ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
遠征艇の外に仮の「会議室」を設置して集合した本隊メンバーたち。
会議室と言っても30人が一度に集まることのできる広場に本隊メンバーが適当に座り、正面には艇の中で使用していたホワイトボードを運んで来て置き、その前でツグミが説明をするという「青空教室」のような感じだ。
なにしろ遠征艇のプレイルームでは同時に30人もの人間が入ると会議どころではないのだから仕方がない。
むしろ何日も狭い艇内に詰め込まれていた彼らは屋外の方が良いというもの。
明るくて暖かい日差しの下でないのが残念だが。
「みなさんも薄々勘付いていらっしゃると思いますが、わたしはとある国の
そう切り出してからツグミはホワイトボードに地図を貼り、教師のように伸縮式の指示棒を伸ばして地図上の一点を指し示した。
「ここが城郭都市の南門で、この南エリアは現地の協力者の管轄ですので他の ──」
「待て、霧科! その前に説明すべきことがあるだろ?」
ツグミの言葉を遮ったのは三輪であった。
選抜試験の時から
「その
「当然だ」
「でもわたしが話せることはあまりありませんよ。ほとんどが城戸司令の許可がなければ教えられないことばかりですから。わたしが話せるのは彼らがキオンの人間であるということと、ボーダーの敵ではないということくらいです。ちなみに第一次
ツグミがキオンの名を出すと、三輪だけでなく他のメンバーも顔を顰めたり何らかの反応をするが、前もって話を聞いている東、レイジ、風間、二宮には表情に変化はない。
そこをツグミは見逃さず、迅が頼んでおいたことをちゃんとやってくれたことを確認した。
(これなら予定どおりに進みそう)
自分の書いたシナリオのとおりに進んでいることで、このまま話を続けられそうだとツグミは確信した。
「これ以上のことはわたしの口からは言えません。どうしても知りたいというなら城戸司令からお聞きください。もっとも城戸司令が話してくださるかどうかわかりませんけど」
「くっ…」
三輪も城戸の名前を出されてしまってはもう何も言えない。
それに最高司令官である城戸の判断で
ならば三輪も諦めるしかない。
「では説明を再開します。別動隊の任務は城郭都市内のどこかにいるはずのC級隊員の安否確認と、城外へ脱出するためのルートを探すことでした。そしてそのどちらも把握しており、みなさんが極力戦闘状態にならない救出作戦を作成しました。作戦は非常に単純です。南門からさらに南に約500メートルの場所に城内から伸びる地下道の出口があり、そこでみなさんに待機してもらい、脱出してきたC級隊員たちを護衛しながらここまで戻って来るというものです。C級隊員の脱出は朝の霧が晴れないうちに別動隊のメンバーで決行しますので、城外に出た後はみなさんにお任せします。万が一敵に発見された時にはこれまでの訓練の成果を見せてください」
脱出してきたC級隊員たちを城外で待ち受けていて、彼ら護衛しながら遠征艇まで戻って来るという
それを聞いて楽チンだと思う者もいれば、自分たちが訓練を重ねてきたことが意味のないものになりそうだとわかって憤りが顔に現れている者も数人いる。
(これは想定内のこと。戦わずに済めばいいと思うのが普通だけど、訓練したことが無駄になってしまうと考えるような人間にとっては不満があるわよね…。でも生身のC級の子たちを危険に晒すわけにはいかないんだから、せめて彼らが全員遠征艇に避難してからにしてもらわないと。それに時間がかかればかかるほど遠征部隊が無事に帰還できる可能性が低くなる。ベルティストン家を相手にするだけでも厳しいのに、他の勢力がハイレインに恩を売るために自分のところの兵士を出すようなことになれば、その先はわたしにもどうなるかわからない。他の貴族の戦力はディルクさんだって把握していないし、調べようがないんだもの)
四大領主の内の3つの家はベルティストン家が「神選び」から脱落してくれることを望んでいるが、逆に弱りきった状態のハイレインを取り込んで勢力を拡大させ、
だから最善なのはC級隊員救出作戦がハイレインに知られる前に完遂されることで、C級隊員が脱走したことをどれだけ長時間気付かれないようにするかが重要だ。
気付かれたとしたらその段階で
そちらの準備は万全であるが使わないで済めばその方が良いに決まっていて、無関係な市民に犠牲が出るなど論外で、
「ここまでで質問や意見のある方はいらっしゃいますか?」
ツグミはわざと説明を中途半端なままにして本隊メンバーに意見を言わせることにした。
まだ概要しかわかっていないのだから質問をしたいという人間はいるだろうが、それよりも反対派の意見を聞きたいと思ったからだ。
案の定、真っ先に手を挙げたのは小南だった。
「はい、質問。あたしたちは城郭都市の中に侵入するための訓練や、市街地戦を想定した模擬戦も繰り返しやってきたわ。それはあんたが城郭都市が普通の街と違って侵入するのが難しいって言うから。それに
小南の意見に賛成だという顔で頷く者が数人おり、それはツグミが想像していたとおりである。
「わたしがアフトクラトルの現実を知る前はそれまでに学んだ知識と協力者の情報を元に城郭都市での戦闘についてどのような点が今までの三門市での防衛戦と違うのかを考えて、どうしたら攻略できるかをいろいろ試行錯誤して、その結果を訓練に反映させました。しかし実際に現実の城郭都市を見てみると頭の中で考えたものとは大きく違って、戦闘に及べば非常に大きな被害が出ることが予想されます。それを食い止めるためには極力戦闘を避けることと、戦うのであれば市街地ではなく城外の広い耕作放棄地が好ましいと考えました」
「でもそんなところで戦えば人型
小南の態度を見ていてツグミは心の中でほくそ笑んだ。
(遠征のための特別訓練の時と同じ展開になったわね…。戦闘力に自信のある人間は戦いを避けようとする人間を臆病だと感じる。自分なら戦って勝つという確信や自尊心があるからあえて戦闘を避けるようなことをせずに戦って力でねじ伏せればいいと考えるから。それは別に悪くはない。ただし敵の戦力などの情報を考慮した上で勝てると判断したならいいけど、敵のことを何も知らずにいて根拠のない自信によって勝てると思い込んでいるならそれは非常に危険なこと。でもそれを
ツグミの話に真っ向から反対する人間がいることは端から承知しており、そのためにちゃんと
「わかりました。ならば一度すべてをリセットし、初めからやり直しましょう。みなさんの反応を見ていると自分たちがやってきた努力が無駄になるのが嫌だとか、敵である
そう言うとツグミはホワイトボードに貼ってあった地図と指示棒を片付けようとした。
「待ちなさいよ! またそうやって大事な時に手を引こうって言うの!? それじゃあの時と同じじゃない!」
腹立たしげに言う小南に対してツグミは冷静に答えた。
「ええ、あの時と同じです。わたしが様々な条件を考慮して出した答えを事情も知らずに頭から否定して、聞く耳を持たない相手には何を言っても無駄なのでわたしが退くというパターンはここにいるみなさんも経験していますね」
そう言ってニコリと笑うものだから、小南はますます気に入らないとばかりに声を荒げる。
「別に聞く耳を持たないなんてことはないわよ! ちゃんとした理由があるんならあたしたちがわかるように説明をしなさいってこと。説明をしないで逃げようだなんて許さないんだから」
「説明ですか…。いいですよ、誰にでもわかるように単純かつ明確にお話しましょう。その代わりわたしが話をしている間は静かに聞いていてください」
ツグミはそう前置きをしてから説明を始めた。
「当初の計画ですとC級隊員たちを城外へ脱出させるのにどうしても敵にバレてしまうため、全面戦争になることを覚悟の策しか思い浮かびませんでした。しかしそうなると入り組んだ市街地の中で生身のC級隊員たちを守りながら人型
ここまでは誰もが理解できる。
というよりも情報の少ない敵地での戦いとなればまずはそのフィールドの特性を知るのは当然で、口で説明されるよりも実際に戦ってみた方が理解できる人間が多いということで、ツグミは経験させることによって城郭都市が防御に徹した要塞であり、侵入が非常に難しいと知らしめた。
しかし城内へ入ってしまえば中は市街地であり、普段戦っているフィールドと良く似ているから慣れている。
おまけに敵は自分たちの本拠地、つまりボーダーで言えば本部基地の中で戦うようなものだから無闇に破壊できないという「ボーダーに有利、アフトクラトル側には不利」なフィールドとなる。
誰でもそう考えてしまうのは無理もない。
訓練でも攻撃側と防衛側に分かれての団体戦を行っていて、防衛側がいかに戦いにくいのかは身を持って知っている。
だから市街地戦を行うべきだと考えるわけである。
「実際に戦うことになる実動部隊のみなさんにとってはこの市街地戦をメインとした戦闘訓練を行うのは当然のことで、2ヶ月近くも訓練していれば勝てるという自信を持つのは当然ですね。そして勇んではるばる敵地に乗り込んできたのに今度は戦闘を行わない作戦を提示されたら納得できないのも無理はありません。それも城外でC級隊員たちが脱出してくるのを待ち、彼らと一緒に遠征艇まで戻って来るだけなんですから、これまでの訓練は何の意味があったんだと腹が立つ人もいるでしょう」
ツグミの言葉に数人が頷いている。
「ですがわたしはみなさんよりも先にここに来て現実を見てきました。そして市街地戦は敵にとって不利であるだけでなく、ボーダー側にとっても不利なフィールドであることに気付いたんです。それにまだその時は敵の戦力がどれくらいなのかまったくわからない状態でしたから、戦闘を避けてC級隊員を遠征艇まで避難させる方針に転換しました。それが最終試験で生身の人間を守りながら戦わなければならない状況をどう切り抜けるかという内容になったわけです。さらにこの街で数日過ごしていくうちにC級隊員を守りながらの市街地戦は
ここまで説明すれば大半の人間はツグミの言い分に正当性があると理解できるのだが、それでもまだ納得できないという人間はいる。
いくらツグミが正論で訴えたところで「
「先ほど提示した案に賛成してくれる方もいれば納得できないが賛成せざるをえないという方、納得できないから従えないという方…それぞれいらっしゃると思います。そこでわたしはこれまでに知り得た情報をすべて開示し、その情報を元にみなさんで作戦を一から練っていただき、全員が納得した作戦でC級隊員を救出するのがいいのではないかと感じました。ですから一度すべてをリセットして初めからやり直そうと言ったのです。わたしが考えた作戦よりも実動部隊であるみなさんに考えてもらうべきかもしれません。この中には東隊長や古寺隊員、月見さんのような戦術の達人がいますから、きっとわたしの提案よりも素晴らしい策を考えてくれることでしょう」
そう言ってツグミは忍田に数枚の紙の束を手渡した。
「これはわたしたち別動隊が調べ上げた情報のすべてです。これだけの材料があればわたしの考えた作戦よりも優れた作戦が組み立てられると思いますよ。なにしろ彼らは
そして続けて言う。
「わたしにはC級隊員救出以外にやらなければならないことがありますので、これで失礼させていただきます。何か不明な点などあれば迅隊員が持っているトランシーバーで通話できますので、午前中と非常識な時間以外ならいつでも連絡ください。それからC級隊員たちには救出のための遠征部隊が数日のうちに行動を開始する予定だと伝えてあります。元々長期滞在する計画ではないのですし、敵地にいるのですから何がきっかけとなって遠征部隊の存在がバレるかわかりませんので一日も早くお願いします」
「わかった」
用事は済んだとばかりに立ち去ろうとしたところ、背後から東に呼び止められた。
「霧科、ちょっと待ってくれ。話がある」
「はい?」
「こっちへ来てくれ」
東は内緒の話があるらしく、ツグミを離れた場所に連れ出して訊いた。
「本気で俺たちに作戦を考えさせるつもりなのか?」
「もちろんです。忍田本部長に預けた報告書に得た情報は全部書かれていますから、それを見れば東さんにできないはずがありません。わたしの任務は情報収集であり、作戦の立案は本来の仕事じゃありません。それでもわたしが現状でベストだと考えたこの作戦でも実行部隊のみなさんにとってはベストではないとなれば、やはり実動部隊のメンバーで決めるのが道理というものですよね」
「その言い方はちょっとトゲがあるな…」
「ええ、わざと言ってみましたから。でも正直言ってわたしはあの街に住む人たちを巻き込みたくはないんです。これはボーダーとハイレイン一党の間のトラブルを解決するための遠征です。無関係な住民に犠牲が出たとしても相手が
「そんなことはないが…」
「仮にボーダー隊員によって家族を殺されてしまった少年がいたとしたら、それは第二の三輪秀次となるかもしれないんですよ。東さんだって入隊したばかりの頃の彼の姿を見て憂いていたじゃありませんか? それに三輪さんも当初は『
「……」
「でも本隊メンバーが全員で決めた作戦が民間人の犠牲を厭わないものであればわたしはそれを止めることはできません。わたしは城戸司令からいくつかの権限をもらっていますが、救出作戦における最終的な判断を下す最高責任者は忍田本部長ですから。本部長はわたしの考えに賛成してくれていても本隊メンバーの総意を無碍にはできない。そうなると本部長も不本意ながら…ということになり、民間人に犠牲が出ればそれを自分のせいだと自らを責めるでしょうね」
「……」
「東さんはここに着くまでに考える時間があったんですから、あなたなりの答えはもう出ていると思います。だったらあなたは自分のやるべことをやって、後悔しないようにしてください。わたしは今の自分にできる精一杯のことをやりました。ここで自分の描いた理想的な結果にならなかったとしても後悔はありません。後悔はしないでしょうが、きっとわたしはボーダーと決別すると思います」
「…!」
「これ以上何かを言うと脅迫しているみたいになってしまいますのでもうやめますね。では、後のことはよろしくお願いします。…トリガー、
トリオン体に換装したツグミは自分のやるべきことをやったという感触を得たことで、次のやるべきことのために移動を開始した。