ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

33 / 721
32話

 

 

城戸との戦いにおいてもツグミは勝利した。

彼女はそう思い込んでいる。

あながち間違いだとはいえないのだが、狡猾な大人たちの茶番に付き合わされたというのが真相である。

 

 

本部司令執務室へ戻った城戸のもとに林藤と太刀川が訪ねて来た。

 

「城戸さん、今日はすまなかったな」

 

林藤が城戸に言うと、城戸は不機嫌な顔で答えた。

 

「別におまえのためにしたことではない。私に有利な賭けではあったが、結果的にはおまえ()()の勝ちとなっただけのこと。彼女を幼い頃から見てきたつもりだが、あの勝気で頑固な気質を失念していた。それにまさか太刀川くんを2度も倒すとはな。こればかりはまったくの想定外だった」

 

「俺もまさかツグミにあっさりと負けるとは想像もしていませんでしたよ。あれだけの観客(ギャラリー)の前で惨敗するなんてけっこうここにダメージ受けました」

 

太刀川は胸に手を当てながらそう言うが特に悔しそうな顔ではなく、むしろ何かを吹っ切ったような清々しい顔をしている。

林藤はそんな太刀川に詫びた。

 

「ツグミは正面から言っても聞かねえから、自分からやる気にさせねえといつまで経ってもB級のままだ。そこで少し追い詰めてやりゃあの負けん気でやってくれると思ったんだが。おまえにババ引かせて悪かったな、太刀川」

 

「いいえ、俺もツグミと戦って良かったですよ。1戦目の後、彼女にはっきりと言われました。俺の敗因は自分と同じか自分よりも強い人間にしか興味がないということだと。はるか後方から()()()()()人間のことを俺は何も知らないとも言われましたよ。自分が№1であることに矜持を持つことは大事だが慢心してはならない。それを教えてくれたんですから、彼女には感謝してます」

 

「そう言ってくれると助かる。近いうちにメシでも奢るから勘弁してくれ」

 

「わかりました。ですが…なにやら俺はおふたりに利用されたようなんですけど、事情を説明してもらえますよね?」

 

ツグミに対して恨みはないが、城戸と林藤のふたりに利用されたのは不愉快だと思っている太刀川。

城戸と林藤も彼を巻き込んだ以上黙っていることもできずに白状することにした。

 

「ああ。だがこの話は誰にも言うなよ。特にツグミに知られたら面倒なことになるからな」

 

林藤はそう前置きをしてから話し出した。

 

「ツグミが例の件でB級落ちして2年、そろそろA級に戻したいと俺は考えていたんだ。そして今回の大規模侵攻で彼女の活躍がスポンサーにも知れ渡った。そうなるとますます彼女をB級のまま…というわけにはいかない。しかしあいつは部隊(チーム)を組めないからランク戦に参加できない。A級になれなくてもかまわないと言って現状維持を望んでいた。ああ、現状維持と言っても別に訓練に手を抜いたり、怠けていたわけじゃないぞ」

 

「それはわかってますよ。2年も怠けていた人間が俺に勝てるはずがありませんからね」

 

「そこでこのままじゃイカンと、城戸さんに悪役になってもらって一芝居打ったんだ。城戸さんが玉狛支部を危険視して圧力をかけ、事を穏便に済ますために俺が城戸さんに折れてあいつを本部に差し出す…っていう筋書きさ。あいつは自分が正しいと思うことはどんな高い壁があろうとも絶対に乗り越えるタイプだから、少し追い詰めりゃあいつは玉狛支部を守るために自分が何をなすべきか考える。で、出した結果がこれだ。ボーダーの規定(ルール)を逆手にとってひとり部隊(ワン・マン・アーミー)でランク戦に挑戦するんだとさ。普通考えついても誰もやらねえ。あいつだからこその奇策だ」

 

「たしかに彼女らしいですね。ですが俺に負けたらどうする気だったんですかね? 俺に勝てたから自信を持ってランク戦に挑戦するんだろうけど」

 

「負けたら…か。たぶんあいつの頭には自分が勝つという未来しかなかっただろう。もし迅の未来視(サイドエフェクト)で負けるという未来しか視えなかったとしても、自分の意思の力で未来を変える。そういう人間だからさ、ツグミは。まあ、負けたとしてもあいつのシナリオに変更はなかったと思うがな」

 

「なるほど。しかし城戸さんがこんな茶番に付き合うなんて意外ですね。何か心境の変化でも?」

 

城戸は表情を変えずに答えた。

 

「この賭けに負けたからといって私は何も失うものはない上に、勝てば優秀な隊員を完全掌握できる。だから林藤の話に乗ったのだが、結局私は賭けに負けた。それだけのこと。あとは彼女がどこまでやるかが見ものだな。…それよりも私は忙しい。林藤、用が済んだならさっさと帰れ」

 

「言われなくても帰るさ」

 

林藤は太刀川を連れて本部司令執務室を退出しようとするが、ふと何かを思い出したように言った。

 

「迅は遊真や玉狛支部を守るために師匠の形見の風刃を本部に献上した。あの時はそれしか道がなかったからな。しかしツグミの場合は違う。玉狛支部を守るために自分のとって大切な玉狛での生活を捨てることをあいつは良しとしなかった。だから精一杯抗い、そして勝った。実際は俺たちの手のひらの上で踊らされていただけだが、それでもあいつは自分のチカラで大切なものを守り切ったんだよ。褒めてくれとは言わないが、あいつのことは認めてやってくれ」

 

「わかっている」

 

本部司令執務室のドアが閉まると、城戸は椅子に深く身を沈めると目を瞑った。

 

(大切なものを守るために大切なものを手放すことを良しとしなかった、か…)

 

城戸の瞼の裏には5年前の戦いで散っていった仲間たちの顔が浮かんだ。

 

(私は彼らを守ることができなかった。それは私が大切なものを手放すことができなかったからなのか? それとも大切なものを手放さないでも守り切ることができるだけの力がなかったのか? …いや、今更悔いても詮無きこと。それよりも未だに有吾の理想を追い求める玉狛の連中は今に後悔する。近界民(ネイバー)を我々と同じ人間だと考えてはいけない。奴らは抹殺すべき敵なのだ…)

 

旧ボーダー時代、近界(ネイバーフッド)の同盟国の戦争に加勢して19人のうち10人が死亡している。

その時に何があったのかは参戦していた城戸たち生き残りのメンバーにしかわからない。

城戸はこの戦いで方針を変え、近界民(ネイバー)の殲滅を声高らかに謳っている。

忍田は積極的に戦うことはないが、街を守るためには近界民(ネイバー)は敵であるとして戦うことを厭わない。

林藤は旧ボーダーの意思を受け継ぎ、友好的な近界民(ネイバー)には融和政策をとっている。

同じ戦いで同じ経験をした3人だが、それぞれが違う立場(スタンス)となっていた。

誰が正しいとか間違っているとか…それは誰にも決められはしない。

ただ少なくとも城戸がこれ以上の悲劇を生み出さないために徹底した「近界民(ネイバー)=殲滅すべき敵」の思想を隊員に刷り込んでいるのは確かである。

 

 

(霧科ツグミ…。迅は私の真の目的の達成には三雲修と空閑遊真、そして彼女が大きく関わってくると言っていた。この3人を中心としてボーダーという組織が大きく変わるというのか? …まあいい。いずれわかることだ)

 

 

◆◆◆

 

 

ツグミのB級ランク戦参加の声明はその場にいたボーダー隊員たちにも衝撃を与えた。

特に玉狛支部の面々は何も聞かされていなかったことで、彼女の意思は尊重するが何かひと言文句でも言ってやらなければ気が済まないという雰囲気になり小南がツグミの前に立った。

 

「なんでそんな大事なことをあたしたちに黙っていたのよ!? こういうことはまずあたしたちに相談すべきことじゃないの!」

 

「すみません、コナミ先輩。でも黙っていたといっても決めたのは昨日の夜遅くのことで、先輩たちに報告する前に城戸司令に宣言することになってしまっただけなんです」

 

「それでも玉狛支部全体に関わることなんだから、これからはちゃんと先に言いなさいよね」

 

「はい…」

 

ツグミが素直に頭を下げるのと見て小南も溜飲を下げる。

レイジや京介も何かを言いたかったようだが、小南の勢いとツグミの態度を見て何も言わないことにした。

そして遊真が言う。

 

「きりしな先輩がB級ランク戦に参加するということは、おれとオサムとチカのライバルになるってことだな?」

 

「うん。そういうことになるわね。でもだからといってこれまでの接し方に変化はないわよ。ランク戦では敵同士になることもあるけど、それ以外はあなたたちの先輩で、仲間であることは変えようのない事実なんだから」

 

「そうだな。でもこのことを聞いたらオサムとチカは驚くぞ」

 

「だからふたりにきちんと説明をしてわかってもらうわ」

 

「どんなことをしてでも玉狛支部にいたいっていう気持ちだな?」

 

「そう。わたしにとって玉狛支部での生活は何よりも大切なものだから。ジンさんは風刃を本部に渡してユーマくんと玉狛支部を守ったけど、わたしは欲張りだから何も失わずに全部守りたい。そのために戦うことを決めたのよ」

 

そう言って微笑むツグミに彼女の意思を否定する者はいない。

さらに彼女がランク戦に参加することを大歓迎している者も多い。

 

「ってことは個人(ソロ)ランク戦にも戻ってくるってことだろ? 今度こそ(バト)ってもらうぜ」

 

「先輩、おれとも戦ってもらえますよね?」

 

特に米屋と緑川はツグミと戦いたがっていたから、早速個人(ソロ)ランク戦の申し込みをしている。

 

「そうですね。時間に余裕がある時には本部に顔を出しますから、その時にはお願いします」

 

これはツグミが城戸に宣戦布告したようなものだから、顔を合わせたくないから本部に行きたくないなどと言っていられなくなったのだ。

そして理由や経緯はともかく彼女がA級に復帰しようとする意思を東や嵐山は喜ばしく思っている。

一部のB級隊員は彼女がB級ランク戦に参加することで自隊にとって不利になることを危ぶむが、それ以上にやる気を出している。

つまり本部所属隊員の戦力の底上げになるというツグミの企ても、彼女がランク戦に参戦するという意思表明だけですでに成功の一歩を踏み出していることになるのだ。

そんなツグミの様子を見ながら迅は思った。

 

(俺がアドバイスしなくてもツグミはこうして自分で自分の道を決められまでに成長した。なんだか嬉しいような悲しいような気分だな…。忍田さんの気持ちがわかった気がするよ。…だがA級になるのはそう容易いことじゃない。それでもあいつは一度決めたことを絶対に曲げることはない強い心を持っている。まだあいつにはやってもらわなければならないことがたくさんある。そのためにいろいろ苦労させることもあるだろうけど、まあそれは許してくれよな、ツグミ)

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。