ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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311話

 

 

午後になると、今度はヴィザに預けられている攻撃手(アタッカー)14人の様子を探るためにツグミは東エリアへと足を向けた。

さらわれたC級隊員32人の居場所はほぼ確定できたわけで、その裏付けをする必要がある。

幼年学校にいる18人の方は監視が厳しいので、比較的緩いと思われる攻撃手(アタッカー)組の方から接触が可能かどうか調べてみるためだ。

 

(空き家を改造して住まわせているということだけど、大掛かりな改修工事はしていないらしい。そうなるとどうやって逃げ出せないようにしているのかしら? その方法によっては物理的な手段が必要になってくるけど、こっちは立場上あまり物騒な真似はしたくない。できるかぎり穏便に済ませなきゃいけないから、まずは彼らの置かれた状況がどうなっているかの確認よね)

 

ツグミは東市場に買い物に行くという理由でエリン家と東市場へ行く途中にあるヴィザの屋敷のそばを通ることにした。

何かしら不信な動きを見せて疑われたとしても「エリン家の使用人」という身分が彼女のことを守ってくれるはずである。

もっともそれがエリン家 ── ディルクの身を危険に晒すことにもなりかねないのだから十分に注意を払うべきなのだ。

 

 

 

 

ヴィザの屋敷はディルクのそれと比べると数段格が下がるものだが、それでも上級市民として厚遇されているのはわかる。

さすがに国宝・星の杖(オルガノン)の使い手なだけあって、ベルティストン家は彼を他の貴族にヘッドハントされないように監視を兼ねてそばに置いているに違いない。

建物自体はそう古くも新しくもなく、たぶんヴィザがベルティストン家の先代か先々代の当主の時代から仕えていて、その頃に与えられたものではないかと推測される。

ただし高さが3メートルくらいの塀でぐるりと囲まれているので、塀の向こう側がどのようになっているのかは窺い知れない。

 

(この屋敷の北東側にC級の子たちが住んでいる家があるらしい。そっちの方を回ってみよう)

 

ヴィザの屋敷の敷地を南側からぐるりと回って北東側に着くと、ツグミの視界にそれらしき建物が入ってきた。

かつて食堂と宿屋を兼業していたという大きな建物で、14人の人間が共同生活するには十分な広さがありそうだ。

あまりしげしげと見ていると怪しまれそうなので、さりげなく建物の前を歩きながら強化視覚の能力を使って中を見てみた。

 

(トリオンはまったく使われていない普通の建物だ。それに中にはトリオン体の人間はいない。でも人の気配はするから生身の人間がいるってこと。それってC級の子たちかも?)

 

気になってふと2階の窓を見上げると、ツグミの方を見下ろす少女と目が合ってしまった。

 

(あの子…見覚えがある!)

 

ツグミは急いで自分の頭の中にあるさらわれたC級隊員のリストのページを捲った。

そしてすぐにその少女が里中芽衣(さとなか めい)という名の14歳のスコーピオンを使う攻撃手(アタッカー)であると認識した。

 

(間違いない。C級の子たちはここにいるって確定!…でもどうやって接触したらいいだろう? わたしが中に入る理由なんて作れないけど、彼女たちが外に出て来ることができる状況なら…)

 

家の中にいる人間を外に出て来させる手段で手っ取り早いのは付近で火災が起こすことだ。

近くで火事が起きたとなれば逃げ出さなければ死んでしまうことにもなりかねない。

たとえそばにヴィザがいたとしても彼ならC級たちを死なせるはずがないのだから逃がそうとするし、いないのであれば間違いなく本人たちが自分の意思で逃げ出してくる。

もちろん物理的に不可能な場合もあるが、そうでなければ火事という声を聞いてじっとしていられるわけがない。

しかしいくら結果を得るためであるとしても放火という手段は正しいものではなく、まかり間違えればこの辺りは火の海となる。

ハイレインたちは敵であってもこの街に住む市井の民はツグミにとって無関係で善良な人々で、そんな人々を犠牲にしてまで自分の正義を通そうとするほどツグミは傲慢ではないのだ。

 

(こんなこともあろうかと、ちゃんと持ってきているのよね~。こういう時には足首までの長さのスカートって便利だわ)

 

ツグミはレッグホルスターに装着した「秘密道具」の中から発煙筒を取り出した。

レッグホルスターとは本来なら護身用の小型拳銃を携帯するために使用すべきものだが、間違って市民を殺傷してしまわないとも限らないのでトリガー以外の飛び道具は自ら使用禁止としている。

発煙筒はハイレインたちに見付かってしまって逃走する際に煙幕の代わりにするとか、味方に合図をする時に使う等のために所持していたのだ。

周囲を見回すとすぐそばの広場の一角に木製のゴミ収集箱があり、そこから煙が出ていれば火事だと勘違いして大騒ぎになるだろう。

誰もいないことを確認するとツグミはゴミ収集箱に近付いて行って、発火させた発煙筒を中へ放り込んで蓋を閉めた。

すると蓋の隙間から白い煙が立ち始め、中で何かが燃えていると誰でも思う状況になる。

それを見たツグミはゴミ収集箱から離れ、適当な場所で深呼吸をすると叫んだ。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ! 火事よぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

彼女の叫び声は閑静な住宅街にこだまし、その声を聞いた住人たちが大慌てで家から出て来た。

そして例のC級隊員のいる家からも数人が出て来たのを確認すると、ツグミはその中に里中を見付けて彼女に駆け寄った。

人は多いがツグミの行動に注目する人間はおらず、誰もがゴミ収集箱を遠巻きにして見ていたり、火を消すための水を取りに行くなどしている。

ツグミは里中の腕を掴むと耳元で囁いた。

 

「里中芽衣さんね?」

 

「え?」

 

「ちょっとこっちへ来て」

 

「ええっ!?」

 

ツグミは広場とは逆の方向へと走り、細い路地の奥に入ると事情がよくわからないという顔の里中に言う。

 

「わたしはあなたたちを救出に来たボーダー隊員、名前は霧科ツグミ。わけあってこんな格好をしているけど、正真正銘ボーダーの人間よ」

 

里中は「どこから見ても日本人には見えない容姿」のツグミを訝しがるが、アフトクラトルに自分のことを知っている人間がいるとは考えられない。

 

「ボーダー隊員って証明できますか?」

 

「証明ねえ…。それよりもあなたのことで知っていることを言うから聞いていて。…里中芽衣、スコーピオンを使用する攻撃手(アタッカー)で入隊は去年の5月。住所は三門市荻野台4丁目2-5、三門市第二中学の2年…じゃなくて進級しているから今は3年生ね。家族構成は ──」

 

そこまで言うと里中が止めた。

 

「わかりました。あなたのことを信じます。そんなに詳しく知っているなんて驚きです」

 

「さらわれたC級32人の個人データは全部ここに入っているから」

 

ツグミはそう言って自分の頭を指さした。

 

「あなた以外の攻撃手(アタッカー)たちもあの家で一緒に生活しているの?」

 

「はい。ヴィザという人から剣術を習っています」

 

「その様子だとひどい目には遭ってなさそうね?」

 

「はい。牢屋みたいなところに入れられて監禁されると思っていましたが、比較的自由にさせてもらってます」

 

「じゃあ、逃げようと思えば逃げられるじゃないの」

 

「でもわたしたちが誰かひとりでも逃げたら残った人が罰を与えられるし、全員で逃げたら今度は別の場所にいる射手(シューター)銃手(ガンナー)狙撃手(スナイパー)の人が罰を受けなければならないんです」

 

「なるほど…全員が人質ってことね。自分だけ逃げられたらそれでいいなんて考える人はいないもの。自分のせいでひどい目に遭わされるってことになれば逃げようだなんて誰も思わない。このやり方なら厳しい監視をしなくても逃げられずに済む。よく考えたものだわ」

 

感心してしまうツグミだが、そういう賢い敵と知恵を使って戦わなければならないのだから大変だ。

 

「それよりもボーダーがわたしたちを助けに来てくれたんですね? 今どこにいるんですか? いつわたしたちは帰ることができるんですか?」

 

里中が矢継ぎ早に訊く。

 

「これから話すことは仲間にも話さないでいてもらいたいの。というのも誰かの口からこの計画が漏れたら全部台無しになってしまうから。絶対に誰にも言わないって約束できる?」

 

ツグミの真剣な目に里中は頷いた。

 

「はい。絶対に誰にも言いません」

 

そこでツグミは事情を話し始めた。

 

「わたしは防衛隊員の中でもS級で城戸司令の直属だから比較的自由に行動ができるようになっていて、城戸司令の指示で救出作戦を行う本隊とは別に別動隊としてアフトに来ているの。本隊が到着するまではまだ3日くらいかかるわね。別動隊のわたしたちは先乗りしてあなたたちのいる場所を探したり、敵の本拠地であるこの街の様子を探ったりするのが役目。今日明日のうちに助け出せるというものではないのよ」

 

「はあ…」

 

「そんな残念そうな顔をしないでよ。本隊はA級隊員がメインで優秀なB級隊員を加えた30人。リーダーは忍田本部長で、遠征のために特別な訓練を行ってきた精鋭たちだから心配しなくてもいいわよ」

 

「はい」

 

「わたしがあなたと接触をしたのは情報を得るためとあなたたちに希望を与えるためなの」

 

「希望?」

 

「他の人にはわたしたちのことを言わないでもらいたいけど、誰かが不安になったりホームシックになったりした時にはあなたがその人に希望を与えてもらいたいのよ。必ず助けが来るから希望を失わずにいてほしいって。それに救出作戦が本決まりになった時にはあなたを通じて他の人に事情を伝えてもらいたいんだけどあなたに任せていいかしら?」

 

「はい、わかりました! …でもどうやって連絡をするんですか?」

 

「あなたはさっき2階の窓から外を見ていたでしょ? あんな感じで窓際にいてくれると助かるわ。もちろん昼間だけだし、一日中ずっとというわけにはいかないから時間を限定するけど。ところで剣の稽古はいつも時間が決まっているの?」

 

「はい。午前中は8時から11時までの3時間で、昼食は12時から1時までに済ませます。午後は一日おきで1時から3時までの2時間です。今日はお休みの日だったので自分の部屋にいました」

 

「ということは運が良かったってわけね。一日ずれていたらこうして会うことはできなかったんだもの」

 

「そうなりますね。でも偶然火事が起きるなんて ──」

 

「ああ、あれはわたしがゴミ収集箱の中に発煙筒を放り込んで火事だって叫んだのよ。自作自演の狂言」

 

あっけらかんと話すツグミに里中は驚くばかりだ。

 

「連絡事項がある時にはあなたが部屋にいる時間…そうね、11時から12時の間にわたしが今日みたいに下の道を歩くから何か理由をつけて外に出て来てちょうだい」

 

「わかりました。その時間には毎日必ず外を見ていることにします」

 

「ええ、お願いね。とにかく今頃は火事ではなかったとバレてしまっているはず。こうしてふたりがいるところを見られると都合が悪いから今日はこれで解散。明後日の今頃の時間にまた来るわ。だからわたしとの約束を守って希望を失わずにあと少しだけ我慢してちょうだい」

 

「わかりました。じゃあ、わたしが先に戻ります。たぶんみんなが心配しているはずですから」

 

「そうしてちょうだい」

 

ツグミは路地を出て行く里中の後ろ姿を見送り、それからゆっくりと100を数えてから自分も同様に路地を出た。

広場に戻ると何人かの人間が残っていて「バカバカしい」とか「誰かのイタズラじゃないのか?」などと腹立たしげに文句を言っている。

そしてしばらくすると三々五々と散って行ったのだった。

 

こうして攻撃手(アタッカー)14人の居場所を確定し、連絡方法もできたことでまた一歩前進したことになる。

しかし幼年学校にいる18人の方はこのように簡単に接触することはできない。

全寮制であるから中にいる生徒と外部の人間とは隔離されていて、アフトクラトルの生徒であっても月に一度しか実家に帰ることはできないのだから、C級隊員たちには外出許可など与えられるわけがないのだ。

居場所は99.9%間違いないのだからここから先はますます慎重に行動しなければならない。

 

(外部の人間で中に簡単に入ることができるのは食料品などを納める業者や生徒たちの制服や寮で使うリネン類を洗濯するクリーニング屋だけ。リヌスさんならなりすまして潜入することはできそう。でもC級の子と接触するには彼ではなくわたしでなきゃダメ。相手に信用されようと思ってもリヌスさんでは無理だもの。やっぱりボーダーとC級の子たちの情報を把握しているわたしじゃなきゃね)

 

そうはいっても業者の大半が成人男性である。

荷物運びがメインだから力のある男性が多いのは当然だ。

よって力のない15-6歳の少女がそこに混じったら目立ってしまうだろう。

 

(外部の人間がダメなら内部の人間つまり関係者になってしまえばいいのよ。近界(ネイバーフッド)の生活って中世ヨーロッパ的な部分が多いから、たぶん()()()()があるはず。それならわたしでもできるんじゃないかな? 帰ったらディルクさんに確認してみよう)

 

ツグミには何か策があるらしい。

ひとまず城郭都市内の様々な情報を集めるために東市場まで行くことにして、夕方になってからエリン家の屋敷に戻った。

 

 

◆◆◆

 

 

表向きは使用人ということになっているが、ディルクの客人扱いということでツグミ、リヌス、テオの3人は当主と一緒に晩餐を楽しんだ。

楽しんだといっても貴族の食事とは思えないほど質素なものであり、パンとスープとメインディッシュの魚料理だけでおしまいだった。

アフトクラトル全体が慢性的な食糧不足に陥っていて、国民に十分に行き渡るだけのものがない。

もちろん原因は(マザー)トリガーの寿命が近付いているせいで、次の「神」が決まるまでは庶民も貴族も皆が我慢を強いられている。

従属国から強制的に食料を徴収しているものの、その国の国民が飢えてしまっては身も蓋もないから無茶なことはしない。

そしてこの時期に従属国で反乱など起きようものなら「神選び」どころではなくなってしまうので、次の「神」が決まるまでは問題が起きないように事を荒立てないようにするしかなく、数ヶ月前に国王が国民に対して「あと少しだけ我慢してくれ」と頭を下げて頼んだくらいである。

 

 

「このような簡素な料理でのおもてなししかできず申し訳ない」

 

食事が終わるとディルクがすまなそうな顔で言う。

 

「領民が難儀をしている時に貴族だけが贅沢をしてはいけないと私は考えており、むしろ領民たちと気持ちを同じくするために食事だけでなく他のことでも慎ましやかな生活を心がけているのです」

 

「詫びの必要はありません。わたしは不満などなく、むしろディルクさんの領民を大事にする高潔な気持ちに感心してしまいました。だから南エリアの人たちはエリン家のみなさんのことを慕っていらっしゃるんですね。市場で屋台を出している女性にマーナさんが床に伏せっていると言うと心から心配されているようでした。嘘をついて騙していることに罪の意識を覚えましたよ」

 

ツグミはそう言って苦笑した。

 

「新しい『神』が決まれば(マザー)トリガーの力が復活して元の生活に戻ることができるようになるでしょうが、その『神』になる人のことを考えると手放しで喜べるものではありません。そこが難しいところです」

 

神候補のひとりであるディルクの言葉だから非常に重みのある言葉だ。

誰かひとりを生贄として差し出せばその国の他の人間が全員恩恵を受けることができるが、それは「みんなの幸福のためなら誰かを犠牲にしてもよいのか?」ということにもなる。

「最大多数の最大幸福」が真理であればそのとおりなのだろうが、ツグミにはそういう考えはない。

彼女は利己主義者を自称しているが、多数の幸福のために少数を切り捨てる考えを肯定すれば、自分の周囲の親しい人間がその少数になってしまった時に受け容れられないからである。

(マザー)トリガーというシステムが根幹にある以上はどうしても避けられない犠牲であることは認めざるをえないが、望まぬ者を無理矢理「生贄」にするからこそ「神」という言葉を使うのであり、自らすすんで「最大多数の最大幸福」のために命を捧げるのであればそんな言葉は使うはずがないのだ。

 

近界(ネイバーフッド)の国がそれぞれ異なる風土を持つのはその国の『神』が人間だった時の個性や考え方、意思が反映されているからだという。そこに(マザー)トリガーを操作する人間の意思が介入する。エウクラートンのように国民の生活を優先して豊かな土壌を持つ大地を保つためにトリオンを多く注いでいる国もあれば、アフトクラトルのように他国を侵略する兵器を製造するためにトリオンの大半を軍事に使用し、国民の生活は不満が出ない程度に保つという国もある。部外者のわたしがいろいろ言う資格はないけど、もし()()()()()()()()()()()()本気で改革しなきゃならないこと。もっと近界(ネイバーフッド)の事情を知らないとダメね…)

 

エウクラートンの次期女王の問題は彼女にとって重要なことだが、今優先すべきはC級隊員の救出である。

(マザー)トリガーや近界(ネイバーフッド)の世界の仕組みのことは後回しにし、ディルク、リヌス、テオの4人で作戦会議を行うことにした。

食後のコーヒーはツグミが玄界(ミデン)から持参したインスタントだが、アフトクラトルにとっては非常に珍しい贅沢品である。

それに合わせてちゃんとグラニュー糖とミルクも持って来ているという用紙周到さだ。

各人が1日かけて集めた情報と経過を報告し、幼年学校にいる18人のC級隊員の話になったところでツグミは提案をした。

 

「ディルクさん、清掃婦に化けて幼年学校に潜入しようと思うんですけど、お知り合いに誰か関係者がいませんか?」

 

外部の人間がダメなら内部の人間つまり関係者になってしまえばいいと考え、頭に浮かんだのが清掃婦だったのである。

日本の学校では生徒が教室を掃除するのが当たり前なのだが、他所の国では専門の業者がいて全部お任せしているのが普通だ。

よって清掃婦になれば生徒たちの生活する空間に()()()()()入り込むことができるだろう。

 

「清掃婦ではないですが門番のカトゥスの母親が寮生の賄い婦をやっています。幼年学校は育ち盛りの子供たちが大勢いるというのに食料不足で調理が困難なだけでなく、給料が安くて仕事が早朝からの激務だということで人手不足だと聞いていますから、料理の得意なあなたなら喜んで雇ってくれるでしょう」

 

学内に入り込むことができれば手段はなんでもかまわない。

 

(食堂のおばちゃんか…。アフトの生徒とC級の子たちは完全に隔離されているから食事の時間も別々になっているはず。悪くはないわね)

 

手段はどのようなものであっても目的 ── さらわれたC級隊員にボーダーの遠征部隊が救出に来ることを伝えて別働隊と協力体制を取る ── が達成できれば良いのだから、ツグミにとってディルクの提案に断る理由はない。

 

「ディルクさん、そのお話を進めてください。早朝からの仕事であれば人目につかずに学校内に入ることができますし、食堂での盛り付けの係にしてもらえれば直接会話するのにも不自然ではありません」

 

「では危険なことをしないという約束をしてもらったらすぐに手配をしましょう。でも明日からすぐというわけにはいきませんので、早くても明後日の朝からになります」

 

「はい、それでけっこうです。明日は別の角度からこの街の中を探ってみますので」

 

幼年学校への潜入手段は確保できたようだが、まだ安心はできない。

3日後には遠征部隊本隊がアフトクラトルに到着する予定であるから、それまでに彼らの作戦遂行にとって利便を図りたいとツグミは必死だ。

 

ボーダー隊員の中で戦争における情報戦の重要性を理解している者はほとんどいないであろう。

防衛隊員の大多数が()()()中高生であり、トリガーを上手く使えて戦闘で敵を倒すことしか訓練していない彼らには無理というものだ。

大規模侵攻の時はハイレインがひと月以上前からトリオン兵を潜入させて情報収集を行っていたからこそ「C級隊員は緊急脱出(ベイルアウト)ができない」とバレてしまい、32人ものC級隊員がさらわれてしまっている。

もしC級隊員が緊急脱出(ベイルアウト)できないことをハイレインが知らなかったら、A級やB級の隊員を狙っては次々と緊急脱出(ベイルアウト)されてしまい、誰ひとりとしてさらわれることはなかったかもしれない。

それだけ事前に敵の情報を集めることが重要であることが証明されているといえよう。

戦闘技術はハイレインたちと戦うレベルに達していても敵本拠地の情報がほとんどない状態で乗り込んでくるのだから諜報活動のプロのゼノンたちに言わせれば「無謀で勝ち目のない戦」である。

仮にツグミやゼノン隊の存在がなければ遠征部隊は城郭都市での戦いの経験が一切なく、C級隊員たちがどこにいるのか見当もつかない状態で現地に着き、協力者のいない敵地で手も足も出ないままにただ時間だけが無意味に過ぎ去っていくことだろう。

いや、どこにベルティストン家の本拠地があるかさえわからない状況で、国内をうろついている間に発見されて逃げ出すしかないということも考えられる。

ゼノンたちですらディルクというアフトクラトルの協力者がいるから自由に行動ができるのであり、人生経験が乏しく諜報活動にど素人のボーダー隊員にできることは何もない。

たぶん遠征部隊本隊のメンバーは今頃遠征艇の中でアフトクラトルに到着してからの行動についていろいろ議論しているだろう。

ツグミは事前にベルティストン家の本拠地の位置やレーダーの索敵範囲、城郭都市の城壁の高さや街の様子などの情報を与えてある。

さらにトリオン体で活動できるようバッグワームをマント型ではなく現地の人間の衣服と同じようなデザインにデータを書き換えたものを技術者(エンジニア)に依頼して全員が装備している。

このC級隊員救出作戦を「料理」だと例えるとわかりやすいだろう。

事前に「食材」や「調理道具」を与えられてもそれを使って調理するだけの「知識」や「技術」がないのだからまともな料理など出来上がるはずがなく、結局別働隊が全部お膳立てをしておいて本隊メンバーはできあがった料理を口に入れるだけにしておかなければいけないということになる。

 

(ひとまず明日は北と西のエリアを回って使()()()()()()()を探しておこう、っと)

 

 

作戦会議を終えるとそれぞれ自分の部屋に戻り、ツグミは明日の天気が晴れであることを祈るのだった。

 

 

 

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