ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
ハイレインは偵察用超小型ラッドがアフトクラトル製のものであったことから四大領主の内のどこかの貴族がベルティストン家の弱体化を狙って襲撃してきたのではないかと考えていた。
この手のラッドを使用する国はいくつかあるが、調べればどこの国で作成されたものかはすぐにわかる。
レーダーに映ったトリオン反応と正体を現したラッドを調べてみるとそれがアフトクラトル製であったことはすぐに判明し、ボーダーによるC級隊員奪還ではなく他の勢力が襲撃をするにあたってC級隊員を脱出させるという陽動作戦を行ったのだと断定してしまったわけだ。
もし冷静にものを考えることができたらハイレインは間違った判断をせずに次の行動に移行しただろうが、ガロプラからの報告と自分が放った偵察用超小型ラッドが持ち帰った情報でボーダーの遠征はもっと先のことになると考えていた。
だからこのC級隊員の脱走がボーダーの仕業だとは想像もできなかったのだ。
この時点ではディルクがボーダーと内通していることを知らずにいて「
ヒュースが祖国を裏切らない忠犬であることを良く知っていることもミスリーディングの原因のひとつであった。
たしかにヒュースは忠誠心の塊のような男であるがそれは
ヒュースは自分が
ハイレインはそんなヒュースの覚悟もボーダーの計略も知らずにいて、ライバル勢力の襲撃だと勘違いをしていた。
ただでさえ問題を多く抱えているのにここで無駄な戦力は使いたくはない。
そうなるとトリオン兵を城外の敵に向け、トリガー使いと一般兵を全投入して城内にいる ── とハイレインは思い込んでいる ── C級隊員を全員捕獲しようという判断を下したのだった。
ハイレインは部下からディルクが招集に応じないという報告を受けていた。
そこで戦力として必要だというのではなく自分の意を無視する家臣を諌めるためといった意味で、二度目はハイレイン自ら屋敷を訪問することにした。
◆
「ハイレイン様、お忙しいところ拙宅にお越しいただき恐悦至極に存じます」
ディルクはわざとそんな言い方をしてハイレインの眉間のシワをより一層深くさせた。
「その忙しい俺が来た理由は貴様も承知しているだろう。なぜ俺の招集に応じない?」
ハイレインは声を抑えてはいるものの、高まりつつある怒りはその表情の変化から読み取れる。
「先ほどの使者にも伝えましたが、私は先日から身体の調子が悪くずっと寝込んでおりました。ハイレイン様の御前で無礼にもこうして寝間着でいるのはそのためです」
ディルクはこうなることを承知であえて寝間着にガウンという姿でハイレインたちが来るのを待っていたのだ。
彼がハイレインに監視されていることを知っており、病に罹っていて外出もままならぬということを
「ほう…貴様のベルティストン家に対する忠誠心はその程度のものであったか。貴様の父親はもう少し賢い男であったと聞くが、貴様は父親似ではなかったようだな」
「父は父、私は私でございます。それに病といってもいろいろありますが、私の病は医者の薬で治るものではありませんから」
「医者の薬でも治らぬ病とは聞き捨てならん。そうなるとトリガー使いとしてはもう役に立たぬということか?」
「いえいえ、今抱えている問題さえ解決すればすぐにでも完治するはずです。ですのでもうしばらくこのままで療養させてください」
「なんとも謎かけのような言い方だな。しかしこの緊急事態に何もせず暢気に高みの見物とは、貴様も
「はい、いつでも覚悟はできております」
平然と答えるディルクに対してハイレインはますます苛立ってきた。
自分がイライラしているのにディルクが冷静で余裕があるように見えるのはムカつくに決まっている。
これもツグミの指示によるもので、あえて怒らせて冷静さを失わせるのが目的なのだ。
もちろんここで拘束されてしまったら救出するのが大変であるから、そうならないための手筈はできている。
「よかろう、ならば ──」
ハイレインがそこまで言いかけた次の瞬間、彼の部下からの緊急通信が入った。
[ハイレイン様、雛鳥たちの群れを発見しました!]
「それはどこだ!?」
[南門から南へ約4000メートルの耕作放棄地です!]
「なぜそのような場所に…!? わかった。東、北、西の兵を全員そちらに向かわせる。見失うなよ」
[承知しました。それと ──]
「まだ何かあるのか?」
[はい。雛鳥の他にも人が20人ほどいるようです]
部下の報告でC級隊員が発見されてしまったことを知ったディルクはポケットに忍ばせていたスイッチを押す。
するとハイレインの耳には信じられない情報が入ってきた。
[ハイレイン様、その人影のある場所から複数の
「なんだと!?」
捜索隊のトリガー使いたちはバドを飛ばして城外の広い範囲を捜索していたところ、C級隊員と実動部隊メンバーを発見した。
しかしトリオン反応はなく、全員が生身の人間であると思っていたところ突然複数のトリオン反応が出たものだから慌てて詳細な情報を入手したが、そのトリオン反応がボーダーのものであったことでハイレインに急いで報告をしたのだった。
ここで騒ぎの元凶がボーダーであることは明らかとなったのだが、それはディルクが押したスイッチによって引き起こされたものだ。
ツグミのシナリオはこうである。
ディルクの身に危険が迫った時、もしくはC級隊員たちが敵に発見されてしまった時点でボーダーとの関わりを露見させて状況を大きく変えるというもので、その合図のひとつがディルクのスイッチなのだ。
スイッチをONにするとその反応が迅の持つ受信機に伝わり、実動部隊のメンバーにバッグワーム解除の命令が下る。
敵に発見されてしまった以上バッグワームは無駄にトリオンを消費するだけのものに成り下がってしまうわけで、戦闘となればバッグワームで1枠を使用してしまうのはバカバカしい。
バッグワームが解除されたらアフトクラトル側には雛鳥のそばにいる人間がボーダー隊員であることはすぐに判明し、ボーダーがアフトクラトルにいるなどと夢にも思わないハイレインはますます混乱することになり、慌てて全兵力を城郭都市から南側の耕作放棄地に向けるはずなのである。
もちろんハイレインも自ら最前線へ向かうこととなり、ディルクの処分は後回しになるということだ。
「クソっ…こんな時に!」
ハイレインはこれ以上ないというくらい悔しそうな表情を見せ、ディルクに向かって言い放った。
「貴様の処分は後回しだ! 逃げようとしても無駄だぞ。ここで病人らしくおとなしく寝ていろ!」
「承知致しました」
ディルクは深く頭を下げ、ミラが開いた
その表情はしてやったりといった顔で、ひと芝居打った後の緊張感から開放されたディルクはソファに深く腰を下ろした。
「ヒュース、聞いているのだろ? ハイレインはまだ私がボーダーと通じていることは気付いていないようだ。だからおまえもまだしばらく待機していてくれ。何かあればツグミから指示が入るはずだからね」
この声を別室で聞いていたヒュースも緊張の糸が解れ、ゆったりとした表情でベッドの上に寝転がって天井を見上げた。
(
そんなことを考えながらヒュースは机の上に載せてあるもうひとつのトリガーに視線を移した。
それはボーダー ── 玉狛第2の隊員としての証とも言うべきもので、本来なら返却すべきものである。
しかしそれを持ったままで帰還したのは彼がボーダーのトリガーを不正使用しようと考えているからではない。
一時的にボーダーを離れるが必ず戻るという意思の表れであって、このことは忍田も承知していることであった。
(
ボーダーの遠征部隊の作戦はこれで後半戦を乗り切れば「勝ち」だが、ヒュースやディルク、そしてツグミにとっての戦いはこれから本格的に始まるのだ。
◆◆◆
C級隊員の脱走がボーダーの遠征部隊による工作であったということとC級隊員がすでに城外に逃げてしまっているとわかったことで城内の警戒宣言は取り消された。
それまで何が起きるのかわからない状態であったので幼年学校の生徒たちは授業が自習となり、教師や職員たちは通常の勤務ではなく非常事態の際の待機状態になっていた。
ツグミも職員のひとりであるから厨房担当の先輩たちと一緒に簡易トリオン銃を手にペアで学校の敷地内を巡回したり、若い男性は敷地の外に出て捜索活動に当たった。
それが捜索すべきC級隊員や敵であるボーダー隊員が城郭都市の中にいないとわかったのだからもう警戒する必要はなく、ツグミも定時の午前10時になると普通に退勤できたのだった。
◆◆◆
その頃、実動部隊のメンバーはハイレイン隊と対峙していた。
正確に言うと午前9時25分にボーダーの存在が発覚し、その5分後にはミラの
さらにバムスター、モールモッド、バンダー、バド、そしてラービットが合計で約120匹現れてC級隊員と実動部隊を囲む。
残りはあと1000メートル弱なのだが、敵勢力を殲滅はできなくとも大多数を減らさなければ遠征艇の場所がバレた時点でトリオン兵の攻撃を受けたり
とにかく生身のC級隊員だけでも遠征艇へと連れて行き、キューブ化を完了してしまえば後は実動部隊のメンバーがそれぞれ自力で遠征艇までたどり着いて、遠征艇を発進させればそれでゲームクリアとなる。
「みんな、昨日の計画どおりC級護衛班と足止め班に分かれ、全力で任務を全うするぞ!」
東の号令で実動部隊のメンバーは二手に分かれた。
東・遊真・影浦・村上のB級合同部隊と迅がC級を護衛して遠征艇へ向かい、玉狛第1・太刀川隊・風間隊・三輪隊・二宮隊・忍田が
戦力バランスを考えると護衛班が心許ないように思えるが、足止め班が
実際、主力の4人は大規模侵攻で手の内を見せているからある程度は対応できる。
C級護衛班には優秀なブレインの東がいて、迅と遊真と影浦と村上は単独でも相当な戦力となる
この班分けにツグミは一切関わっておらず、実動部隊のメンバーが自分たちで考えたことであり、誰もが納得できるものとなった。
ここからは彼らの実力が試される「舞台」なのである。
◆
「テオ、おまえは
「了解!」
「戦闘に巻き込まれないように適当な距離をおいて撮影しろよ」
「わかってるって」
リヌスとテオはそれぞれ分担を決め、リヌスは隙を見て逃げ出したC級隊員とその護衛班の後を追った。
ハイレインもC級隊員たちが逃げ出したのを見て追いかけようとすると、その前に足止め班のメンバーが立ち塞がった。
「貴様らの相手は私たちの役目だ。あいつらを追いかけたいなら私たちを倒してからにしろ!」
忍田を中心として一列に横並びした玉狛第1・太刀川隊・風間隊・三輪隊・二宮隊の面々。
その誰もが自信満々の不敵な笑みを浮かべ、ハイレインたちを挑発する。
ここに至るまでにツグミはいくつものハイレインに対する策略を成功させている。
ガロプラのガトリンがボーダーと手を組んで嘘の報告をしたことや、偵察用超小型ラッドに偽の情報を吹き込んで
しかしこの現実がガロプラの報告とラッドの情報が真っ赤な嘘であったことを証明しており、自分が今まで騙されていたということに気付いたものだから忍田たちの不敵な笑みが自分を馬鹿にしているようにも思えてしまうのだ。
「…よかろう、金輪際二度とそんな口が利けぬようにしてやる」
物騒な会話をしているが、トリオン体で戦う以上は
特に
しかし殺そうとすれば簡単にできることで、遊真がカルワリアで瀕死の重傷を負ったのは敵に殺意があったからである。
よってハイレインが冷静にベルティストン家のことを考えることができたらボーダーの隊員たちを自分の手駒にするために殺しはしないだろうが、私情を優先したら皆殺しになってしまう可能性もある。
ただしボーダーとキオンが手を結んで近いうちにキオンの侵攻があるという噂が流れていて、それが真実であった時のことを考えると無駄な戦力の消費はしたくないだけでなく捕虜はひとりでも多く手に入れたいと思うものだ。
ハイレインにはひとつの策があった。
(奴らはトリオン体が破壊されると生身の身体が自動的に安全な基地に転送されるシステムを持っている。それを利用すれば雛鳥もろとも生け捕りが可能だ)
ハイレインは目の前にいるボーダー隊員全員が
その軌跡を追えば遠征艇の停泊場所がわかり、そこを押さえれば遠征部隊本隊メンバーとC級隊員たちは国外へ逃げ出すことができずに一網打尽になってしまう。
ツグミはそのことに初めから気付いており、選抜試験では試験での合否よりも敵地では
だから実動部隊のメンバーは絶対に戦闘体を破壊されないような戦い方をしなければならず、いつものような「敵を倒すためなら手足の1本や2本はどうなってもかまわない」という作戦はできない。
トリオン供給機関や伝達脳にダメージを受けなくてもトリオン流出過多で戦闘体が破壊されたら自動的に
「ハイレイン様、雛鳥は追いかけないのですか?」
ヴィザが抑揚のない声で訊く。
するとハイレインはにやりと笑って答えた。
「あちらはトリオン兵とノーマルトリガー使いの兵士だけで十分だ。32人の生身の雛鳥をたった5人で守ろうなどと考えているようだが多勢に無勢というもの。それにこちらで誰かひとりでもトリオン体を破壊してしまえば逃げ込む巣穴の場所がわかる。このゲームは俺たちの勝ちが決まったものだ。雛鳥は放っておいてかまわない」
「承知しました」
ヴィザはハイレインの策に異論を唱えることなく従うことにし、
一方、ランバネインは足止め班に見覚えのある顔を発見して
「兄…いや、ハイレイン隊長、俺は俺で勝手にやってもいいか?」
「かまわぬ」
「よ~し、面白くなってきたぞ!」
ランバネインはハイレインのそばを離れ、雪辱戦が楽しみだという顔で目的の人物のいる方へ歩いて行く。
こうしてボーダーVSハイレイン隊の本格的な戦闘が今まさに始まろうとしていた。