ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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297話

 

 

アフトクラトル遠征部隊本隊の最終試験開始。

受験者は城郭都市の南約6000メートルの位置に停まっている遠征艇に帰還するというクリア条件を目指して転送位置から移動を始めた。

彼らはだいぶ前から2班に分かれて搜索や救出活動を行う前提で訓練を続けていて、レイジが隊長の第1班・木崎隊(玉狛第1、風間隊、二宮隊の9人)と東が隊長の第2班・東隊(太刀川隊、三輪隊、B級合同の10人)はそれぞれグループ単位で城郭都市の北東エリアと北西のエリアに転送されている。

19人の隊員が一斉に行動すると目立つということで部隊(チーム)単位での活動という話になり、最終的には人数のバランスと役割を考えてこういう分け方になったらしい。

どちらのグループも目的地までの距離はほぼ同じであるから条件は同一で、今回は部隊(チーム)単位ではなく個人単位で条件をクリアさえすれば良いことになっているが、チームメイトを放っておいて自分だけ合格をするとか誰かが犠牲になってチームメイトを合格させるという作戦ではダメだということは受験者たち自身が一番良く理解しているはずだ。

 

一方、ツグミたち試験官7人は受験者が転送された150秒後に、それぞれ「自分がアフトクラトルのトリガー使いであり、城郭都市内に潜入した敵を追撃するならどう戦うか」を考えて、自分が最適であるという位置に転送されている。

受験者たちが南門を使用して脱出する動きを見せたことで、試験官全員が南エリアに転送されてそれぞれ行動を開始した。

狙撃手(スナイパー)であるリヌスは南門の見張り小屋、攻撃手(アタッカー)の迅、忍田、テオ、ヒュースは南エリアに散らばり、ゼノンはタキトゥスの(ブラック)トリガーの使用も考えて南門の見張り小屋で待機している。

ツグミはもちろん中央にある城の最上階で全体の様子を眺めていて、最適なタイミングで戦闘に加わる予定だ。

 

 

 

 

城郭都市の北東エリアに転送された木崎隊と北西エリアに転送された東隊はそれぞれ内部通話によって連絡を取り合うことは可能で、さっそくレイジと東が連絡を取り合った。

 

[東さん、俺たちは都市の北東側に転送されたらしい。9人全員が無事に合流できたから、これから南門に向かいます]

 

[こっちは北西側のようだ。全員揃った時点でこっちも行動を開始する。集合場所は南門だが城壁の上には狙撃手(スナイパー)が待ち構えている。見張り小屋には間違いなくいるはずだから、くれぐれも迂闊に敵に背中を見せるようなことがないよう注意しろ。城郭都市は城内よりも城外に出た後が危険だ。常に城壁の上にいる狙撃手(スナイパー)には気を配っておけ]

 

[了解です]

 

受験者の向かう先は同じ場所であるから、バラバラで行動するよりも全員が集合した状態の方が攻防どちらにも有利に働くというもの。

ただし多すぎると敵を集めてしまうことにもなるから、一旦は合流しても城外に出てからは班ごとの行動ということにしたようだ。

その判断は正しいし、東が言うように「城郭都市は城内よりも城外に出た後が危険」なのだが、遠征艇に帰還するためにはアフトクラトルのトリガー使いに扮している試験官との戦闘は避けられず、条件の良い場所で戦うことを考えることも必要である。

もちろん東のことだからどこでどのような戦闘を行うかは織り込み済みだろうがそのことについてツグミも承知しているわけで、両者の知恵比べがこの試験の結果に大きく関わってくるのは明らかだ。

 

受験者たちは北東と北西という絶妙な位置に転送されていて、彼らが遠征艇に向かうためにはいくつかの道がある。

それぞれの班が東門と西門を出て城壁の外を回って南側に向かう方法と、都市内を南門に向かってそこから出るという方法、それ以外にもグラスホッパーを使って城壁を乗り越えるという方法も考えられる。

しかし前回と同じ轍を踏まないようにと迂闊に城外へ出ることを警戒する可能性が高いため南門を使って脱出するとツグミは考えていて、実際レイジや東たちは彼女の想定どおりに南門へと向かって移動をしていた。

トリガー使いとの戦闘が避けられないとしてもできる限り回避するためということで、周囲に警戒しながら徐々に南門へと近付いていた。

その様子は城の最上階から見ているツグミには手に取るようにわかる。

ツグミは全試験官に一斉通信をした。

 

[試験官のみなさんにお伝えします。木崎隊、東隊共に南門に向かっています。木崎隊が東側から先行していて、東隊は西側から約120秒遅れです。プランAでの戦闘になります。なお、狙撃手(スナイパー)からアイビスによる城の上部への砲撃がなければA-1、砲撃を受けた場合はA-2で戦闘となります。開始のタイミングは改めて連絡をします]

 

狙撃手(スナイパー)によるアイビスでの城上部への砲撃はツグミ自身が受験者ならやる戦術だ。

ハイレインがそこにいて司令塔の役目を果たすだろうからと、まずそこを潰してトリガー使いや一般兵士たちの指示系統を混乱させるために狙撃する。

自分がやると考えるのだから東も同じことを考える可能性はあり、ボーダーにとっての本部基地の役割を持つ居城を破壊された場合にはハイレインがどのような感情を抱き、どのような行動をするのかを想像してツグミは次の作戦を立てていた。

大規模侵攻の時の戦い方やディルクから聞いた話を総合しておおまかなハイレインの人間像を組み立てて、ハイレインの動きを想定外のものではなく想定内のものにしようということだ。

ハイレインは自ら率先して戦場に立つのではなく、予備戦力としてまずは部下を戦わせて様子を見て好機もしくは明らかな劣勢となってやっと自らも前線に出撃するという慎重さを持つが、それだけではなく前線に立てば積極的に戦うことを厭わないという豪胆さも併せ持つタイプである。

そしてメインの計画が失敗した際の代案を常に考えて行動するところはツグミに良く似ている。

よってツグミはハイレインの行動を読むことで大規模侵攻だけでなく、ガロプラへの対応や偵察用超小型ラッド事件の際にも適切な判断によってハイレインの企みを退けていた。

これまで蓄えた知識や経験を総合することで未来に起こりうる事象を想定して行動し、さらにいくつもの代案さえも考えて行動をしているわけだから他人からは極度の心配性のように思われるだろう。

しかしボーダーの戦いでなくても日常にも似たようなケースはいくつもある。

たとえば防災に関してだと、いつ地震が来ても慌てないように非常食や緊急持ち出し品を用意しておく人は多い。

その持ち出し品を用意する場合に飲料水はひとり1日当たり3リットルの水が必要だという根拠から3日分で9リットルになるとか、避難所で生活する場合にはどんなものが必要になるかというのも被災者からの経験談などを参考にしている。

事前にデータを集めて準備をしておけばいざという時に余裕で行動ができるというものだ。

海底が震源である大きな地震が起きた時、海岸付近に住む人が津波を警戒して高台に逃げるのは、その付近が何度も津波被害を受けているからこそ最悪の事態を想像して逃げるという行動するわけで、結果的に津波が来なかった時に「逃げて損をした」と考える者もいるが、何も被害がなかったことを喜ぶべきなのである。

つまりあらゆる状況を想定して行動することは無駄ではなく、何かあった時に何も準備していなくて後悔するよりもはるかにマシなことなのだ。

ただしハイレインが大規模侵攻で事前に情報収集や威力偵察など完璧に思われるような準備をしていたにも関わらずボーダーに敗退したのは迅の未来視(サイドエフェクト)や3本の(ブラック)トリガーの存在まで調査が及ばなかったためで、本人の能力の欠如とまでは言えない。

そうなるとツグミがいくらハイレインの行動を予測して対抗策をいくつも考えていても、敵の本拠地におけるボーダー初の本格的な戦闘ととなれば()()()を割り出すのは至難の業で、それを補うためには個々の隊員の戦力を底上げしてどんな状況にも対応できるようになってもらうしかないのである。

 

ツグミたち試験官側にとって非常に面倒なのは受験者がバラバラに行動して、城郭都市内の各所で陽動作戦を行われることであった。

戦力を分散されるだけでなく、城下で戦闘となればそこに住む住民たちに被害が及ぶことになり、戦場は大混乱を極めることになるだろう。

戦闘の際に邪魔になるとしても住民たちの命を蔑ろにすることはできず、できるだけ住民や建物に被害が及ばないように戦わざるをえないのだ。

三門市での戦闘では基本的に警戒区域内で行われるからボーダーにとって保護すべき市民はおらず、建物は誰も居住していないのだから壊してしまったところで大問題になることはない。

それがベルティストン家の城下であれば()()()()()()()()()()()非常に厄介なことになる。

そこに気付いていれば受験者側は何人かを陽動のために北側のエリア数ヶ所で炸裂弾(メテオラ)を使うなどして騒ぎを起こして、警備の薄くなったその隙に南門から脱出するだろう。

ツグミが受験者であったならそんな陽動作戦も考慮に入れていたから、その場合の対策も考えていた。

しかしその対策も無駄なことになりそうだ。

受験者たちは全員真っ直ぐに南門に向かっていて、陽動作戦を行う様子も城の上部を砲撃しようとする狙撃手(スナイパー)も現れない。

ツグミの心配は取り越し苦労で済みそうだ。

 

東の立てた作戦では可能な限り戦闘は避けるということになっており、全員がバラバラにならないように行動するよう指示をしてあった。

敵の本拠地での戦闘ということを意識しすぎて何が起きても対処できるようにと単独での行動を禁止し、部隊(チーム)単位で動くことを原則とした結果ふたつの班に分かれて動くことになったのだ。

たしかに情報の少ないアウェイでの戦闘を避けるのは当然なのだが、無戦闘で済ませることができない以上は敵にとって最も戦いたくない状況で戦闘を仕掛けるべきで、それが城郭都市内での戦闘である。

城郭都市というものは中で生活する住民を守るために高い城壁で外部からの攻撃を防ぐことに徹している。

したがって内部での戦闘を想定していないだけでなく、住民を守ろうとするならば派手な戦闘はできないはずだ。

大事な領民が住んでいる街の中でヴィザが星の杖(オルガノン)を使うだろうか?

そういうことを考えればランバネインの雷の羽(ケリードーン)も街の中で使用すれば大きな被害が出るのは自明の理で、彼らにとっては城外に広がる何もない草原や畑作地などを戦闘フィールドにしたいはず。

智将・東なら容易に考え付くはずであるから、受験者たちの単純な動きを見ているとツグミはそれが東の「罠」ではないかと疑ってしまう。

 

(東さんはわたしに戦術の重要性を説いてくれた師匠。こんな簡単なことに気付かないはずがないんだけど、でもこれまでの訓練や模擬戦、実戦経験に頼るから気付かないのかもしれない。でもそれももうすぐわかる)

 

ツグミがそんなことを考えていると南門の見張り小屋で待機していたリヌスから通信が入った。

 

[ツグミ、北東エリアに転送されたグループが南門前の広場まであと200メートルに入りました]

 

[了解です。では、誰かひとりでも広場に足を踏み入れたタイミングでサイレンを鳴らしてください]

 

[門は開けたままでいいんですか?]

 

[はい。さっさと外に出てもらいたいですからね]

 

城の最上階で様子をうかがっていたツグミは嬉しいような残念なような複雑な気分で全試験官に通信を送った。

 

[プランA-1で戦闘開始です。サイレンが戦闘開始の合図ですので、打ち合わせどおりにそれぞれが最適だと思われる行動をしてください。みなさんの健闘を祈ります。以上]

 

東側からレイジを先頭にして9人の受験者が南門前広場に現れたタイミングでリヌスはサイレンを鳴らした。

 

 

 

 

木崎隊の9人はサイレンの音に反応し、一斉に城壁に沿うようにして南門へと走って行く。

城壁の上には狙撃手(スナイパー)が控えているという前回の反省を活かして警戒して狙撃しにくいようにという意味である。

たしかに真下にいる標的(ターゲット)は撃ちにくいのだから、この動きは正解だ。

ただし試験官たちはこの時点で攻撃をする気はないので、この作戦は()()()()()()()()()()()()()()()のにちょうど良い。

それに今回の狙撃手(スナイパー)はツグミとリヌスのふたりきりで、現時点ではリヌスしかいないのだが受験者はそのことを知らずにいる。

そして約120秒後に東隊の10人が木崎隊に合流した。

ここまで試験官側からの攻撃は一切ないのだから受験者たちは訝しがったりイライラしながら東の周りに集まった。

 

「東さん、試験官側からの攻撃どころか一切姿を見せないところが薄気味悪いですね」

 

レイジが東に声をかけた。

 

「木崎、これは霧科の立てた作戦であることは間違いない。選抜試験の時とほぼ同じ条件だが、彼女が何の意味もなくクリア条件を同じにするはずがない。何らかの意図があってそれを試している。俺たちは特別訓練を重ねてきて選抜試験の時に比べて戦闘力は格段に伸びている。彼女のことだから訓練の過去ログは見ているはずで、戦闘力よりも別の何かを確認したいと考えているだろう」

 

「戦闘力よりも別の何か…ですか? 部隊(チーム)ごとの連携、とか?」

 

「ああ、それも考えられるがこの分だと敵と戦うよりも戦闘を回避するための知恵があるかどうか確かめようとしているんじゃないかと俺は想像している。だから俺はこちらから仕掛けるのではなく退避を優先することにした。俺たちが知っているアフトの連中の戦力はごく一部で、奴らの配下のトリガー使いがどれくらいの数いるのかわからないし、(ブラック)トリガーだって俺たちの知っているものの他にあるかもしれない。それに霧科と迅がこのタイミングで近界(ネイバーフッド)へ行ってきたとなれば、その理由はアフトクラトル遠征に関することだと誰でも考える。たぶん何らかの手段を使って潜入し、いくつかの情報を手に入れてきたに違いない。その情報を反映させた新しいマップがこの『城郭都市・改』だ。これまで使用していたものよりも数段リアルに再現してあるようだから、この推測は当たっていると思う」

 

「……」

 

「アフトの連中はこの都市の中での戦闘は極力避けたいと考えているはずだ。なにしろ自分の領民が住んでいる街の中で戦闘をすれば被害は甚大なものとなる。俺たちは三門市で戦う時には基本的に警戒区域内だから、街をどれだけ破壊してもかまわないということで派手に戦える。だがここで戦うとなれば俺たちは別にアフトクラトルの市民に犠牲が出ても困らないが、連中にとっては痛手となる」

 

「だったらむしろ都市の中で派手に戦って敵の戦力を減らすべきでは?」

 

「その敵の数がどれだけいるのかわからない以上は下手に刺激せずに逃げられるのなら逃げた方がいい。敵はトリガー使いだけでなくトリオン兵も導入して俺たちの撤退を阻むだろうが、それでも犠牲を出さないためにはひたすら逃げる方が賢いというもの。…ただしこの試験での敵は7人とわかっている。その中で霧科と迅と忍田さんの3人は確定で残りの4人が誰なのかわかっていないが ──」

 

「東さん、ちょっとこっちへ来てください」

 

レイジは東を少し離れた場所へと連れて行き、他の受験者たちに聞こえないように小さな声で言う。

 

「残りの4人のうち3人に心当たりがあります。たぶんそれはキオンの近界民(ネイバー)でしょう」

 

「何だって!?」

 

東が突然大きな声を出したものだから、他の受験者たちの視線が一斉に東に注がれた。

 

「東さん、声が大きいです」

 

「あ、すまない。…しかしキオンとは例の『雪原の大国』のキオンのことか?」

 

「はい。実は他言無用ということになっているのですが、しばらく前にとある事件に絡んで3人のキオンの諜報員を玉狛支部で保護していたんです。もちろんこのことは城戸司令も承知のことですが、上層部と玉狛支部の人間しか知らないトップシークレットとなっています。迅とツグミが近界(ネイバーフッド)へ行った艇はキオンの連中のものでしょうし、奴らなら職務上アフトクラトルの情報も持っていておかしくありません。そうなるとこの試験でキオンの3人が試験官となっていると考えるのは妥当です。小南と京介はその中のふたりと戦っていますがなかなかの手練だったそうですし、俺も頭のキレそうな奴と対峙して冷や汗をかいたくらいですから、ツグミなら奴らを試験官として使おうと考えるでしょう」

 

「そうすると俺たちの情報は奴らの手に中にあるが、俺たちはそいつらの情報はほとんどない。面倒な相手ということだな」

 

「はい。ただしこれは俺の推測ですから当たっているとはかぎりません。もしかしたらあいつのことですからそう思わせておいて実は違っていたということも考えられます」

 

「霧科ならやりそうなことだ。ということは彼女の思考パターンを読んでいろいろ考えるのは無駄だということか。1回目の特別訓練でも彼女が城門を開け放った時点でいろいろ考えすぎてしまった上に、結局彼女の手のひらの上で踊らされていた感があったからな。下手に相手の裏や裏の裏を読んだとしても、彼女ならどんな手段できても対応できるよう準備しているはずだ。だったら俺たちも()()()ベストを尽くすのみ。当初の計画どおりで行こう」

 

「了解しました」

 

受験者たちは当初の予定どおりに城外へ出てからは背後からの攻撃に十分注意をし、交戦を避けられないという時のみ戦うということにした。

 

 

 

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