ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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313話

 

 

アフトクラトル遠征部隊本隊の乗った遠征艇は近界(ネイバーフッド)の空間を静かに航行していた。

近界(ネイバーフッド)では国と国が宇宙空間の惑星や恒星のように離れているので国境というものはなく、この真っ暗な空間はどこの国にも属していないため、ここで戦争が行われることはない。

だから飛行中にどこかの国からいきなり攻撃を受けることはなく、比較的暢気にしていられる時間である。

しかしアフトクラトルに到着するまで艇の中に何十時間も缶詰にされ、狭いプレイルームかもっと狭い居室にいるのだからストレスは溜まる一方だ。

なによりも太刀川や米屋といった「暇なら模擬戦やろうぜ」なバトルジャンキーにはトリガーの使えない状況は断食をさせられているようなもの。

そこでメノエイデスなどの寄港地で遠征艇のトリオン補給を行う際に「周囲に迷惑がかからない」ことを条件にトリガーの使用を許可した。

つまり現地の人間とトラブルになるようなことがなければ実空間での模擬戦をしてもよいということだ。

もちろん運動不足になってしまわないように遠征艇の中には誰もが適度に運動できるような設備はあるものの、運動不足の解消ができればOKというものではないらしく、地面に足をつけた途端にトリガーを起動してヒャッハーなテンションで模擬戦を開始すればどうなるかは決まりきっている。

もっとも仮想空間ではないから模擬戦をやった分だけトリオンを消費してしまうことになるが、それによって空腹になろうとも食料は事前に年齢・性別・体型等によって計算されたカロリー分しか配給されない。

それに艇のエネルギー源となるトリオンは千佳だけでなくすべての乗員からトリオン能力に準じて「公平(フェア)」に集めることになっているから、バカみたいにトリオンを消費してしまうと艇の航行にも障害が出る。

よって忍田によって厳しく監視され、度が過ぎると忍田から「イエローカード」または「レッドカード」が出されることになっている。

なおレッドカードが出た場合、次の寄港地では艇の外に出ることは叶わず、ひたすらトリオンを()()されるという「罰」が待っている。

ただし寄港地でトリガーを使用するということは国交のない国の中で兵隊が訓練とはいえども一方的に武器を使用することになり、まかり間違えば宣戦布告ともなりかねない状況である。

そもそも警備兵に見付かった時点で「密入国」として逮捕されても文句は言えないわけで、トリガーを起動するということは非常に危険なことなのだ。

それができるということは先発している別働隊が上手く話をつけてくれているからであり、ここでもツグミたちの仕事が効果を生み出しているのであった。

彼女たち別働隊が前回の旅で協力者を探し出して話をつけてあり、今回も先発して遠征部隊本隊への配慮を依頼してある。

そのために玄界(ミデン)の嗜好品がおおいに役立った。

インスタントコーヒーやスナック菓子が1-2カートンもあれば十分で、現場の人間もボーダーの遠征艇を黙認するだけで珍しい玄界(ミデン)の食料が手に入るのだからこの取引を断る理由がない。

だから玄界(ミデン)からやって来た大型の遠征艇が現れても特に驚きもせず、トリガー使いが激しい模擬戦をやっていても遠巻きに見ているだけで済ませるのである。

メノエイデスについては他の国と状況が違っており、いずれ行われる第一次近界民(ネイバー)侵攻での行方不明者捜索の前線基地としたいと考えているため正式な国交を結ぶことを望んでおり、メノエイデス側も以前のボーダー襲撃事件のこともあるから友好的な関係を築くことに意欲的だ。

こちらの方はアフトクラトル遠征が終わってから本格的に動き出すことになるだろう。

 

 

 

 

最後の寄港地を出発し、次の停泊がいよいよアフトクラトルだということになると否が応でも緊張感が高まるというもの。

このミッションが非常に困難なものだと理解している賢明な人間は現地に着いてからのことを心配しているのだが、「目の前にいる敵はすべて倒せばいいだけだ」といった単純な思考しか持ち合わせていない連中は現地に着いてからのことなどまったく考えていないようだ。

いくら太刀川がボーダーでNo.1の隊員であり大規模侵攻でイルガーを一刀両断したりラービットを11体撃破した強者であっても、C級隊員を救出するためには単に弧月を振り回していれば良いというものではない。

これまではそれですべて解決していただろうが、今回のミッションはこれまでになく複雑で困難なものであることは明らかだ。

現在のところ遠征部隊本隊のメンバーは現地に着いてからC級隊員の居場所を探し出し、ハイレインたちに見付からないように脱出させなければいけないというのに手掛かりは()()()()

何のプランもなく出発だけしてしまった状態であるから、東、レイジ、風間、二宮といった「頭を使う」ことが得意なメンバーが不安や疑問を忍田にぶつけるのは当然の流れであった。

何もしない忍田に対し、とうとうしびれを切らした東たち4人が居室に乗り込んだ。

忍田もこれ以上黙っていることはできないと考え、この4人に迅を加えた6人でプレイルームへと向かい、その場にいた他の隊員たちを自室に戻るよう言って人払いをしてから事情を話すことにしたのだった。

 

「きみたちの中には薄々勘付いている者もいるだろうが、ツグミとあと3人の諜報活動のプロの合計4人がアフトクラトルへ先乗りして情報集めをしてくれている。我々が(ゲート)を開く場所も彼女たちの指示によるもので、できるかぎり敵と交戦状態にならないよう配慮がされている」

 

忍田がそう言うと、全員が「やっぱり」といった顔をした。

 

「前回、ツグミと迅がキオンの連中と一緒に近界(ネイバーフッド)へ行ったのはこの遠征ための布石だったということですか?」

 

レイジがついキオンの名を口にしてしまったものだから、風間、二宮のふたりは驚いてしまった。

最終試験の際に近界民(ネイバー)の協力者が3人いるということは誰もが知っていたが、キオンの名が上がったのはこれが初めてである。

東は試験中にレイジから聞かされていたので驚きはしないが、ツグミと迅が近界(ネイバーフッド)へ行ったことについて生じた疑問のいくつかがこれで解決した。

 

「たしかにキオンの連中と一緒にアフトクラトルとキオンの2国へ赴き、このアフトクラトル遠征を成功させるために様々な工作を行っている。ツグミとキオンの諜報員との関係についてはここでは話せないが、キオンまで行ってそこの元首と会談をしたことで3人の諜報員がボーダーに全面的に協力をしてくれることになった。この遠征艇のエンジンだって彼らの技術を導入したおかげで航行スピードは以前のものよりも格段に向上しているし、訓練で使用していたアフトクラトルの城郭都市の情報も彼らから教えられたものだ」

 

ヒュースの例もあるが、軍事大国であるキオンの諜報員という立場の人間が敵国とはいえアフトクラトルの情報を提供したのだし、ツグミが彼らの本国まで行ったのだから彼女たちの関係が尋常ではないものだと誰でもわかるというもの。

おまけにキオンの元首に会って話をしているくらいなのだから、自分たちの知らないところでボーダーという組織にも変化が起きていると気付くのは無理もない。

突然謎の(ブラック)トリガーが登場したかと思うと、適合者を探すこともせずにツグミがS級隊員になったという事後報告しかなく、最近の彼女の行動には不明な部分がいくつもあったが、それがすべてアフトクラトル遠征を成功させるための布石であったということもこれで腑に落ちたというものだ。

 

「つまりこれまでの選抜試験や特別訓練の内容に彼女が関わっていたのはキオンの諜報員から与えられたアフトクラトルの情報を元に考えられたものであり、さらに遠征部隊が現地に到着する前にいろいろとお膳立てをしてくれているなど便宜を図ってくれている…ということを我々はまったく知らされずにいたということですね?」

 

東が少々嫌味を込めて忍田に言う。

 

「まあ、そういうことにはなるが…近界民(ネイバー)が協力をしてくれているというだけで不快な思いをする人間が少なからずいるのだからと、ツグミから当事者たちにもできる限り話さずにいてほしいと頼まれていたんだ」

 

「……」

 

「ツグミは隊員たちの心情を踏まえた上で成功率の最も高いC級隊員救出作戦を考えていて、今頃は本隊メンバーに敵との戦闘を極力避けることができるようにセッティングしていることだろう。今回の目的は敵の打破ではなく、C級隊員をを救出して彼らと遠征部隊メンバー全員が無事に帰還することなのだ。近界民(ネイバー)への恨みや強い奴と戦いたいという個人的な理由で戦闘を行って本来の目的を見失うようでは困る。そこで前もってすべての下準備をし、それに従って動かざるをえない状況にすることで勝手なことをさせないようにするしかない。選択肢がいくつもあればどれにしようか悩むだろうが、ひとつしかなければそれを選ぶしかないだろ?」

 

「なんとも複雑な気分ですが、たしかに忍田さんのおっしゃるとおりです。残念ながら俺たちには情報が皆無の状態の敵地に潜入してミッションを成功させるだけの知恵も技術も度胸もありません」

 

さすがの東であっても敵の情報がなければ作戦を組み立てることはできず、また現地で手に入れられたとしても短時間で有効な策を生み出すのは非常に難しいと本人が認識しているのだ。

 

「ツグミに言わせれば自分たちの仕事はイレギュラー(ゲート)事件の時の偵察用ラッドとガロプラの工作員たちの仕事を合わせたようなもので、本隊メンバーが目的を果たすために動いているのだからその存在は敵に知られてはマズイし、味方にも知られる必要はないということだ。別に私たちのことを信用していないというのではなく『need to knowの原則』という意味でもあるらしい」

 

「『need to knowの原則』とは情報は知る必要のある人のみに伝え、知る必要のない人には伝えないという意味ですね。ですがこうなったらすべてを明らかにしてくれとは言いませんが、重要なことは教えてもらわないとむしろ任務に支障が出ると思われます。少なくとも俺は忍田さんに対して猜疑心を抱くようになってしまいましたからね」

 

東はそんな言い方をするが、本気で忍田のことを疑っているわけではない。

部下から任務に支障が出ると言われたら事情を話すしかないということで、忍田自身もこうなることがわかっていたからこそ人払いをしたのだ。

 

「いいだろう。私が私の権限で話せることはすべて明かそう。ただしここだけの話で、もし他の隊員にバレたらきみたちには相当の罰を受けてもらうことになるからな、覚悟して聞いてくれ」

 

忍田も罰を与えると言いながらもそんなことをする気はない。

これから話すことはそれくらい重要な秘密であるという意味で、ひとつ深呼吸をしてからおもむろに口を開いて説明を始めた。

ツグミが近界民(ネイバー)とのハーフであり、(ブラック)トリガーの所有者と疑われてキオンから狙われていたことは絶対に知られてはならないことであるから、彼女とゼノンたちの関係は話せない。

もっともレイジはこの事情を知っているが今後のツグミの立場を守ろうとするなら口外してはならないことだと理解していて、他の隊員たちのように知らないフリをしてくれている。

そして話しても問題のない部分を上手く誤魔化しつつも、同行していた迅のフォローもあって東たちでもなんとか納得できる説明となった。

 

「なるほど、メノエイデスやその他の寄港地で現地近界民(ネイバー)とトラブルが起きなかったのは、霧科たちが根回ししていたからなんですね。何か妙だとは思っていましたが、まさかこんなことになっているとは思いもしていませんでした」

 

二宮が呆れたかのように言う。

 

「狭い艇の中にずっと缶詰にされていたらいずれストレスで身体と心が壊れてしまうというもの。ああやって模擬戦でもさせなければフラストレーションは溜まる一方で、健康面にも問題が生じるのはわかりきっていた。だからこそ地面のある場所では少しくらい暴れさせてやらなければと思うが、国交のない国で大勢のトリガー使いが軍事訓練をしていれば現地の人間とトラブルが起きるのは自明の理。そこで寄港予定地でツグミたちが土産を持参して話をつけてくれていたということだ」

 

「そうなると現地に着いたところで霧科たちから何らかの連絡があり、その情報を元に作戦を練るというのではなく、すでにでき上がっている作戦を淡々と遂行するのみ…ということですね?」

 

少しイラついているような風間が忍田に訊くと、忍田は軽く首を横に振った。

 

「いや、きみたちに良い案があればそちらを優先するが、我々に別働隊のメンバーの立てた策を上回るような策が組み立てられるだろうか? 戦闘技術は格段に向上したが、敵地に乗り込んで正面から戦うことは不可能。敵の情報がまったくと言っていいほどない状態で、現地に到着してから何をすべきかわからない。それは紛れもない事実だ。戦闘訓練だけでなく諜報活動に関しての訓練もすべきだったと言うかもしれないが、講師となる人間が近界民(ネイバー)だとわかった時点でおとなしく受講してくれるような連中ばかりではなかっただろ? この際個人的な感情は捨ててこの遠征を成功させるための最善の選択をしてもらいたい」

 

三輪のような「近界民(ネイバー)憎し」で入隊した人間にとって敵性近界民(ネイバー)ではないといってもゼノンたちの協力を素直に受けることはできないだろう。

むしろボーダーの問題は自分たちで片付けると頑なに拒み、この遠征に近界民(ネイバー)が関わっているというだけで参加辞退を申し出る可能性もあった。

よって諜報活動や救出作戦の立案は別働隊に任せ、本隊は救出作戦の実行部隊として専念する方が賢いというもの。

不得手な分野を別の得意な人間が補うことは間違っておらず、その補う人間が近界民(ネイバー)であったからこれまで事情を隠していただけなのだ。

ゼノンたちが近界民(ネイバー)でなければ何の問題もなく、お互いが積極的に話し合って作戦を練ることができたはずなのである。

そうなると内緒にしていた忍田たちの心情も理解でき、それ以上責めることはできない。

東、レイジ、風間、二宮の4人も納得したようで、代表して東が言った。

 

「忍田さんたちの事情は良くわかりましたし、別働隊の存在を内密にしていたことも理解はできます。たしかに俺たちにはC級たちの居場所がわかったところで救出する手段を考えるだけの知恵も時間もありません。敵の戦力は不明である上に、本拠地に攻め込んで勝てるだけの戦力は持ち合わせていませんから、戦闘にならないでC級たちを救出することができればそれが最善の策であることは承知しています。ここで別働隊に近界民(ネイバー)がいるから彼らの協力は不要だと我を張れば、この遠征が成功するかどうかわかりません。一番大事なのはC級たちを無事に三門市の家族の元へと返すことですから、この際俺たちの私情は胸の奥に納めておくことにします」

 

モヤモヤする部分はあったとしてもC級隊員救出を最優先とすることで4人の意思は統一された。

だからといって残りのメンバーが皆同じように考えてくれるかは別物で、そうなるとやはり内緒にしておいた方が良いということになる。

ただひとつ気掛かりなことはあった。

 

「しかし霧科ばかりに負担がかかっているのはどうかと思います。いくらキオンの3人が諜報のプロであっても彼女自身は素人なんですし、彼女にとってもアフトクラトルは敵地で危険なはず。無理をさせ過ぎなんじゃないですか?」

 

「それは私自身が一番感じていることだが、彼女に『この遠征を成功させるためにひとりひとりができることを精一杯やっている。わたしにできるのはこれくらいしかない』と言い張られてしまってはどうしようもない。たしかにこの役目は彼女にしかできないことで、彼女を欠くと成功の確率が格段に下がるのは事実だ。ならば止められないだろ?」

 

ツグミが頑固で一度決めたことは途中で投げ出さずに最後までやり遂げる性格であることはこの場にいる誰もが良く知っている。

忍田が止められないものであれば他の誰にも止められるはずがないのだ。

 

「ツグミがやっていることは極秘任務だからこの遠征が無事に終了しても私たちのように表舞台に出ることはなく、誰からも賞賛されることはない。そのことを承知で引き受けたのだから本人が自分の『やるべきこと』として納得してやっているということで理解してくれ。まあ、無理をしすぎだと思うところもあるが、本人の気持ちを一番に考えて私は…いや、私だけでなく城戸さんも彼女に重要な任務を任せた。この遠征が成功して無事に帰還できたら、おまえたちだけでも彼女に感謝の言葉をかけてやってくれ」

 

「わかりました」

 

東はそう答え、他の3人もわかったとばかりに頷いた。

 

 

 

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