ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
遊真は突然走り出し、市庁舎の屋上に迅とツグミを残したままで大きくジャンプした。
そしてグラスホッパーを使って千佳のいるマンションの屋上へと全速力で向かって行く。
迅と対峙している間に「ユーマくん、あなたはあなたの役目をきちんと果たしてね」というツグミの言葉を思い出し、遊真は自分のすべきことが迅とツグミを倒すことではなく生身の身体になってしまった千佳を守ることだと気が付いたのだ。
(オサムはおれにチカを守れって指示をした。だったら迅さんたちを倒すよりもチカを守ることを優先させなきゃいけない。これが模擬戦でなくアフトでの実戦だったらチカをひとりにしてしまったらすぐに捕まえられてハイレインのところに連れて行かれちまう。チカを守りながら戦うのは難しいけど、オサムの命令だから絶対にやらなきゃな)
遊真がいなくなった市庁舎の屋上でツグミと迅は遊真の後ろ姿を見送っていた。
「ユーマくんは自分のすべきことがわたしやジンさんを倒すことじゃなくてチカちゃんを守ることだと判断したのね。この模擬戦では敵がわたしとジンさんしかいないのだから彼女が危険な目に遭うことはないけど、これが実戦だったら分の悪い戦闘を続けるよりも生身の彼女を救出に行くのが正解だもの。ユーマくんの判断は正しいわ」
「それで追わなくてもいいのか?」
「今はね。ユーマくんはチカちゃんと合流したら次はふたりでオサムくんと合流して3人になる。オサムくんもトリオン流出過多でそろそろ戦闘体が破壊されてしまうだろうから、生身のふたりを抱えてユーマくんひとりで戦わなきゃならなくなる。それがものすごく大変だってことをわかってもらうためなんだけど、それとは別にもう少しだけ様子を見たいから」
「様子見か…。まあ、おまえのやることだから無意味なことはしないだろうけど、あんまりあいつらを追い詰めるなよな」
「追い詰めるなんて人聞きの悪いことを言わないでくださいな。まるでわたしが悪役みたいじゃないですか。でも人間というものは追い詰められないとできないことってあると思うんです。そして追い詰められた時に本性が見えるってことも。オサムくんとチカちゃんはまだ実戦に耐えられるだけの力を持っていません。だからこうして換装が解けて生身の身体になってしまったり、かろうじて戦闘体を維持していても身動きすらできない状態になることは普通にありうることなんです。玉狛第2はユーマくん頼りの部分が大きいですから、
「……」
「そしてオサムくんとチカちゃんの気持ちも知りたい。隊長である自分の判断ミスと戦闘能力の低さで
「ずいぶんと厳しいことを言うな」
「ええ、それはわかっています。でも厳しいことを言っているとわたしが承知していても意味のないことで、オサムくんたちが厳しいことを言われている原因について自分自身で気付いてもらわなきゃいけないんですよ。…オサムくんの行動原理は『自分がそうするべきだと思ってるから』というものでそれ自体は悪くないのですが、自分の行動がどんな結果を生むのかまでを考えて行動していないことに問題があります。彼はそのために必要な力や状況が揃っていない状態でやってしまうので不都合が生じてしまうんですよ。チカちゃんを守るためにボーダーに入隊するといってもトリオン能力の欠如で不合格。それなのにルールを守らず上層部の面々に直訴しようとした上にトリオン兵に襲われた。ジンさんがいたから命拾いしたようなものじゃありませんか。さらに第3中学でのモールモッド事件もC級だったのにトリガーを使って戦おうとしました。あの時は誰かが戦わなければ犠牲者が出ていたでしょうけど、そもそも彼が入隊してから半年近く何もせずにいて正隊員になれなかったのが悪いんです。ここ4-5ヶ月の彼の成長ぶりを見ていれるとわかりますが、適切な訓練を受けていれば正隊員になっていたはずです。つまり彼は自分の力が及ばないようなことであっても『そうするべき』だと思ったら突っ走ってしまって、良い結果を出せないどころか周囲に迷惑をかけてしまっているということに気付いていないんです。リーダーであるためには自分のことを良く知った上で、その力の及ぶ範囲内で最善を尽くすことが重要だとわたしは考えています。無力なことを認識していてなお無茶をするんですから無謀としか言いようがありません。B級隊員ならB級隊員としての役目を果たすことが重要で、その役目を果たせば誰もが認めます。誰もA級隊員レベルの仕事をしろだなんて言いません。そういうものでしょ?」
「まあな」
「なにしろ彼らがA級を目指していたのは遠征に参加したいからであり、B級でも遠征参加のための試験が受けられるとしたらあんなに必死になって上位2位までに入ろうとしなかったと思いますよ。彼らがボーダーにいる理由はチカちゃんのためで、彼女が麟児さんたちを探しに
「B級レベルの役目というのが例のアレなのか?」
「はい。彼らにはちょうどいいと思いませんか?」
ツグミはそう言ってニヤリとする。
「ユーマくんがチカちゃんを回収してオサムくんと合流したところでわたしは
「そこまでしなくてもいいだろう」と誰でも考えることをツグミはやろうとしていた。
戦闘不能になった修や千佳に対して追撃をしてトドメを刺すことまでする必要などない。
それをあえてしようというのだから単に厳しいと言うよりも無慈悲と思える。
しかし「そこまでしなくてもいいだろう」と誰もが考えて何もしなかったからこそ、修たちはツグミが「そこまでしなくてはならない」状況にあるわけで、ツグミが「そこまでしなくてはならない」ことをすることで彼らに理解をしてもらわなければならないのだ。
◆
遊真が千佳を背負って修のいる交差点へと戻って来た。
「空閑、すまない…。ぼくが霧科先輩のことを甘く考えていたせいでこんなことに…」
「オサム、そんなことはどうでもいい。それよりもふたりでチカを守るんだ。オサムは動けないからレイガストの
修のレイガストの
しかしだからといって修の攻撃力でツグミや迅に立ち向かえるはずもない。
だから全力で千佳を守る役目を修に託し、戦闘は遊真が引き受けるということなのである。
遊真自身も満身創痍であり、無傷の上にトリオンをほとんど消費していないツグミと戦うのだから勝てる見込みは万に一つもない。
それでも戦わなければならないのは千佳と修を遠征に参加させるためなのだが、「玉狛第2という
仮に修が「千佳を守ってほしい」という願いを遊真に託して自分は三門市に残ると言えば、遊真は「おれに任せておけ!」と言って遠征に参加したことだろう。
つまり遊真の行動は彼のものではなく修の意思に闇雲に従っているだけで、ツグミに「自分の役目をきちんと果たせ」と言われたことで「自分の役目=修の指示を遂行すること」と思い出して千佳を守るために向かったのだ。
「そろそろわたしは行きますけど、ジンさんはどうしますか?」
遊真が千佳と修と合流したことを確認したツグミは迅に訊いた。
「もちろん俺も行くさ。こんなトコでぼーっとしていても意味ないし、ここからじゃ交差点での様子は俺には見えないからな」
「一緒に戦う、とは言わないんですね? でもそれでかまいません。悪者になるのはわたしひとりで十分です。ジンさんにはオサムくんをボーダーに入隊させた責任があるんですから、あなたには彼らの味方でいてもらわないと困りますからね」
ツグミはそう言って意味ありげな笑みを浮かべてからグラスホッパーを起動して大きくジャンプし、一直線にB地点の交差点へと向かい、迅は彼女を追いかけた。
◆
交差点では修と千佳が寄り添うように地面に座っていて、そこから数メートル離れた場所に遊真が立っていた。
「ユーマくん、それがあなたの役目なのね?」
「もちろん。おれはオサムにチカを守れって言われたからね。だけどオサムだって守らなければならない。そうなるとチカを守るのはオサムに任せておれがきりしな先輩たちと戦う方が少しでも勝てる見込みがあるだろ」
「何でそこまでして戦って勝とうとするの?」
ツグミの問いに遊真は当然と言いたげに答えた。
「玉狛第2全員でアフトクラトルへ行きたいからに決まってる」
「何で?」
「何でって…それはオサムが…ウチの隊長がそう言ってるから」
「じゃあ、オサムくんの意思に従っているだけで、自分の考えではないってこと? あなたは自分の意思でアフトクラトルへ行きたいのではないの?」
「それは…」
「ユーマくんは今のオサムくんやチカちゃんが
「……」
「ユーマくんはこのふたりを確実に守りきる自信があるの? たかが模擬戦でここまで追い詰められているというのに、もしこれが実戦でわたしやジンさんがハイレインやヴィザだったらどうなるか想像出来るわよね?」
「……」
「さっきわたしはあなたに『ユーマくん、あなたはあなたの役目をきちんと果たしてね』と言ったけど、わたしはあなたにオサムくんやチカちゃんを守るようにと言ったつもりはないわよ」
「じゃあ、きりしな先輩は何をするべきだと考えているんだ?」
「あなたには豊富な
ツグミの言葉は修や千佳にも聞こえていた。
遊真に言っているのと同時に修と千佳にも聞かせたい話であったから、あえて3人が同じ場所に集まるまで待っていたのである。
そして自分の無力さ故に遊真が責められている姿を間近で見ているわけだから、遊真本人よりも修が一番身に染みているはずだ。
「この状況で玉狛第2が勝つ可能性はほぼゼロ。ユーマくんがそこまでジンさんに追い詰められていなければまだ十分に戦えて逆転勝利もあったかもしれない。でもその姿でわたしに勝とうというのならそれは思い上がりも甚だしい。わたしはあなたの全力の戦いを何度か見てきたけど、わたしはまだ誰にも見せていない
ツグミはそう言って冷酷な微笑みを浮かべる。
すると遊真は冷静に玉狛第2の状況と敵の情報を分析したようで、自分の判断での答えを出した。
そして修と千佳の方を振り返り、残念そうな顔をしながら言う。
「オサム、悪いな。きりしな先輩の言ってることは本当だ。たぶんこの試合の開始前からおれたちは先輩にコントロールされてきたって気がしてきた。だったらもうおれたちに勝ち筋はない。だって先輩はおれたちの思考を読んで作戦を組み立てたというのに、おれたちは先輩の思考がまったく読めない。この模擬戦そのものの意味さえ理解していなかったんだからな」
「ああ。空閑の言うとおりだ。霧科先輩はこの模擬戦で千佳が人を撃てるかどうか確かめると言っていた。すぐそばで見ていたぼくは千佳がもう大丈夫だと信じてたけど、長期間
「そうだな。おれたちはできるようになった、強くなった、勝てるようになったと思い込んでいただけで、実際にはまだ全然できないし、強くないし、勝てない
「空閑…」
「ここでおれが足掻いたところでこの模擬戦の勝敗は変わらない。たぶんチカは不合格ってことになるけど、チカは遠征艇のエネルギー源なんだから遠征に参加できなくなるということはないだろ。それにおれたちの試験は別にある。さっきのきりしな先輩の言葉に嘘はないから、ここでオサムやチカが痛い思いをするよりも降参して試合をおしまいにした方がいいっておれは思うんだ」
「そうかもしれないな。無駄に足掻いてこの前のぼくのように医務室送りになるんじゃ千佳が可哀想だ。千佳もそれでいいな?」
修に言われ、千佳は頷いた。
「うん。
3人の意見が一致したところで修がツグミに言う。
「霧科先輩、この試合はぼくたちの負けです」
それを聞いたツグミはコントロールルームにいる忍田に通信を送った。
[忍田本部長、ここで試合終了です。よろしいですね?]
[ああ。結果は明白だ、これ以上やっても意味はないだろうな]
そして千佳の最終試験は彼女の不合格という結果で終わったのだった。