ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
先に木崎隊のメンバーが出て、続いて東隊のメンバー全員が外に出たタイミングで開け放たれていた頑丈な城門は閉ざされた。
受験者たちを外に出すために城門を開けておいて、攻撃をしなかったのも試験官側の作戦だったということは誰の目にも明らかだ。
こうして城門を閉ざせば中の街と住民に被害が及ぶことはなくなり、安心して派手に戦えるというもので、アフトクラトルの連中ならそうするはずである。
開戦の狼煙はリヌスによるイーグレットの狙撃だった。
受験者たちは敵側に背を向けることは危険だと承知しているから一定の距離までは後ろ向きで走ることにしていた。
もちろん前を向いて全速力で走るという手もあるが、試験官がどんな
超長距離となれば弾が届かなくなるので、射程外へと離れるまでは時間が掛かっても安全性を優先して後ろ向きで走ることにしていた。
全員がメインとサブの両方にシールドをセットしているから、いざとなれば固定シールドで身を守ればいい。
本来なら
そしてこのケースでは南門の見張り小屋にいることは確定していて、そこに注意を払っていれば狙撃のタイミングでシールドを張ることは可能なのだ。
その状態のレイジをリヌスがイーグレットで撃ったのだった。
レイジはとっさにシールドを2枚展開して固定シールドとして身を守る。
リヌスのアイビスならレイジのシールドを破壊して彼の戦闘体をも破壊することはできただろうが、あえてイーグレットを使用した。
ここでレイジには脱落してもらっては困るのだ。
この狙撃は東の「ひたすら逃げてできるだけ戦闘を回避する」作戦が正しいと受験者たちの思わせるためなのだから。
そしてここで迅、忍田、ヒュース、テオの
これはゼノンのタキトゥスの
姿形がアフトクラトルの角付きであるのも理由のひとつだが、空間操作のトリガーの存在を見せ付けられたら動揺するのは無理もない。
ツグミも南門の上の見張り小屋から果てしなく続くなだらかな草原で繰り広げられる戦闘の様子を見ながらスラッシュを起動した。
さらに戦場を混乱させるためにバムスターを3匹出現させる。
このバムスターは戦力としてではなく、
だから東たちが訓練でトリオン兵を使わずに隊員同士の紅白戦ばかりしていた事実を知ったツグミは落胆してしまったほどであった。
受験者たちのレベルならトリオン兵など驚異ではないのは承知しているがそれは戦闘体で戦っていられる間だけであり、戦闘体を失った時にやっとトリオン兵を導入した意味がわかるはずだ。
ただバムスターは倒されたら新たに1匹出現させるということを繰り返すだけで、そのことに気付いた時点で受験者は倒そうとはせずに放置することを選ぶだろう。
東ならシステムの限界で仮想空間では一度に大量のトリオン兵を出現させられないことは承知しているので真っ先に気付くはずだ。
東隊には
そうなると木崎隊は東隊の負担が減るようにと敵を多く引きつけて圧倒的な攻撃力で敵を蹴散らそうとする。
そこで忍田とヒュースが木崎隊を、迅とテオが東隊を受け持ち、
ゼノンは戦闘の様子を見て
戦場は混乱を極めていた。
なにしろ実戦経験はあっても土の地面での戦闘については初めてだという受験者は多い。
通常の訓練や模擬戦ではトリオンで再現したアスファルトの道路やコンクリートの建物が多く立ち並ぶ「都市」での戦闘ばかりであり、大規模侵攻でも同様の環境の戦いとなった。
しかし今は雑草が生えていたり畑作を行っているような土の地面であり、建物らしきものは皆無の戦闘フィールドだからいつもとは調子が違う。
三門市の警戒区域内や仮想戦闘フィールドの市街地や工業地区なら建物は足場になったり障害物とするなど利用の仕方ひとつで高い効果を生み出すが、ここにはそれがまったくない。
敵の攻撃を建物の陰に隠れてやり過ごすことはできず、シールド等の防御トリガーを使わなければダメージを受けてしまう。
このような「何もない」フィールドでの戦闘に慣れていないのは、せっかくツグミが用意した「城郭都市」のマップを「都市内での戦闘」に限って使用していたためで、特別訓練の過去ログを見ると街の中で民家や商店などを派手に破壊しながらの戦闘はしていたが、城外での戦闘はわずか数回であった。
それも城壁の上からの狙撃を防御・回避しながら接近して城門をくぐるというツグミが行った第1回目の特別訓練と同様のもので、敵味方が入り乱れて城外で戦うという訓練は一度たりともなかったのだった。
戦力のわからない敵を前にして戦闘を可能な限り避けようとする考え方は正しいのだが、交戦前に全員が遠征艇に退避できなければ戦闘は回避できない。
ならば戦闘になった時のことを考えなければいけないのだが、この何もない場所での戦闘を想定はしていなかったようだ。
想定して訓練を行っていればもう少し戦闘を優位に進めることができたはずなのに何もしていなかったことは過去ログを見なくてもわかるほど惨憺たるものであった。
遮るものが何もないのだから
ツグミとリヌスは城壁の上にいるから狙われにくいし、彼女たちの敵となりうるのは受験者たちの中でも
それも地上にいる
トリオン値40のリヌスがアイビスに持ち替え、同じく18のツグミはスラッシュをアイビスモードに切り替えてバンバン撃ちまくるものだから、どうなるかは誰にでもわかる。
このパワーであれば二宮や出水レベルのトリオン能力を持つ人間の
ところが地上にいる試験官たちも凄腕のトリガー使いばかりである。
ツグミやリヌスの狙撃をジャンプして回避したところを忍田の旋空弧月が襲い、影浦や遊真がマンティスを使っていれば防御力ゼロの状態であるからそこをヒュースの
小型で機動力の高いテオはスコーピオンをメインとサブにセットしてマンティスとして使い、グラスホッパーをも自由自在に扱うからまるで遊真が敵側にもうひとり増えたようにさえ感じてしまうほどだ。
迅は迅でいつものように
そしてツグミの想定外であったのはゼノンの
弧月同様の
反りを内側にした形で横殴りに斬りつけることでシールドをかわして攻撃を行うことができ、一旦斬りつけた後に手首を返すことなく斬り返すことで連続して斬撃を加えることもできるのだ。
一見するとスコーピオンの形状を変化させた
ボーターにとっては馴染みのない
受験者たちに脱落した者はいないが、全員が相当のダメージを負っていた。
当然のことだが試験官側は人数の少なさという不利な条件を抱えての戦闘で、受験者たち以上にダメージを負っている。
しかし戦闘体が破壊されたら戦闘体を構築して再出撃できるというルールであるから数の不利はないように思えるが、再び戦闘に加わるまで実際には120秒かかる。
それに気付いた東は全員に通信で呼びかけた。
[このままでは埒があかない。敵は戦闘体を破壊されると復活するがそれまでに120秒のインターバルを置かなければならない。そこで今から一斉に攻撃をして一時的にでも敵の数を減らす。その間に全力で走って逃げるぞ。霧科たちのアイビスに注意しながら撤退することを優先しよう]
5人しかいない近・中距離攻撃系の試験官に対して19人の受験者が一斉に集中攻撃すれば、いくら手練の忍田たちであってもひとたまりもない。
出水と二宮による
[今のうちだ! 背後にシールドを集中させて一気に走れ! 目の前にいるトリオン兵は無視していい。トリオン兵は生かしておけば弾除けにもなる]
東の合図で一斉に走り出す受験者たち。
これでたった120秒ではあるものの敵は約350メートル後方にいるツグミともうひとりの
これを繰り返せば挟み撃ちになることは防げるし、城郭都市から離れることで
地上での様子を見ていたツグミはこれが東の采配であることはすぐにわかった。
「東さんの判断は適切ですね。邪魔な
ツグミは走っている受験者の前方約50メートルの地面を狙って撃つ。
東たちは自分の背後に
「では、私も。…
続いてリヌスの銃口から1発目よりさらに破壊力のあるアイビスが発射され、ツグミの開けた穴よりも十数メートル先の地面に数倍の大きさの穴が出現した。
そうなると受験者たちはこの
[みんな、聞いてくれ! ここはアイビスの射程ギリギリの距離で、この先はもう砲撃を受ける心配はなくなる。イーグレットは射程こそ伸びるもののシールドで防ぐことはできる。それに左右に小刻みに動きながら進めばさすがに命中させるのは難しい。もしかしたら霧科は狙撃を諦めて例の
「了解!」
◆
城郭都市の南門に試験官全員が勢揃いした。
これから戦闘体を再構築した5人とツグミがタキトゥスの
[リヌス、連中の居場所は?]
ゼノンがリヌスに訊いた。
[真南に1430メートル地点を通過しました]
「よし、では
ゼノンは真南の1500メートル地点に
その
受験者たちは一斉に足を止め、中央にいる女性に視線を向けた。
黒髪のショートで、右手にトリオンキューブを浮かべているツグミの姿はアフトクラトルのミラを想像させてしまう。
直接戦ったことのある三輪や彼女の冷徹な姿を見たことのある風間隊の3人は彼女が「大窓」で人や物体を転送させ「小窓」で攻撃をするという彼女の
ツグミもそれを意識して容姿をミラに似たものにしたのだから当然で、いくら別人とわかっていても大規模侵攻の時の印象が強く刻まれていることで無意識に反応してしまうものだ。
実際には端にいるゼノンのトリガーで転送されてきたのだが、そんなこと知るはずもない。
しかし受験者たちはすぐに冷静になって考えた。
ここに7人の試験官のうち6人が集合して、新規参入が女性の姿であるとすればそれがツグミであるということは明らかで、さらに南門から1500メートル離れたのだから背後からの狙撃に警戒する必要はなくなったと思うだろう。
実際には彼女よりも優れた
突然受験者たちの背後から1発の銃弾が強襲し、レイジの後頭部を見事に撃ち抜いた。
頭部がなくなってバタリと前に倒れる191センチの巨体を前に、受験者たちは誰もが信じられないという驚愕の顔で見つめている。
信じられないというよりも信じたくないという方が正しいかもしれない。
そして数秒後、レイジの戦闘体が破壊されて生身の身体に戻ってしまった様子を見て皆が我に返った。
しかしその後は大混乱だ。
ツグミたちが目の前に登場したことで受験者たちは思わず立ち止まってしまっていて、1500メートルの距離の
これまでの受験者たちの動きを見ていたリヌスは誰から倒していくべきか考えて、まずはリーダーとしての資質と戦闘力を兼ね揃えたもっとも厄介なレイジを無力化した。
そんなリヌスが次の
リヌスと受験者の間には3匹のバムスターがいて壁を作っているが、彼の狙撃技術があればバムスター同士の隙間から
ほぼ同時に3人の戦力を失ったのだから、現場は大混乱に陥ってしまうのは無理もない。
だがこの混乱に乗じて試験官たちは一斉に攻撃を開始した。
生身の身体になってしまったレイジ、二宮、出水の3人は戦闘に巻き込まれないように主戦場から離れて遠征艇に向かって走って行く。
当初は生身になってしまった時点でアウトという厳しいものだったが、生身でも遠征艇までたどり着けば合格にするとルールを変更してあったので、まだこの3人には希望がある。
ただし戦闘には加わることができない上に仲間の足でまといにならないためにはできるだけ離れた位置で走って行かなければならない。
流れ弾が当たれば死にはしないが気絶してしまうので、そこで不合格となる可能性が生まれるからである。
生身の仲間をかばいながらの戦闘は圧倒的に不利となるが、だからといって見捨てて行くこともできない。
ならば本人が自分で自分の身を守るしかないのだ。
試験官は生身になったボーダー隊員に攻撃はしないことになっている。
これが実戦であればハイレインたちは生身のボーダー隊員を捕虜にするはずで、無闇に死なせてしまうことはないからだ。
よって受験者16人VS試験官7人となった…と誰もが思うのだが、そういうわけにいかないのがツグミの作戦だ。
受験者たちは戦いながら南の方へ移動していたが、バムスターも同様に南へと進撃していた。
その動きは生身になったレイジと二宮と出水を追いかけているように見える。
バムスターはトリオン体であろうが生身であろうが関係なく襲ってくるようプログラミングされているからだ。
そしてバムスターの1匹が出水を背後から襲ってその大きな口で咥えて飲み込んでしまったのだった。
その様子を見た太刀川は出水の名を呼ぶがすでに遅し。
彼のチームメイトはトリオン兵の腹の中に収まってしまった。
いくらA級1位
そもそもバムスターはトリオン能力の高い人間を襲って捕獲するトリオン兵であるから、出水たちが狙われるのは当然である。
そうなると食われた仲間を放っておくことはできず、出水を食ったバムスターは太刀川の旋空弧月によって頭部を一刀両断にされ、出水は無事に救出することができた。
しかし生身になったのはひとりではなく、さらにバムスターは倒しても最大3匹までは存在し続けるわけで、これ以上戦闘体を失ってしまうことは戦闘力が低下するだけでなくバムスター対策もしなければならず仲間への負担が大きくなる。
ツグミがこの試験にバムスターを投入したのは実戦でありうるシチュエーションであることと、最低限自分の身は自分で守らなければ遠征に参加する資格はないと思い知らせるためなのだ。
東はそのことにいち早く気付いたようで、受験者たちに喝を入れた。
[とにかく敵を倒すことよりも自分が倒されないことを意識して戦え! 全員で遠征艇へと帰還し、全員で合格するぞ!]
「おう!」