ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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321話

 

 

ゼノンとの作業を終えたツグミが南門まで戻って来た時にはすでに日没を過ぎていて、門番のタルサがわざわざエリン家の屋敷まで送り届けてくれた。

彼女はエリン家当主の客人であるから暗い夜道を女性ひとりで歩かせることはできないというのだ。

なにしろこの街はベルティストン家のお膝元とはいえトリオン不足が深刻であるから使用できる街灯の数が通常の半分以下となっていて、治安が悪いということはないのだが足元が暗い上に舗装されていない道を歩くので慣れない人ならうっかり転んで怪我をしてしまいそうである。

彼女はトリオン体である上にエウクラートン人特有の視力の良さもあるから心配はいらないのだが、客人の安全の確保が自分たちの任務であると強く言われたら断ることもできず、タルサの松明の明かりで足元を照らしてもらって帰って行った。

 

 

ツグミが帰宅すると食堂ではヒュースの帰還を祝う晩餐の用意ができていた。

もちろん食糧不足の上に彼が戻って来ていることは秘密だからささやかなお祝いしかできないのだが、それでもディルクの嬉しいという気持ちがたっぷりと込められた料理が並び、食事というものが料理の内容よりも誰と一緒に食べるかが重要であることを改めて感じるものであった。

ツグミが玄界(ミデン)から持って来たレトルトのカレーやフルーツの缶詰などがわずかながらだが食卓を彩り、会話も弾むものとなったのだった。

そして食事を終えるとヒュースを交えてC級隊員救出作戦の打ち合わせ会議を行うことになったのだが、今回は実動部隊からも忍田と迅、そしてゼノンもトランシーバーを介しての参加となり、細かい部分まで詰める話し合いをすることにした。

 

「…ここまでお話した内容で疑問点や改善点がある方はいらっしゃいますか?」

 

ツグミが司会者となって話を進めており、ちょうど良いと思われるタイミングで他のメンバーからの質問を受け付ける。

するとヒュースが手を挙げた。

 

「2つのグループに分かれているC級の連中をリヌスとテオのふたりがそれぞれ地下道の入口で待っていて城外まで連れ出すということだが、当然地下道が使えるかどうか確認したんだろうな?」

 

地下道の存在は知っていても使ったことのない彼にとっては不安なのだ。

 

「もちろん。過去に使用したのは10年以上前ってことでちゃんと管理されているのかどうか不安だったから、わたしとリヌスさんとテオくんの3人で深夜に歩いてみたわよ。古くて狭い通路だけどトリオンでコーティングされているしっかりとしたものだから問題はないし、出口まで迷いそうな場所はなかった。念の為に目印を付けておいたから、リヌスさんとテオくんならきっちりと仕事をしてくれるはずよ」

 

ツグミが自信満々で言うとリヌスとテオは大きく頷いた。

 

「おまえのことだからもう知っていると思うが、幼年学校の制服の靴には発信機が付いていて、学校の敷地内だけでなくこの城郭都市内のどこであっても居場所がバレるんだが、それについてはどう解決する?」

 

「それについては無効化できないから脱いでもらうしかない。朝食の後は午前の訓練の支度をするために自室に戻るんだけど、そこで靴を脱いで足は靴下をあるだけ履いて怪我をしないようにしてもらうことになっているわ。裸足じゃ危険だものね。ヴィザの方の攻撃手(アタッカー)組も同じタイプの靴を履かされていたから同じように脱いでもらうことにしている。だから彼らの移動はレーダーではバレないと思う。でも訓練が始まる8時には異変が知られてしまい、脱走が発覚するのにそんなに時間はかからないでしょうね。でもハイレインが動き出すまでには少々時間はかかる。だってC級の子たちの姿が見えないからってすぐにハイレインに報告はしないはずだもの。教員や職員が校内をくまなく探して、それでも見付からないとなれば報告しなければならない。内緒にしていて後で事件が発覚したら叱られるものね。だから本格的に追手がやって来るまでのこの時間内でできるだけ遠くまで逃げるのがポイント。たぶんこれで8時30分くらいまで時間が稼げると思うわ」

 

「なるほど…。それで俺は何もしなくていいのか?」

 

「ハイレインが本格的に動くとなればディルクさんにも声がかかるだろうけどディルクさんはこの屋敷で待機して動かないことになっているから、ディルクさんの生命に危険が迫るという緊急事態にならない限りあなたは自分の部屋にでも身を潜めて成り行きを見守ってくれていればいい。だってハイレインによればあなたは玄界(ミデン)で死んでいるってことなんだから、あなたはここにいるはずのない人物。ギリギリまで姿を現しちゃダメよ」

 

「承知した」

 

続いてツグミはディルクに言う。

 

「ディルクさんはハイレインの招集命令に応じないでください。まず一度目は使者がやって来てハイレインの命令を伝えるでしょうからそれを断るんです。すると次はハイレインが自らやって来て出撃するように命じるはず。そこでも仮病とかで誤魔化して命令を拒否してください。そこで即時拘束ってことにはならないはずです。もちろんこれはマズイということになれば別室で様子をうかがっているヒュースが駆けつけてくれますから心配いりません。それにヒュースから救援要請があればわたしもすぐに戻って来ます」

 

「しかし遠征部隊が仲間を救出して玄界(ミデン)へと帰還した後、私は間違いなく罪に問われるでしょうね。(マザー)トリガーへ放り込まれる理由としては十分で、表向きには私が自ら望んで()()()()()とハイレインは市民にそう喧伝するはずです」

 

「でも生贄になんてなりたくはありませんよね?」

 

「当然です」

 

「それなのに玄界(ミデン)には亡命したくないとダダをこねているディルクさんのために、ここに残っても身の安全が保証される方法をちゃんと考えています。ハイレインがあなたをすぐに生贄にできないのはあなたがトリガー使いとしての価値が高く、()()()()()()あなたのことを失いたくはないと考えているからです。だったら近いうちに大きな戦争が起きるってことにしてしまえば滅多なことはできません」

 

「大きな戦争?」

 

「はい。アフトクラトルが『神選び』で混乱している状況であると知ったキオンがこの機会を逃すまいとして大規模な遠征を行うという噂を流すんです。これまでこの2国が本格的な戦争を行ってこなかったのは、どちらが勝っても負けても大きな被害が出る割に利益が少ない。戦後の後処理もお互いに捕虜の交換をするだけで、結局何のためにトリオンを大量に消費してしまったのだと後悔するだけになります。特に今のアフトクラトルは国土の維持のためにトリオンが必要で無駄な消費はできません。そういう状況でキオンが遠路はるばると攻め込んでくるとなればキオンにはよほど勝算があるのではないかと考えるのは当然で、アフトクラトルの国王は絶対に勝たなければならないとして有力な貴族たちに『全戦力を動員して戦おう』と下知が下ることでしょう。その時にディルクさんがいないのは痛いです。だってヒュースとエネドラが死んでしまっていてディルクさんを神候補にしなければいけないとなると、目ぼしい戦力といったらランバネインとミラとヴィザ、そして現在遠征に出ているふたりのトリガー使いだけになってしまいます。自軍の戦力がショボイとなるとハイレインは他の貴族たちに対して面目が立たないでしょうから、ディルクさんは神候補から除外されます」

 

「しかし今からそんな流言飛語の類を流したところで国王が信じるかどうか…」

 

「別に国王が信じても信じなくてもどちらでもかまいません。信じてくれたら万々歳ですし、信じなくても国民の不安を煽るだけで効果はあります。国民はこの噂の真偽を確認することはできません。ただでさえ将来に不安のあるのですからこれをきっかけに国王への不満をぶつける行動に出るとわたしは考えています。現在の国王は国民の支持が高いとは言い難く、いくら言葉で安心しろと言っても効果はない。だとしたら国民の目の前にありったけの軍事力を見せることで十分な戦力があって絶対に勝てるのだと信じ込ませることでしょう。『神選び』の日が終わるまでそうして時間稼ぎでもしていれば、ディルクさん以外の誰かが『神』となってアフトクラトルは存続する。その誰かには申し訳ないですが、わたしにはその人よりもディルクさんの方が大事ですからね。もしそれでもディルクさんが危ないとなったら、その時は無理矢理にでも玄界(ミデン)へと来ていただきます。もちろんヒュースも一緒に。この指示に従えないと言うのなら、あなたの大切な奥さんと息子さんがどうなっても知りませんよ」

 

ツグミはディルクの目をじっと見ながら続ける。

 

「マーナさんとレクスくんは玄界(ミデン)での暮らしが気に入っています。ですからこのまま美味しいものをたくさん食べてもらって、楽しい場所へ連れて行ったりしてアフトクラトルのことを忘れさせてしまえば、もう二度とあなたはふたりに会えなくなりますよ。それが嫌ならわたしの指示に従ってくださいね」

 

こうなるとさすがのディルクもNOとは言えない。

なにしろ彼は妻子を()()()()()()()()()のだからそれを盾にされたらどうしようもないのだ。

 

「わかったよ。いよいよとなったらヒュースと共にしばらくの間だけあなたたちの世話になりましょう」

 

「はい、そうしてください。あなたのことを慕っている市民の方々もあなたが祖国と領民を裏切って逃げただなんて思うはずがありません。それにあなたを玄界(ミデン)に招く時には『玄界(ミデン)の人間に誘拐された』ということにしてしまえば済むことです。あなたが悪く言われるくらいだったらボーダーが悪者になった方がはるかにマシですからね」

 

ツグミの頭の中はC級隊員救出作戦の成功の後のシナリオができあがっており、ディルクを守ることまでが自分の役目だと考えているからこそ彼女は先の先まで読んで行動をしているのだ。

現にキオンからの復路でキオンのアフトクラトル侵攻についてのデマを言い触らしており、そのことはアフトクラトルが各国に潜入させている諜報員を経由して国の中枢まで届いている。

ツグミたちがキオンの総統と会見をしたことも知られていて、こうなることも承知の上で「玄界(ミデン)の少女がミリアムの(ブラック)トリガーを所有している」とか「キオンと玄界(ミデン)が手を組んでアフトクラトルへの侵攻を企んでいる」といった真実や嘘を織り交ぜながら情報操作を行ったのだった。

どこまで効果があるのかは今のところ不明だが、種を播かなければ芽は出ず花も咲かない。

ならばどんな花が咲くのかわからなくても種を播いて水を与えるのは当然だというのがツグミの考え方だ。

 

それから小一時間ほど詳細を詰めるとツグミたちは解散をした。

 

 

◆◆◆

 

 

翌朝、ツグミは幼年学校組の有田と攻撃手(アタッカー)組の里中にそれぞれ遠征部隊本隊の到着と作戦決行日が明日であることを伝えた。

ようやく故郷に帰ることができるのだと思うと感無量で胸がいっぱいになり、ふたりは泣きそうな顔でツグミの説明を聞いていた。

 

「絶対に守らなければいけないことはふたつ。ひとつ目は今履いている靴を必ず脱いで自分の部屋に残しておくこと。ふたつ目はアフトクラトルで手に入れたものをお土産にしようなんて考えずに身ひとつで逃げること。ひとつ目の理由はあなたたちの履いている靴に発信機が取り付けられているから。靴を履いたままでいれば敵のレーダーに反応して居場所がバレてしまう恐れがあるので絶対に脱いでもらいたいんです。そしてふたつ目はそれと同じ理由で、洗濯をするような布製品には発信機は仕込めないけどペンだとかブラシとかの固形物なら可能。うっかりポケットに入れっぱなしなんてことがないように徹底させてくださいね。そしてこの救出作戦を仲間に教えるのは今夜の夕食の後にしてください。早いうちに教えたいという気持ちはわかりますが、万が一みなさんの表情や態度の変化で敵に作戦がバレるとすべて水の泡になるどころか、遠征部隊にも危険が及ぶ可能性が高まりますから」

 

今回のミッションで最も重要なポイントは脱走したことをできるだけ長く敵に悟られないようにすることで、靴を履いたままであれば宿舎や幼年学校の敷地を出た段階でバレてしまう。

そしてその動きで地下道を使って南側の出口へ向かっていると知られてしまったら、その時点でこの計画は詰んでしまう恐れがあるのだ。

 

「わたしがこうして連絡をするのはこれが最後です。明日の朝はわたしではなく別の()()が城外の出口まで案内します。そしてその出口にはボーダーの実動部隊が待っています。そこから先は多少危険があっても必ず遠征艇まで連れて行ってくれますから心配はいりません。どうかわたしたちを信じて冷静に行動してください」

 

ツグミは有田と里中のふたりに念を押し、リヌスとテオの顔写真を見せた。

日本人に似ている顔つきのリヌスはともかくテオが近界民(ネイバー)の顔であってもツグミと同じように変装トリガーを使用していると思わせることで妙な動揺を与えることはない。

 

「実動部隊がいくらボーダーの精鋭メンバーだといっても戦闘になれば生身のあなたたちを守りながらという不利な戦いを強いられます。とにかくわたしの指示どおりに行動をしてください。誰かひとりでも欠けた状態での帰還ではこの遠征は成功したとは言えないんですから」

 

そしてふたりに希望を持たせてからツグミはひっそりとその場を立ち去った。

 

 

◆◆◆

 

 

C級隊員への()()()を終えると、その足で遠征部隊本隊のいる森の中へと向かった。

本隊メンバーは明日の作戦決行まで特にやることはないので暇だろうと思われるがそうではない。

全員が交代でトリオンの抽出作業を行っているのだ。

明日は戦闘に及んでも問題がないように実動部隊・居残り組に関わらず全員がトリオンを満タン状態にしておかなければならないが、遠征艇をすぐに発進できるように燃料としてのトリオンも満タンにしておく必要がある。

遠征艇の燃料としてのトリオンの大部分を千佳が供給しているのだがそれだけでは足りず、全員が交代でトリオンを少しずつ供給して往路を旅してきた。

だから復路も同じように千佳以外のメンバーからもトリオン集めなければならず、トリオン能力の高い者から順に昨日到着した時点から抽出作業を進めている。

手の空いている者はトリガーを使わずにできるトレーニングをしたり、木の枝を使ってチャンバラをしたり、トリオン回復のためか昼寝をしている者もいた。

もっとも用事があるのは迅と忍田と東の3人だけなので、他のメンバーが何をしていようとツグミの知ったことではない。

それに他のメンバーも彼女が来たことに気付きはしても用はないので、挨拶だけすると自分のやりたいことを続けていた。

本来なら今頃本隊メンバーを総動員して敵地の情報収集を行い、そこからC級隊員救出計画を練り、そして実行という流れになるのだが、そのほとんどを別動隊がやってくれたものだから「実行」だけで済む。

情報収集からすべて本隊メンバーでやろうとしたらまず不可能で、城郭都市に潜入するだけで失敗してゲームオーバーになる可能性は高い。

よって危険な潜入や工作を別動隊が行い、本隊メンバーにはできる限り短期間で安全に任務遂行できるようお膳立てしたのであった。

 

ツグミの探していた人物は遠征艇の中にいて、プレイルームで本隊と別動隊それぞれのタイムスケジュールの確認と最終調整を行う。

本来ならここにゼノン隊の3人にも同席してもらいたいのだが、作戦開始前に近界民(ネイバー)に対して嫌悪感を抱いている隊員とトラブルを起こしてしまえば救出作戦計画自体が破綻してしまうと危惧して呼ばなかったのである。

作戦開始後であればいがみ合っている暇などなく自分のやるべきことだけに集中するしかないということで、リヌスとテオと実動部隊メンバーが初顔合わせするのは翌朝の地下道の出口となる。

当然のことながら実動部隊メンバー全員にふたりの顔写真を見せて味方である旨を告げているので、合流した際に計画の変更を求められるようなトラブルはないはずだ。

そしてそこでC級隊員を実動部隊に託してしまえばリヌスとテオの役目は終わる。

しかし終わるといってもそれは表向きのことで、彼らには他の重要な任務があって実動部隊とは適当な距離を置いて行動を共にすることになる予定だ。

この「役目」はボーダーの今後にとって重要な意味を持つもので、本来ならツグミが自らやりたかったことなのだが、彼女には他にやるべきことがあるものだから信頼できるリヌスとテオに任せることにしたのだった。

これで作戦決行前の最後の打ち合わせが終わり、後は明日の朝を待つだけである。

 

 

 

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