ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
実動部隊の足止め班とハイレイン隊との戦闘は膠着状態となっていた。
足止め班はハイレインたちを倒す必要はなく、C級隊員たちが無事に遠征艇まで帰還できればそれで十分であるのだから無理して戦わなくてもいいのだ。
のらりくらりとかわして時間稼ぎをするだけなので、誰もダメージを受けることなく目的は達成できている。
一方、ハイレイン隊はボーダー隊員の誰かひとりでも
なにしろ
初見では回避・防御ができない
そのうち暇を持て余していた二宮が参戦し、ボーダーの№1&№2
そしてハイレインが
もっとも下手に手出ししようものなら出水と二宮の邪魔になるだけだ。
そんな様子をしばらく見ていた太刀川は戦闘に参加できないことがつまらないようで、ヴィザを相手にしている玉狛第1のいる方へと駆け出して行ったのだった。
◆
玉狛第1がピンチになったというわけではない。
彼らは十分にヴィザの相手をしてくれていた。
かろうじてレイジのイーグレットなら攻撃が届くのだが、そんなものでヴィザを倒せるとは誰も考えていない。
端からヴィザを倒すことなど不可能に近く、単純に引き止めておくことしかできないとわかっているからこそ、歴戦の勇士には同じく歴戦の勇士をぶつけたのだ。
呼吸、視線、気配などから相手の思考を読み取り、先を制するのが剣術の極意である。
これはいわゆる一般的な剣術の勝負ではないが、剣術に限らず相手の攻撃より早く攻撃をするか、相手の攻撃から回避や防御をするためには相手の行動を予測しなければならない。
さらに僅かでも隙を見せればそこを狙われることになり、そういった点を踏まえた上で最も相応しいメンバーが玉狛第1の3人であり、彼らがヴィザの担当となったわけだ。
現在、ヴィザを中心として3人が等距離・等間隔で囲んでおり、四者がじりじりと一瞬の勝負のタイミングを計っている。
それで時間稼ぎ、足止めになっているので十分効果が出ていると言えよう。
そこに太刀川がやって来たのだが、玉狛第1の3人とヴィザのただならぬ気配を感じて自分が介入する隙がないことに気が付くと、今度は三輪隊とランバネインが激しく交戦しているエリアへと向かった。
◆
こちらは
とはいえランバネインは
そこを三輪と奈良坂と古寺の3人が弾丸トリガーを使って援護をして
無理をして倒そうとして逆に
なにしろ彼らの役目は護衛班がC級隊員たちを遠征艇へ送り届けるまでの時間稼ぎであり、このミッションの成功条件は敵を倒すことではなくC級隊員と遠征部隊メンバー全員の生還であるから、ハイレインたちを倒す必要はない。
当初は敵を全滅させようという声も上がったが、それが不可能であることは明らかであるから諦めざるをえなく、もっとも成功率の高い方法を選ぶしかなかったのだ。
それがツグミの考えた作戦であって個人的には納得できないものであっても、実際に敵地への潜入調査からすべて自分たちでやるとなれば途方もない時間がかかり、その間に敵に発見されてC級隊員救出どころか遠征部隊がほうほうの体で逃げ帰るといった無様な結果を迎えるのは容易に想像できる。
トリガーを使った戦闘だけなら勝目はあっても、それ以外の諜報や工作といった面では何の訓練も受けていないのだから無理もない。
そうなると敵を倒すのではなくC級隊員たちの救出を第一に考えて行動し、C級隊員たちの安全が確保されたらとっとと逃げてしまうというツグミの立てた作戦がベストではなくてもベターであることは認めなければならず、結局ベストな作戦を提案できない本隊メンバーたちはベターなツグミの作戦に従って行動しているのだった。
3人のトリガー使いの足止めに成功しているのはハイレインに「誰かひとりだけでも
しかし誰ひとりとして隙を見せるようなことはなく、膠着状態が続いているのだった。
三輪隊はメンバー4人が非常に良いチームワークで戦っているものだから太刀川が入り込む隙などなく、逆にこの均衡した状態を壊すようなことになればいつ敵が作戦を変えてC級隊員たちを追うかわからない。
ハイレインたちがC級隊員を殺さないとしても戦闘に巻き込まれたら死傷者が出るのは明らかだ。
雑魚トリオン兵とトリガー使いはB級合同と迅の護衛班に任せておけば大丈夫という自信もあるため、足止め班は敵の足止めという命題を徹底するだけである。
62人全員で三門市に生還するために「One for All.All for One」の精神で戦うとの誓いを違えることはできないと、全員が自分の役目を頭に叩き込んでそれぞれの戦いをしている。
だから太刀川も強引に割り込むことはせず、忍田に内部通話で呼びかけた。
[忍田さん、すっげえ暇なんだけど、護衛班の方を手伝いに行ってもいいかな?]
[ダメだ。C級たちを追うための戦力がトリオン兵とノーマルトリガーを持つトリガー使いだけなのはこちらの護衛班の戦力を削って足止め班に戦力の大部分を費やしていると考えているからだ。おまえの実力は敵にバレているんだぞ、そんなおまえがC級たちのいる方へ行けば現在のバランスが崩れ、結局足止めの意味がなくなってしまう。おまえが戦闘に加わらずに済んでいるのは作戦が順調だということだ。この遠征が終わって帰還したら私が模擬戦の相手をしてやるからそれで我慢しろ]
[へ~い]
忍田にダメと言われたら仕方がない。
太刀川は名残惜しそうに三輪隊の戦いの様子を見ながらフラフラと戦場の真っ只中を歩いて戻って行ったのだった。
◆
C級隊員と護衛班のメンバーを追うのはノーマルトリガーを持つトリガー使いと簡易トリオン銃を持つ一般兵が合わせて約30人、そして100匹強のトリオン兵
事前の情報ではもっと多くの戦力を投入可能であったはずなのだが、それよりずっと少ないのはツグミたち別動隊による情報操作の効果もあるだろう。
近いうちにキオンによる侵攻が起きるかもしれないという情報が複数の諜報員から報告されていたらまったくのデマとして片付けることはできない。
そうなればその時のためにある程度の戦力を温存しておかなければならないわけで、
それがトリガー使いであれば戦闘体を破壊された時点で撤退してしまえば済むことだ。
ボーダー側が換装の解けたトリガー使いを捕虜にすることはないので人的損害はないという確信を持っている。
実際にボーダーはC級隊員を救出することが最優先だから換装の解けた生身のトリガー使いなど驚異ではなく、道端の石ころ程度の価値すらない。
だからトリガー使いにC級隊員と護衛班のメンバーを追わせ、仮に全滅したとしても遠征艇まで追跡できればそれで役目は果たせるのだし、その前に全滅したとしてもハイレインたちが
ここで追跡するトリガー使いや一般兵がいなかったら逆にボーダー側はそのことを不審に思い、警戒してしまうだろうということで
ハイレインにとっての最善の結果はボーダーの遠征艇の場所を突き止めて、C級隊員だけでなく正隊員を含めて全員を生け捕りにすることであるから、その「本心」を悟られてはならないと行動していた。
ボーダー、ハイレイン一党それぞれに思惑があり、双方が本気での全面戦争に至ることを避けていることからどちらの勢力にも大きな被害は出そうにない。
これがツグミの考えたシナリオなのである。
敵の本拠地での本格的な戦闘となればいくら精鋭たちを集めたと言っても30人程度、それも戦力となるメンバーが20人強であるから勝ち目はない。
たとえ城郭都市の中で住民たちの被害を無視して戦ったとしても
それが実際にアフトクラトルで現実を見たツグミの出した答えであり、その厳しい条件下でC級隊員を全員救出し、遠征部隊のメンバー全員が三門市に生還する最も成功率の高い作戦を考えた。
事情を知らない遠征部隊本隊のメンバーには不本意なものとなったが、結果オーライであればそれで十分なのだということでツグミは「絶対に
そのせいで本隊メンバーの一部からは嫌われるようになってしまったが、彼女にとってそれは
もっともその擦り傷はすぐに癒えるものではなく一生残るものにもなりかねないのだが。
◆
東をリーダーとして遊真、影浦、村上、そして迅の5人がC級隊員32人を囲むようにして走って行く。
そこにモールモッドやバンダーといったトリオン兵が攻撃を仕掛けてくるため、外周の正隊員が1匹ずつ確実に倒していく。
数はいても雑魚だから連携など不要で、それぞれが自分の得意な戦い方で数を減らしていった。
上空を旋回しているバドは攻撃だけでなく偵察の役目が大きいから早く潰してしまう方が良いと、東がイーグレットで正確に
同じトリオン兵でもラービットやイルガーを導入されたらかなり面倒だったが、コストのかかるトリオン兵は温存しておこうというハイレインの判断で今は1匹もいない。
現実には起こるはずのないキオンによる侵攻に怯えて戦力を温存しているのだから、ツグミの計略は成功であったわけだ。
トリガー使いや一般兵はトリオン兵が全滅するまで手を出さないらしく、トリオン兵の群れの外側にいてC級隊員と護衛班のメンバーを追跡しているだけ。
もし遠征艇に着いた段階で敵勢力の取りこぼしがあると停泊場所がバレてしまうことになるので、少々遠回りをしてでも全滅させなければならず、全滅した時点で護衛班は全員がバッグワームを起動して遠征艇へと向かうことになっている。
◆
ボーダーとハイレイン一党のどちらが優勢か劣勢かはっきりとしない戦況であったが、そのバランスを大きく変える事態が起きた。
以前から仲違いしていたハイレインとランバネインのふたり。
ランバネインが城を出てひとり暮らしをしていたのもそのせいなのだが、この場面でもそれぞれが勝手に戦っていた。
しかしそれではマズイと判断したハイレインがランバネインとの共闘を決めたのだ。
[ランバネイン、こっちへ来て上空からの攻撃を頼む]
[隊長自らの頼みとあれば仕方がないな。だが、この貸しは後で利子を付けて返してもらうぜ]
[利子でもなんでも付けてやる。さっさと来い]
[了解]
ランバネインはまるでレイジの
高火力な武器であるから全員が回避するか
彼自身は自分が好きなように米屋たちと戦いたかったのだからこれは不本意な撤退となる。
よってハイレインに対する
そしてハイレインは膠着状態であった出水・二宮組との
単純に
しかしこのままでは
太刀川と三輪隊が応援に駆けつけようとするが間に合わず、犬飼と辻が自分の防御を犠牲にして二宮と出水を守ろうとしたのだった。
当然のことながら
「ランバネイン、あの軌道を追え! その先に連中の艇がある!」
「了解!」
ランバネインへすぐさま犬飼と辻の
唖然とする足止め班のメンバーに対し、ハイレインはしてやったりと不敵な笑みを浮かべて言った。
「これで貴様らもおしまいだ。艇の場所さえわかればこっちのもの。この国から出ることすらできない貴様らはもうおとなしく俺に従うしかないぞ、ハハハ…」
勝ち誇ったように高笑いをするハイレインだが、足止め班のメンバーには絶望の表情はなくそばにいる仲間と首を傾げて怪訝そうな顔をするだけだ。
なにしろ犬飼と辻の
遠征艇の停泊場所は城郭都市の真南であり、南門の南にある地下道の出口から真っ直ぐに南に向かって走っていた。
ならば
しかし遠征艇が移動するなどという話は聞いていないのだから、自分たちが方向を間違えてしまったのかもしれないと考えるのは無理もない。
[忍田だ。犬飼・辻両隊員のことは心配しなくてもいい。私たちは今までどおりに敵を足止めしながら遠征艇に向かって少しずつ移動をする。くれぐれも
内部通話によって忍田の指示は足止め班全員に伝えられた。
事情が掴めないという顔をしているが、今はただ忍田の指示に従って行動するしかない。
◆
戦闘体が破壊されたために
そこに待機していたゼノンが現れ、わけがわからないという顔の犬飼と辻にターミガンを手渡して言う。
「俺はボーダーの協力者、別動隊のゼノンという者だ。今からきみたちを遠征艇へと送る。この簡易トリオン銃なら生身の身体でもトリオンによる攻撃ができる。きみたちは遠征艇で居残り組のメンバーと共に遠征艇に近付く敵がいたらこれで迎撃してくれ」
「あ…ああ」
「はい」
状況を理解する暇もなく、犬飼と辻はゼノンが開いた
その直後にランバネインが到着し、周囲を見渡すものの遠征艇らしきものはない。
ただ狩猟小屋があるだけで、中を覗くとそこには場に不釣り合いなベッドに敷くマットのようなものが置いてあるだけで無人である。
[隊長、奴らの艇なんてどこにもねえぞ。それにさっき飛んでった小僧たちの姿もない。なんかおかしくねえか?]
[俺にもわからん。ひとまずその辺りを探索し、こっちへ戻って来い]
[了解]
ランバネインはハイレインに報告すると腹立たしげに小屋の壁を蹴って穴を開けてしまう。
「くそっ! …ったく何だっていうんだよ? あのガキども、どこに行ったんだ?」
狩猟小屋の外に出たランバネインはおざなりに辺りを見渡しただけで主戦場ともいうべきハイレインのいる場所へと戻って行った。