ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
論功行賞授賞式のあった日の深夜、修の意識が戻った。
「母さん…」
真っ先に修の目に入ったのは母親の姿だった。
修が入院して以来、ずっと病院に泊まり続けだった母・香澄。
一週間ぶりに目覚めた修に香澄が言い放った言葉は驚くべきものだった。
「…修、あなた…こんな大怪我したのに千佳ちゃんに泣いてもらえなかったわよ。親密さが足りないんじゃないの? 親密さが」
「……」
大規模侵攻で大怪我をした息子に対する第一声がこれとは非情だ。
しかしすぐに優しい言葉をかけた。
「…でもお見舞いにはたくさんの人が来てくれたわ。ボーダーでは頑張ってるみたいね」
「見舞い?」
「玉狛支部の先輩たちが毎日誰か来てくれるの。眼鏡の支部長さんとヘルメットの子も」
修は枕元の時計に表示されている日付を見た。
(27日…。一週間も寝てたのか…)
その間のことを修は香澄に訊いた。
「他には誰が?」
「ボーダーの本部長さんと、私は良く知らないけどテレビに出てる人? まっすぐな感じの男の子と、育ちのよさそうなお嬢さん」
(嵐山さんと木虎だ)
「A級嵐山隊の嵐山さんと木虎です。ボーダーの広報的な仕事をする人たちで、いろいろ親切にしてくれます」
「あとは後輩の男の子?」
(緑川…かな?)
「…言葉は丁寧だけど、黒髪で目が鋭い」
(風間先輩だ…)
「…その人、先輩です。A級風間隊の風間先輩です。前に一度模擬戦の相手をしてもらいました」
「それから元気な男の子3人組も来てくれたわ」
(…3人組? たぶん出水先輩と米屋先輩と緑川だろうな)
「3人共A級の隊員で、大規模侵攻では助けてもらいました」
「…それから玉狛の迅くんって子は一度しか来なかったわね。そして私と千佳ちゃんに何度も謝ってたわ」
「迅さんが…!?」
「ええ。それからツグミさんは私に毎日お弁当を作って来てくれたのよ。彼女、礼儀正しいしお料理が上手だからいいお嫁さんになるわね」
(そうか…霧科先輩が…)
「空閑くんって子は毎日学校が終わると千佳ちゃんと一緒に来てくれたんだけど、なんだかいつも寂しそうな顔をしていたわ」
(…レプリカのこと、早く謝らなきゃいけないな。見舞いに来てくれたらその時に謝ろう)
「明日の朝、玉狛の人にあなたが目覚めたって連絡しておくから、今日はもうお休みなさい」
香澄に促され、修は再び横になって目を閉じた。
◆
翌朝になって香澄から修が目覚めたという連絡が玉狛支部に入り、林藤、陽太郎、レイジ、そしてツグミがすぐに駆けつけた。
他のメンバーには林藤からメールで伝えられ、放課後に病院へ行くとのことだ。
そしてツグミはいつものように弁当を作って再び病院へと向かった。
(きのこあん豆腐とブロッコリーのおひたしだけど、オサムくんは喜んでくれるかな?)
ツグミは医師に確認し、修にも食べられる料理を作っていた。
これは詫びではなく、自分のことを命懸けで守ってくれた修への感謝の気持ちなのだ。
3人で食事をして歓談していたところに遊真がやって来た。
「よう、オサム」
「空閑、こんな時間にどうしたんだ? 午後の授業は?」
「サボった。オサムの代わりに防衛任務があると言ったら、先生に『がんばってね』って言われたぞ」
「…。まあ、いいか」
嘘はいけないが、遊真の気持ちを大切にしたいと修は思ったのだ。
「空閑、ちょっといいか?」
「?」
修は遊真を誘って屋上へと行った。
たぶんふたりきりで話したいことがあるのだろうと察し、ツグミは病室へ戻って待つことにする。
香澄はその間に所用を済ませると言って出て行った。
屋上に着いた修は重い口を開いた。
「実は…」
「レプリカのことなんだけどさ」
修が何かを話そうとしたところを遊真が遮る。
そしてポケットからちびレプリカを取り出して言った。
「しおりちゃんが言うには、もしレプリカが死んでたらこのちびレプリカも消えるはずなんだと」
「…!」
「つまりこれが残ってるかぎり、あいつは死んでないってことだ。今日まで何日もかけて調べてもらったからたぶんまちがいない。レプリカは生きてる。アフトクラトルに行けばきっとまた会える。…A級目指す理由が増えたな」
遊真はそう言って笑った。
(空閑は…こいつはぼくが負い目を感じないようにわざわざ…)
修は絞り出すような声で言う。
「…空閑…すまない。ぼくが…ぼくの力が足りないせいで…! レプリカが…!」
「ちがうよ。
「………ぐっ…く…」
「泣くなよ、オサム」
「…傷が痛むんだよ」
遊真の心遣いがたまらなく嬉しくて、つい涙が零れてしまう修だった。
◆
修たちが屋上で話をしている頃、ツグミがひとりで病室にいると意外な来客があった。
「やあ」
「唐沢部長…。部長まで三雲のお見舞いですか?」
「うーん、お見舞いというより彼に少し用事があってね。三雲くんはどこかな?」
「お医者様から身体を動かしてもいいと言われたもので、屋上までお散歩しに行っています。もうすぐ戻って来ると思いますが」
「では待たせてもらおう」
ツグミは唐沢の行動に疑問を持ちながらも病室にあったパイプ椅子を勧めた。
(オサムくんに用があるなんて、いったい何を企んでいるのかしら?)
城戸司令の息のかかっている人間が玉狛支部の後輩たちに近付くことをツグミは警戒しているのだ。
その気配を察したのか、唐沢はツグミに言う。
「そんなに神経とがらせないでくれ。別に三雲くんに害をなそうというのではないんだからさ」
「そう言われてもにわかに信じがたいです。中立寄りの
それはツグミなりの嫌味であり願望でもあった。
すると唐沢はうそ笑んだ。
そしてそんな会話をしているところに修と遊真が戻って来る。
「やあ、おかえり。三雲くん」
「あなたは…」
「外務営業担当の唐沢だ。久しぶり」
修と唐沢は本部基地で何度か顔を合わせているが会話をしたとかいう繋がりはないので、唐沢が自分の見舞いにやって来るのが不思議でしかない。
「今からちょっと外に付き合ってもらえるかな? 病院の許可は取ってある」
「え…?」
外務営業担当の人間が自分に用事があって、さらに外出するとなれば疑問に思うのは当然のこと。
理由を問おうとしたところに香澄が戻って来た。
「あら、どちら様ですか?」
「三雲くんのご家族の方ですね? ボーダーの唐沢という者です。三雲くんを少しお借りしたいと思ってまいりました」
唐沢は名刺を手渡しながら用件を伝える。
「修はけが人です。外出は…」
「いちおう医師の許可はもらっています。もしご心配なら車を用意しますのでお姉さんもご一緒に…」
「母です」
「…………は?」
唐沢は香澄の言葉に驚き、修の顔を見て訊いた。
「お母…さん…?」
「母です」
そして最後に唐沢はツグミの顔を見たので、彼女は黙って頷いた。