ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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300話

 

 

受験者たちが最後の力を振り絞って逃げようとするのだから、試験官たちも全力でそれを阻止しなければならない。

しかし両者ともにこれまでのダメージが蓄積されていて、戦闘らしい戦闘というには及ばない。

その中で相変わらずなのは太刀川と迅のふたりで、移動をしながらもお互いに牽制したり切り結んだりしていた。

もちろんこのふたりに加勢することはできるのだが、受験者・試験官のどちらも半ば感心し半ば呆れてふたりの好きなようにさせているのだ。

そんな太刀川のことは放っておき残りの東、影浦、村上、遊真の4人は両防御(フルガード)で遠征艇のある森へと向かって走って行く、

それを試験官たちが追いかけて行き、ヒュースは右脚を失ったことで落ちた機動力を補うために蝶の楯(ランビリス)を使っての高速移動で受験者たちの前に立ち塞がって挟み撃ちにしようとした。

今の状態での戦闘は受験者たちに不利で、このままでは全滅してしまう恐れもある。

それでも受験者は遠征艇に逃げ込むことができれば合格となるわけで、戦闘体を維持している5人が試験官を引きつけておくことで生身になってしまった14人の受験者はバムスターにさえ注意すれば遠征艇まで帰還することはできるはずなのだ。

とはいえ換装の解けてしまった生身の身体で走らなければならないので、戦闘体の時に比べると息は上がるし機動力も格段に落ちてしまう。

戦闘に巻き込まれないようにするには主戦場から離れて大きく迂回して走るしかなく、普段から筋肉を鍛えているレイジ以外のメンバーは普段の体力作りが重要であることを思い知らされていた。

 

 

遠征艇まで1000メートルを切ったところで受験者たちへ一斉通信が入った。

 

[受験者のみなさん、ぼくは遠征艇防衛班の三雲です!]

 

想像もしていなかった相手からの通信で、受験者たちは驚くが、通信の続きを聞いてさらに驚いた。

 

[遠征艇はみなさんのいる場所の真南約950メートルの位置に停まっている設定です。これから千佳が試験官を一掃するために真北に向けてアイビスを撃ちます。そうなると試験官だけでなくみなさんを巻き込んでしまいますが、生身の身体になった状態でここまで走ってください。試験官が復帰するまで約120秒かかりますが、それまでにはみなさんも遠征艇に到着できるはずです。接近した試験官へはぼくたちが銃で応戦しますので、その間に一刻も早く遠征艇の中へ避難してください]

 

[三雲くん、しかしそれでは遠征艇の場所が敵に知られてしまうぞ]

 

東が言うと、修は答えた。

 

[敵が遠征艇の場所を知っても襲撃をかけるまでタイムラグが生じます。こっちは全員を回収してすぐに(ゲート)を開いて逃げてしまえばいいんです。それにこの試験ではどんなことをしても全員で遠征艇へ帰還することが目的なんですから、艇に乗ってしまえばこっちのもんです]

 

[いいだろう。事情はよくわからないが三雲くんの案を実行しよう]

 

[ありがとうございます。では狙撃のタイミングは千佳のアイビスの射程に入ったところで合図しますので、みなさんはそのまま走って来てください]

 

 

これは受験者たちには知らされていなかったことだが、試験官による試験内容の打ち合わせをしていてツグミが提案したことであった。

遠征艇を停めた場所がアフトクラトル側に知られてはならないことは鉄則であるが、撤退戦である場合はそんなことを言ってはいられない。

場所がバレてしまっても攻撃を受ける前に撤退が完了して逃げてしまえば問題はないということで、最悪の場合は遠征艇の場所をこちらから教えてしまってでも隊員たちを回収して(ゲート)の向こう側へ行ってしまおうということなのだ。

そこで千佳の狙撃が鍵となる。

彼女が人を撃つことにためらいがなくなり技術的に当てることができれば彼女は大きな戦力となるわけで、この試験で受験者たちが追い詰められた状態で逃げて来る状況になったのであれば彼女に人を撃ってもらうにはちょうど良い機会ともなる。

4日前の彼女自身の試験で撃っても当てられなかったことで修と遊真に負担をかけてしまったことが相当悔しかったらしく、人を撃つ訓練に模擬人型近界民(ネイバー)ではなくランク戦ブースを使って修と遊真の他に手の空いている隊員 ── 遠征には参加しないユズルや荒船といった仲の良い先輩たち ── に敵役をやってもらい猛特訓を行っていた。

この本隊の最終試験の内容を千佳と修に話した際、ツグミは彼女らに無理強いしたわけではない。

千佳が「自分を試したいからやる」と言い出したことで、それに修も賛成して最終的に決行することになったのだった。

もっとも人を撃つといってもアイビスでの砲撃だから狙撃精度は求められていないのだが、人を狙って撃って吹き飛ばすことになるのだからそのプレッシャーに打ち勝つだけの胆力が必要となる。

これは狙撃手(スナイパー)であれば誰でも乗り越えてきた「壁」であり、それを越えることのできなかった鳩原の行き着いた先が密航という最悪の事態であった。

だから千佳にはこの高い壁を乗り越えてもらわなければならず、仲間たちの誰もがそれを心から望んでいる。

これで撃つことができて仲間を助けることができれば彼女の自信にも繋がるというもの。

そして自己肯定感の低い彼女の意識を大きく変えることにもなるのだ。

当然試験官たちは千佳がアイビスを撃ってくることを承知しているが、これはアフトクラトルのトリガー使いとしては()()()()()()()()()()()()であるから防御や回避をすることはできないことになっている。

いくら仮想空間でのことだとはいえ、千佳のアイビスによる()()を防御なしで受けるのだから恐ろしいのだが、これも遠征を成功させるためのことだと思えば耐えられるはずである。

 

 

 

 

試験開始の際、修と千佳は受験者たちとは別の作戦室にいて城郭都市の真南約6000メートルの位置にあるという設定の遠征艇の中に転送された。

本隊メンバーが遠征艇まで帰還するのがこの試験のクリア条件であり、受験者たちが試験官を蹴散らしてやって来るのを待つだけで良かったはずなのだが、想定していたとおりに受験者側は追い詰められていて19人のうち14人が戦闘体を失っている状態だ。

このままでは全滅の可能性もあり、これが実戦であったならC級隊員の救出どころか遠征部隊のメンバー全員が捕虜となってしまうという最悪の事態となっている。

その状況を一転させることのできる「手段」を千佳は持っていた。

ただ持っていても使えるかどうかは本人の覚悟ひとつで、これまでの彼女であったら何もできずにいただろう。

しかし人を撃てないことを肯定してくれた仲間たちとは違ってツグミは徹底的に否定し、千佳に嫌われることを承知していて厳しい態度で接して彼女の成長を促した。

もっともそれは千佳の遠征に参加したいという強い意思を尊重したからであり、彼女が自分の力だけで両親から遠征参加の承諾書を貰えないと知れば彼女のために土下座までしたくらいだから、ただ甘やかしてきたレイジや栞たちよりもはるかに彼女のことを考えて大切にしていたといえよう。

いくらレイジが優秀な隊員であっても人を()()()()()()という狙撃手(スナイパー)近界(ネイバーフッド)での実戦に投入して無事に帰還させられるという保証はなく、万が一のことがあっても責任を取れるものでもない。

レイジは師匠として狙撃の技術において基本的な部分は教えたが、「撃つべき時に撃たなければ自分と仲間が死ぬ」という現実を教えていなかった。

彼が師匠らしく親身になって千佳の人を撃てない「心の問題」を解決していればこのような面倒なことにはならなかったのだ。

とにかく紆余曲折を経たものの、遠征に出発する前になんとか間に合ったようである。

千佳本人が()()()()()()()()に自分の意思で人を撃とうとしているのだからそれは彼女の心が成長した証拠で、ここで撃つことができれば本当の意味での遠征に参加する資格を得たと言ってもいいだろう。

 

しかしいざとなると不安は募ってきてしまう。

仮に撃つことができなくても誰も千佳を非難することはないし、誰かが死んだり傷付くようなこともない。

もちろん彼女自身も死ぬことはないのだからそれほど気負うことはないのだが、これまで長い間ずっと「撃てなかったらどうしよう?」という怯えにも似た気持ちでいたものだから、いくら訓練を積んだといっても急にできるようになるはずがないのだ。

修がそばにいてくれるといっても勇気を与えてくれるような存在ではなく、ひとりではないという安心感程度にしかならず、コントロールルームにいる冬島からの与えられる断片的な情報を聞きながら震えていた。

 

「千佳、大丈夫か?」

 

修が不安そうな顔の千佳に声をかけるが、修自身も不安げな顔をしていて励ましているようには見えない。

 

「修くん、わたしは大丈夫だよ。不安はあるけど、これまでの押しつぶされそうなプレッシャーじゃなくて、捕捉・掩蔽訓練の時のような緊張感みたいなカンジでドキドキはするけど胸が苦しいわけじゃない。たぶんわたしは撃てると思う」

 

「無理をしていないか?」

 

「そんなことはないよ。…この前の試験では撃つことはできても当てられなかった。そのせいで修くんと遊真くんに迷惑をかけてしまって試験にも合格できなかった。でもわたしは遠征に参加できることは決定したし、修くんも遠征艇に残って一緒に戦ってくれるってことになったからすごく気持ちが楽になっているの」

 

「だけど途中で立ち寄る国で麟児さんや青葉ちゃんのことを探すことも、アフトの街でレプリカの情報を手に入れることもできなくなってしまった」

 

「それは仕方がないよ。遠征に参加できるということだけでも今のわたしたちにとっては奇跡みたいなものだもの。わたし、いろいろ考えてみたんだけど全部自分でやろうとするのはまだ早いんじゃないかな。わたしなんてボーダーに入隊してまだ5ヶ月なのにA級の人たちと同じ舞台に立って同じレベルで戦うなんて無理なこと。それなのに参加できるのはわたしがみんなよりもトリオンの量が多かったというだけで、トリガー使いとして優秀な隊員だったからじゃない。わたしはまだ遠征に参加する資格なんてないのに、兄さんと青葉ちゃんを自分で探したいってワガママを言って修くんたちも巻き込んでしまった」

 

「巻き込んだなんて考えるな。これはぼくがそうするべきだと考えてやったことだ」

 

「うん。修くんならそう言うと思った。でも実際に玉狛第2が結成されたのはわたしの願いを叶えるためだし、B級ランク戦で2位までに入ろうとしたのも早くA級になって遠征に参加する資格が欲しいからだったでしょ? この短い時間にわたしたちはすごく頑張ったって思う。だけど考えてみたらわたしたちのやっていたことは他の人たちもみんな同じようにやっていたことで、わたしたちだけが頑張ったわけじゃない。それにここまでこられたのは玉狛の先輩たちだけじゃなくて本部でライバルになる人たちも応援してくれたから。ううん、応援というよりも本当ならわたしたちがやらなければいけないことをみんなが教えてくれたりやってくれていた気がする」

 

「……」

 

「B級ランク戦の第4戦で上位部隊(チーム)と初めて対戦してボロボロに負かされた時、もしわたしたちだけだったらあの時点で諦めるしかなかった。でもわたしが人を撃てないと知ったユズルくんは鉛弾(レッドバレット)狙撃のことを教えてくれたし、修くんも木虎さんからスパイダーの使い方を教わったことで次の第5戦では勝つことができた。これってわたしたちが努力をしたからでもあるけど周囲の厚意に支えられていたからだと思う。わたしの場合はユズルくんが相談に乗ってくれたことがきっかけだったし、修くんも烏丸さんが太刀川隊や嵐山隊の人に頼んでくれたからでしょ? 自分から行動したといっても結局みんなに助けられていたのは事実だもの」

 

「ああ。ぼくもその時に木虎に言われたよ。『あなた、親切にされることに慣れ切っちゃったの?』って。思い返してみればぼくはこれまでずっと壁にぶつかるたびにすぐ誰かに相談してその都度()()()()()()の解決をしてきた。根本的な解決策ではないから本来遠征に行くことができるだけの実力はなく、本隊の試験には通りそうにないから遠征艇に残るという道を選ぶしかなかったんだ。たぶんこの本隊の試験を受けていたらとっくに生身の身体になっていて、みんなに助けられながら辛うじて生き延びているという状態だったと思う」

 

「修くん…」

 

「霧科先輩たちが近界(ネイバーフッド)へ行っている間、ぼくはずっと戦闘技術を高めるために上級の先輩たちに混じって訓練を続けた。でも実力が伴わないから単独での戦闘は無理で、B級ランク戦の時のようにスパイダーでワイヤーを張って味方の援護をするくらいしかできなかった。それでも役に立てているという実感があったから満足していたけど、それがそもそもの間違いだったんだ」

 

「……」

 

「霧科先輩は帰ってきてすぐに遠征部隊メンバーの訓練の過去ログを全部チェックしたそうで、それを見てぼくの訓練の仕方は間違っていたと言い切った。ぼくがすべきことはトリオン器官を鍛えるための訓練をして、少しでもトリオン量を増やすことだったそうだ。レイジさんのように生身の身体を鍛えることと、トリオンを消費しながら戦うことを繰り返せばこのぼくでもいくらかは増やせるはずだって。それは言われてみるとそうかもしれないって思う。ぼくの決定的な欠点はトリオン量が少ないことで、そこを解決すればトリガーの選択肢は増えるし戦い方も工夫の仕方によって種類は増える。木虎も入隊時はぼくのようにトリオンが少なくて苦労したようだけど彼女は努力をしてトリオンを増やしたことで、今では嵐山隊の点取り屋のエースとして部隊(チーム)に貢献している。彼女はエリート意識が強くて苦手な部分もあったけど、それは彼女が自分で努力をして今の地位を築いたという自信とプライドがあるからなんだ。ぼくが彼女に厳しいことを言うのは自分にも他人にも厳しいからで、ぼくの甘さにイライラしていたんだと思う。何かあればすぐに誰かに頼ってばかりで自分の力で何かしようとする姿勢が見られなかった…ってぼく自身がそう思うくらいだから」

 

修は千佳に懺悔するかのように自分の愚かだった部分を吐露した。

去年の5月に入隊はしたもののずっとC級のままで停滞していた修。

もし遊真との出会いがなければ今でもまだC級で燻っていたことだろう。

しかし遊真が彼のクラスに転入して深く関わるようになったことで彼のボーダーでの時間が進み始めたのだが、彼の実力で前に進んでいるのではなく遊真の功績のおこぼれでB級に昇格できたのだし、実質ボーダートップの玉狛第1に所属する京介が師匠になってくれたことで射手(シューター)の訓練をするにも周囲がいろいろ目をかけてくれるようになっただけだ。

もちろん本人が真面目に訓練に励んでいるからなのだが、それができたのもすべて先輩や周囲の仲間たちが訓練をできるようにお膳立てしてくれたからである。

C級の時には誰にも教えを請うことはせずにだらだらと訓練生のままでいて、B級に昇格()()()()()()()ことで周囲の先輩たちが面倒をみてくれるようになった。

しかしB級ランク戦・第4戦での大敗の後、修は「強くなりたい」というのではなく「ひとりでも点が取れるようになりたい」とB級ランク戦で勝つこと()()頭になく、自分を鍛えようと考えて行動をしたものの師匠となる人間は京介に紹介してもらったのだし、教えてもらったことも結局「B級ランク戦で勝つための技」でしかなかったのだ。

B級ランク戦では効果のあったワイヤー陣も敵地での実戦ではほとんど役に立たない。

この特別訓練でワイヤー陣の技術は上達したが、千佳の最終試験では何の意味もなく無様に地に伏した。

これが仮想空間における模擬戦であったから修は今も生きているが、もしアフトクラトルとの実戦であったならトリガー使いとしても役に立ちそうにない彼はトリオン器官を抜かれて殺されるだけだ。

人の死なない戦争などない。

緊急脱出(ベイルアウト)は危険な戦場に戦闘員を送り込むのに都合の良いシステムだが、本来なら死んでしまうような戦い方を日常的に行っているものだから無茶な戦い方を平気でするようになってしまい、いざ緊急脱出(ベイルアウト)ができない状況での戦いとなると勝手が違って得意な戦術も使えないということにもなってしまう。

そしてそれが死に直結する。

修たちはそのことを思い知らされ、本隊メンバーも同じように身に染みているはずなのだ。

 

「霧科先輩が近界(ネイバーフッド)帰ってきてすぐに遠征部隊メンバーの訓練の過去ログを全部チェックしたのは、ぼくたちがどれくらい()()()()()()()()()()()で戦えるようになったのかを知りたかったからだと思う。それなのにぼくはこの体たらくだ。ぼくでは本隊のメンバーと一緒に戦えるだけの力がないって判断されたからで、遠征部隊から外されても文句は言えない。それでもぼくのことを見捨てず、遠征に行きたいという意思を尊重して遠征艇に残ることを条件に遠征参加を許可してもらえた。もし逆にぼくが先輩の立場だったら生還できないような人間は行かせないという選択をしただろう。死ぬとわかっている人間を送り出すことはできないから」

 

「うん。この遠征はこれまでの遠征とは全然違うものだって木崎さんや栞さんが言ってた。これまでは近界(ネイバーフッド)へ行っても原則として戦闘はなくて、現地の近界民(ネイバー)と交渉してトリガーを手に入れるとか国情の調査とかで安全なものだったって。でも今回はC級隊員を救出するという難しい課題があって、ほぼ間違いなく戦闘にもなるから遠征に何度も行って慣れている人でも不安がある。そんな遠征にわたしたちみたいな人間が参加すること自体無茶なんだって思う。もしわたしや修くんに何かあったらツグミさんはまたわたしの両親や修くんのご両親に土下座して謝らなければならないことになる。そんなことは絶対にさせちゃダメだって自分に言い聞かせて、今自分にできることを精一杯やろうと思って今日まで訓練をやった。それも修くんや遊真くんたちに協力してもらってだから最後までみんなに頼ってばかりになってしまったけど、ちゃんと結果を見せることでお礼をしたいって思う」

 

「だからここで必ず撃つ…か」

 

「それもあるけど、それだけじゃない。遠征って行くことよりも無事に帰って来ることが重要で、そこまでできないとダメなんだよ。ツグミさんが『近界(ネイバーフッド)へ行くのは簡単だけど無事に帰って来ることが難しい』って強く言っていたことが今になってよくわかる。修くんだっていろいろな人に協力してもらって遠征に参加できるようになったんだから、無事に帰って来ないといけないんだよ。そうしないと協力してくれたみんなが辛い思いをすることになる。中途半端に強くなったから修くんは遠征に行って死んでしまった。弱いままの修くんだったら遠征へ行けずに死ぬこともなかった。だったら訓練に協力なんてせずにいて遠征に参加させなかったのに、って後悔することになるよ、きっと」

 

「うん、千佳の言うとおりだ。…ぼくは空閑に時間がないから早くレプリカと再会させたいと焦ってばかりいた。それはぼくのせいでレプリカがあんなことになったからで、ぼくがやらなければいけないと思い込んでいたんだ。でもぼくひとりでできることなんてたかが知れてる。これこそ自分の力だけではどうしようもないことなんだから誰かに頼るべきなんだ。このことを本隊メンバーの人に話せば、きっとあの人たちなら何か情報を得て空閑のために動いてくれるはずだし、ぼくがひとりで躍起になっているよりもずっとレプリカに会える可能性は高まる。麟児さんや青葉ちゃんのことだってぼくがひとりで探すよりもみんなが協力してくれたらより多くの手がかりが掴めると思う。ぼくはぼくにできることを全力でやって、できないことはみんなに助けてもらう。こんな簡単なことに気付かなかったなんてバカみたいだな、ぼくって」

 

「でもちゃんと気付いたんだから偉いよ。もし最後まで気付かなかったらきっとツグミさんは『そういうことこそみんなに頼ればいい』って言うと思う」

 

「そうかもしれないな。…っと、冬島さんから通信だ」

 

修と千佳はコントロールルームからの通信に耳を傾けた。

 

[受験者はまもなく遠征艇から2000メートルの位置に達する。いいか、当初の計画を決行するならチャンスは一度だけだ。それを外せば試験官たちも警戒してしまうから二度目はない。これまでの戦闘の様子はそこのモニターで見ていてわかると思うが、忍田さんと迅以外のメンバーのトリオン量は半端ない。いくら雨取のアイビスでも両防御(フルガード)されたら破るのはちょっとキツイぞ。だから油断をしている最初の1発がこの試験の結果を左右する。わかっているな?]

 

冬島は中立的な立場でありながらも受験者側の味方の修と千佳のサポート役も兼ねていて、試験前の最終確認で千佳が「撃つ」と決めた時に彼から詳細な位置情報や受験者たちのダメージ具合などが報告されることになっていた。

 

[冬島さん、三雲です。これから受験者全員に通信で作戦内容を呼びかけます。撃つタイミングとかその後のことは念入りに打ち合わせをしてありますから心配しないでください。千佳も覚悟を決めたようですから]

 

[そうか。ま、結果はどうであれ精一杯やったという手応えがあれば、本物の近界民(ネイバー)相手でも怖気づくことはないだろう。あとは全部そっちに任せるから好きにやってみろ]

 

[了解です!]

 

通信が切れると修は千佳に言う。

 

「もう後には引けない状態になった。プレッシャーをかけるつもりはないが、失敗は許されないぞ」

 

「うん、わかってる。今のわたしの狙撃技術ではイーグレットで特定の標的(ターゲット)の頭や胸を撃ち抜くなんてことは無理だけど、アイビスで目標地点を撃つことならできる。そこに人がいるってわかっているけど、もう人を撃つことにためらいはない。前に木崎さんは人を撃てないのは正常なことだって言っていた。でもそれは一般人のことであって、ボーダー隊員だったら異常であってもできなければいけないこと。狙撃手(スナイパー)の先輩たちもみんな初めから人を撃てたんじゃなくて、いろいろと悩んだり苦しんだりしながらもこれが自分のやるべきことなんだって言い聞かせて乗り越えてきたんだと思う。わたしはそれを克服する努力を怠って、自分は弱い人間で何もできないけど一所懸命頑張ってるんだってフリをして許してもらおうというずるいことをしてしまった。前にツグミさんから『ずるい、嘘つき』って言われたことがあって、すごくショックだったけどそれが真実だったから何も言い返せなかった」

 

「……」

 

「あの時のわたしは撃っても撃てなくても誰かに何か言われると怯えていて、頑張ってもここまでしかできないんだって自分にも言い訳をして逃げていた。でも今なら自分にできることを精一杯やってその結果が満足できるものでなかったとしても堂々と『わたしは頑張った』と言える。自分にもみんなにも恥じることはなくわたしはボーダーの狙撃手(スナイパー)なんだって言えるようになりたい。自分の身は自分で守れるようにってボーダーに入ったのにそれが全然できていなかったけど、ここでちゃんと撃つことができるようになれば守られる側から守る側になれる。これでやっとボーダーのみんなの仲間になって一緒に戦えるようになると思うの。だからわたしは絶対に外さない」

 

「千佳…」

 

「修くん、東さんたちにこの計画を連絡しておいて。わたしは艇の外に出て準備をするから」

 

「あ、ああ…」

 

千佳に促され、修は受験者たちに一斉通信をした。

 

 

 

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