ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

333 / 721
314話

 

 

それまで沈黙を続けていた迅が大判のアルバムを机の上に置いて言った。

 

「忍田さん、ちょうどいい機会だからここにいるメンバーで()()をしませんか?」

 

そのアルバムとは迅が居室を出る際に持ち出して、ずっと膝の上に置いていたものである。

これを見ながら話をしようということらしい。

 

「予習? ああ、現地に着いてから全員一斉にと思っていたがここにいるのは時間を持て余しているメンバーだからいいかもな。迅、アルバムを開いてくれ」

 

「了解」

 

迅はアルバムを開き、説明を始めた。

 

「これは俺とツグミがアフトクラトルへ行った時に撮影したもので、主に街の中の様子と城郭都市の南側に広がる荒地と森林地帯の写真です」

 

アルバムといっても同時に何人もの人間が見られるようにとA4サイズに引き伸ばした写真が1ページに1枚ずつ差し込まれた厚手のクリアファイルで、写真の枚数はざっと100枚はありそうだ。

 

「最終試験で使用したマップの荒地と森林地帯のリアルがこれです。再現したものと地形はほぼ一緒ですが、たぶん今頃はもっと荒れ果てているでしょうね。これも(マザー)トリガーの寿命が近付いてきているせいで天候不順になり、元々畑作地帯であった場所ですが作物の収穫できなくなり放棄地になったらしいです。ミッション中にもしアフトの連中に見付かってしまった場合はここで戦うことになる予定です」

 

再現された仮想空間では草原になっていたが、そこが写真を見ると雑草さえ生えない荒地になっている。

日照不足によって植物が育たなくなったのだ。

近界(ネイバーフッド)の国々が(マザー)トリガーの存在によって支えられているという現実が目に見える形で証明されていて、このままではアフトクラトルという国が終末を迎えてしまうという恐ろしい事態となる。

ツグミはこの景色を見てショックを受けたが、東たちは特に気にしていないようである。

自分たちの敵の住む国がどうなろうと関係ないのだから当然で、中には滅びてしまえばいいと考える者もいるだろう。

ここで風間は荒れ果てた耕作放棄地で戦うことよりも城郭都市内で戦うことを提案した。

 

「俺たちは城郭都市内での戦闘を想定して何度も模擬戦をやってきた。たしかに最終的には試験の時のように遠征艇に帰還することになるわけだが、戦闘を行うなら敵が苦手とするフィールド、すなわち奴らの住む街の中を選ぶべきではないのか?」

 

風間がそう考えるのは当然で、東、レイジ、二宮も同意見だとばかりに頷いた。

 

「たしかに誰でもそう考えるだろうね。ツグミも当初は戦うなら城壁の外よりも中の方が都合が良いって考えていたし。だけど実際に現場を見て考えは変わったらしい。そして戦うのではなく戦わずに済ませる方法を考え、どうしても戦闘を行うことになった場合は狙撃手(スナイパー)の射程から外れた荒地で逃げながら戦うしかないという結論になって、最終試験も『遠征艇にたどり着いたらクリア』ってルールにしたって経緯があるんですよ」

 

その逃げながら戦うという最終試験で踏んだり蹴ったりだった経験がある4人はツグミの作戦に疑問を抱くのは当然だ。

それにとても不満そうな顔で迅を睨んでいる。

 

「じゃあ風間さん、C級隊員を救出するためという大義名分があれば何の罪もない民間人を死なせることができる?」

 

「え?」

 

迅の質問に風間は何を言っているのか意味がわからないという顔になった。

トリオンでできた戦闘体に換装して戦うことで敵味方関わらずダメージを受けると生身の身体に戻ってしまうだけで死ぬことはない。

大規模侵攻で本部基地に侵入したエネドラによって通信員6人が殺害されたがそれは特殊な例であって、戦闘体を使用するボーダーの戦いなら死人が出るということは滅多にないことだ。

それに戦闘は警戒区域内で行われるのが原則で、激しい戦闘が行われても民間人に犠牲者が出るはずがない。

風間だけでなく他のメンバーも同様に自分が戦うことで誰かを殺してしまうようなことはありえないと考えているから迅の質問にすぐには反応ができなかったのだった。

 

「俺たちが民間人を殺すなんてことはありえない。俺たちの敵はハイレインたちのようなトリガー使いだけだ」

 

少し怒ったように答える風間に迅は平然と言う。

 

「別に殺すとは言ってないですよ。街の真ん中で俺たちとベルティストン家の連中が戦うことになれば無関係な民間人を巻き込んで死なせてしまう可能性があるってこと。市街地戦って本来は人が住んでいる街の中でドンパチやるわけで、そこの住人たちを巻き込むことになってしまうのが現実。ボーダーの弾丸トリガーに流れ弾防止の処理がしてあるのも万が一民間人を巻き添えにしてしまった時の予防策だし。…ツグミは言ってましたよ。街の中で戦うってのは『市街地A』や『市街地B』のマップで戦う模擬戦とは違うんだって」

 

「…!」

 

「人が住んでいる街の中で戦えば必ず怪我人が出る。下手すりゃ死人だって出るだろう。それが民間人であっても近界民(ネイバー)ならかまわない。近界民(ネイバー)が何人死んだって平気だっていう根性があるなら市街地戦は有利に働くだろうね。だがこの艇に乗っている人間の中でそれができる奴はどれくらいいるかな?」

 

自分たちに襲いかかってくるトリガー使い相手なら何の憂いもなく剣を振るい、銃を撃つことはできる。

それは自分と仲間の身を守ることであり、必要なことだからだ。

逃げ惑う民間人に武器(トリガー)を向けることはなくても戦闘に巻き込まれて死者や負傷者が出るのは誰にでもわかることで、自分が撃った弾で建物が崩壊し、身を守る手段のない民間人がその瓦礫の中で助けを求める声がしていて無視できるものだろうか?

仮にその時は優先すべきことがあって見て見ぬフリができたとしても、後になって自分のせいで無関係な民間人に負傷者が出たと思うと胸が痛むに違いない。

いや、怪我だけで済めば良いが死んでしまったのであれば間接的に人殺しをしたことに間違いはないのだ。

人の死なない戦いに慣れきっているボーダー隊員に人を殺めた罪の重さに耐えていけるだけの根性があるとは思えない。

なにしろツグミ自身が第一次近界民(ネイバー)侵攻で過失ではあるが近界民(ネイバー)を殺してしまっているからこそ他の隊員には同じ気持ちを味あわせたくないと考え、その結果が「民間人が巻き込まれる心配のない戦闘フィールド」である城外の耕作放棄地を選んだというわけだ。

 

アルバムの中の写真の約半数が市街地で撮影したもので、そのどれもが隠し撮りである。

しかしだからこそ自然な姿の庶民の普通の暮らしが写っている。

市場で買い物をしている若い女性、広場で石けりのような遊びをしている子供たち、荷馬車の積み荷の上げ下ろしをしている労働者、井戸端で洗濯をしたり腰を下ろして楽しそうに駄弁っている婦人たち…それはハイレインと同じアフトクラトルの人間たちではあるが、慎ましやかで穏やかな日常を大事にしている一般市民であってボーダーの敵ではない。

彼らはC級隊員をさらったのでもなく、三門市を破壊したのでもなく、そしてボーダー隊員に武器(トリガー)を向けることは絶対にありえない。

そんな自分の身を守る術さえない弱者の彼らを戦闘に巻き込んで死なせてしまうことになれば、目的のためなら手段を問わないハイレインたちと同じ外道になってしまうのだ。

誰もがそのことに気付き、それ以上何も言えなくなってしまった。

すると迅が胸の中のものを吐き出すように言う。

 

「俺は戦闘を避けることができるならその方がいいと思う。これまで必死になって市街地戦の訓練をしてきたみんなには悪いと思うけど、これからもボーダー隊員を続けるんだったらやってきたことは無駄にはならない。ハイレインたちが憎いからボコボコにしてやりたいって言うなら戦闘を避けるって策は納得できないだろうけどこの遠征の目的はC級隊員の救出で、それを達成するためにここまで来たんだから私情は挟むべきではないんじゃないかな。まあ、中には近界(ネイバーフッド)にいるはずの家族や友人を探したいとか、アフトに連れて行かれたレプリカ先生と遊真を再会させたいという理由で参加した奴もいるが、まずはボーダーとしての目的を無事に達成してからのことで、今はまだそれを優先すべきではない。ツグミがメガネくんと千佳ちゃんを遠征艇の居残り組にしたのはふたりが戦力として不十分なことだけでなく、勝手な行動をして命を落とすようなことにならないため。まだふたりには内緒だけどツグミはそっちの方もフォローしているはずだから、良い結果が得られなくてもツグミの誠意はわかってくれるんじゃないかな」

 

「……」

 

「風間さんたちはバカじゃないから俺の言っていることは納得できなくても理解はできていると思う。まあ、アフトに着くまではまだ数十時間あるわけだし、その間にいろいろ考えてみてよ。他のメンバーには現地に着いてから状況説明の時に言うから。それでなお他のメンバーから市街地戦を押す意見が上がれば、そこでどうするか多数決で決めましょう。忍田さんも『おまえたちに良い案があればそちらを優先する』って言っているし。でもさっき東さんは『俺たちには情報が皆無の状態の敵地に潜入してミッションを成功させるだけの知恵も技術も度胸もありません』って言ってたからツグミの作戦よりも良い案っていうのを考え出せるかどうか…。それに多数決ってのは民主主義の原則だけど、多数の意見が正しいとは限らない。間違った多数意見のせいで誤った結果を生み出すこともある。その時の選択が正しかったのか間違っていたのかがすぐに答えが出る場合と出ない場合があって、今回はすぐに結果が出るケースだから本隊メンバーが市街地戦を選ぶようなことになった時、たぶんツグミはこの遠征計画から全面的に手を引くだろう。あいつは大切なものを守ろうとしてボーダーで必死になって戦っているけど、その大切な人たちに自分の考えた作戦が認めてもらえなかったとなればいくらあいつでも心が折れる。敵味方関係なく誰も死なせたくないと考えて行動しているあいつに対して俺たちが人を死なせる戦いを選ぼうっていうんだからな」

 

「……」

 

「正義ってものは人の数だけあると言うけど、だったらその正義というのは真理じゃない。真理が複数存在するってことはありえないからね。『これは正義だからって人を殺してでもやり遂げるんだ』と言い張られても、殺される側にとっては絶対悪だし。…俺はもう人を殺すことも殺されることもない好きな人と一緒にのんびり暮らせる平和な世界を創りたい。これが俺にとっての正義。味方が死ぬのを見るのは嫌だけど、敵を殺すのも死なせるのも嫌だからな」

 

迅は過去の遠征で仲間を大勢失ったが、それ以上の数の近界民(ネイバー)をて死なせてしまった。

もちろん彼に罪があるわけではないが、人を死なせた事実は変わることなくその罪の意識が心の奥底にずっと澱のように溜まっている。

普段は平気だが、こうして近界民(ネイバー)と戦うような機会がくれば思い出すことになって何とも言えない不快な気分になるのだ。

これ以上嫌な気分になりたくないから誰も死なせたくないと思う。

ツグミは人を斬った時の嫌な感触が今でもありありと思い出せるから、まだ人を死なせたことのない隊員たちに同じ経験をさせたくないと考えるのは無理もない。

だが実際に人を死なせたことのない人間には彼女の気持ちはわかるはずがなく、敵にとって不利なフィールドで戦ったことで民間人が死んだとしても自分が直接手を下したのでないのだし、必要な犠牲だと割り切ってしまえると思っているのだろう。

 

「あとは現地に着いてからの話で、全員で話し合って決まったことに俺は従うことにする。でも俺はその前に市街地戦に反対の1票を投じるけどね」

 

迅がそう言うと、忍田が続けた。

 

「たしかに荒地での戦闘になれば敵に有利になるだろうが、そもそも戦闘状態にならないように考慮された作戦を順調に進めることができれば戦わずに目的は達成できるはずだ。それにツグミがいくら周到に計画したとはいえ図らずも戦闘状態に陥ることは十分に考えられる。城郭都市と遠征艇の停泊地は約5500メートル離れている予定で、戦闘中に換装が解けてしまったら無数のトリオン兵に囲まれながら全力で走らなければならない。しかし最終試験の時のような状況なら走る距離はだいぶ短くなるだろうし、ツグミのことだからあの試験の結果を見てなんらかの手立ても考えているはずだ。だから私も市街地戦には反対票を入れるつもりでいる」

 

迅と忍田の言葉はツグミのことを幼い頃から見守っているからこそ言えるもので、ここまで自信ありの発言をされると誰だって「そうかもしれない」と思うようになってしまうものだ。

それに東、レイジ、風間、二宮は比較的ツグミと親しい間柄にあるから、過去の彼女の言動を思い返すと迅と忍田の彼女に対する信頼にも納得がいく。

 

「この部屋をあまり長く貸し切り状態にしておくわけにはいかないから、そろそろ解散にしよう。あとは現地に着いて別働隊から情報を聞いた後に全員一緒に説明をし、最終的に全員が納得する作戦を決行することになる。…以上だ」

 

忍田は一方的にそう宣言して席を立った。

たしかに全員が自由時間を過ごすためのプレイルームであるから、長時間の貸し切りはルール違反だ。

それにこの後は高校生普通校組が宿題をする時間になっている。

当初は部屋割り単位で使用することになっていたが、学年が違っても同じ学校の生徒全員が一斉に同じ場所で課題をやることで、各自が自分の居室で黙々とやるよりも効率的になると判断したツグミの提案である。

同じ学校の先輩が後輩の面倒をみることができるという点もメリットとなり、実際にここまで来る間に全員が半分以上の課題を終えている。

太刀川の場合、手伝いはしないがそばにレイジや二宮がいてプレッシャーをかけるものだから、嫌々ながらも課題を進めていた。

そんな彼らの邪魔をするわけにはいかず、東たちもこれ以上忍田を引き止める理由が見付からずに解散をした。

 

 

それぞれ無言でプレイルームを出て行くが、最後に部屋を出たのが迅だった。

その表情は仕掛けたイタズラが成功した時の少年のようで、自分の視た未来が良い方へと向かっているのを確信できたこともあってニヤニヤしている。

 

(ツグミは俺の未来視(サイドエフェクト)とは違う形で未来が視える。でなきゃこんなシナリオを考えて俺にそのメモを預けていくわけないもんな。これでアフトに着いた後にどんな結果になるか見ものだが、やっぱあいつの思惑どおりになるだろうな…)

 

ツグミは別働隊の存在をできるだけ知られないように隠していた。

しかし最終試験で正体不明の近界民(ネイバー)の協力者が3人いることが明らかされている。

さらに彼女と迅が近界(ネイバーフッド)へ行ったとなればその近界民(ネイバー)が関わっていると誰もが勘付くはずで、内緒にしていると見せかけていくつかの「近界民(ネイバー)との関わりを示す証拠」をチラつかせてきたのだった。

そして遠征に出発してなお現地での行動計画の説明が一切なく、そうなると東たちのような人間が不自然さや疑念を抱くようになって忍田に詰め寄ることとなる。

そこで「ここだけの話」ということにして別働隊の存在を教え、ツグミたちが現地の情報を集めて救出作戦を考えていることまで話す。

その中で戦闘になった時には市街地ではなく人のいない耕作放棄地で戦うことを説明すると、ほぼ100%の確率で反論が出るとツグミは考えた。

事実、風間がこれまでの経験から城郭都市内での戦闘をすべきだと主張し、他の3人も同意見だった。

ハイレインたちにとって市街地戦は不利となるのは確かだがボーダーにとって有利とは言えないことを説明し、民間人に犠牲者が出ることを気付かせたことで4人の気持ちに動揺が走ったのだった。

 

(こうしておけばアフトに着くまでの間にそれぞれ何かしらの答えを出さざるをえない。たとえどんな答えを出すにしても自分の手で人を殺めることになるかもしれないという覚悟を決めることにはなる。第一次近界民(ネイバー)侵攻の時に死にかけた奴ならともかく、被害をまったく受けなかった奴らは人間なんて簡単に死んじまうって忘れてしまっているかような無茶な戦い方をするんだよな)

 

東、レイジ、風間、二宮といった他のメンバーに影響力のある人間が自分の正義と面と向かって対話することにより、いざ現地に着いて残りのメンバー全員に説明をする時に効果が現れることになる。

この4人以外のメンバーは初めて状況を知らされることで、さっきと同じように市街地戦を押す声が上がることだろう。

そこで迅と忍田がこの4人にしたように市街地戦の危険性を説明しても中には彼らの言うことに真っ向から反対する隊員も出ると考えられる。

しかし彼らの言葉に耳は傾けずとも東の言うことなら聞く耳を持つという隊員もいることから、先にこの4人を味方につけておこうとしたのだ。

ハイレインやヴィザといった明らかに敵だという人物を殺すならともかく、近界民(ネイバー)だからといって生身の民間人を死なせて平気でいられるとは思えない。

4人が4人とも市街地戦に反対するようになるとは思えないが、誰かひとりでも市街地で戦えば民間人に犠牲が出ると言い出せば「戦争では人が死ぬ」ことをすっかり忘れていた人間でも意識するようになるはず。

したがって全員とはいわずとも半数以上が市街地戦を避け、耕作放棄地で戦闘を行うことを認めることになるだろう…というのがツグミの考えたシナリオである。

もちろん彼女の考えが甘くて半数以上が市街地戦を選び、民間人に死者が出てもそれは仕方がない「犠牲」で済ませようとするかもしれない。

その場合はまた別の策が講じられているのだが、そのことはまだツグミの心の中にあって迅にすら教えていないのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。