ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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296話

 

 

アフトクラトル遠征部隊の出発は6月1日と正式に決まり、5月24日に遠征部隊の最終試験が行われて参加隊員が決定するため、翌日25日に出発前の記者会見を行う旨を各関係機関及び市民に公式に発表した。

発表してしまったからにはもう止まることはできない。

そして()()32人のC級隊員を救出して全員が生還するという目的を果たさなければならなくなった。

修が記者たちの前で近界(ネイバーフッド)遠征を公言してしまわなければすべては極秘で進められていただろうが、市民の周知するところとなったのだからこうして市民への報告を欠かすことができないのは当然だ。

もちろんC級隊員の救出は必ず行われることであったが、時期を急ぐことになったのは修の「自分がそうするべきだと思ってるから」という理由で記者会見場を大混乱させたからであった。

決行を早めたとはいえ拉致から4ヶ月以上も経っており、C級隊員たちの安否が心配だ。

ハイレインは近界(ネイバーフッド)での戦争のための兵士として育てる目的で「雛鳥」をさらったのだから殺されたり奴隷にされているようなことはないだろうが、見知らぬ国で兵士となる訓練を強制されているのは十代の若者たちばかり。

同じ境遇の仲間がいるとはいっても強靭なメンタルの持ち主でなければ耐えるのは難しいだろう。

一日も早く救出に向かわなければならないのだから、修の行動は遠征計画を強引に前倒しするという良い結果になったわけである。

遠征計画は万端とは言い難いが、ツグミとキオン隊の3人による別働隊の存在がかなりの部分をフォローしてくれると判断したことで、城戸は出発を6月1日に定めたのであった。

後は24日の最終試験での結果が芳しいものになることを祈るだけだ。

 

遠征部隊の出発日が決まったことで、ツグミは別働隊の出発日を27日にすることに決めた。

別働隊が先乗りして情報収集やディルクとの打ち合わせをするために本隊よりも5日も前に出発するわけで、それまで1週間しかないのだから準備を急がねばならない。

食料や飲料水はもちろんのことだが、今回は戦闘を前提としたアフトクラトルへの潜入であるからそれに応じて用意しなければならないものは多い。

しかしそこはボーダーという組織で、ツグミが必要だと判断したものは城戸を経由してすぐに唐沢に伝えられ、24時間後には本部基地に届いているというスピーディさ。

それだけ彼女のことを城戸は信頼しているという証拠でもある。

数ヶ月前までは近界民(ネイバー)に対する考え方の違いが原因でお互いに警戒していたのだがそれが嘘のように和解し、城戸はツグミのことを特に信頼するようになっていた。

ツグミは城戸のことを忍田と同じように父親だと考えていて、忍田にも話すことのできないことを相談するまでに至ったくらいだ。

だからこそアフトクラトル遠征を成功させるためにと彼女が必要だと思うことであればできる限りの協力をしたいと城戸が考えるのは自然な流れであった。

 

 

◆◆◆

 

 

そして24日の遠征部隊の最終試験当日がやってきた。

受験者は〇九〇〇時に本部基地の会議室に集合し、忍田から試験内容についての説明を受け、試験開始は一〇〇〇時となる。

受験者は太刀川隊の太刀川慶、出水公平、風間隊の風間蒼也、歌川遼、菊地原士郎、三輪隊の三輪秀次、米屋陽介、奈良坂透、古寺章平、玉狛第1の木崎レイジ、小南桐絵、烏丸京介、二宮隊の二宮匡貴、犬飼澄晴、辻新之助、B級個人としては東春秋、空閑遊真、影浦雅人、村上鋼の4人で総計19人。

試験なしで参加が確定している迅とヒュースはツグミたちと共に試験官側となる。

無試験合格のふたりに関して他の受験者からはクレームは上がらなかった。

なにしろヒュースがアフトクラトルの元捕虜であることを受験者は誰でも知っていることで、彼がアフトクラトルまでの単なる水先案内人という認識を持っているし、迅はいないと困るのだから参加するのが当然だという理由だ。

迅がいないと困るという認識はすなわち彼の未来視(サイドエフェクト)に頼りきっているということで、それは本来好ましいものではないのだが現状だと仕方がないことであるともいえる。

だからこそツグミは迅に悪い未来を視せないようにボーダーの組織を強固なものとし、誰も犠牲にならないようにそれぞれが強くなってもらいたいと考えていろいろ行動しているのだ。

 

会議室に19人の受験者、ツグミの作戦室に7人の試験官がそれぞれ集まって開始時間を待っていた。

受験者たちはこれから大事な試験があるというのに緊張した雰囲気はなく、むしろ選抜試験や特別訓練での意趣返しをしてやろうと試験官であるツグミに対して闘志を燃やしているといった感がある。

もしここに修が受験者として待機していたらプレッシャーで押しつぶされて試験の前に自滅していた可能性もあるが、ツグミによって遠征艇への居残り組として参加する「合格」という()()をしてある。

彼女自身は修と千佳には遠征に参加させたくはないが、本人たちの強い意思を折ることもできず比較的安全な遠征艇への居残りという形で妥協したのだ。

もちろん救出に携わる本隊よりも安全だというのは彼らが冷静かつ適切な行動ができることを前提としているからで、本隊がアフトクラトルの兵士たちと戦って敗走するようなことになれば一気に遠征艇は危険になる。

よってこの本隊の最終試験は選抜試験の時のような全員合格とするようなものではなく、生還できるだけの能力のない者は容赦なく不合格とするだろう。

ただあまり厳しくしすぎて合格者の数が足りなければそれはそれで計画の支障となるから、試験官にとっても難しい試験となるはずだ。

 

忍田から試験内容についての説明を受けた受験者たちは残り時間で対策会議を行った。

対策といってもこれまで彼らには自分たちのやるべきことをやってきたという自負がある。

城郭都市のマップで遠征艇へ戻るという選抜試験と内容が同じであると知ったものだから余裕があるのだが、同時にこの試験を考えたツグミの意図がわからずその不気味さにいくらか不安を抱いていた。

しかしひと月以上も特別訓練を行ってきて城郭都市内での戦闘のコツは掴んでいるし、なによりもこれまでに蓄えた経験と技術と自信が彼らを支えている。

修や千佳のように周囲のお情けや過剰な協力で得たものではなく、弛まぬ努力によって自身の力で手に入れたものなのだから間違いなく本人の実力なのである。

 

この試験内容については試験官全員で念入りに相談した案に城戸の意見を取り入れたものになっている。

基本は城郭都市から全員で遠征艇に帰還するというもので選抜試験と同じものだが、試験官つまりアフトクラトル兵士役のメンバーは大きく変わっている。

選抜試験では遠征に参加しない手の空いている隊員たちに協力をしてもらっていたが、今回は受験者たちが戦ったことのないキオンの3人がおり、ボーダーのトリガーではない武器(トリガー)の使用もアリとしている。

初見の武器(トリガー)を使用する敵と戦うことになるわけだ。

さらにヒュースと戦ったことがある受験者はほんのひと握りで、なによりも近界民(ネイバー)が4人も加わってが試験官として敵側の役をやるとは誰も想像していない。

ツグミと迅と忍田は受験者たちも試験官となることは承知しているから対策はしているだろう。

あらゆる攻撃用トリガーを自由自在に扱うツグミと、未来視(サイドエフェクト)によって先を読んだ動きをする迅のふたりは戦況を大きく変えるキーパーソンであることは全員が周知している。

ノーマルトリガー最強の男・忍田の実力は誰もが認めるものであるから、彼に対抗しうる太刀川や風間といったランカークラスの攻撃手(アタッカー)以外は近寄らなければいい。

だからこの3人に()()気を付けさえすれば他の敵 ── この時間が非番であったり待機任務となっているA級・B級上位部隊(チーム)の誰かに違いないと受験者たちは勝手に想像している ── に対してはこれまでの経験で攻略できると考えているのだ。

そこが受験者たちの気の緩みにならなければ良いのだが、それを踏まえた上でツグミは試験官を選び、忍田と城戸も納得して承諾をしていた。

試験官側の7人はそれぞれ優秀なトリガー使いであるが、受験者19人もボーダーの防衛隊員として近界民(ネイバー)との実戦経験のある猛者なのだから全員が合格をすることだって可能だ。

別に人数制限があってふるい落したいのではないのだから、全員合格が最も望ましい結果である。

当初は150分という時間制限を設け、試験官の攻撃を120分にして残りの30分を受験者たちが退避に専念できるようにと考えていたのだが、最終的には時間無制限となった。

それは実戦では時間制限などというものはなく、全員が遠征艇に帰還するまで艇は出発できないのだから当然と言えば当然かもしれない。

よって先に遠征艇に到着して合格となった受験者が戻ることに困難を極めている仲間の援護に向かうことも可能となるが、試験官側の攻撃も時間制限がないから受験者全員の合否が決まるか試験官側が全滅するまで両者の戦闘は続くことになる。

これは人数の少ない試験官にとってかなり負担となるものだが、試験官を「戦闘体が破壊されても120秒のインターバルの後に再び戦闘に参加することができる」ということにして減った数を補填することでクリアした。

そのことは受験者にも告げられていて、一度倒したアフトクラトル兵士役の試験官が復活することを承知している。

当然のことだが受験者は一度戦闘体が破壊されたらそこでおしまいとなるが、生身の身体でも遠征艇まで帰還できたらOKとなっている。

今回の最終試験は選抜試験の時のようにツグミによって()()()()()ということはなく、試験官は容赦なく受験者を倒すために全力で戦いを挑むことになるから激しい戦闘になるのは間違いない。

受験者も同様に覚悟をしているから、前回と違って城郭内にいる時よりも門の外に出てからが「本番」だと考えてそれに合わせた作戦を立てているはずである。

 

この最終試験において最大のポイントは試験官側の戦力をどれくらいにするかであった。

弱すぎても強すぎても困るわけだが、何よりも実際に戦うアフトクラトルのトリガー使いと同レベルの強さがなければ遠征参加者を選定する試験官として役に立たない。

だからといってハイレインの卵の冠(アレクトール)やヴィザの星の杖(オルガノン)のような(ブラック)トリガーを再現できるわけもなく、使用するのはゼノンたちのトリガーをメインとしたものとなる。

しかしゼノンのタキトゥスの(ブラック)トリガーやリヌスのハイブリッドトリガーを使用するとなると試験官側に非常に有利となってしまう。

そこでバランスを取るためにリヌスにはボーダーの狙撃手(スナイパー)用トリガーを使用してもらうことになり、「カテーナ」 ── 受験者側のトリガーを強制的にトリガーオフさせて換装を解いてしまう ── は使用しないこととした。

ゼノンのタキトゥスの(ブラック)トリガーについては「転送」という点がミラの窓の影(スピラスキア)と似ているので使用可とする。

テオのトリガーは元々スコーピオン同様の変幻自在の(ブレード)トリガーだが、遊真がマンティスを使っている試合を見たテオが「自分もやってみたい」と希望したことから、メインとサブの両方にスコーピオンをセットしたボーダーのトリガーを使用する。

ヒュースについては原則としてボーダーのトリガーを使用するが、戦況によって本人の判断で蝶の楯(ランビリス)の使用も可としたのだった。

そしてツグミと迅と忍田は使い慣れた自らのトリガーを使用することで試験官と受験者の戦力バランスを整えることにした。

したがってこの内容で最終試験を行うことに決定してからリヌスやテオはボーダーのトリガーを使えるように極秘訓練をしていてキオンのトリガーと同じように自由に使えるようになっている。

中でもリヌスのアイビスの威力は凄まじい。

ゼノン隊の3人は全員が高いトリオン能力者で、特にリヌスはボーダーの基準だと40という千佳よりも多いトリオン怪物(モンスター)である。

そんな彼がイーグレット・ライトニング・アイビスの3つを装備していて、イーグレットならその射程は強化視覚と合わせて3000メートルを超える。

もちろんそれは理論値であり、実際には3000メートル先の標的(ターゲット)を狙撃することはないだろう。

問題はアイビスを使用した場合で、千佳のアイビスと同レベルの威力であっても技術は彼女よりもはるかに上級者であるから、リヌスがこの試験の戦況を大きく変えることになるだろうだが、受験者たちは彼の存在を知らずにいる。

おまけにツグミがアイビス(カノン)を装備すればリヌスと同等の()()が可能となるわけで、さすがにそれはオーバーキルになるということで彼女の狙撃手(スナイパー)用トリガーはスラッシュのみとした。

それでも彼女がスラッシュを装備すれば狙撃手(スナイパー)用トリガー3本の枠をひとつで済ませることができるのだから、残りの7枠で近・中距離用のトリガーと防御用トリガーを装備できる。

試験官側の人数は少なくともその少なさをカバーして有り余るだけの実力と優れたトリガーを使用することになり、遠征部隊の最終試験としては相応しいものとなろう。

なお、この試験という名の模擬戦は非公開で行われるものだが、記録に残しておいて後に誰でも見ることができるようにしておけば必ず役に立つはずである。

 

 

◆◆◆

 

 

受験者と試験官、そのどちらもがアフトクラトル遠征を成功させるために試合開始の時間を待っていた。

お互いの目的は同じだが、今この瞬間は敵同士となってガチの戦闘を行うことになるのだからなんとも面白いものだ。

 

「何だかこの黒ずくめの格好っていかにも敵役ってカンジですね」

 

ツグミが換装した状態の自分の姿を見てポツリと感想を言う。

彼女だけでなく試験官側の7人は全員がアフトクラトルの兵士役であるから、衣装はハイレインたちのものを参考としている。

その黒ずくめの姿は大規模侵攻の時の悪夢を思い出させるものになっていた。

同時に受験者と面識のある4人については個人を識別できないように容姿を変えていて、使用する武器(トリガー)や戦術を見るまでは誰なのか気付かないはずである。

その容姿も悪役っぽいものにしてほしいと寺島にリクエストしたから、ツグミ、迅、忍田の3人はハイレイン配下のトリガー使いをアフトクラトル連れてきたと思われても不思議はないくらいだ。

 

「この方が受験者側の戦意向上を促すと言ったのはおまえだぞ」

 

忍田が慣れないマント姿に戸惑いながら言う。

 

「まあ、そうですけど。ああ、弧月の抜刀の際にマントが邪魔になるようでしたら脱いでもかまいませんよ。防御の効果がない見せかけのマントですから」

 

「おまえは脱がないのか?」

 

「ええ。別に悪役の格好が嫌だというのではありません。それにこんな中二病っぽい格好ができる機会なんて滅多にあるものではありませんから、貴重な経験として楽しもうと思っています」

 

様々なケースで最悪の事態を考えて行動するネガティブなツグミであるから、特に問題がないようなことなら楽しんでしまおうというポジティブな行動をする。

そうしないとバランスが取れないというのが彼女の持論なのである。

 

「それにしても俺たちの顔が奴らに何となく似ているのはどうしてだ?」

 

迅の質問にツグミは当然のように答えた。

 

「わたしの容姿がミラに似ているのは女性であるということで骨格等の関係です。そしてジンさんがハイレインで、忍田本部長がランバネインを思わせるような容姿にしたのは、受験者がアフトの人型近界民(ネイバー)と戦ったことがある人が何人もいるからです」

 

「よくわからん」

 

「わたしが受験者の前にこの姿で現れたら、ミラの窓の影(スピラスキア)を想像して(ゲート)による転送や攻撃を()()()警戒するでしょうね。そしてハイレインに似ているジンさんを見たら卵の冠(アレクトール)での攻撃や、ランバネイン似の忍田本部長なら弾丸トリガーで攻撃するんじゃなかと警戒し、実際はその逆でふたりとも(ブレード)トリガーを使うので想定外の攻撃を受けてしまう。いざという時のとっさの判断や対処ができるかどうかをチェックするのに面白いです。これで本部長をヴィザに似た容姿にしてしまったら誰でもどんな攻撃が来るのか想像して回避や防御の態勢になる。そうなると本部長の旋空弧月の効果は薄い。だから弾丸トリガーでくると勘違いした受験者には本部長の旋空弧月は想定外のもので慌てることになるわけです。似ているからといって似たような攻撃をするわけではないのですが、脳が過去の経験から勝手に推測してしまうことって良くありますからね。見た目の印象って大事ですよ」

 

「だから角を黒くしたのは(ブラック)トリガー使いだと勘違いさせるため、か」

 

「そのとおりです。もちろん受験者はアフトの(ブラック)トリガー使いがボーダー本部基地にやって来て試験官をするはずがありません。でもそうはわかっていてもとっさに怯えたり警戒してしまうんですよ、これが。未確認の敵に対して警戒することは重要ですが、過去の経験からつい必要以上に警戒してしまう。きちんとした証拠があるのならそれに合わせた警戒や心構えは必要です」

 

「じゃあ、ヒュースがそのまんまだっていうのは…」

 

「ヒュースがアフトクラトルの人間だったことは受験者全員が知るところとなりました。ならば別に隠さなくてもいいですし、本人がそうしたいと希望したんですからダメだと否定するのは失礼でしょ?」

 

ツグミと迅がそんな会話をしている間、ヒュースはツグミたちに顔を見せないように壁に向かって椅子に腰掛けているのだが、自分の本来の姿で堂々と戦えることが嬉しいらしくニンマリとしていた。

 

「ツグミ、あと5分で開始だ。受験者たちは2班に分かれて行動するそうで、2つの作戦室でそれぞれ待機しているはずだ。私たちも準備をするぞ」

 

「了解!」

 

忍田の声でツグミたちは気合を入れ、転送開始の合図を待つのだった。

 

 

 

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