ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
遠征部隊本隊のメンバーはまたもや
土地勘がなく敵地であるというフィールドで、敵本拠地への潜入、C級隊員を脱出させて城外へと連れ出し、最終的には遠征艇まで護衛しながら帰還するという「これまでに誰もやったことのないミッション」を一から考えて成功させなければならないのだから戸惑うのも無理はない。
しかし別働隊が調べ上げた情報が提示されているのだから材料はあるのだし、東という優秀で上司や同僚・後輩からも信頼されている指揮官がいるのだからそう難しいとは思えない…と誰もが考える。
東なら自分たちと同じ立場であり、一緒に戦闘訓練を積み重ねてきたのだから自分たちの気持ちも理解できるはずで、ツグミの考えた作戦よりも
ただひとりだけ不安を抱えていて困惑している人間がいた。
もちろん東春秋、その人である。
いくら彼が戦史を勉強していて戦術面に明るいとはいえ、彼にとっても生まれて初めてのミッションであるから仲間をまとめて成功をさせる作戦を組み立てる自信などないのだ。
(経験がないのは霧科も同じことだ。それなのに彼女は自分で情報を集めてもっとも成功率が高いと思われる作戦を編み出した。たぶん彼女はこの短い期間にいくつもの作戦を考え、その中で想定外の事態を想定して頭の中で何回もシミュレーションを行ったはず。それと同じことを短時間で俺にやれというのは酷というものだぞ)
東は頭を抱えてしまう。
しかしC級救出作戦は可及的速やかに行わなければならないことで、まずは別働隊の集めた情報を整理することから始めた。
「忍田さん、霧科の資料を見せてください」
忍田から受け取った資料をひと目見て東は驚いて苦笑する。
(霧科らしいな…)
几帳面な文字で書かれた城郭都市で得た情報がA4サイズのレポート用紙3枚にまとめられていて、さらに市街地の詳細な地図が添付されている。
それはかつて東がツグミや月見に戦術を教えていた頃、彼が生徒たちに課題を与える時の資料に酷似していた。
(つまり俺にこの資料を見て今回のミッションを成功させるという課題をクリアしろと言いたいんだな。いいだろう、やってみようじゃないか)
ツグミの報告書には城郭都市のどこにどのようなものがあるのかを自分の足で歩いて調べ、白地図に詳しく書き込まれていた。
そして幼年学校の学生寮に
(キオンの諜報員からレクチャーを受け、現地の協力者がいたとはいえ、素人の彼女が短期間でここまでやるとは驚きだ。おまけに現地の少女に化けて警戒の厳しい幼年学校に潜入して脱出経路まで探し出しているとは…。たしかにこの地下道を使って城外へ出ることによって目撃される恐れはなくなるな。地下道があることは事前に知っていたとしても、その出入り口を見付けるのはそう簡単なことではない。彼女の
弟子の成長に目を細める東だが、その弟子に挑戦状を叩きつけられたようなものである。
さっそく与えられた情報を元に頭の中でプランを組み立て始めた。
(現地の協力者の話によると敵は最大で大規模侵攻とほぼ同数のトリオン兵を投入できるらしい。これは本人が確認したわけではないが信用できる情報だとして彼女も計算に入れている。たしかにあの規模のトリオン兵を全部動かすことはなかろうが、この他に少なくとも例の
仮に市街地戦に持ち込んで周囲の被害を無視した条件で戦うとしても、最終的には遠征艇までC級隊員を避難させなければならないのは変わらない。
ならば市街地で戦って人型の大多数を減らせたとしてもボーダー側の被害がゼロというわけにはいかないだろう。
戦闘体を破壊された時点で戦うことができなくなるどころかC級隊員たちと同じ「守られる側の存在」になってしまうわけで、戦闘を続行できる隊員たちの負担が大きくなるばかりだ。
(城外に出ることができてもそこから5000メートル以上走って逃げなければならず、城外なら敵は大型のトリオン兵をどんどん投入できる。最終試験ではシステムの都合上3匹までしか出せなかったが、ここではそんなことにはならず100や200のモールモッドやバンダーなどが一斉に襲ってくるわけだ。C級や換装の解けたメンバーを守りながらそれらと戦うとなればかなりキツイ。こっちは全戦力を投入していて援軍はないのだからな)
援軍を期待できず現状の戦力で耐え忍ばなければならないのだが、戦闘が進めば単に戦力が減るだけでなく身を守る手段すらない生身の仲間を守らなければならないという点が一番の弱みとなる。
仮に戦闘不能となった際に
ツグミがアフトクラトルでの戦いにおいて
敵の情報を知れば知るほどC級隊員救出というミッションがいかに難しいものなのかがわかってくる。
(キオンやアフトの協力者がいなければ霧科だってこれだけの情報を集めることができなかったはずだ。本来なら俺たちが情報収集から始めなければならないことだった。彼女がトリオン体の容姿と服装を現地の人間に似せたものを用意させ、常にバッグワームを起動したままでも違和感なく街の中に溶け込めるようにしたのは俺たち本隊メンバーにC級の居場所や敵の様子などを調査させるつもりだったからだと迅は言っていた。当初は本隊だけで遠征を成功させなければいけないことだったが、協力者の出現によって別働隊を編成することができ、俺たちの仕事をだいぶ減らしてくれたことになる。…実際に俺たちが城郭都市内に上手く潜入できたとしても何から手をつけて良いのかまったくわからない上に、これだけ大勢の人間が長期間滞在すれば敵に存在がバレる確率は高い。今のところ敵は
失敗は絶対に許されない非常に困難なミッションであることを改めて思い知らされ、東は難しい顔で頭を抱えてしまう。
(チャンスは一度だけ。それを逃せば次はもっと難易度の高いミッションになる。だから絶対に失敗はできないと彼女もわかっていて、最も成功率の高い作戦を立てたのだろうが、それと同じことを俺にやれと言うのは無理だ。いくら情報があっても俺はあの街の実情を知らない。彼女が何日も滞在して見聞きした経験という重要な要素を俺は持っていないんだからな。…いや、逆に何も知らないからこそ民間人を巻き込んだ戦闘ができるのだと彼女は言いたかったのかもしれない。彼女は俺たちに人殺しをさせたくはないと強く訴えていたが、
ツグミは自分の正義を信じて行動しているが、それを他人に強引に押し付けたりはしない。
ただきちんと説明をし、相手に考える時間を与えるという手順は踏むものの、彼女の思いどおりになるよう誘導していて最終的には「自分の意思でそう判断した」と思わせるのが得意なのである。
だからツグミは本隊メンバーの中でも人望があり正しい判断のできる東に希望を託すのだが、それすらも彼女の策略のひとつで、彼女が考えた作戦を東が考えたものであるとすり替えることで「東さんの言うことだから信用できるし正しいに決まっている」と「自分の意思でそう判断した」と思い込ませる。
その結果、ツグミの作戦は実働部隊のメンバーが自分自身で判断をしたと形となって実行される…ということになるわけだ。
もし東がツグミの意思と別の考え方を持ってそれを他の人間に広めたとなれば彼女の思いどおりにはならないのだが、東が彼女のことを良く知っているように、彼女も東のことを良く知っている上での行動である。
(俺の思考パターンを熟知した上での丸投げか…。俺のことを信頼しているからこそできるのだろが、俺だって万能じゃない。異論が上がった場合、俺だけで押さえ込めるとは限らないだろ。…いや、そっちも既に手を打ってあるか。俺だけで手に負えない場合は木崎や風間、二宮が味方してくれるだろうし、なによりも迅が
ツグミから投げられたボールは東の手元にある。
それをどう投げ返すのかは彼の意思で、どのようなボールが返ってくるのかをツグミは待っているのだ。
(結果は同じであってもそれに至る道筋が大事だってことだよな。手のひらの上で踊らされるのは癪だが、この遠征を成功させるには多少のことには目を瞑ろう)
◆
「みんな、作戦会議を再開するぞ!」
東の準備ができたということで、一時解散していたメンバーは再び同じ場所に集まった。
「別働隊が調べ上げた情報を元に俺も自分なりにいろいろ考えてみた。城郭都市内にいるC級隊員を脱出させるにはまず俺たちの誰かが彼らと連絡を取り合わなければならない。居場所はわかっていて、地図によるとこことここの2ヶ所だ」
東はツグミの資料を元に地図の2ヶ所に赤ペンで丸をつけた。
「こっちの
「はい」
全員が頷いたり返事をするなどの反応をした。
いくらツグミのやり方が気に入らないといっても彼女の代わりができる人間がいないのだから仕方がない。
「C級隊員はそれぞれ東エリア、西と北のエリアの境にある建物で暮らしているわけで、城外へ出るためには4ヶ所の城門のどれかを出て行くしかない。しかし城門には常時トリガー使いの番人がおり、人の出入りは厳重にチェックされているからいくら変装をしたところで32人もの人間が一斉に出ていけば目立つどころか怪しまれない方がおかしいというもの。逆に少人数で出ようとすれば時間がかかってしまい、その間に俺たちの存在がバレる可能性が出てくる。この救出作戦は短期決戦が必須条件だ。ただし南門に限っては例外で、現地の協力者の管轄であるからそこを通ることは可能らしい。そうなるとそれぞれ別のエリアから南門までの間は市街地を抜けることになるが、敵に発見されやすくなる。俺たちは変身トリガーで現地の人間に似せた容姿をすることができてもC級たちは日本人顔のままだから目立ってしまうだろう」
東は続けた。
「霧科は城外へ出る手段として地下道を使うことを推奨している。この地下道は一部の限られた人間しか知らないもので、城内の主要な施設に出入り口が設置されていて幼年学校の敷地内と、
聞いているメンバーは現地のことをまったく知らないでいるから、東の話すことは間違いないと信じている。
さらに早朝の霧については自身が経験しており、視程が十数メートルしかないことは敵に発見されにくいということでもあるから早朝決行案は賛成である。
しかし敵に発見されにくいのは良いが、慣れない土地の入り組んだ市街地を移動するとなれば迷ってしまう恐れがあるということ。
初めて足を踏み入れた街で地図を片手にウロウロしているとそのうちに霧が晴れてしまって身を隠すものがなくなり、敵に発見された段階で戦闘開始だ。
そうなったらたちまち激しい市街地戦となり、そのうちに自分たちが今どこにいるのかもわからない状態となって城外へ出るどころではなくなるだろう。
「地上を行く場合でも敵に発見されずに済めば俺たちだけでもC級隊員を城外へ連れ出すことはできる。ただし発見されたら城門が閉ざされてしまい外へ出るのが非常に難しくなるだろう。不可能だと言っても過言ではないな。一方、地下道を使用した場合は南門の南約500メートル地点までは敵に発見されずに済むだろうが、俺たちの中に地下道を案内できる者はいないから、地下道案を選ぶとなれば道案内は別働隊に頼むしかない。その点を覚えておいてもらって、次に移るぞ」
東は地図の南の耕作放棄地を指示棒で指した。
「この辺りまで逃げてくることができたらひと安心…と言いたいが、まだ気を抜いてはいけない。城壁から1000メートルも離れてしまえば
「……」
「よってここにいるメンバー全員で必ず成功させることができる作戦を考えようじゃないか? みんな、忌憚のない意見をどんどん言ってくれ」
東はそう言うが、自分から意見を
「東さん、いいですか?」
手を挙げたのは古寺であった。
「このC級救出作戦は大きく分けてふたつの方法があって、成功確率の高い方を選べばいいんですよね? やはり戦闘を避けるべきだと思うので、できるだけ敵に発見されにくい地下道案を支持します」
東はホワイトボードに「地下道使用」「地上移動」と書き、地下道使用の下に
地下道案に一票という意味だ。
続いて手を挙げたのは二宮だった。
「俺も地下道案に一票だ。面倒事は勘弁してもらいたいからな」
次々に地下道案へ票が入っていくが、当然のことながら地上案を支持する者も現れる。
「俺は地上案に票を入れる。戦うことになった時のことを考えれば市街地戦で人型を減らしておくべきだ。トリオン兵だけなら数が多くてもなんとかなるだろ」
そう言う三輪の意見に賛成をする者たちは頷いて手を挙げる。
たしかに戦闘を避けるのが難しいのであれば市街地戦で人型
「人型を減らしたいという意見にはぼくも賛成だけど、C級を守りながらの市街地戦はけっこう厳しいと思う。敵の戦力を減らすことはできるだろうけど、こっちの戦力がどれだけ温存できるかわからない。ぼくはまだどっちが良いか判断はできないな」
菊地原が言う。
彼の言い分ももっともだから、一度手を挙げた者も腕を半分位まで下げてしまった。
「城の外で戦うとなればヴィザって爺さんの
米屋は地上案を推すようだ。
ヴィザの
だからその性能を生かすのが難しい市街地戦でヴィザを倒しておけば城外へ出た時にだいぶ楽になるという考えは正しい。
しかしそれは倒せたらという仮定の話であり、さらに市街地戦でヴィザを投入しないという作戦もありうる。
それに気付いたのは奈良坂だった。
「俺は市街地戦で
それぞれが自分の意見を言い、それを聞いた者はその意見について自分自身の考えと比べてみる。
そして自分の言葉で他の人間を説得しようとする。
それを繰り返していき、地下道案と地上案のどちらも一長一短があると気が付いたのだが、まだ「アフトクラトルの民間人に犠牲が出る可能性」についての発言はまだ出ていない。
(やはり無理か…。大規模侵攻では民間人にも被害が及んでいる。死者は出なかったものの負傷者は重軽傷合わせて90人。警戒区域内で戦ったにも関わらず民間人を巻き込むことになってしまった。もし市街地戦を行うならばアフトの民間人にも同様の被害は出ることは誰でもわかるはずなのに誰もそのことには触れない。気付いていないのか、あえて気付かないフリをしているのかわからないが、ハイレインたちのように目的達成のためなら無関係な人間が何人死のうとかまわないという考えで戦うようになってしまってはダメだ。俺はこいつらに敵味方に関わらず人の命を軽んずるような戦いをさせたくはない)
東がそんなことを考えていた時だった。
意外な人物から手が挙がったのだ。
「東さん、わたしにも言わせてもらってもいいですか?」
その場には遠征部隊のメンバー全員が集合しているわけだが、その一番後ろで遠慮がちに座っていた千佳が立ち上がって言ったのである。
すぐそばにいた修や遊真ですら彼女が自分からすすんで意見を言うとは想像もしておらず、驚いた顔で彼女を見上げていた。
「雨取か…いいぞ、遠慮なく何でも言ってみろ」
「はい」
千佳は意を決したかのように口を開いた。