ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
大規模侵攻の時のケリをつけようというのか、それぞれが自分の因縁深い相手の前に立つ。
ハイレインの前には太刀川隊、ランバネインの前には三輪隊。
これは出水と米屋がいるからで、前回の勝負にはっきり白黒つけたいという個人的な気持ちがそうさせている。
ヴィザの前には玉狛第1。
これはレイジが非常に悔しい思いをしているためであると同時に、この男を足止めできるのがボーダー最強部隊の3人しかいないということだろう。
ミラの対処は風間隊が請け負うことになった。
いくらC級隊員たちを逃がしたといっても彼女の
そこで風間隊が3人がかりで
ハイレイン、ランバネイン、ヴィザの3人は倒す必要はなく足止めで十分だが、ミラだけはトリガーを使えない状態にしなければならない。
そうなると風間隊のステルス攻撃が有効だ。
機動性の高い3人が一気に動けば、同時に3つの「窓」を開かねばならず、おまけにカメレオンを起動していてオペレーターの支援がない状態であれば的確な位置に開くことは難しい。
そしてこの足止め班の中でジョーカーと言えるのが二宮隊である。
彼らは大規模侵攻で直接人型と戦闘を行ったことがなく、ハイレインたちは二宮・犬飼・辻の装備だけでなく実力や得意な戦闘方法など情報がまったくないのだ。
よってこの3人は戦況を見て自由に行動をするということになっていた。
足止め班は文字どおりハイレインたちを足止めするのが役目であり、必ずしも倒さなければならないということではない。
ボーダーにとっての勝利条件は「C級隊員を全員救出し、全員で生還する」である以上、ここで無理をして敵を倒さずとも良いのだから。
ハイレイン側はトリガー使いを殺すつもりはなく「ひとりでも
もっとも槍バカとアフトクラトル側の弾バカはこの再戦を願っていたのだから、思いっきり楽しみながら戦うのは目に見えているのだが。
特に開始の合図があったわけではないが、ほぼ同時にその場にいた全員が戦闘態勢となり、早い者は
◆
「
「おう。オレも
米屋が残念そうな顔をすると、ランバネインがクツクツと笑っていった。
「かまわんよ。その代わりキサマらが俺たちの捕虜になった時には順にひとりずつ俺の相手をしてもらうからな」
「いやあ、残念だけどそれはないな。だってオレたち、捕虜にはならないから」
ふたりは旧知の仲と言わんばかりの暢気な会話をしながら臨戦態勢をとる。
「そろそろ始めるか?」
「ああ、こっちは全員準備OKだぜ。なあ、秀次?」
米屋が隣りにいる三輪に訊くと、三輪は黙って頷いた。
「お? キサマがハイレインに遠隔斬撃でトドメを刺そうとしたって奴か?」
「ああ」
三輪がランバネインを睨みつけながら言う。
「そりゃあ楽しみが増えたってもんだ」
「貴様を楽しませる気は毛頭ない。それに今日は風刃…遠隔斬撃のトリガーを使う気はないからな」
三輪の言葉にランバネインは少々がっかりした顔になるが、すぐに元の表情に戻った。
「ま、それはどうでもいい。槍使い、さっさと殺ろうぜ!」
「よっしゃあぁぁぁ!」
三輪隊VSランバネインの戦いはこうして始まった。
◆
ヴィザの前にいるのは玉狛第1のレイジ、小南、京介の3人。
大規模侵攻での戦いを経験しているものだから、玉狛第1の3人の警戒レベルはMAXとなっている。
「どうやらあの少年は雛鳥の護衛に回ってしまったようですな。少々残念ですが、お三方もあの少年には勝るとも劣らない戦士。相手にとって不足はありません」
余裕たっぷりのヴィザは細い目をさらに細めて言う。
「あの少年」とはもちろん遊真のことで、再戦を期待していたようだがそれが叶わず残念そうだ。
しかしレイジたちのことも認めており、格下の若造たちと侮ることはなく楽しいという顔に見える。
これまで積み上げてきた年月が彼に心にゆとりを与え、強い者と戦えるという戦士にとっての愉悦が自然と顔に表れてしまうのは無理もない。
しかしその態度が自分たちを馬鹿にしているように感じられたのか、小南の双月を握る両手に力が入る。
「そんな余裕ぶっていられるのも今だけよ。あんたが強いってことはわかってるけど、老人はさっさと若者に道を譲って隠居しなさい。それとも今日をあんたの命日にしてあげましょうか?」
小南も負けじとヴィザを煽るが、それすらもこの男には仔犬がキャンキャンと吠え立てているくらいにしか感じられずに可愛らしく見えてしまうようだ。
そんな彼女にレイジが内部通話で警告した。
[小南、俺たちの役目はこいつを倒すことじゃない。3人でこいつを足止めしてC級を遠征艇まで逃がすだけでいいんだ]
[わかってるわよ、それくらい。だけどあたしはこの爺さんとその一味に酷い目に遭わされたC級の子たちの分も含めて復讐してやりたいって気分なの]
そこに京介が割り込んできた。
[小南先輩、こういう時に敵を挑発するようなセリフを言うと負けるというのが少年マンガのお約束ってもんです。負けて『今日はこれくらいで勘弁してやる』と捨て台詞を吐いて逃げ帰る確率が95%以上だというデータがあるくらいなんですから]
[何、それ!? あたし、そんなの知らないわよ!…やだ、うっかり言っちゃったじゃないのよぉ~。なんでもっと早く教えてくれなかったの!?]
[ああ、それ嘘ですから]
京介がこの戦場においてもまだいつものようにさらっと嘘をつくものだから、小南は怒るよりも呆れてしまった。
[あんた、敵が目の前にいるってのにまだそんなことを言うの?]
[だって小南先輩、肩に力が入りすぎて緊張しているみたいだから解きほぐしてあげようかなって]
[あたしは緊張なんてしてないわよ。これは武者震いだから。…あっ]
小南はそう言うが、実際には戦士としての本能がヴィザを警戒すべき強敵であると認識して彼女に警告を与えていたのだ。
しかし京介の嘘のおかげでその武者震いも
[小南、敵も待ってくれていたようだぞ]
レイジにそう言われて小南はハッと気付いた。
これまでずっと殺気のようなものを微塵も感じさせてはいなかったヴィザ。
それは玉狛第1の3人の準備ができるのを待ってくれていたらしく、小南が武者震いと称した全身の震えが収まったのを確認して彼女に言う。
「お嬢さん、準備はよろしいかな? では、始めましょう」
そう言った次の瞬間、ヴィザの殺気は周囲の空気を一変させてしまった。
何もしていないというのにものすごい重圧感に襲われ、まるで空気の塊によって上から押さえ付けられているかのように身体が重く苦しく感じられる。
しかし離れないと
達人同士の戦闘はこのようにして幕を開けたのだった。
◆
風間隊とミラの戦闘は会話などなく静かに開幕した。
ミラは目の前の3人が突然すっと姿を消したことで驚きはしたものの、大規模侵攻でのエネドラ戦で
ハイレインはミラの援護のために周囲を魚型の弾で囲んで守ろうとしたが、その前に一気に間合いを詰めた歌川のスコーピオンによってミラは首を掻っ切られてしまう。
一瞬で換装が解けてしまったミラは呆然と立ち尽くすだけだ。
ハイレイン自身も自分への注意を怠ったものだから風間のスコーピオンによって右腕を斬り落とされ、そのせいで
もちろんすぐに拾って腕を修復すれば良いことで、ハイレインにダメージはまったくないと言っていい。
しかしプライドはズタズタだ。
ここで風間が一気に首を斬ることでミラの時と同じように戦闘体を破壊してしまうこともできたのだが、それをしなかった理由は前夜の最終打ち合わせで
大規模侵攻で悔しい思いをしたのは風間も同じで、その雪辱戦の機会がやってきたとなればその願いを叶えてやりたいと思うのは無理もない。
多少危険なことにはなるがハイレインを
「出水、あとは任せたぞ」
「あざっす、風間さん。あとはどっかで高みの見物決め込んでいてもいいですよ」
「フッ、無駄口叩いてないでさっさと自分の仕事をしろ」
「了解!」
ハイレインが左手で
その余裕たっぷりな様子がハイレインを苛立たせ、それを太刀川たちがニヤニヤ見ているものだからますます冷静さをなくしてしまうのだ。
ハイレインの
状況に応じて適切な判断が必要であるから、こうした小さな苛立ちが重なっていくといずれ戦闘に大きな影響を与えることになるのは明らかで、そこを狙って地味な嫌がらせをしているのだった。
戦闘開始直後に戦闘体を失ってしまったミラは戦力外となり戦場から離れた場所に移動した。
これが
彼女を人質にしてC級隊員との交換という手はもうありえないし、彼女の持つ
ハイレインの腕の修復も終わり、太刀川隊とハイレインの勝負は仕切り直された。
「小賢しいマネをしてくれるな、
この小僧とはもちろん風間のことである。
風間は眉をぴくりと動かすがハイレインと違って冷静で、ハイレインに背を向けたままで静かに言った。
「その
「なんだと…」
「フッ、貴様の
風間はそう言って振り返るとハイレインに向けてニヤリと笑った。
「小僧」に馬鹿にされているのだから、ハイレインの
◆
二宮隊と忍田、そして手の空いた風間隊は状況に応じて動くことになっているので、ひとまず様子見となった。
この中で三輪隊とランバネインの組み合わせは下手に手を出さない方が三輪たちにとって戦いやすいだろうと考え、よほどのことにならない限り参戦はしないことになっている。
ハイレインとヴィザとの戦闘は状況によって有利になるか不利になるか極端な戦闘になりうるため、どちらも目が離せない状態となるだろう。
いちおう二宮隊が太刀川隊、忍田が玉狛第1に加勢する計画ではあるが、どのような経過となるかによって
◆
足止め班が戦闘を開始したことは離れたC級隊員と護衛班のメンバーにもすぐにわかった。
彼らは頼れる仲間にすべてを託し、自分たちは自分にできることをやろうとそれぞれが
彼らを追うのはノーマルトリガーを持つ
人型のレベルはボーダーのB級中位から下位で、一般兵はC級と大差はない。
これは本気でC級隊員を捕まえようというのではなく、ハイレインによる「主戦力の分断」に過ぎないのだ。
彼が既存の戦力を温存したいと思うのなら「雛鳥」に執着する必要はない。
それなのにムキになって追いかけるのはプライドの問題である。
はるばると
だから「雛鳥奪還」に血眼になるのは当然なのだ。
そこであえて正隊員を
もちろんトリガー使いや一般兵はそんなことを知らされていないから、自分たちの手で敵を倒してC級隊員を捕まえようと躍起になっているわけで、普通に戦端の火蓋が切られたのだった。
◆
遠征部隊本隊の動きについては遠く離れた城郭都市の中にいるツグミには知る由もない。
しかし彼女は自分の計画どおりに進んでいるという自信があるものだから、幼年学校の厨房で朝食の後片付けをしながら想像をしていた。
(9時半…そろそろ実動部隊とハイレイン一党の戦闘が開始された頃ね。足止め班とC級の護衛班のふたつに分かれて行動をするというところまではわたしの計画だけど、どういう班分けをするかは当事者たちに任せている。ジンさんからの報告によると最適だと思われる班分けになっていた。東さんがリーダーになってみんなでちゃんと考えたみたい。これで
ツグミには
あと30分は厨房を離れることはできないのだし、実動部隊のメンバーの直接援護はできないはずだ。
それでも彼女には成功率を上げる策があるらしい。
もちろんそのことは別動隊メンバーだけでなく迅と忍田と東までは承知しているのだが作戦決行の判断は彼女の気持ち次第で、開始予定の午前10時になるまでは誰にもわからない。
そして10時に
◆
エリン家の屋敷ではディルクが作戦の終了を期待半分不安半分で待っていた。
ハイレインはC級隊員と遠征部隊
ボーダーの遠征部隊がアフトクラトルを離れてしまえばすぐにハイレインはディルクの
ツグミが心配しなくてもいいと自信ありげに言ってくれてはいるものの、
(ツグミが本気で私の身の安全を心配してくれているのは良くわかる。誰かに頼む部分もあるが大部分は自ら行動していて気が休まる間もないはずだ。いくらボーダーのためとはいえ
ディルク自身も言葉に表せない何か異質なものをツグミの言動から感じており、ただそれが非常に危うくて脆いものに思えて不安を抱いてしまうのだ。
ツグミの生い立ちや旧ボーダー時代の事情を知っている者なら彼女が「自分の未熟さで親しい人間を失いたくはない」という強い信念で行動していることを理解して見守っているが、迅や忍田ですら身の毛がよだつほど鬼気迫るものを感じる時がある。
今のところ彼女の身体に大きな変調はないし本人がやりたいということをやっているだけであるからドクターストップがかかることはないが、いつか急にポッキリと折れてしまうかもしれない。
迅の
ツグミは過去の経験や膨大な知識、そして誰も気付かないような些細なものにも目が行き届くという能力、さらにそれらの情報を整理して未来を予測するという迅とは違う形で未来を視ることができる。
だから他人には理解できない部分が多く、ベストな結果を出すためには少々無理をしてでもかまわないと考えているから周囲の人間もそれに巻き込んでしまうという「欠点」がある。
本人はその欠点に気付いていないから他人を巻き込んで大きな渦を作り、その中心に彼女がいるというものになってしまうのだ。
その渦が収束すれば誰もが結果を知るから彼女の行動の理由をそこでやっと知ることができるのだが、そこに至るまでは彼女の不可解な行動に振り回されることとなり、小南のように感情を直接ぶつけてくることができるタイプの人間とはトラブルになりやすい。
ディルクだけでなく三門市で待っているマーナやレクス、もちろん城戸や林藤たちも彼女のことを心配している。
ツグミはそういった周囲の気持ちを知っているからこそ一日も早く最善の結果を出して安心させたいと頑張りすぎてしまうのだ。
(彼女の働きに報いるために私にできることはひとつ。私は…エリン家当主はアフトクラトルに住まう民のために戦う騎士であり、そのためにはこの身を捧げてもかまわない。それこそが貴族という立場に生まれた者の義務であり誉れであると信じてきた。しかしツグミはそんな私の信念を打ち壊してくれた恩人だ。100万の国民を救うために神になるというのなら、マーナとレクスとヒュースの3人を死ぬほど哀しませてもかまわないのかと問われ、そこで私は目が覚めた。私が戦うのは家族のためであり、その家族と一緒に暮らすための領地と領民を守ることに繋がり、結果的に国を守ることになるだけ。家族を哀しませて何が国民のためだ! 家族が一番大事だと言えば利己主義者だと言われるだろうが、人間は誰だって自分の手の届く範囲の人間を守るのに手一杯だ。それを国民のためなどと綺麗事を言って誤魔化しているだけ。綺麗事など捨ててしまい、本当の自分を曝け出してもいいのではないか…?)
ツグミのそばにいる人間は多かれ少なかれ彼女の強い信念に基づいての行動に影響されてしまう。
ディルクは彼女を自分の屋敷に住まわせて生活の一部始終を見ているうちに、彼女の生き様と自分のこれまでの生き方や考え方を比べてしまうことが度々あった。
(ツグミは自分のことを堂々と利己主義者だと公言しているのに周囲の人間の彼女に対する信頼は揺るぎのないものだ。それは
遠征部隊本隊によるC級隊員救出作戦が無事に終了してもツグミたち別動隊はディルクを守るためにアフトクラトルに残ることになっている。
それがヒュースとの約束だからなのだが、ツグミ自身がエリン家の家族のささやかな幸せを守りたいという強い意思に基づくもので強制されたものではない。
(ツグミだけでなく縁もゆかりもないキオンの連中さえも私と私の家族のために働いてくれているのだ、私も彼女たちに何か報いる方法を考えなければならないな。今の私にできるのは彼女の指示に従って訓練生たちの救出作戦を成功させること。私がボーダーの敵にならないだけでも彼女の役には立っているはずだ。ひとまず動向を見守り、私にできることがあれば精一杯のことをしよう)
それぞれの立場の人間の様々な想いが