ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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330話

 

 

翌朝、ツグミは幼年学校へと出勤した。

()()()()の直後に退職をすればあからさまに怪しいと思われるわけで、いかにも自分は無関係であるという顔をしていなければならない。

だからこのまま勤務を続ける意思があるというフリをしなければならず、もうC級隊員たちはいないというのにアフトクラトルの生徒たちのために朝食を作りに行くのだ。

いつものように通用口から入って警備員に挨拶をし、主任が食堂棟の入口の鍵を開けてくれるのを待つ。

しかし主任がやって来てツグミの顔を見た時の表情はいつもとは違っていた。

 

「おはようございます、主任さん」

 

「ああ…おはよう」

 

挨拶の言葉も抑揚がなく、何か後ろめたいような気持ちがあるのではないかとツグミは感じていた。

 

(わたしに言わなきゃならないことがあるけどタイミングをどうしようかと迷っているカンジ。たぶん()()だろうな…)

 

ツグミにはこの後の展開がなんとなく読めていた。

彼女がボーダーの密偵であったことがバレたというのではない。

そうであればとっくに拘束されてハイレインの元に連れて行かれたはずで、それがないということはまだバレてはいないということ。

ならば主任のいつもと違う態度の理由はひとつしか考えられないのだ。

それは採用面接の時の条件にあったことで、イデアという架空の少女にとっては残念なことだが、ツグミにとっては願ったり叶ったりである。

 

その日も生徒や職員の朝食のために調理や配膳をするのだが、午前7時から食事をする18人がいないためにいつもとは様子が違う。

本来なら作業開始時間を1時間遅らせてかまわないのだが、急なことであったため連絡ができずに全員がいつもの時間に出勤してしまったのだ。

しかし今後は1時間遅く出勤するよう指示が出て、朝食担当職員の退勤時間となると職員たちは三々五々と厨房を出て行く。

その中でツグミは主任に呼ばれた。

 

「イデアくん、少し用事がある。こっちへ来てくれ」

 

ツグミが連れて行かれたのは事務長室であった。

事務長が彼女を待っていて、申し訳なさそうな顔で切り出す。

 

「非常に言いにくいことなのだが、今日できみを解雇する。突然のことで驚いただろうが、きみも知ってのとおり昨日の朝玄界(ミデン)の子供たちが脱走してしまった。どうやら国外に逃げられてしまったようで、もうここには戻って来ない。つまり人手はもう…」

 

「承知しております。作る料理の量は減り、作業の開始時間も遅らせることができるくらいなのですから、人員の削減は必要ですよね。そのことは採用の際にきちんと説明してくださったのですから異論はありません。ここのお仕事は楽しくて続けたいと思いますが、それはわたしのワガママというものです。それにここのお仕事がなくなっても本業の方でお給料はいただけますから心配ありません」

 

ツグミはそう言って微笑んだ。

 

「すまないねぇ。3人ほどクビを切らなければならないんだが、そうなると一番の新入りのきみを真っ先に切らなければ他の連中に示しが付かないんだ」

 

「当然のことです。お気になさらずに」

 

「そう言ってくれると助かる。…それでこれが5日分の給料だ。中を確認して、この書類にサインをしてくれ」

 

事務長は机の引き出しから封筒を取り出してツグミに手渡した。

彼女はさっと確認をしてから給料の受け取りと雇用契約終了の確認のサインをする。

これで幼年学校との関わりもおしまいとなるわけで、誰にも疑われずにすんなりと去ることができそうだ。

首にかけていたIDカードを返却し、事務長室を退出すると更衣室へと向かう。

そしてまだ残っていた先輩職員たちに事情を話し、別れの挨拶をしてから幼年学校を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

アフトクラトルでの後始末の内これでひとつが解決したわけだが、これ以上街の中をウロウロしていると思いもよらぬ事態に巻き込まれる可能性があると考え、ツグミは急いでエリン家の屋敷へと帰ることにした。

なにしろ幼年学校からエリン家への道の途中にはランバネインの活動エリアがあり、うっかり見付かってしまったら今度こそ家に行かなければならない。

いくらツグミが上手く現地の少女に化けているとはいえ、会話をしていれば彼女がアフトクラトルの人間ではないとバレてしまう可能性がある。

だからこれ以上関わってはいけないのだ。

 

(でもまあ昨日の今日だからのんびりと街を散策しているとは思えない。むしろディルクさんの件でエリン家に行くかもしれないから、屋敷の近くの方が危険かも? とにかくリヌスさんたちが戻って来るまでは国外に出られないんだから気を付けて行動しなきゃ)

 

リヌスとテオが遠征部隊本隊の艇を追いかけて行き、ビデオカメラとレプリカを渡して戻って来るまでの往復に丸2日かかる。

だから最低でも明日の午後までは何としてでも耐え忍ばなければならない。

 

(問題はハイレインたちがいつディルクさんを拘束しにやって来るかだけど、昨日の夜から数人の男がエリン家の屋敷の周囲に配置されているところをみるとすぐにどうこうしようというものではなさそう。しばらくは様子見を決め込んで、決定的な証拠を見付けてから乗り込もうという腹積もりかもしれない。だとするとこっちが迂闊な動きを見せたらそこでアウト。こうなったらリヌスさんとテオくんが帰って来るまで屋敷の中でじっとしているのしかないかな? いざとなればゼノン隊長のトリガーを使って一時的に避難するという手もあるから、ディルクさんとヒュース、ゼノン隊長とわたしの4人はできる限り同じ場所にいる方がいいかもしれない。いや。それともハイレインの目を他のものに向けて注意をそらすという手もある。う~ん…どうしよう…?)

 

いろいろと考えながら歩いていると周囲の雰囲気がこれまでと違っていることに気が付いた。

やはり領主の城が正体不明の敵に攻撃されたことや、玄界(ミデン)からさらってきた子供たちが全員奪い返されたことなどでベルティストン家に対する信頼や尊敬といったものが薄れ、その分失望感や自分たちの未来への不安などの気持ちが高まってきているようなのだ。

 

(これまでこの街の住人はベルティストン家にとって都合のいい情報だけを与えられ、『神選び』でハイレインが王になれば生活水準がアップして今よりもずっと楽な暮らしができるって信じ込まされてきたから、昨日みたいなことがあればハイレインのことを信用できなくなるのは無理ないわよね…。こうなると早く次の神となる人間を探し出して『心配いらないぞ』って顔をしないとベルティストン家の権威はダダ下がりになる。これはかなりヤバイわよ。ますますディルクさんの身が危険になるじゃない。もう嫌だなんて言っていられない状況だってことで、無理矢理にでも三門市に連れて行かなきゃ。さっそく荷物をまとめてもらって()()()()()準備をしてもらおう)

 

 

ツグミは使用人らしく屋敷裏にある通用口から中へ入ろうとするが、その通用口もハイレインの配下と思われるトリガー使いに見張られていた。

トリガー使いだとわかったのはその男がトリオン体であったからだ。

ツグミの目には生身かトリオン体かは一目瞭然で、トリガー使いに見張りをさせているということは抵抗された時にはトリガーを使ってでも拘束するという意味もある。

 

(ディルクさんやヒュースがボーダーと手を組んでいるという明らかな物的証拠はない。状況証拠だけではまだ手出しができないから今のところは逃げ出さないように見張っているだけってこと。逆に言えば物的証拠があればいつでも踏み込めるように準備しているわけで、仮に屋敷の周りのトリガー使いを中に入れないようにしても窓の影(スピラスキア)を使えば一気に攻め込まれておしまい。それにここでトリガー使い同士のガチな戦闘となれば周囲の民家にも被害は及ぶ。この近所の人たちはみんなエリン家の人たちのことを慕っていて、ディルクさん自身がそんな人たちのことを気にしてアフトを離れたくないなんて言っているくらいだものそれは絶対にダメ)

 

通用口を見張っている男はツグミのことをまったく怪しんでいないらしく、タダの女中が家人の用事を済ませて帰って来たくらいにしか考えていないようだ。

自分の目の前を歩いている少女が玄界(ミデン)から来たトリガー使いで、ベルティストン家の城を砲撃して半壊させた張本人だとは想像もできないらしく、彼女が平然と通用口から中へ入って屋敷の中に姿を消す様子を緊張感のない顔で見ているだけだった。

 

 

 

 

屋敷の周囲をハイレインの配下のトリガー使いが見張っていることはディルクも承知している。

今はまだ監視されているだけであるがいつ踏み込んで来るかわからないので気を抜けない状態だ。

 

(今回の事件でハイレインにとって私は『生贄』としての価値が高まった。これまでは戦力として欠かせない状態であったからあの男も迷っていた部分はあるが、こうなると私をこのままにしておいてもメリットはなく、むしろなかなか見付からない『神』候補にすれば一石二鳥というもの。ボーダーに協力すればこうなることはわかっていたことで後悔しているわけではない。…ただこの状況で領民たちを捨てて逃げるようなことはしたくない。もちろん私が一時的に玄界(ミデン)へ亡命すれば良いことはわかっている。このままでは私だけでなくヒュースやツグミたちにも危険が及ぶことは明らかだ。それに私に何かあればマーナとレクスの将来に不安が残る。たぶんエリン家当主である私が『神』となればレクスを次期当主として厚遇してくれるだろうが、それはあの子にトリガー使いとして()()()()()()()()()戦うことを強制することになってしまう。あの優しくて争いを好まないレクスがトリガー使いとして生きることは不幸でしかない。せっかく玄界(ミデン)で新しい知識や価値観を得たというのに、再びこの国で生きることを強いるのでは惨すぎる。やはり私がワガママを言わずに玄界(ミデン)へ行くべきなのだろうな…)

 

領民を大切に思うがゆえに領地を離れることを「罪」だと考えてしまうディルク。

しかし彼が「神」となればその領民たちが哀しむということに考えが及ばないことこそが罪なのである。

そもそもこの城郭都市の領主はエリン家の代々の当主で、本来のベルティストン家の直轄の街や居城は別の場所にあるが首都に近いために他の貴族たちからの目が届かないこの場所は様々な()()のためにちょうど良い隠れ家のようなものであったわけだ。

よって住民たちにとっての()()()はディルクで、エリン家のような地方貴族を統括しているのがベルティストン家の他3つの有力貴族「四大領主」で、その4つの貴族の中から神を見付けた家の当主が王となる。

だから平民にとっては王よりも四大貴族よりも身近にいる領主こそが自分たちの敬愛すべき「主」となるわけで、この街の住人はハイレインが王になることよりもディルクがこれまでと変わらずに自分たちのことを考えた領地経営をしてくれることを望んでいる。

ディルクが次期神候補であるとこの街の住人が知ったら暴動が起きるかもしれない。

それくらい慕われているのだからディルクが一時的に玄界(ミデン)に亡命したところで非難はされないだろうが、ハイレインが王になった場合はどうだろうか?

帰国したとたんに拘束されてしまい、エリン家の断絶ということもありうる。

しかしハイレインがアフトクラトルの王として君臨するにしてもその権力を磐石なものとしなければ他の貴族による下克上で一気にすべてを失ってしまうことにもなりかねない。

「神」を探し出してきた人物が王になるというシステムなら四大領主でなくても問題はないのだが、その権力を維持するためには相当の戦力を持つ貴族、つまり四大領主と呼ばれる有力貴族でなければすぐに武力で王の座を奪われてしまう。

だからハイレインは自分が王となった時のことを考えて「雛鳥」をさらい、彼らを育てて兵士にしようとしていたわけだ。

そうなるといくら「神選び」の直前の重要な時点で姿を消してしまったとしても、ハイレインにとってディルクが自分の配下として戻って来てくれるならそう無碍にもしないだろう。

特に大規模侵攻と今回の遠征の2回の戦闘でボーダーを敵に回すことが愚かな行為であることを思い知ったはずで、ディルクの背後にボーダーがいるとなればわざわざ彼を処分しようとは考えないはずである。

それにハイレインが王になれなかった場合、下克上を狙うとすればエリン家が他の有力貴族に鞍替えすれば面倒なことになるから、ハイレインはディルクを厚遇して手元に置いておいた方が良いと考えるだろう。

ディルクが優秀なトリガー使いであり領民から慕われている好人物である以上はハイレインも簡単に殺しはしないし、それにディルク自身も身の安全が保証されるならハイレインを敵にしたいとは思っていない。

これまでディルクがベルティストン家に仕えていたのはハイレインが単なるエゴではなくアフトクラトルという国と国民のために王となりたいと考えているからである。

やり方にはいろいろ問題があるが、エリン家の当主としてハイレインは「仕える価値のある主君」であったからディルクはこれまで忠実な家臣でいたのだ。

もしツグミが現れなかったらディルクは「国のために」とその身を捧げていたであろう。

そんなディルクが変わったきっかけはツグミに「国のためという大義のためなら家族を哀しませる行為を肯定できるんですか?」と問われたことであった。

三門市に亡命をすべきだと言ってもなかなか承知してくれない彼に対し、ツグミは少々感情的になりながら「100万の国民を救うために神になると言うのなら、マーナさんとレクスくんとヒュースの3人を死ぬほど哀しませてもかまわないんですか?」と詰め寄った。

そこで彼は自分が家族さえ幸せにすることができない無力な人間だと気付き、ひとりですべて抱え込まずに他人を頼ることが大切であることを知ったのだった。

だからツグミの提案どおりに玄界(ミデン)へ行くことも選択肢のひとつとして考えてはいるものの、残していく領民のことが心配で踏ん切りがつかないでいる。

 

カーテンを少し開けてその隙間から外の様子をうかがうディルク。

そこからは屋敷の正門から少し離れた場所でひとりの男が身を隠すように立っている姿が見えるのだが、その存在はバレバレである。

もっともハイレインがわざとあからさまに監視をしていると誇示しているのだとすればその作戦は成功なのだが、諜報に関しては素人の家臣が主から「怪しい人物がいたら警戒しろ」と命じられていているだけであった。

 

そのド素人の監視をさらりと抜けて帰宅したツグミがディルクの書斎へとやって来た。

 

「ディルクさん、ツグミですが入ってもよろしいですか?」

 

「ああ、どうぞ。入ってください」

 

ツグミの帰宅のタイミングはディルクにとって歓迎すべきもので、すぐに中へ招き入れた。

 

「屋敷の周りにハイレインの部下が何人か張り込んでいるようです」

 

「知っている。ここからもよく見えるからね」

 

「でも全然役立たずですよ。わたしのことを全然怪しんでいないんですから。たぶんボーダーの遠征艇が去ってしまいましたから、警戒すべきはディルクさんとヒュースの動きだけなんでしょう。ここでうっかりヒュースが外出してその姿を見られてしまったら、一気にトリガー使いが踏み込んで来るに違いありません」

 

「だろうね。だからヒュースには自分の部屋でおとなしくしてもらっている。…だがいつまでもこのような状態が続くはずがない。いずれしびれを切らしたハイレインが自ら乗り込んできてヒュースの裏切りを理由に私を拘束するだろう。そうなるとあなたやキオンの方にも迷惑がかかるわけで、そろそろ身の振り方を決めなければいけないと思っている」

 

そう言うディルクの顔は不安と自分自身の無力に苛まされているといった表情だ。

 

「その様子ですと答えは出ているのにまだ心が揺れているといった感じですね?」

 

「わかるかね? …ああ、答えはひとつしかないとわかっているのに、私は覚悟ができていないのだよ。このような状況で領民を捨てて自分だけ安全な場所に逃げ出すなどという卑怯な真似はしたくないと…」

 

「身を守るために一時的にハイレインの手が届かない場所へ行くことを『領民を捨てる』とは言いませんよ。前にも言いましたけど、あなたが生贄にされることの方がこの街に住む人にとって辛く悲しいことなんです。それに『神選び』が終わったら堂々と帰ってくればいい。玄界(ミデン)の文化や技術に触れることでその知識はアフトの人たちの役に立つことでしょうから」

 

「しかし私にどれだけのことができるか…」

 

「ディルクさんはどんなことをしたいんですか? 以前にあなたは自分が貴族でいるのは国民のためにその命を奉じる覚悟があるからだと言っていましたけど、()()あなたにとってこの国をどのような国にしたいと考えているのでしょうか?」

 

「私が望むのは…」

 

ディルクは少し考えてから答えた。

 

「私の理想とする国とは私と家族が幸せに暮らせる国であり、家臣や領民が豊かに暮らせる国であり、すべての国民が心穏やかに日々を過ごすことができる国…だ」

 

「それならその理想を叶えるために最も重要なことは何かわかりますか?」

 

ツグミに問われ、ディルクは考え込んでしまった。

そんな彼の様子を見て、ツグミは困ったような顔になって言う。

 

「そんなに難しいことじゃありませんよ。わたしの住む国にこのような言葉があります。『命あっての物種』『死んで花実が咲くものか』『身ありての奉公』といったもので、どれも『生きているからこそで何でもできるんだ』という意味です。いくらあなたが高尚な目的を持とうとも、死んでしまったら何もできません。つまりあなたは絶対に死んではならないということです。あなたは自分に何ができるのかわからずに不安でいるようですけど、誰だって自分の進む先に確証があって生きているわけじゃありませんよ。未来に不安を抱えているのはあなただけではありません。わたしもとある事情を抱えていて未来に不安があります。でも1年後、3年後、10年後…その時の自分に恥じないようにと今を生きています」

 

「……」

 

「『神選び』では誰が『神』になるのかわかりませんが、トリオン能力が高いという理由によってひとりの人間が()()()()()寿()()を終えます。その人にも家族や友人はいるでしょうし、望んで『神』になろうというのではないはずです。冷たい言い方ですけどその人がわたしの手の届く範囲の人間でなければ()()『仕方がない』と諦めます。だってディルクさんという友人を守るためには仕方がないんですもの。…でもここで仕方がないことを仕方がないのままで済ませるつもりもありません。今度の『神選び』には間に合いませんけど、次の代替わりまでには100年以上あるはずなんですから、その間にたったひとりであっても理不尽な理由で人が犠牲になるようなことをせずに済むよう努力してみる価値はあると思います」

 

「…驚いたな。きみは玄界(ミデン)の人間なのにそんなことまで考えているのか」

 

「あら、この問題はわたしたちの世界にも関わる重大事です。近界(ネイバーフッド)ではトリオンという人間由来のエネルギーを巡っての戦争が耐えません。そのせいで玄界(ミデン)の人間が被害者となるんですから、近界(ネイバーフッド)の話など関係ないなどと言ってはいられないんです。わたしが聞いた話では今から約20年前に近界(ネイバーフッド)から亡命してきた近界民(ネイバー)によって近界(ネイバーフッド)やトリオン・トリガーについて伝えられたそうです。それより前から玄界(ミデン)の人間が行方不明になる事件があって、同胞を守ることとふたつの世界の友好の架け橋となる組織を作ろうとしてできたのがボーダーなんですが、今では界境防衛のため()()の組織となっています。わたしの父はボーダー創設時のメンバーのひとりで、わたしは父の遺志を継いでボーダーを戦う組織ではなくふたつの世界を結ぶ組織にしたいと考えています。具体的に何ができるのかわかりませんが、ひとまずわたしは未来に向けて花の種を蒔くことにしました」

 

「花の種を蒔く…?」

 

「はい。どんな花が咲くのかはわかりませんが、とにかくまずは土を耕して種を蒔くんです。でも私自身という土壌が不毛であれば花が咲くどころか芽も出ないし、出てもすぐに枯れてしまう。だから土壌を肥沃なものにするために近界(ネイバーフッド)を旅していろいろなものを見てみようと決めました。いろいろな知識を身に付けてわたし自身を豊かな土壌にするんです。そして毎日愛情を注ぎながら水を与え続けます。そうすればいつか花を咲かせるでしょう。色鮮やかな大輪の花が咲くかもしれませんし、道端に咲くような目立たない小さな花になるかもしれません。でもどんな花であっても自分が育てた花ならどれも美しく見えると思います。そしてそれを見た人の心に優しい気持ちが生まれたら、それこそ努力をした甲斐があったというものです」

 

そう言って微笑むツグミの顔を見ながらディルクは不思議な気持ちになっていた。

 

(自分と自分の手の届く範囲内の幸せしか考えていないと言って堂々と利己主義者を自称しているというのに、彼女のやろうとしていることは玄界(ミデン)だけでなく近界(ネイバーフッド)の国々にとっても良い結果を生むことになるだろう。しかしそう簡単に結果を出せるものではないが、彼女ならやってくれそうな気がする。こうして彼女の周りにいる人間は彼女に期待をしてどんな未来をつくるのかを見たいと思っているのだ、私のように…)

 

そしてディルクは決心した。

 

「ツグミ、玄界(ミデン)へ行く決心ができました。ヒュースとともにお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 

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