ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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309話

 

 

ディルクは城郭都市全体の地図をテーブルの上に広げると、赤色のペンを手に説明を始めた。

 

「ここがベルティストン家の本拠地です。地上部分はハイレインたちの居住部分ですが、地下は軍事施設となっています。この城郭都市全域はもちろん、ここを中心として半径約5000メートルの範囲内を常に監視しています」

 

ディルクがベルティストン家の居城に丸を付けると、そこから東に約400メートル離れた建物にも同様に丸を付ける。

 

「ここがヴィザ翁の住む屋敷です。彼は貴族ではありませんがトリガー使いとして数々の功績を挙げてきましたから準貴族として扱われていて、このような広い敷地に屋敷を与えられています。この屋敷の北東側に廃業して空き家となっていた宿屋があり、数か月前に改装しています。そしてその家に何人かの少年少女が暮らしている姿を私の家臣の何人かが確認しています。彼らは明らかにアフトクラトルの人間ではないそうです」

 

「それが32人の訓練生の中で(ブレード)トリガー使いの14人でしょう。残る弾丸トリガー使い18人は別の場所で暮らしていて、使()()()になるよう訓練をさせられている、と」

 

「はい。彼らはここにいる可能性が高いと考えています」

 

ディルクの指さす先は城郭都市の北西の一角にある街の中で最も広い敷地を持つ幼年学校である。

玄界(ミデン)の標準的な中学校くらいの面積の敷地に校舎や校庭、寮の建物などが建てられている。

そこはツグミも怪しいと睨んでいた場所で、どうやらその勘は当たっていたようだ。

 

「本人たちを確認したわけではありませんが、以前には使用されていなかった寮の部屋に夜になると明かりがついているのを見ましたし、食堂に食品を納入している商人が納入量の増加を喜んでいるということを耳にしました。少なくとも幼年学校で寮生活をする生徒の数が増えたことは間違いありません。中に潜入しなければさらわれた玄界(ミデン)の子供たちかどうか確認できていない状態です。中に入ることができれば目視で確認できるかもしれませんが、完全な寮生活を行う学校の中へは特別な理由でもなければ関係者以外は立ち入ることは難しい。そこでヒュースが殉職したということになっていますから、私は新たな養子となる優秀な少年を探すためにという理由で見学に行こうかと考えています」

 

「あなたが表立って動くのは危険です。新たな養子という理由はもっともらしくて良いアイデアだと思いますが、あなたが危険な目に遭う必要はありません」

 

時期が時期であるからディルクがボーダーの遠征と関わりを疑われるような動きは厳禁だ。

ヒュースが捕虜になっているのだから、彼が口を割らなくてもボーダーとエリン家に繋がりができてしまったのは紛れもなく、ボーダーが遠征の際にディルクを利用しないとも限らない。

だからハイレインは次期神候補としてだけでなくディルクのことを要注意人物として警戒しているだろう。

そんな状況でディルクが妙な動きを見せれば彼の立場ばますます危ういものとなる。

ツグミにとってC級隊員救出は最優先であるが、だからといってディルクとその家族を危険に晒すようなことをすれば人道に悖ると言うものだ。

 

「彼らの屋外での訓練時間がわかれば中を探る手段はありますから無理しないでください」

 

「中を探るといっても幼年学校の敷地は高い塀で囲まれていて通行人が中を見ることは不可能ですよ」

 

「そういう時のための道具を用意してあります。近界(ネイバーフッド)のトリオンとトリガーに関する技術は玄界(ミデン)のものよりも優れていますけど、玄界(ミデン)はトリオンに頼らない技術が進んでいるんです。だから玄界(ミデン)では一般人でも簡単に手に入れることができて近界(ネイバーフッド)には存在しない道具を使うことで敵の裏をかくことができるというもの。C級隊員の居場所については目処がついただけでも搜索の時間が短縮できます。ありがとうございました」

 

そう言ってツグミは頭を下げた。

 

「礼には及びません。次に何をお話しましょうか?」

 

するとツグミは身を乗り出して訊いた。

 

「前回お渡しした写真の自律型トリオン兵について何か情報があれば教えてください」

 

自律型トリオン兵とはもちろんレプリカのことである。

大規模侵攻の幕を下ろすべく自らの身を犠牲にしたレプリカの半身はハイレインたちの遠征艇に乗せられてアフトクラトルへ連れて来られたはずで、その行方がわかれば遊真とレプリカを再会させることができるかもしれない。

そこでディルクがベルティストン家に仕える技術者(エンジニア)に知人がいるという話を知り、ツグミは探りを入れてもらっていたのだ。

 

「それはベルティストン家の居城の地下基地内にある開発室に保管されているということです。その特徴からトロポイで作られた自律型トリオン兵と思われますが、この国にはそれを修理して再起動できる技術者はおりません。知人の技術者も武器(トリガー)開発専門ですのでトリオン兵については門外漢だということで手の出しようがないらしいです。本気で修理をして使うつもりならトロポイの技術者に依頼するしかありませんが、我が国とトロポイの間には国交がないですから現在は保留…となっています。まあ、トロポイという国の場所すらわからないのですから国交も何もないわけですけど」

 

「修理はともかく取り返すだけでも敵の本拠地の奥深くまで潜入しなければならないということですね…。まあ、これは想定内のことですからあまりガッカリはしません。でもレプリカの居場所は判明したわけですし、取り返すのも不可能ではありませんからゆっくりと考えてみます」

 

とはいえあまり時間をかけてもいられないということはツグミもわかっている。

しかしこの情報は修たちに知られると無茶をしそうであるから、今のところはここにいるメンバーだけの秘密にしておいた方が良いだろう。

 

「最後に現在のこの国の状況についてお話しましょう。この情報がボーダーのみなさんのお役に立てるかどうかはわかりませんが」

 

ディルクはそう前置きをしてから話を始めた。

 

「ある程度まではご存知でしょうが、アフトクラトルは『神』の寿命がまもなく尽きようとしています。(マザー)トリガーの衰退によって国内の様々なところに影響が出始めており、国民にも少しずつですが不安が広まりつつあるようです。太陽の勢いが衰え始めたことで天候不順が起き、日照量が減っただけでなく降雨量も減っています。今後は気温の低下や地面の乾燥化などが顕著になり、そう遠くない未来に太陽はアフトクラトルの大地よりも先にその寿命を終えることになるでしょう」

 

「そうなると国民の生命維持にも大きな支障が出て、このままでは国が滅びてしまいますね」

 

「そのとおり。よって早く新たな神を選んで(マザー)トリガーの力を復活させなければなりませんが、この国は神を厳選することによって国力を維持し続けてきました。ですから誰でも良いというわけにはいきません。特に四大領主と呼ばれる4つの貴族が王の座を狙っていて、現在の王であるコヴェリ家の当主は他の3つの貴族たちに呼びかけて約100日後に『神選び』を行い、そこで次の神を決めることになっています。どの貴族たちもまだ神候補は見付かっていないようですが、『神選び』はこれ以上先延ばしできませんので()()のトリオン能力者の中から選ぶことになる可能性が高いです。ベルティストン家にとっての()()がこの私なのですけどね」

 

ディルクは苦笑しながら続けた。

 

「だからこそハイレインは私を手放すことはできず、また戦争に駆り出して死なせることもできません。先般の玄界(ミデン)遠征に私が参加しなかったのもそのせいです。ボーダーの遠征部隊との戦闘となれば私は前線で戦わされることになるでしょうけど、そちらの方はすでに手を打ってありますから問題はなさそうです。ボーダーの敵にはならずに済むでしょうけど、この場合は戦闘の混乱に紛れて逃げ出せないよう、私はこの屋敷に軟禁されることになると思われます」

 

「はい。その場合は怪しまれないようにおとなしくしていてください。あなたが戦闘に加わらないことはそれだけでボーダーにとって有利に働くのですから。あなたはあくまでもベルティストン家の忠実な家臣でなければいけません。反旗を翻すような素振りさえなければ軟禁で済むでしょうけど、あなたがボーダーに組みしていると知られたら拘禁されるのは火を見るよりも明らかです」

 

「わかっています。私にとって一番重要なのはボーダーの遠征が成功することではなく、マーナとレクスとヒュースが戻って来てくれて一緒に穏やかな日々を過ごすことです。そのためにボーダーを利用させてもらっているのですから、自らを危険に晒すようなことはしませんよ」

 

「それを聞いて安心しました。あなたに何かあればわたしはヒュースに殺されちゃいますからね。少なくともこの遠征が終わるまでわたしは彼と戦いたくはありません。…ところで四大領主たちの勢力バランスについてはどうですか?」

 

「4つの家の勢力バランスは王家のコヴェリ家が頭ひとつ抜けている状態で、他の3つはほぼ横並びでした。しかしベルティストン家が玄界(ミデン)に手を出して大きな犠牲を払った割に収穫が少なかったことで、他家からは嘲笑の対象となり見下された感があります。ハイレインとしては雛鳥…つまりトリガー使いの予備軍を32人も捕まえたのだから大収穫だという言い分でしょうが、イルガーやラービットを含めたトリオン兵数千体を投入し、さらに(ブラック)トリガー4人もいて負け戦だったわけですからね。これでボーダーの遠征が成功してトリガー使いの少年少女を奪い返されたら目も当てられません。そうなったら『神選び』で勝って王になるしかありませんから、私の立場は非常にマズイことになります」

 

「私の立場は非常にマズイことになります」などと言いながらもディルクの顔に悲壮感はない。

むしろ楽しそうに見える。

 

「実を言いますと私よりもトリオン能力の高い人間がハイレインの周りには何人かいるのです。ランバネイン、ミラ、ヴィザ翁の3人はすべて私よりもトリオン能力は高いです。まあ、ヴィザ翁は高齢ですし国宝の星の杖(オルガノン)の使い手ですから除外し、残るはふたり。ですがこのふたりのどちらかを犠牲にすることもできず私が第1候補になっているのです。ハイレイン(あの男)のことですから私が使()()()()()()()場合のことも考えているでしょう。万が一の時にどんな判断をするか見ものですよ」

 

ガロプラのガトリンたちの破壊工作で延期になっているとはいえ、そう遠くはならない時期にボーダーの遠征が行われるのは間違いない。

次期神候補探しで国内がバラバラになっているこのタイミングでキオンによる侵攻があるとかないとか庶民の間でそんな噂話が広まっている。

そうなるとベルティストン家当主・ハイレインのストレスは溜まりに溜まっていることだろう。

些細なことでイライラして周囲の人間に当たり散らしてしまうものだから、それが原因でランバネインはベルティストン家の城を出て街中に小さな屋敷を借りてそこに住んでいる。

この兄弟の間に不協和音が生じるのはボーダーにとって好ましいことで、ちょっとした火種を放り込めば大爆発を起こすかもしれない。

ツグミはこのふたりの現在の状況を利用できないかと考え始めていた。

そのためにはもっと情報が必要である。

 

「そういえばマーナさんとレクスくんがいないことを怪しまれてはいませんか?」

 

「それについては問題ありません。マーナは病に伏せっているということにしていますし、レクスは元々屋敷に引きこもりがちで外にはあまり出ませんでしたからまったく怪しまれていませんよ。我が家の使用人や家臣たちは口が堅いですから、ふたりがこの屋敷にいないことがバレることはまずないでしょう」

 

「マーナさんが病気だということですと旦那様のディルクさんも心配で外出はなかなかできませんからね、ハイレインたちから身を守るためにも屋敷に引きこもっているのは最適解です。…それでマーナさんといろいろ話したところ、ちょっと良いことを思い付いてしまったんですけど聞いてもらえますか?」

 

ツグミが「良いこと」と言う場合は2種類あって、誰の目に見ても「良い」場合は何ら問題ないのだが、良い結果を求めるために彼女本人が少々無理をするものだから周囲の人間にとっては「良い」とは言えないものもある。

だから彼女のことを良く知っているゼノンたちは困ったといった顔をしている。

その様子からディルクはゼノンたちの心の内を察し、ひとまず話を聞く()()ということにした。

 

「はい、聞くだけ聞きましょう。危険なことでしたら反対しますよ」

 

「わかっています。この街での活動についてはあなたの判断に従うというお約束でしたからね。それで本題に入りますが、マーナさんには15歳の姪御さんがいらっしゃるそうで、その方とは今でも手紙のやり取りをするくらい親しいと聞いています」

 

「ああ。マーナの姉さんの娘で、名前をイデアという。…そういえばきみの新しい顔だが、なんとなく彼女に似ている気がする」

 

ディルクが不思議そうな顔をすると、ツグミはいたずらっぽい笑みを浮かべて答えた。

 

「やっと気が付きましたね。実は前回の顔がハイレインとランバネインに知られてしまいましたので、トリオン体のデータを書き換えてもらった時にマーナさんからイデアさんの容姿や性格、それ以外にも習慣や所作などアフトクラトルの女性について詳しく教えてもらっているんです。この姿なら街の中を歩いていてもわたしが玄界(ミデン)から来た間諜だなんて誰にも気付かれませんよ」

 

「つまりその姿で街の中を歩き回って情報収集をしようというのですね?」

 

「そうです。こちらの3人はその道のプロですけど全員男性ですからね。女性でないと入ることのできない場所ですとか、女同士だからこそ話せる内容もあります。そういった点でわたしはお役に立てるはずです」

 

素人がスパイのような真似をすることは無茶である。

しかしツグミの言い分には正当性があり、市場などで女性たちが集まって情報交換をしているところにゼノンたちは立ち入ることはできない。

キオンの諜報部隊には女性の諜報員もいるが、ゼノン隊は3人とも男性であるからその点では苦労している部分もあった。

ツグミが言うように女性だけのコミュニティに上手く入り込むことができれば情報収集の幅が広がるというもの。

それにハイレインたちと接触しなければ危険はないだろう。

 

「…あなたのことだからすでにそちらの3人は上手く丸め込んでいることでしょう。それに私がダメだと言っても形を変えて潜入調査をしようとするに決まっています。危ないことをしないと誓ってくれるなら、あなたのやりたいようにやってかまいません」

 

「そういってくれると思っていました」

 

そう言ってツグミは微笑んだ。

 

「では話を続けますね。わたしはエリン家の使用人、夫人の専属の侍女ということにして、彼女のために新鮮な果物や栄養のある野菜などを購入するために毎日市場に通うことにしましょう。そうして街の中を歩くことで市民の会話を聞いたり加わったりして情報収集をします。ベルティストン家の人間と関わりを持つのは危険だと承知していますから、連中の行きそうな場所は避けますし、姿を見かけたら最優先で逃げますからご安心を。名前は姪御さんの『イデア』をお借りしたいと思います。そういうことですので、これからわたしはこちらのお屋敷に住み込みということになります」

 

そして最後に付け加えた。

 

「どうぞよろしくお願いいたします、旦那様」

 

こうなったらディルクは苦笑するしかない。

 

(すべては彼女の書いた筋書き通りということか…。彼女と話をしているといつの間にか彼女の思うツボにはまってしまっている。こんなカンジでキオンやエウクラートンの首脳陣の懐に入り込んで会話の主導権を握ってきたに違いない。ここで彼女に何かあればボーダーで保護されているマーナたちの立場が危うくなる…ということはないだろうが、この先ずっと良好な関係を続けるためには彼女に無事でいてもらわなければならない。この屋敷で寝泊りしてくれるなら監視がしやすいというもの。まあ、ボーダーの遠征隊が到着するまで目立つ動きはできず、そのことは彼女も承知しているはずだから心配はいらないだろう)

 

 

こうして情報収集のためにツグミはエリン家の侍女として、そしてリヌスとテオはそれぞれ料理人と従僕見習いという形で屋敷に住み込むことになり、艇にはゼノンが残って適宜行動することに決まった。

数キロメートルも離れてしまっては連絡を取るのに難儀しそうだが、ここで玄界(ミデン)の文明の利器が役に立つ。

近界(ネイバーフッド)ではトリオン由来の武器や道具について警戒をしているものの、それ以外については驚異とは考えていないせいかまったくの無防備である。

だからその盲点を突くことでハイレインたちの裏をかこうというのだ。

ツグミたちはひとりひとつずつトランシーバーを携帯しており、互いにバラバラになっても連絡を取ることができるようにした。

本来なら免許を取得しなければ使用できないものだが、近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)の法律など意味はない。

そこで日本国内では禁止されている電波がよく飛び通信距離の長い外国製の製品を取り寄せ、出発前に訓練を済ませてあった。

さらにメノエイデスにおいて実際に使用できるか、また使用したことを察知されないかどうかの確認をしていて、問題はないと明らかになっている。

もちろんアフトクラトルで同様に使用できるかどうかはわからないが、使えると考えて大丈夫だろう。

そして同じものを遠征部隊本隊にいる迅も携帯している。

別働隊と本隊が接触することは原則としてできないことになってはいるものの情報交換は必須であるから、迅が持っていて別働隊の動きを把握できるようにしてあるのだ。

常にトリオン体で行動していてもバッグワーム機動状態であるからレーダーに反応することはなく、トリオンを使わない機材の使用ならこちらもOK。

さらに高くて頑丈なトリオン製の城壁の内側は安全であるとされていて、城門での厳しい検問を通過しなければ中へ入ることができないことになっているから、ツグミたちが潜入していることや武器・兵器を持ち込んでいることなどハイレインにとっては想像もできないことだ。

ここで各人がドジを踏まなければ計画通りに事は進むだろう。

 

こうして別働隊の活動は始まり、それから夕方まで綿密に計画を練り、暗くなってからゼノンひとりだけが艇へと戻って行ったのだった。

 

 

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