅力を感じるのだが、それは彼がまだ15歳という年齢であるという点を見逃してはいけない。
もしこれが東や忍田のような年齢で年少者を導く立場の人間であったら、その無鉄砲な行動は組織を破滅へと導いてしまう「害悪」でしかないのだ。
そういった修の行動を否定するのは簡単だが、彼の意思は貴重なものである。
ならば彼自身が自分の命も他人の命も両方守れるだけの力を持たせればいい。
そのために先輩隊員たちがいるのであり彼らが厳しく指導すればいいのだが、今の彼を一定のレベルで評価してしまい努力を認めてしまう人間が多いために本人が自分は強くなったと信じている部分が大きいようにツグミには思える。
たしかに修は努力をしているし、少しずつではあるがボーダー隊員として戦えるようにもなっているのだが、それは
彼は成長期であるから将来が期待されるものの、現在の彼ではまだ遠征に参加できるだけの力は持っていない。
遠征に参加するというのは彼が考えているよりもはるかに危険で難しいことなのだ。
(わたしは香澄さんやチカちゃんのご両親にふたりを遠征に参加させて無事に帰還できるまでに育てると約束してしまった。それが中途半端で終わってしまったのであれば、今からできる最大限の力でふたりを
◆
ツグミが作戦室で悩んだり憤ったりしていると、ようやく迅が姿を現した。
「お疲れさま、ジンさん。その分だと10本勝負くらいしてきたんじゃないですか?」
「当たり。1本目で太刀川さんが負けたもんだから引き下がらなくてさ、それで結局勝ったり負けたりしているうちに10本もやってたってわけ」
「それで結果は?」
「4対6で俺の負け。まあ、最後の1本はちょっと手を抜いたんだけどな」
昔から太刀川は迅をライバルとみなしていたことをツグミはすぐそばでずっと見て知っている。
当初はツグミをライバル視していたのだが彼女の弧月のレベルを超えてしまうと次は迅をライバルとした。
その途中で迅がS級になってしまったことで不満を持っていたが、迅が風刃を手放してA級隊員に戻ったことで再び
しかしそれもアフトクラトル遠征で忙しくなり、太刀川はフラストレーションが溜まりに溜まっていたのだろう。
もし迅が最後の1本で本気を出して勝っていたら、迅は今頃まだC級ブースにいたに違いない。
「まあ、これで太刀川さんが無闇に絡んでこないのならジンさんの犠牲も無駄にはならなかったってことですね。忍田本部長の手が空くのが一五三〇時以降だということで、模擬戦は一六〇〇時からってことになっています。…まだ40分以上ありますからお茶でもいかがですか?」
「お、いいねえ」
「じゃあ、ちょっと待っていてください」
ツグミと迅は「嵐の前の静けさ」ともいうべきひと時を楽しむのだった。