ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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304話

 

 

アフトクラトル遠征参加メンバーは当初の希望者から加古隊のふたりが辞退しただけで残りの全員が「遠征に参加する能力を十分に有する」ということで、最終的には戦闘員・非戦闘員合わせて30名となった。

その参加者全員が記者会見に出席することになり、()()近界(ネイバーフッド)遠征であるためマスコミ関係者が通常よりも多く集まると考えられることで普段の記者会見を行っている三門市民会館では手狭だとして今回は旧三門市立体育館で行うことにした。

ここは遠征部隊の閉鎖環境滞在訓練が行われた場所であり、訓練時に使用したモックアップはそのままになっているため、ここで会見を行えばそれをマスコミ関係者たちにも見てもらうこともできる。

モックアップを設置した大ホールなら舞台や記者席を用意できる十分な広さの空間もあるので、机や椅子、大型モニターなどの備品を持ち込めば問題はない。

今回の遠征は三門市民だけでなく国内外大勢の人間の関心を集めている一大プロジェクトであるから記者会見ひとつにしてもボーダーのイメージを大事にしなければならず、入念な準備と訓練の後に近界(ネイバーフッド)へ隊員を送り出すのだと理解してもらうのにちょうどいい場所であるとツグミが言い出したことだ。

戦闘訓練に関しては機密事項として見せられない部分が多いが、遠征艇での生活という未知の体験のためにどのような訓練をしていたのかを知ってもらえば参加メンバーの保護者たちも安心するというもの。

この提案はツグミのことをあまり快く思っていない根付が珍しく手放しで賛成し、面倒な会場設営や進行のシナリオ作りなど直ちに手配されて準備が進んでいた。

一方、ツグミたち別働隊はその存在が上層部と一部の隊員・技術者(エンジニア)にしか知らされていないから記者会見には出席しない。

なにしろツグミ以外の3人は全員が近界民(ネイバー)であり、彼らのことが公になるとこれまでボーダーが隠してきた最大の機密事項「ボーダーはすでに何度も近界(ネイバーフッド)へ行っており、近界民(ネイバー)との交流がある」ということがバレてしまう。

だから絶対に外部に漏れてはならないことで、よってボーダー内でもトップシークレットとして扱われているのである。

そういった事情でツグミはこの記者会見に関しては知恵を出すだけであとは一切関わらないことになっていた。

 

しかし記者会見には関わらないとしてもツグミにはやることが山ほどあった。

27日の朝には別働隊が先発してアフトクラトルに向かうため、そのための準備の時間はあと2日しかない。

その短い時間にハイレインたちと戦うための準備を済ませるだけでなく、ボーダーの味方になってくれたディルクへのフォローもしなければならないのだった。

そこでツグミは「ディルクがベルティストン家を裏切ってボーダーに味方しなければならない理由」を作るためにマーナとレクスとヒュースを巻き込んで茶番劇を演じてもらい、それを動画として記録するなどしていくつかの「物証」を作ることにした。

それがどれだけ効果があるものになるかわからないが、役に立つかも知れないと思えるものは数多く用意しておくのが彼女のやり方なのだ。

彼女の書いたシナリオに従って演じてもらうのだが、マーナとレクスは面白がってすすんで協力してくれた。

ヒュースはバカバカしいと言いながらも付き合ってくれて、最後には真に迫る()()を見せたのだった。

おかげでエリン家が全員でベルティストン家をペテンに掛けようとしているなどと()()ハイレインでもそう簡単に見破ることはできないだろうというクオリティにまで仕上がっていた。

そしてマーナたちの協力に対しての労いの意味とアフトクラトル・キオン双方の近界民(ネイバー)たち親睦も兼ねたレクリエーションを企画し、そちらの準備も極秘に進めていて26日に決行することになっている。

幸い天気予報では降水確率0%の晴れとなっているから、こちらのツグミの計画は間違いなく成功するはずである。

 

 

◆◆◆

 

 

遠征に参加することになった隊員たちはそれぞれ個人単位の旅支度を急がなければならない。

なにしろ行き先は近界(ネイバーフッド)であり、国内旅行のように足りないものがあったらコンビニで購入するなどということはできない。

また持ち込める私物の量も限られていて、本部から支給された大型のスーツケーツに入る分だけの私物しか持ち込めず、何をどれだけ持っていくかは個人の判断に任されている。

旧ボーダーのメンバーですら経験したことのない長期に渡る遠征であるから参考になるような情報・手がかりがないだけではなく、なによりも遠征計画自体が出発日は決まったものの帰着日は未定なのである。

順調に任務を遂行できたとしても往復にかかる時間を含めて3週間以上はかかるはずで、場合によってはひと月以上の長丁場となる。

それを踏まえて1週間の閉鎖環境滞在訓練を行ったのだから、常識のある人間なら何を持って行き、何を諦めるのかはわかるはずなのだがそう簡単なものではないようだ。

個人によって必要なものと不要なものの基準が違うし、修学旅行のようにトランプなどのゲームや使用できないスマホ・携帯電話、Hなグラビア写真の載っている雑誌などをこっそり持ち込もうとしている者などいろいろであった。

 

 

一方、ボーダー側で用意すべきものはたくさんある。

遠征で絶対に欠かせないのは水と食料で、遠征中の30人もの人間のための食料となれば量は半端なものではない。

艇の中に本格的な厨房を用意するだけのスペースはなく、従って電子レンジや湯煎で温めるくらいしか手をかけられないのでレトルト食品や缶詰などをメインとして足りない栄養素はサプリメントで補うしかなさそうだ。

途中で立ち寄る国で手に入れるという手もあるが、ツグミたちが事前に調査したところ国内での物資の不足や治安が悪い等の理由で難しいという結果が出ている。

不可能ではないが国交のない玄界(ミデン)から大型の艇でトリガー使いたちが大勢やって来て物資の調達をしようとすれば現地の人間とのトラブルは避けられないだろう。

アフトクラトルでの戦いの前に無用な戦闘は絶対に避けなければならず、よって近界(ネイバーフッド)での補給は期待できないものとして計画を立てるしかない。

そこで約40日間の近界(ネイバーフッド)の旅を無事に終えたツグミたちの経験が生きてくることになる。

ツグミは遠征本隊のために役立つだろうと考えて、旅の間ずっと自らの身体を使っていくつかの実験を行っていた。

SF作品の定番といえる技術のひとつに「長期冷凍睡眠(コールドスリープ)」というものがある。

リスやクマなど一部の哺乳類は「冬眠」という低代謝状態に入ることで基礎代謝が正常時の1~25%にまで低下し、エネルギー消費を節約することで冬期や飢餓を乗り越え、そして食料を得られる春になれば目覚めて活動を再開できる。

このシステムが人間に応用できれば非常に便利だ。

実際に宇宙旅行で火星へ行くだけでも半年近くかかるとされていて、人類が広い宇宙を旅することになった時にはコールドスリープは必須の技術だと考えられている。

身体の代謝活動を大幅に遅くする、または完全に停止させるという技術があれば、移動や滞在時間の長期化問題、健康上の懸念、宇宙船のサイズ問題、供給の割り当て問題、など宇宙探査に関わる多くの問題を軽減することができるということで、人間の身体を安全に冬眠状態へ導き、適切な時期に身体を損傷させることなく戻すという方法がいくつかの機関で積極的に研究されている。

まだ実用化されていない技術であるが実際に冬眠を行う霊長類は見付かっており、人間が冬眠できる可能性も十分にあると考えられているのだが、冬眠そのもののメカニズムが良くわかっていないため現時点では冬眠の臨床応用は実現できていない。

そこでツグミが考えたのが生身の身体とトリオン体を置き換えることである。

遊真の生身の身体は瀕死の状態になっているが、それをトリオン体のボディに置き換えて普段の生活をしていて、生身の身体はトリガーに収納することで延命措置をしている。

トリオン体で生活することによって生身の身体の代謝活動を低下させると生身の身体が「冬眠」と同じような状態になるわけで、その分の食料を減らすことができるはずなのだ。

しかし遊真が24時間ずっとトリオン体でいられるのは(ブラック)トリガーだから可能なことであると考えられ、ノーマルトリガーで同様のことができるかどうかはわからない。

トリオン体は身体能力が生身の状態よりも大幅に強化されるという点で非常に便利なものだが、トリガーやトリオンの技術に関しては不明な点がまだ多いため近界民(ネイバー)との戦闘や訓練時のみの使用と限定されているのだ。

ツグミは近界(ネイバーフッド)の旅の間、生身とトリオン体の身体を交互に置き換えて生活をしていた。

トリオン体で過ごす時間を1日8時間から始めて徐々にトリオン体でいる時間を増やしていき、生身の身体に戻った時には必ず体温や血圧などのチェックをして体調に問題が起きないかどうかの「人体実験」を行った。

その結果、トリオン体でいる時間が1日16時間を超えると生身の身体に不調を生じることがわかった。

不調といっても換装を解いた時に違和感を覚えるくらいであるから健康上特に問題はないと思われる。

もちろん被検体がツグミひとりだけではデータとしては不十分であるが、実際に彼女は通常よりも食事の量を減らしても日常生活に支障はなかったのだから他の隊員でも試してみる価値はあるだろう。

ただしトリオン体の状態で食事をしても満腹中枢が刺激されないので逆に食事の量が増えてしまうことになるため、食事はトリオン体に換装する前に行わなければ逆効果となるのだが。

またトリオン体で過ごす時間を増やすことで生身の身体の衛生状態を保つ役目も果たせる。

遠征艇の中にはシャワールームは完備されているものの水は貴重品であり、途中で立ち寄る国で川の水を汲むということで補給はできるが、それが予定どおりにできても自由に使えるというものではない。

ツグミたちも往路は旧式な小型艇であったから積み込める水の量には限界があり、経由地で水を補給すると同時に川で水浴びをしてシャワーの代わりにしていたくらいだ。

トイレの水もシャワーで使用した水を再利用しており、節水に関しては徹底したものであった。

遠征計画ではこうしたツグミたちの経験を活かして水の使用量についても綿密な計算がされた結果、シャワーを使用するのはひとり当たり3日に1回でそれも1回につき50リットルまでとされた。

トリオン体で過ごす時間を増やして生身の身体が汚れにくくすれば3日に1回でも健康上はまったく問題がないということだから、そうなると衣類の洗濯の量も減らすことができ、洗濯に使用する水と各自で用意する着替えの量も減らせるというものだ。

さらにこの遠征で30人の追加データを取ることができれば今後行われることになる遠征においても有益なものとなるだろう。

ツグミの40日にもおよぶ近界(ネイバーフッド)の旅と遠征艇内での長期滞在経験は()()すべて正確に日誌として記録し、それを城戸に報告書と共に提出してある。

それを生かすも殺すも城戸の判断ひとつで、今の彼であればツグミの記したデータを最も上手く使うことができるはずだ。

 

 

◆◆◆

 

 

大規模侵攻の後の記者会見で修がC級隊員救出のための遠征を行うことを公言してしまってから約4ヶ月、遠征計画が本格的に始動して参加するメンバーの訓練が行われるようになって約2ヶ月が経つ。

さらわれたC級隊員の家族や友人にしてみればこの4ヶ月はとても長かっただろうが、遠征に参加する隊員たちだけでなく彼らのバックアップをする隊員・職員たち、そして上層部のメンバーにとってはあっという間であったはずだ。

特に「敵国」アフトクラトルへ赴くというボーダーにとって初めての()()()()()()であるから、様々な準備もその多くが初めてのものである。

手がかりの少ない状態での準備であったから完璧なものとは言い難い。

そのフォローをするのがツグミとゼノン隊による別働隊の行動によって得られた情報で、さらにアフトクラトルにおけるC級隊員救出のための下準備もすでに行われている。

そのことを遠征本隊メンバーは知らないが、事情を知っている忍田、迅、ヒュースが本隊にいるから心配はいらないはずだ。

なによりもヒュースとエリン家の人間を協力者にできたことはこの遠征の成功の確率を大幅に上げることになるのだが、そのことはまだ公にはできずにいる。

この遠征が成功裏に終わればその時にはすべてが明らかにされるだろうが、まだ迅の未来視(サイドエフェクト)でもわからずにいた。

それだけ不確定な要素がたくさんあり、ツグミたちの工作もまだ十分とは言えないということだ。

その不確定な要素を可能な限り減らしていき、成功に繋げるために思いつくことは全部試してきて、その多くは満足いく結果になっているのだが足りない部分があることは間違いない。

あとは本隊よりも先発して「仕上げ」をするしかなく、そのために必要な「道具」も発注された。

その道具の中には善良な民間人が手に入れることは絶対にできないものも含まれていたが、唐沢の前職のツテや他界してもなお様々な分野に影響力を及ぼしているツグミの祖父・故霧科文蔵の力があればそう難しいことではない。

ツグミが城戸に「欲しいものリスト」を提出した時、そのリストに載っているいくつか品名を見た城戸は普段のしかめっ面をさらに顰めて「戦争でも始めるのか?」と訊いたくらいのシロモノである。

そしてツグミはしれっとした顔で「もちろんです」と答えたのだが、その翌日には手配されてすでにキオンの遠征艇の中にその「物騒なもの」は積み込まれている。

もちろん使用方法は()()()()()()()()()()()()()()()からレクチャーを受けており、使い方を間違わなければ良い結果を生み出すことだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

ホーダーの記者会見場は新聞記者や雑誌記者及びテレビ局の撮影スタップなどの関係者以外は立ち入り禁止で、基本的には市民には公開されていない。

そして会見の様子はテレビ放映されるが、それはすべて録画したものを編集して流すということになっている。

しかし今回の会見は大規模侵攻の時のような「事後報告」ではなく、ほぼ人類未踏と言ってもいい近界(ネイバーフッド)への遠征の事前説明会であり、それも近界民(ネイバー)にさらわれた隊員を救出する目的であるから注目されるのは当然だ。

よって今回の会見は前例のない生放送をされることになった。

日曜日の午後3時からということで、自宅のテレビや繁華街の街頭モニターで会見の様子を見守る市民が大勢いることだろう。

生放送であるから失言や暴言があっても編集はできずにそのまま流れて放送事故ということにもなりかねないということで、根付によって作られた「台本」には質疑応答についての模範解答が載っており、参加者全員がそれを暗記させられている。

中でも修は前回の大規模侵攻後の記者会見でとんでもない発言をしてしまったことから、根付によって余計なことを言わないよう釘を刺されていた。

当日は開始時間の2時間前に集合させられ、リハーサルまで行われる始末だ。

遠征自体が絶対に失敗を許されない一大プロジェクトであり、この記者会見も失敗はできないことなのだから。

 

 

ツグミたちはその記者会見の様子をテレビで視聴することになっていて、ちょうどおやつの時間でもあるので「いいとこのどら焼き」を人数分用意してある。

記者会見の中継を一番楽しみにしているのがレクスである。

なにしろヒュースがテレビに出るのだから当然だ。

テレビというものがアフトクラトルにはない玄界(ミデン)の庶民の娯楽のひとつで、そのテレビに知った人間が出るとなれば近界民(ネイバー)でなくともワクワクするに決まっている。

いちおうボーダーの防衛隊員の中で唯一の外国人ということになっており、記者会見でも彼が注目を浴びるのは間違いない。

当初は全員ではなく代表者数人が城戸たち上層部のメンバーと同席するだけという案もあったのだが、話し合った結果参加者は全員参加することに決まったものだから、ヒュースも強制的に会見の場に引っ張り出されることとなったのだった。

ミーティングルームに集まったツグミと5人の近界民(ネイバー)たちは放送開始時間を()()()()()()()()待っていた。

 

 

 

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