ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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307話

 

 

ツグミたちの乗った艇は前回と同じくメノエイデスの首都から約10キロ離れた森の中に停泊した。

するとまもなくウェルスがやって来て、ツグミたちを出迎えてくれた。

 

「ウェルスさん、約束どおりにボーダーの最高責任者から親書を預かってきました。これをそちらの最高司令官殿にお渡しください」

 

ツグミはそう言って城戸からの親書をウェルスに手渡した。

前回の旅では復路でもメノエイデスに立ち寄り、彼女はウェルスと密約を交わしていた。

近いうちにボーダーがアフトクラトルに向けて大規模な遠征を行うことになっていて、その際にトラブルが発生しないように前もって軍の上層部に話をしておいてくれとツグミはウェルスに頼んでおいたのだ。

かつてボーダーはメノエイデスの軍の上層部の一部の人間と繋がりがあって技術や情報の交換をしていた。

しかしメノエイデスが第三国と交戦状態になった時、ボーダーの遠征部隊は事情を知らない軍の兵士たちの攻撃を受けたのだった。

その際にボーダー側も防衛のために武器(トリガー)を使用、お互いに必要のない戦闘を行ってしまったことで双方の関係は悪化した。

現在はボーダーの人間が遠征の途中で入国してもメノエイデスの軍部は黙殺している状態だ。

ここで関係を元に戻すのではなく進展させて良好なものとすればボーダー側は遠征の際に補給基地として立ち寄ることができるようになる。

メノエイデス側も不可抗力とはいえ敵対する意思のないボーダーに攻撃を仕掛けてしまった負い目があるから、ボーダー側から和解の申し出があれば喜んで受け入れるはず。

ウェルスが軍の上層部に顔が利くことを知ったツグミが城戸を説得して和解のための親書を()()携えて再度訪問すると約束をしていて、その約束を守ったということになる。

 

「上官には話は通してある。この親書は必ず最高司令官の元へ届くよう手配しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「いや、元はといえばこちらに非はある。知らなかったこととはいえ、俺たちメノエイデスの人間がこのような関係にしてしまったのだからな。それなのに玄界(ミデン)の人間は和解しようと手を差し伸べてくれたのだ、握り返さないなどありえない。ただしきみの仲間たちがここへやって来るまでに良い返事ができるかどうか保証はできないのだが」

 

「それは仕方がありません。5日後にやって来る遠征部隊本隊に対して警戒せずにいてもらえたら今はそれで十分です。なにしろ大型の艇で大勢のトリガー使いがやって来ます。それを敵襲だと思われて戦闘状態になることはお互いに避けなければなりません。双方に戦う理由はないのですから。またアフトクラトルからの復路で立ち寄ることになりますがそれがいつになるかはまだ決まっていません。それまで時間がありますから、その時に良いお返事をいただけたら幸いです」

 

「わかった、善処しよう。…それにしてもきみたちはあのアフトクラトルを相手に戦争をしようというんだからたまげたものだよ」

 

ウェルスが感心しているというよりも呆れたかのような顔で言う。

するとツグミは大きく首を横に振った。

 

「戦争をするつもりなんてありませんよ。遠征の目的はさらわれた隊員を救出することで、戦わずに済むようにいろいろ手を回しているくらいですから。もちろん戦わなければならない状態になれば戦いますけど、敵の本拠地での戦闘ですから正面から戦えば勝ち目はほぼありません。それにアフトクラトルといっても敵は四大領主のひとつベルティストン家だけで、他の連中とは一切関わりはありませんから残る3つの領主たちが見て見ぬふりをしてくれたらありがたいです。まあ、ベルティストン家が弱体すれば残りの領主たちにとっては好都合ですので、救援の手を差し伸べることはないでしょう。…しかし逆に手を貸すことでベルティストン家に恩を売るということもありえます。そうなると非常に面倒なことになりますので、戦うことになるのであれば救援が来る前に速攻で終わらせるしかありません」

 

「その顔だと自信があるみたいだな?」

 

「ベルティストン家の内部から崩していく方法を進めていて、かなり良い手応えがありますから不安はありません。相手は近界民(ネイバー)ですけど、あなたと同じくわたしの友人です。彼らが協力をしてくれるというのですから、彼らを信じて武器(トリガー)を使わない戦いをするだけです」

 

武器(トリガー)を使わない戦い…か。単純に武力を行使してどちらが優勢か決める方が手っ取り早いが、お互いに残る傷痕は大きいものになる。だが対話ならお互いに納得すれば勝ち負けすら重要ではなく傷痕も残らない。きみと行動を共にしているあの近界民(ネイバー)たちの素性については詮索しないが、きっときみが武器(トリガー)を使わない戦いによって手を結ぶことになったんだろうな」

 

艇の中からダンボール箱を運び出しているテオの姿を目で追いながらウェルスが言う。

 

「最悪の出会いでしたけど、彼らの人柄やわたしへの接し方が非常に紳士的であったものですから、こちらも同様に誠意をもって交渉をしました。本来なら敵となるはずの国の人間でしたから、こうして友好的な関係を結ぶことでマイナスをゼロにしただけでなくプラスへと変えることができました。いずれは友好国として交流を深めたいと考えています」

 

「我がメノエイデスも玄界(ミデン)の友好国となれば以前よりも深い民間レベル交流ができるようになるだろうな」

 

「わたしもそうなるよう願っています」

 

同盟国ということになればかつてのように無関係な近界(ネイバーフッド)の戦争に巻き込まれてボーダー隊員に犠牲が生じる恐れがある。

そこで単に友好国とし、ルールを作った上で適度な交流をしてお互いの利益になる関係を結びたいというのがツグミの考えで、ボーダーが遠征をする場合の経由地となるメノエイデスで物資の補給が可能となれば非常にありがたい。

メノエイデス側にメリットはなさそうだが、玄界(ミデン)には近界(ネイバーフッド)にはない「庶民レベルで喜びそうなもの」がたくさんあるから技術の軍事転用ができないレベルでの提供をするという方法がある。

このメノエイデスでのケースが成功すれば他の近界(ネイバーフッド)の国々でも同様に友好国を増やしていき、戦争をしなくても豊かな生活が保証される世界を広めたいというツグミの「野望」の第一歩になるだろう。

他人のことに興味のない彼女だが、近界(ネイバーフッド)で戦争が減るようになれば近界民(ネイバー)が三門市にやって来て市民をさらうこともなくなり、それはすなわちボーダーの存在価値を多くの人間に知らしめることになり、彼女にとって自分の居場所がなくなる心配が不要となることにもなる。

ボーダー(自分の居場所)」が確保されているのなら近界(ネイバーフッド)のどこにいたとしても怖くはないと思う彼女が自分の足元を盤石なものにしようと働きかけている()()なのだ。

それを周囲の人間が働きすぎだの無茶をするだのといろいろ言うが、本人にとっては自分のために自分のできることをごく当たり前にしているだけなので走り続けてしまう。

ゴールの見えない長距離走であるというのに、ツグミは短距離選手のように初めから全力で走ってしまう。

彼女の進む先はまだ定まっていないし、いくつもの不確定要素が複雑に絡み合っているために迅にもまだ彼女の未来は視えずにいる。

おまけに彼女の人生を左右する重大な選択肢が目の前に迫っているというのに、そのことを相談するのが恋人の迅でも父親の忍田でもない。

城戸に相談したことはいずれ迅と忍田も知ることになるのだが、ツグミ本人が打ち明けるのか城戸から聞かされるのかによって未来は変わる。

今はまだアフトクラトル遠征を成功させることに専念しているからエウクラートンの件は先送りにしているものの遠征が無事に終了すれば直ちに答えを出さなければならない重大な課題で、エウクラートンでは多くの国民が新女王の就任を心から願っているとなれば無責任なマネはできないのだ。

 

ツグミは目の前にいるウェルスと会話をしながらも頭の中で考えているのはずっと先を見通した「未来」のことであった。

彼女は自分の前に立ちふさがる困難を「壁」とは考えずに「山」と考えていて、「壁を乗り越えるのではなく山の頂上まで登る」なので、登り切った時に山頂から見える風景は遥か先まで広がっている。

山が高ければ高いほど遠くまで見えるものだから、彼女は誰にも想像のできないようなことまで()()()()()見えてしまう。

アフトクラトル遠征というこれまでに経験したことのない高い「山」を登り切ってしまえばそこからはきっと今までに見えなかった景色が見えることだろう。

今まで知らなかった近界(ネイバーフッド)の現実や可能性が見えたなら、いずれ彼女が選ばなければならない自分自身の未来のためにも役に立つはずだ。

 

 

「ところで出立はいつになるんだ?」

 

ウェルスがツグミに訊く。

 

「どういうことですか?」

 

「時間があるようならぜひ我が家に招待したいんだ。前回は早く玄界(ミデン)に帰りたいということで何もおもてなしができなかった。エカもきみに会いたがっているし、どうだろう?」

 

時間は押し迫っているがツグミにはウェルスの申し出を再度断るという非礼なマネはできない。

友人に対してはそれが近界民(ネイバー)であるとかないとかはまったく関係ないのだから。

しかし自分だけが招かれるということはできず、ゼノンたちのことを考えると即答は難しい。

すると彼女の迷いを察したのか、ウェルスが言う。

 

「もちろんきみの友人たちも招待するよ。彼らがどこの国の人間かなんて詮索する気はない。今の俺はメノエイデスの軍人だが、きみたちを招待する俺はウェルスという個人であって俺はきみだけでなく彼らとも友人になれたら嬉しいと思っているんだ。彼らが嫌だというのなら仕方がないが、この招待を承諾してくれるのなら彼らの正体には一切触れないことを誓うよ」

 

メノエイデスとキオンの間には現在のところ交流はない。

敵対関係も友好関係もないという中立的な立場…というよりもキオンにとってメノエイデスが利用価値のない小国であるから関わりを持っていないだけなのだが。

ゼノンたちとウェルスはお互いに軍属である以上は軽率に関わることはできない。

しかしお互いが軍人という身分を一時的に外して一個人となれば問題はなかろう。

つまりバレなければ本人たちの気持ち次第ということだ。

 

「わかりました。本人たちに確認をとってきます」

 

艇から荷物を運び出しているテオに駆け寄ると、ツグミはウェルスの招待のことを話した。

テオは自分だけの判断で答えを出すわけにはいかないと艇内にいるゼノンとリヌスの元へと走って行き、すぐに満面の笑みを浮かべて戻って来た。

 

「時間のロスについては航行しながらトリオン抽出をすれば回復できるだろうって。だから隊長とリヌスも招待を心から喜んでお受けしますってさ」

 

「わかった。じゃあ、ウェルスさんに伝えてくるわね」

 

これは非公式であり民間レベルだがキオンとメノエイデス両国にとって初めての交流となる。

これはツグミにとっても想定外のことで、彼女とゼノンたち3人は徒歩でウェルスの家へと向かった。

 

 

 

 

ウェルスの家族は彼の祖父と両親と妹のエカの5人で、人口が100人にも満たない小さな町のはずれに住んでいる。

ごく普通の農村のようだが、彼の家から50メートルくらい離れた場所に住宅とは違う小屋らしきものがあって、どうやらそこが彼の「仕事場」らしい。

軍の機密だから話はしてくれないが、この中に他所の国からの侵入者を発見できる装置があって、ツグミたちのような非公式の入国者をいち早く発見して対処するのがウェルスの任務なのではないかとツグミは想像した。

そうであればツグミたちが入国したタイミングですぐに彼が現れたのも辻褄が合う。

たぶん国内のいくつかの場所に同様の施設があり、その地に住む軍人に管理を任せているにちがいないという結論となった。

別にそれが正解か不正解かは関係なく、毎回同じ場所に(ゲート)を開いて入国すればすぐにウェルスと接触できるということが重要なのである。

後からやって来る遠征部隊本隊とメノイエデスの軍がトラブルを起こさないためにはウェルスの存在は欠かせないからだ。

現在は国交のない状態であるからボーダーの遠征部隊は「密入国者」となり、正式に友好国としての盟約を結ぶまではこの状態が続くわけだから、両者の間にウェルスが入ることで無用なトラブルを回避できるというもの。

メノエイデスという国は近界(ネイバーフッド)の他の国へ赴く際の経由地となる国であるというだけでなく、今後のボーダーが近界(ネイバーフッド)の国々と交流していく上で重要な基地になるとツグミは考えている。

 

(この国はキオンのような軍事国家でもないし、エウクラートンのような農業を中心とした主産業があるわけでもない。これまで見たいくつかの国と同じく少数の国民を辛うじて養っていくだけの国力しかないどちらかというと貧しい国のひとつ。たぶん(マザー)トリガーの力が弱いから国土と国民の生活の維持にギリギリなんだろう。だから力のある国に従属させられることもなく戦争も滅多にないけど、まったくの無防備というわけにはいかないから軍事にもトリオンを供給するしかない。アフトクラトルは神を厳選することで(マザー)トリガーを強大なものにして、国土と国民の生活は一定レベルで保っていながら、残るトリオンは全部軍事に投入しているから戦争を仕掛けて次々に従属国を増やしていき、近界(ネイバーフッド)の覇権を狙っている。すべてをトリオンに委ねている文明だから(マザー)トリガーと生贄にされる人間のトリオン能力がその国の命運を左右することになってしまう。国土の維持にはトリオンは不可欠だけど、国民の生活がトリオンに頼らずに済むようになればもっと豊かになるはず。この国は玄界(ミデン)に近いし、自然環境や国民のヒューマニティも実験場としては最適。今はまだ無理だけど落ち着いたら機材を持ち込んで実験をしてみたいな。こういう時、城戸司令直属でS級隊員という肩書きが役に立ってくるのよね~)

 

近界(ネイバーフッド)の国々と行き来するにはボーダーの人間でなければ不可能だが、ボーダーの人間だからと言って自由に行くことができるものではない。

防衛隊員はA級B級に関わらず三門市防衛という絶対的な命題があって、支部の所属であっても本部で作成したスケジュールに従って任務を行っている。

だから個人が「近界(ネイバーフッド)へ行きたい」と言ってもそう簡単に行くことができるものではないし、そもそも物理的に不可能というもの。

今回アフトクラトル遠征のように必要に迫られてというのなら別だが、以前のように新しい武器(トリガー)を手に入れるためというような理由での遠征は1年に1回あるかないかだ。

遠征1回に関わる経費は莫大なものであり、それに見合う結果が出なければそう安易に遠征計画は立てられない。

ところがツグミの場合はS級であるから通常の市内巡回等の防衛任務のスケジュールには組み込まれないし、城戸の直属ということは彼女自身が彼と直接話ができる立場にあった。

さらにゼノンたちはキオンのテスタ・スカルキ総統から下された「ボーダーに協力しろ」という命令に従っていて、それを撤回する命令があるまではツグミと行動を共にできるわけで、近界(ネイバーフッド)への渡航の手段は確保できている。

彼女の計画に費やされる経費はボーダーの遠征1回分に比べたらわずか数パーセントで、成功すればボーダーにとって新しい武器(トリガー)を入手する以上の効果を生み出せるはずだ。

あとは城戸を納得させるだけの理由があればいい。

ツグミがミリアムの(ブラック)トリガーの所有者となった時にはS級の()()を利用する気などなかったが、今となっては最大限に有効活用させてもらう気満々だ。

 

 

 

 

ツグミたちはウェルスの家族に歓迎された。

突然の訪問である上に客人が見ず知らずの異世界から来た人間である。

それなのに嫌な顔ひとつせず、むしろ遠くに住む友人が久しぶりに訪ねて来てくれたかのように嬉しそうな表情でツグミのことを迎えてくれたのだ。

それは彼女がウェルスの恩人であるということもあるが、メノエイデスの人間が非常にフレンドリーで物怖じしない性格だからであろう。

もちろん個人差はあるだろうが、ウェルスが信用して家まで連れて来るくらいなのだから最上級の歓迎をしようという気持ちになるのは自然なことだ。

しかし歓待するといっても4人もの人間が突然やって来たのだから準備などできているはずもなく、ウェルスの母親は申し訳なさそうな顔で粗末な根菜スープとライ麦パンのような黒っぽいパンを出してくれた。

ゼノンたちにとっては下級市民の食事として当然のメニューであるから気にはならないが、玄界(ミデン)育ちのツグミにとっては中世ヨーロッパの時代にタイムスリップしたかのような貧しい庶民の暮らしなど経験したことはないから少々戸惑ってしまう。

スープの味付けは鶏ダシの塩味なのだが非常に薄くて、辛うじて味が付いているというレベルだ。

お世辞にも客人にご馳走する料理とは言えないものだが、これがこの国の現実なのである。

 

近界民(ネイバー)だって人間だから生きていく上で塩分は必要。でも近界(ネイバーフッド)では海のない国が多いから海塩を産出する国からの輸入がほとんどで、それも高価なものとされている。庶民にとっては必要不可欠なものだけど、それが手に入りにくい価格だから料理にもほんの少ししか使えないんだ。…でも素材の野菜の品質は悪くない。玄界(ミデン)のものとほとんど同じ種類だけど、味が濃い気がする。スープの味付けが薄味でも人参や玉ねぎから出る甘味がそれをカバーしているから十分食べられる。スーパーで買った量販品の野菜というよりも家庭菜園で手をかけて作った野菜を食べているみたい。ううん、きっとこれが本当の野菜の味なんだ…)

 

食事を終えるとツグミの土産であるインスタントコーヒー ── 今度はウェルスの好きな銘柄のものを用意した ── とココアを淹れて談笑をした。

近界(ネイバーフッド)では庶民が手軽に手に入れることのできる嗜好品はほとんどない。

それにインスタントコーヒーや紅茶のティーバックなどは品物そのものが存在しないから、貴族であっても入手は不可能。

そこでツグミは城戸の親書と一緒にこうした嗜好品を何種類か持って来ており、それをウェルスに託すことにしていた。

誰であっても珍しい手土産付きで和解の申し出をされたら断りづらいというもので、ウェルスが早く手を打ってくれたら後からやって来る遠征部隊本隊にいろいろ便宜を図ってくれるかもしれないと考えているのだ。

 

 

ツグミたちはウェルスとその家族による質素でありながらも心のこもったおもてなしを受け、予定よりも4時間ほど遅れてメノエイデスを出発した。

 

 

 

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