ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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291話

 

 

忍田の前にはツグミと迅、そして修と遊真と千佳の5人が並んで立っている。

 

「これからアフトクラトル遠征における雨取隊員の最終試験を行う。本来なら雨取隊員は機関員ということであるから試験なしで参加決定なのだが、遠征艇において敵襲があった場合は防衛隊員として戦ってもらわなければならない。そのために対人・対トリオン兵の戦闘訓練を行ってきた。その仕上がり具合を確かめ、さらに近界(ネイバーフッド)遠征において最も重要な資質を身に付けているかの確認をしたい。そこでS級隊員・霧科ツグミ及びA級隊員・迅悠一のふたりには試験官となってもらい、遠征責任者である私が適正な判断を下したいと考えている」

 

「……」

 

神妙な面持ちで忍田の話を聞いている修、遊真、千佳。

緊張はしているようだが、不安であるとか弱気になっている様子は見られない。

勝つ自信があるのだろうが、その自信の根拠がB級ランク戦2位部隊(チーム)であるとか、何度も戦って慣れているマップだとか、そんなものであるなら玉狛第2が負けるのは確実だ。

 

忍田の説明は続いた。

 

「試験の内容は模擬戦である。玉狛第2の諸君はここにいる霧科・迅両隊員を戦闘不能にすることが勝利条件だ。通常なら戦闘体を破壊されたら自動的に緊急脱出(ベイルアウト)となって戦場から離脱するわけだが、今回の模擬戦では戦闘体を破壊されてもその場に残ることとなる。よって他の隊員たちの戦闘に巻き込まれる可能性もあり、その場合はダメージを受けると相当な痛みを伴うことになるだろう。そこを頭に入れておいてくれ。時間は無制限。勝負が決まるまで戦ってもらおう。なお、事前に言ってあるが、この模擬戦は雨取隊員がノーマルな弾が撃てるかどうかを確認するための試合であるから鉛弾(レッドバレット)は使用禁止とする。…ここまでで何か質問や意見はあるか?」

 

誰からも手が挙がらない。

まあ、とくに難しいルールではないし、()()どちらか一方の部隊(チーム)が有利になるとか不利であるという不公平感もないと思えるのだから当然だろう。

それに前もってルールは説明してあり、忍田が改めて確認しただけである。

そして修はこの条件でも勝てると考えているようだ。

しかしここで本来なら修は気付かなくてはいけない重要なことに気付いてはいない。

この模擬戦は千佳の試験であるから当然といえば当然なのだが、玉狛第2にのみ勝利条件が設定されていて、ツグミ・迅部隊(チーム)にはそれがない。

つまり玉狛第2側は3人が倒されても負けだし、ツグミと迅を倒さなければそれでも負けとなる。

逆にツグミ・迅部隊(チーム)はどちらか一方でも戦闘不能にならない限り負けにはならないのだ。

時間が無制限であるというポイントも重要である。

もしツグミと迅がずっと姿を隠していてどこにいるのかわからないのであれば警戒を怠ることはできず、何時間も緊張し続けていればストレスが溜まるに決まっている。

実戦では何時間も膠着状態が続くことはざらにあり、ツグミ、迅、そして遊真なら耐えられるだろうが、修と千佳は耐えるという訓練すらしていないのだから「時間無制限」はきついはずだ。

そして時間無制限だから時間切れによる引き分けもありえず、精神を消耗して自滅する恐れもある。

そこに気付いて自隊に不利な条件であることを忍田に進言できたなら、ツグミは修に一目置くこととなっただろうが残念ながらそうはならなかった。

 

(所詮この程度なのよね。仮に気付いていても自隊に不利なままで戦うことを良しとしているのか、単に本部長に進言する勇気がないのか…。いずれにせよこの不利な条件で勝つ自信があるならやってみなさい)

 

ツグミは玉狛第2に勝ってほしいと願いながらもそう簡単には勝たせることができないという難しい試合がまもなく始まろうとしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「市街地B」のマップに転送された5人は適当に散らばっている。

そして全員がバッグワームを起動し、修と遊真は敵に悟られないように合流を目指した。

 

(そんなことをしたってわたしには何の意味もないって覚えているかしら? …わたしのいる場所はマップの南東の隅、ジンさんはほぼ中央、あの3人は…動きからするとわたしに一番近いのがオサムくんで、ユーマくんは西の端、北東にいるのがチカちゃん。そうなるとオサムくんとユーマくんの合流地点は中央からやや南に寄った場所にある住宅地の交差点。チカちゃんはその交差点から北北東にある5階建てのマンションの屋上ってトコね)

 

ツグミは全員の位置をおおよそ把握すると迅に通信する。

 

[ジンさん、西側からユーマくんが、東側からオサムくんがB地点へと向かっています。チカちゃんは北東からB地点の狙撃位置となる5階建てのマンションの屋上へと向かっているようですのでわたしがそっちに向かいます。ジンさんはB地点には近寄らずに適当な場所で待機していてください]

 

[了解]

 

ツグミは迅に指示を出すと一直線に()()()()()に向かって行く。

その間に修と遊真はツグミの想像していたようにワイヤー陣を張るのに適している3つのポイントの中で修の転送位置に一番近いB地点で合流をしようと動いていた。

やろうと思えば修を襲撃できるようツグミが迅を誘導することも可能だが、あからさまに強化視覚の能力を使うのも大人げない。

よってその能力を使うのは転送位置を確認するだけにとどめておくことにしていた。

もっとも転送位置さえわかれば後は玉狛第2の動きなど強化視覚もレーダーも必要がないくらい単純なのである。

 

B地点に最も早く到着したのは修である。

そして()()()()()()()スパイダーを起動してワイヤー陣を張り始めた。

ここで陣を完成させて遊真が到着するのを待ち、ツグミか迅をその()におびき寄せて「遊真の機動力のある攻撃+修の通常弾(アステロイド)による嫌がらせ+千佳の援護射撃」という必勝の戦術で戦おうとするのだろう。

しかしそうなることが想定済みであるから迅は罠に引っかかることはないし、ツグミは近寄りさえしない。

むしろ玉狛第2の理想とする形を完成させるように時間稼ぎまでしてやっているのだ。

そして修と遊真は無事に合流を果たし、修のワイヤー陣も完成。

そこに千佳が狙撃位置に着いてフォーメーション()()()完璧となった。

ただしバッグワームを起動していれば居場所がわからないということで、修と遊真はバッグワームを解除。

ここにいるのだとアピールをするしかないのだ。

たしかに自隊に有利な場所での戦闘に持ち込めば勝利の確率は増すが、今回の模擬戦の勝利条件はB級ランク戦と違う。

通常のB級ランク戦なら制限時間内に敵をひとりでも多く倒すことが勝利につながり、待ちの構えではなく積極的に敵を探して戦おうとする。

お互いに敵を避けていたら点を得られないうちにタイムオーバーとなってしまうからだ。

 

(いつものB級ランク戦なら待ち構えているとわかってもそれを承知の上で戦うんだけど、この模擬戦ではわたしとジンさんは玉狛第2のメンバーを倒す必要はなく、玉狛第2はわたしたちを倒さなければ『負け』。いくら居場所を明かしてもわたしたちが近付いて行かなければ待ちぼうけとなり、時間無制限だからいつまで経っても勝負はつかない。そのことにオサムくんたちがいつ気付くのかしら? オサムくんは『勝つ』ことしか考えていないけど、戦いによっては勝つことよりも負けないことの方がずっと重要だってものもあるのよ)

 

ツグミは千佳のいるマンションから東に700メートルほど離れた学校の校舎の屋上にいた。

それだけ離れていてもツグミには千佳の表情まで手に取るようにわかる。

 

(あの様子だとオサムくんたちとこの膠着した状況をどうするのか相談しているってカンジね。試合開始からそろそろ30分になる。いつものB級ランク戦だと制限時間の半分を無駄に過ごしてしまったことになるわけで、いくらチカちゃんに狙撃手(スナイパー)は待つことが重要だと教えて待つことができるようになっても、オサムくんやユーマくんにはこの30分はキツイかな?)

 

修と遊真はバッグワームを解除して居場所を明かしているのだからいつ襲撃があってもいいように常に周囲の気配に気を配っている。

しかし集中力というものはそう長くは続かず、その集中力が途切れた瞬間に油断が生まれるというものだ。

それがわかっていると逆に集中力を切らさないようにと精神が張り詰めた状態になり、それがストレスに変わっていっていざという時に本来の力が発揮できないということにもなりかねない。

実戦においても時間制限などないから、敵を殲滅するという明確な()()()を目指す。

よってこの模擬戦のように時間無制限というのは玉狛第2にとって非常に不利になるルールなのだが、修はそこに気付いていなかったのだった。

むしろ時間制限があってその時間内にツグミと迅を倒すというルールよりも楽だと考えていて、その判断ミスに気付いた時には手遅れであったわけである。

そしてそれに気付くまで30分以上もかかってしまった。

 

 

「空閑、このまま迅さんや霧科先輩は何もしないつもりなんだろうか?」

 

修が遊真に訊く。

 

「いや、そんなことはないだろう。これは模擬戦だけどチカが撃てるかどうかの試験なんだから、それを確認しないと意味がない。たぶんチカが狙撃手(スナイパー)として待つことに耐えられるかを判断しているんだ。ほら、前に訓練でトリオン兵が30分以上も出て来ないことがあったって話してくれたことがあっただろ」

 

「ああ、そうか」

 

「だからそろそろ動くんじゃないか。チカが待機し始めてもうすぐ30分になる。余裕を見てあと10分くらい待てば必ず動きがある」

 

遊真に言われて修は納得した。

修は隊長であるといっても実戦経験では遊真の方がはるかに上で、その経験から様々な戦術を生み出している。

その遊真が言うのだから間違いはないだろうと考えたのだ。

 

 

そして修たちがそう考えていると推測していたツグミは迅に指示を出した。

 

[ジンさん、行動を開始してください。チカちゃんに狙撃をさせるためには射線の通る場所で戦ってもらわなければならないので()()()()()()ですけど大丈夫ですよね?]

 

[ああ、もちろん]

 

[なんだか楽しそうな声ですね? 模擬戦とはいえオサムくんたちと戦えるのが嬉しいんですか?]

 

[いいや。おまえが隊長の部隊(チーム)で戦っているってカンジが新鮮だし楽しいんだよ。これまでこんなことはなかったからな]

 

[そういえばそうですね。一緒に任務をしたことは何度もありますけど部隊(チーム)で戦うってものじゃありませんでしたし]

 

[おまえは自分のことをリーダーの器じゃないって言っていたが、最近のおまえの行動は俺やキオンの連中を上手くまとめるリーダーとして立派にやってるぞ。俺はそんなおまえの采配で動くのが楽しくてたまらない。誰も想像しないようなことを平気でやれるそのバイタリティに惹かれるんだ]

 

迅に褒められたものだからツグミは少々嬉しくて動揺してしまった。

 

[ジンさん、そんなこと言っておだててもダメですよ。さあ、ご自分の役目を果たしてくださいな。お願いしますよ]

 

 

 

 

迅はB地点から30メートルほど離れた場所でバッグワームを解除した。

するとレーダーに反応が映るわけで、修と遊真は顔を合わせてニヤリとする。

それは遊真の推測が当たったということと、やっとこの膠着状態から抜け出せるという安堵感から生まれたものなのだが、すべてツグミの手のひらの上で転がされていることだとは全然気付いていないようだ。

当然、離れた場所にいる千佳も修と遊真の様子は把握しており、自分の役目を果たそうとして気合を入れた。

そしてその姿をツグミは遠目に見ている。

 

(玉狛第2の得意な戦術にあえて乗るような動きを見せる。敵の思惑に乗ってやることで相手に余裕だと思える()()を与え、ここぞという時に裏切って想定外の事態にすることで動揺させる。物事が順調に進んでいる時こそ、細心の注意を払い、慎重に行動することが大切だって改めて思い知らせてやるわよ!)

 

 

地上では遊真が囮となって迅の前に姿を現した。

 

「迅さん、遅かったね。おれたちがここにいるって知っててわざとこんなに焦らすなんて、それも作戦なんだろうけどこれくらいの時間なら平気で耐えられるよ。おれたちがイライラしたところを討とうとしたんだろうけど失敗だったよ」

 

すると迅がニヤリとする。

 

「別にイライラさせようってわけじゃないさ。単におまえたちをどうやって調理してやろうか考えていただけだよ」

 

その言い方は迅の負け惜しみにも聞こえる。

いや、わざとそう見えるようにしているだけで、これもツグミの指示によるものだ。

 

「じゃあ、さっそく殺ろうよ」

 

そう言って遊真は修のいる「罠」へと走って行った。

 

(迅さんもバカじゃないからこの先に罠があるって気付かないわけはない。それを承知で追いかけて来るに決まってる。気になるのはきりしな先輩の居場所だけど、チカが撃てるかどうか確かめたいなら真っ先にチカを落とすはずがない。もうしばらく様子見だな)

 

遊真はそんなことを考えながら修の待つB地点へと向かう。

迅はそんな彼の後を追いながら自分の役目を改めて確認した。

 

(千佳ちゃんがヤバイとなれば遊真が駆けつけるだろう。だから俺の役目はツグミと千佳ちゃんにタイマン勝負ができるようにメガネくんと遊真をB地点に足止めすること。…といっても千佳ちゃんの的の役もしなきゃならないから大変だぞ)

 

 

遊真が迅をワイヤー陣に誘い込もうとしている間、修と千佳はそれぞれ緊張しながら()()()が来るのを待っていた。

 

(霧科先輩は千佳が自分で判断して撃つ、特に得点に繋がる狙撃(スナイプ)ができるかを見るためにわざわざぼくたちを巻き込んだ模擬戦という形での試験にしたんだろう。そうなると少し危険だけど空閑に迅さんの相手をしてもらって千佳の射線に乗せる必要がある。ここで千佳が撃てると判断されたら容赦なく千佳は狙われる。つまり霧科先輩は千佳が撃つチャンスを邪魔することはない。邪魔をすれば撃てるかどうか確かめることができなくなるからな。でも逆に確認できさえすれば後は容赦なく倒しにかかるだろう)

 

修はまだ動きをまったく見せないツグミを警戒していた。

 

(霧科先輩のことだからどこかで必ずぼくたちのことを見張ってる。迅さんが動いたってことは霧科先輩もなんらかの動きを見せるはずだ。ぼくと空閑と迅さんがバッグワームを解除しているのだからここが戦場になることは誰にでもわかる。そうなれば千佳の狙撃位置も霧科先輩は把握しているに決まっている。霧科先輩なら遠距離からの狙撃(スナイプ)もの可能性もあるけど、千佳の両防御(フルガード)ならアイビスでも耐えられる。問題は近・中距離攻撃だ。空閑に援護に行ってもらえばそれはなんとかなるだろう。まずはぼくと空閑で迅さんを千佳の射線に乗るようにおびき出す。空閑とぼくのふたりがいれば迅さんはぼくを狙ってくるはずで、空閑にはタイミングを見計らって千佳の援護に向かってもらおう。ぼくは空閑が千佳のいる場所に着くまで時間を稼ぐだけでいい。だけど千佳の狙撃(スナイプ)で迅さんに致命傷を与えてもらわなければぼくは間違いなく迅さんに殺られて死ぬ。でも玉狛第2が勝ちさえすればそれでいいんだ)

 

 

修はそんなことを考えていたが、それがそもそもの間違いだとツグミは言う。

部隊(チーム)の勝利のために自分が犠牲になればいいと考えること自体が大きな過ちであり、この修の考え方が実戦に対する意識を歪ませていることに気付いていない。

修と迅はどちらも囮となって敵の前に姿を晒して危険な状況になるが、両者には大きな違いがある。

修は部隊(チーム)の勝利のために自分が死ぬことを前提で囮となるのだが、迅は囮であっても部隊(チーム)の勝利のためだけでなく自分も生き残ることを考えて行動をするという点である。

迅を引き付けるために囮となるのであれば修よりも遊真の方が相応しい。

その方が囮役でも生き残る可能性が高いからだ。

それを修が引き受けなければならないのは、修が「自分ではツグミから千佳を守ることができない」と判断した結果である。

修が自分は弱いということを認識しており、その上で自分のできることをやろうと努力をしていることは認められるのだが、それが自分の身を犠牲にするというものだから間違いなのである。

大規模侵攻でツグミは修の捨て身の行為で助けられたことがあり、そのことに感謝はしているがその行動を認めてはいない。

戦場で換装を解いて生身になるというのは「自殺行為」である。

一歩間違えば修は死に、ツグミはアフトクラトルへ連れ去られ、レプリカがアフトクラトルの遠征艇を操作できずに被害は格段の拡大していた可能性は大きい。

おまけに千佳のトリオンキューブを民家の押入れに隠したのが修だから、修が死んでしまえば千佳は見付からない。

迅の視た「最悪の未来」に近いものとなっていただろうが()()()()()()()()()()()良い結果を得られた。

その幸運による修の自殺行為を認めてしまってはいけないのだ。

修の「弱い自分を認め、そんな自分でもできることを精一杯やろう」という考え方は一見すると素晴らしいことのように思えるが、自分を犠牲にすることばかりしていては強くなることはできず、いつまで経っても弱い自分を抱えていなければならない。

太刀川隊や嵐山隊で()()をしたが、それは単にB級ランク戦に勝てるように小手先の技術を身に付けただけで三雲修という人間自身はまったく成長していないことに誰も気付かず、彼の努力を賞賛している者もいる。

修本人は隊長としてやるべきことをやっていると自分に言い聞かせていて、いつまでも強くなれない自分に目を瞑っている節がある。

強い魂を持っていてもその考え方や使い方を間違っていれば意味がないどころか悪影響しか及ぼさない。

本人にだけ悪影響があるならまだしも、ボーダーという組織の「ウィーケスト・リンク」であっては困るのだ。

 

 

 

 

千佳はプレッシャーで押し潰されそうな気持ちを耐えていた。

 

(わたしがちゃんと撃てなかったらわたしは試験に不合格になる。忍田本部長は合否の条件だけ言っていたけど、不合格だった場合のことは何も言わなかった。遠征に参加はできるだろうけど、何かペナルティがあるはず。わたしだけならいいけど、修くんや遊真くんに迷惑をかけることになったらどうしよう…)

 

ダメだった時、失敗した時のことを考えるのは別に悪いことではない。

むしろそうなった時の対処方法を考えて冷静に行動できれば受けたダメージを軽減できる場合もあるからだ。

たとえば1射目を外した時に2射目をどうするか、2射目を撃たずに逃げるのか、そういったことを予め想定しておくことは重要である。

しかし千佳はダメだった時のことを考えるとそのせいで萎縮してしまい、引き金を引く指を鈍らせてしまうのだ。

 

千佳は何か悪い影響を与えてしまうと自分のせいだと考えて強い加害意識を持ってしまう。

友人・青葉がトリオン兵にさらわれたのも、兄・麟児が近界(ネイバーフッド)へ密航したのも全部自分のせいだと考えいて、ボーダーでも撃てば妬まれ、撃たなければ責められると勝手に思い込んでいた。

それもツグミの痛みを伴う犠牲によって改善された部分もあるが、結局のところ「自分が原因でみんなに迷惑をかけてしまう」ことに怯えるのは「迷惑をかけられたことでみんなが自分を責める」と考えているからで、本来の目的ではなく「みんなに責められないようにしなければいけない」ために行動することとなる。

これではいつまで経っても根本的な部分が改善されないために彼女は()()()()()

長い間そんな生き方をしてきたのだから数ヶ月で変わることができないのは仕方がないのだし、悪いのは彼女の過去を哀れんでダメな部分を肯定して甘やかした先輩隊員たちである。

辛い過去があったからという理由で狙撃手(スナイパー)が人を撃てないことを認めるなら、射手(シューター)銃手(ガンナー)だって人を撃てなくてもいいし、攻撃手(アタッカー)が人を斬れなくても何の問題もないということだ。

もし千佳のトリオン能力が平均レベルであったなら周囲の人間の態度は違っていただろう。

修のようにトリオン値が2しかなくて人が撃てないとなれば何の役にも立たないのだからボーダーを辞めろと言うに決まっている。

所詮千佳の価値はそのトリオン能力の高さにあり、もし鳩原と同じようにトリオン能力が並程度であったら千佳も鳩原と同じような手段を選ぶことになったかもしれない。

過去の鳩原の件があるからツグミは「人を撃てない狙撃手(スナイパー)」を認められず、千佳に対して厳しい態度で接してしまうのだ。

しかしここで重要なポイントは千佳だけでなく修に対しても「ボーダーを辞めろ」とは言っていないということ。

むしろ遠征に参加できるようふたりの両親に頭を下げてまで遠征参加の承諾書を書いてくれるよう頼んでいるくらいである。

近界(ネイバーフッド)に行きたいという理由はともかく修と千佳の強い意思は尊重し、彼らが死なないようにするためにツグミは必死になって彼らを鍛え上げているのだ。

 

 

ツグミは千佳の様子をじっと見つめていたが、B地点で動きがあったのでそちらに視線を移した。

 

(あ、ジンさんがB地点で交戦を始めたみたいね。ワイヤー陣があって1対2であればジンさんにとって明らかに不利だけど、チカちゃんにジンさんを撃たせるために交差点の中央におびき出さなければならないから動きが不自然になって、本来のユーマくんの動きじゃないからジンさんも余裕を見せているみたい。さて、わたしも仕事をしようかしら)

 

ツグミは腰を上げると標的(ターゲット)を目指して大きくジャンプした。

 

 

 

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