ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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299話

 

 

東を中心として再度一丸となり試験合格を目指す受験者たち。

しかし南門から2000メートル以上離れたことで背後からの狙撃の心配がなくなったと考えた彼らは大きな失敗をしてしまった。

リヌスのトリオン能力と高度な狙撃技術を知らなかったことでもう安心とばかりに背後の防御を怠ってしまったのだ。

トリオン値18のツグミですらスラッシュのイーグレットモードを使えば動く標的(ターゲット)でも1600から1800メートルは当てることも可能なのだから、トリオン値40のリヌスであれば強化視覚と技術を合わせて3000メートルも不可能ではない。

おまけに南に進むにつれてなだらかな丘を登るような地形になっていて遮るものがないフィールドであるからトリオン能力によって射程が伸びるイーグレットなら命中させるのはそう難しくはないのだ。

ただしイーグレットの威力ではシールド1枚を割るのが限界で、両防御(フルガード)されたら効果はない。

その防御がゼロになったのだから、リヌスはそこを狙ったわけだ。

レイジ、二宮、出水とトリオン能力の高い隊員が真っ先に狙われたのは射手(シューター)銃手(ガンナー)といった弾丸トリガーを使用するからである。

試験官側が(ブレード)トリガーメインであるから、受験者側の攻撃手(アタッカー)との攻防の際に援護射撃をされると不利となる。

そこで次に狙われたのが犬飼であった。

隊長の二宮を落とされた二宮隊の犬飼・辻コンビはテオを相手に戦っていて、辻の援護に集中していた犬飼は右即頭部を撃ち抜かれてしまう。

犬飼が撃たれたことに気付いたものの、なぜ彼が撃たれたのかを理解できた受験者はいなかった。

その時の試験官6人はすべて(ブレード)トリガーを握り締めていてシールドも使用しているから、弾丸トリガーを使用できる人間はいなかったからだ。

したがって京介の突撃銃(アサルトライフル)か三輪の拳銃(ハンドガン)の流れ弾か誤射によるものだと思ってしまったくらいである。

原因が2000メートル以上離れた場所にいる狙撃手(スナイパー)による狙撃だとは想像もできないのは仕方がない。

しかし単にボーダー隊員の中にそれだけの射程と狙撃技術を持つ狙撃手(スナイパー)がいないだけで、近界民(ネイバー)にならこれくらいできる狙撃手(スナイパー)は実在するのだ。

 

ノーマルトリガーであってもその能力を最大限に活かすことのできる近界民(ネイバー)がいるということは、今後近界民(ネイバー)と戦う上で十分に注意をしなければならないことなのである。

なにしろ緊急脱出(ベイルアウト)システムがガロプラで実用化されていたということは、アフトクラトルが情報を与えて作らせたか、もしくはハイレインたちが作って与えたかのどちらかのはずだ。

昨年12月のラッド事件でボーダーの情報を入手した際に緊急脱出(ベイルアウト)システムの存在を知ったハイレインたちは1月20日の大規模侵攻時には使用しなかったものの2月19日のガロプラによる侵攻では完全に実用化していた。

よって2ヶ月もあれば未知のトリガー、それも実物がなくてラッドの情報と数度視認しただけで同じようなものを完成させてしまうだけの技術力が近界(ネイバーフッド)にはあるということになるのだから想像するだけで身震いしてしまう。

トリオン能力が高いと能力補正がかかるという点でアイビスも要注意だ。

リヌスのようなトリオン能力の高いトリガー使いにアイビスが渡ったとしたら、大型トリオン兵を多く使う近界(ネイバーフッド)での戦争はますます苛烈なものになるだろう。

たぶんツグミ以外のボーダーの人間は誰ひとりとして「ボーダーのトリガー技術が近界(ネイバーフッド)に流出してしまったら、それが回り回って自分たちの首を絞めることになる」などと考えもしていないはずだ。

イルガーを一撃で仕留められる狙撃手(スナイパー)用トリガーがあれば、今度はそれに耐えられる装甲を持つトリオン兵を開発し、そのために不足するトリオンを玄界(ミデン)の人間をさらって搾取しようと考えるのは至極当然で、特にアフトクラトルのような武力で他国を制圧することを続けている国にボーダーの技術が漏洩するようなことはこれ以上あってはならない。

いくら玄界(ミデン)のトリガー技術が近界(ネイバーフッド)の技術と比べて数段劣るものであっても、考え方や使用目的などの違いで近界(ネイバーフッド)にはない優れた技術を持っているのは間違いないのだから。

 

リヌスの次の標的(ターゲット)は京介と一緒にゼノンと戦っていた小南であった。

まだ犬飼が落とされた原因がわからずに困惑していた受験者たちは動きが鈍り、その隙に小南の後頭部を狙撃して命中させる。

リヌスは戦場の全体を把握しており、厄介な敵から落としていくと次が小南だったのだ。

両手に双月を握って敵を蹴散らしていく姿を見ていたリヌスは数々の実戦を経験して磨かれた彼女の技術と機動力と胆力を()()、早く戦力外通告してしまおうと考えたわけである。

この時点で()()()受験者は14人で試験官は7人となり、犬飼と小南が狙撃で落とされたという事実が南門の上にいる正体不明の凄腕狙撃手(スナイパー)へと意識を割かざるをえなくなっていた。

迅が太刀川ひとりを相手にし、忍田が風間隊の3人を、ゼノンが京介と彼の援護に向かった辻のふたりを、ヒュースは三輪と米屋のふたりを、そしてテオはツグミと一緒に影浦、村上、遊真の3人を相手に戦っていた。

これは前もって役割を決めていたのではなく自然にそうなったわけなのだが、案外バランスが取れていると思われる。

ツグミと迅と忍田は容姿を変えているもののその戦い方で誰なのかすぐにわかってしまい、太刀川は迅とのノーマルトリガーによるタイマン勝負に持ち込んだ。

チーム戦となると一番厄介な風間隊は忍田が引き受けるしかなく、カメレオンを使用して効果を上げる風間隊の戦闘スタイルは並の人間に対してなら無敵なのだろうが、百戦錬磨の忍田にかかってしまってはわずかな殺気と空気の流れでどこにいるのかは察知できる。

おまけにツグミと同じでトリオン体でできたものを視認できる能力を持つリヌスにとってはカメレオンに意味などなく、歌川、菊地原の順で落とされてしまったのだった。

目の前の敵と2000メートル以上離れた敵の両方に意識を割くのは難しいし、何よりもこれまでの経験にはないいくつもの攻撃や仕掛けがあり、そんな戦いが1時間も続いているのだから神経をすり減らすのも無理はない。

根気や集中力はいつまでも続くものではなく、味方の戦力はどんどん減っていくのに敵の戦力が初期と変わらないというのもストレスとなるものだ。

そして受験者の中で最もストレスを溜めに溜めていたのが三輪である。

ヒュースが近界民(ネイバー)であることは遠征参加予定者全員が承知していて、当然三輪も知っている。

そのヒュースが自分の敵として立ち塞がっているだけでなく、これみよがしに蝶の楯(ランビリス)を起動したのだ。

大規模侵攻の際にヒュースと戦ったことのある隊員は数人で、三輪も蝶の楯(ランビリス)を見るのは初めてである。

強力な磁力のような性質を持つ三角形の結晶体群を展開して攻守自在に操るこのトリガーは弾丸を反射する盾を形成したり、相手の肉体に取り付くことで攻撃の威力を弱めたり、捕獲したりすることができるという非常に特殊な能力を持っている。

三輪もその存在は知っていたが実際に戦うのは初めてで、弧月で斬り裂くことも拳銃(ハンドガン)で撃ち落とすこともできない。

さらに「味方のフリをしてボーダー隊員となったのにアフトクラトルに着いたらすぐ寝返って敵になる」という思い込みによって怒りで冷静な判断もできなくなってしまっていた。

いくら米屋がそばで冷静になるよう諭しても耳に届いていないようで、ヒュースは三角形の結晶体群を紐状にして三輪と米屋を拘束すると上空へ放り上げ、そこを忍田の旋空弧月によって一刀両断にされてしまったのだった。

いつの間にか風間も忍田に斬られていて生身の状態となっており、風間隊3人を無力化したことで忍田はヒュースの援護に回ったというわけだ。

残る受験者は9人。

半数以上が生身の状態になってしまっていて、バムスターに捕まらないように逃げるしかないという無様な姿を晒している。

()()レイジや小南、風間や二宮らがバムスターに追いかけられている光景なんて誰も信じられないだろう。

しかしこれは実戦ではないものの現実であり、アフトクラトルで現実に起こりうる可能性のあることなのだ。

アフトクラトルでの実戦で緊急脱出(ベイルアウト)が使えないのは遠征艇から3000メートル以上離れてしまえば圏外で使用不可となるばかりではなく、軌道を見ればどこに遠征艇があるのか一目瞭然となるためで、戦闘体を破壊されたら生身のままで逃げるしか道はない。

さらにトリオン兵も3匹のバムスターだけでなく数十を超える数のモールモッドやバンダー、イルガーを投入することだって実戦ならありうることだ。

大型トリオン兵3匹 ── これがボーダーの仮想空間の限界であるから生身の人間の捕獲用としてバムスターを登場させたのであった。

ちなみに上空からイルガー3匹による無差別爆撃という案もあったが、それだと単に受験者を全員不合格にするのかという話になるために却下となったという経緯がある。

 

迅と太刀川の一騎討ちはまだ続いていた。

どうせ太刀川の相手ができるのは迅と忍田のふたりしかいないのだから、迅が太刀川を抑えていてくれるだけで残りの試験官は非常に楽になる。

京介と辻のふたりを相手にしていたゼノンに忍田が加勢に向かい、2対2になると形勢は一気に試験官側に有利となってすぐに片が付いてしまった。

これで木崎隊は全滅となり、残るは東隊の東、太刀川、奈良坂、古寺、影浦、村上、遊真の7人である。

しかしこのうち3人が狙撃手(スナイパー)で、離れた場所からライトニングを使っての援護に徹していたが、これだけ人数が減ると試験官に直接狙われてしまう恐れがあり非常に危険な状態だ。

4人の攻撃手(アタッカー)たちも自分の身を守るのに精一杯になって狙撃手(スナイパー)たちの援護まで手が回らない。

ただし3人の狙撃手(スナイパー)たちには秘策があった。

接近してきたヒュースに対して東はライトニングを撃って応戦するが弧月の間合いに入られてしまう。

こうなったら手も足も出ず、当然ここはシールドを2枚展開して両防御(フルガード)をする流れだが、ヒュースに向けて分割しないままの通常弾(アステロイド)を撃ったのだった。

接近された非常時にのみ使用するためにサブ側に通常弾(アステロイド)をセットしておいたのだ。

まさか狙撃手(スナイパー)射手(シューター)のようにトリオンキューブを撃ってくるとは思ってもおらず、想定外の反撃にヒュースはとっさに回避したものの右脚を膝から下を失ってしまった。

これは以前に東がツグミに「俺が狙撃手(スナイパー)用トリガー以外の攻撃用トリガーを使うとしたら、どんなものが合うだろうか?」と訊いたことがあり、その時にツグミは通常弾(アステロイド)を勧めていた。

それから東は訓練の合間に二宮から射手(シューター)の手ほどきを受けていたのだった。

それを知った奈良坂と古寺も一緒に射手(シューター)の技術を学んでいて、ゼノンはこのふたりに斬りかかるも通常弾(アステロイド)で反撃を受けてしまう。

ただしゼノンのシールドはふたりの通常弾(アステロイド)の同時攻撃を受けてもヒビひとつ入らなかった。

ボーダーのようにメインとサブというように分かれてはいないもののキオンのトリガーでも同時に攻撃・防御のふたつのトリガーを起動でき、トリオン値が30もあるゼノンのシールドであるから破壊できるはずがないのだ。

とにかくトリガーを使う戦いにおいてトリオン能力の高さは絶対的なもので、いくら技術を磨いたところで同じレベルの技術を持つ者がいればトリオン能力の高い方が勝つに決まっている。

20年以上もトリガーを使って戦っている歴戦の勇士に対して、たった十数日の訓練で身に付けただけのいわゆる「付け焼刃」の技で敵うはずがない。

ゼノンはショーテル状の刀でふたりを一気になぎ払って戦闘体を破壊した。

 

 

これで受験者の残りは5人で、試験官側の方が数的にも優位に立った。

しかし戦闘体に受けたダメージは試験官側の方が大きい。

忍田は風間との戦いで左腕を落とされていて、ゼノンは京介の突撃銃(アサルトライフル)の攻撃を受けて全身から少量ずつトリオンが漏れている。

テオはマンティスの技術を覚えたものの()()()()()の影浦には届かず、ダメージを与えられないどころか彼らの足止めをするのが精一杯。

サイドエフェクト持ちをふたり相手にしてまだ戦闘体を維持しているのが不思議なくらいだ。

ツグミは村上相手にほぼ同等の戦いを繰り広げていたが、村上は強化睡眠記憶(サイドエフェクト)で彼女の戦い方は知り尽くしている。

おまけにここ数ヶ月間の訓練の量では村上の方が上回っているのだからツグミは圧倒的に不利で、同じ弧月+レイガストの(シールド)での戦いでは敵うはずもなく少しずつではあるがダメージを蓄積つつあった。

 

[ツグミ、まだこの距離なら私の狙撃は届きますよ。どうしますか?]

 

リヌスからの通信が入る。

彼の目には試験官が押され気味になっていることはしっかり見えているから心配してツグミに申し出たのだ。

しかしツグミはリヌスのいる方向へ顔を向けて首を横に振りながら答えた。

 

[いいえ、あなたのお仕事はもう終わりました。あとはこちらでやりますからのんびり見物していてください]

 

リヌスには十分すぎるほどの仕事をしてもらったことでツグミは感謝していた。

それにアフトクラトルに彼以上の狙撃手(スナイパー)がいるとは考えにくいので、これ以上彼がその能力を発揮すればオーバーキルとなり公平な試験とは言えなくなってしまう。

そのことをリヌスもすぐに理解できたようで、ツグミに労いと声援を贈った。

 

[無理をせずに頑張ってください。そこから700メートルほど行くと丘の頂点でここから先はあなたたちの様子は見えなくなっていまいます。見えなくても応援はしていますので、あなたはあなたのなすべきことをなしてください]

 

[ありがとうございます、リヌスさん]

 

通信を切ったツグミが前方約50メートルを走る東の背中を見ながら考えた。

 

(試験官は一度緊急脱出(ベイルアウト)させても120秒後に復帰する。だったらトドメを刺さないで弱らせた状態にして機動力を低下させておいて逃げるという作戦に出たみたい。それは正しいです。完全体で復帰した試験官が目の前に立ちふさがるよりも、追いついてこられないレベルにまで機動力を落とした()()()の状態にしておいた方が楽だもの)

 

戦力を3分の2以上も失ってしまったのだからこれ以上は戦闘を続けることは自殺行為であり、とにかく遠征艇までたどり着くことだけを考えなければならない。

バムスターは3匹とも追いかけて来るから生身になった14人の受験者たちを守らなければならず、無事な5人の負担は相当なものとなっている。

緊急脱出(ベイルアウト)システムのおかげで死なない戦闘に慣れてしまっていた隊員たちにとってこの経験は考え方を改めるきっかけになったはずだ。

戦場の真ん中で戦闘体を失うということは自分の命が危うくなるのは当然だが、仲間に負担を強いる上に彼らの命をも危険に晒すことになってしまう。

そんな()()()()のことを忘れていた自分に反省を促し、喝を入れ、そして二度とこんな恥を晒すことのないように「戦闘体を失わない戦い方」を考えて戦うことを全員が心がけるようになればこの試験をやった意味があるというもの。

だから試験官側も無理をして戦おうとする必要はなく、受験者に撤退戦で重要なことを理解してもらえば十分であるから、試験官側も積極的に受験者を倒そうとはせずに追跡に専念している。

 

(この緩やかな坂を上ったところがこのフィールドの最高地点で、そこからなら遠征艇の停まっている森が見える。そこまでたどり着けば受験者たちには希望の光が見えてくるだろうけど、それが油断にならなければいい。たったひとりのたった一瞬の油断が戦況を一転させることもあるんだから)

 

 

そして受験者たちと試験官たちが丘の頂上にたどり着いたところで彼らの眼下には鬱蒼と茂った森が広がり、その森の中に遠征艇があるという設定になっているものだから受験者たちの目に輝きが戻ったようにも見える。

遠征艇まであと約2000メートル。

どんな状態になっても艇まで生還できればこの試験の合格条件をクリアする。

逆に試験官側の立場では受験者たちを不合格にしたいのであればここで一気に攻めて全員を生身の身体にしてしまい、その上で遠征艇までたどり着けないようにすればいい。

受験者たちはこれまでの試験官たちの戦い方が本気で容赦ないものであったから最後にとんでもない()()を講じて自分たちを潰しにかかるのではないかと不安になるのは無理もなく、あらん限りの力を振り絞って走り出したのだった。

 

 

 

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