ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

35 / 721
34話

 

 

唐沢が修たちを連れて来たのはボーダーの記者会見会場であった。

 

「今回の防衛戦の結果報告だよ」

 

唐沢は続ける。

 

「通信室で6人殺されてC級が32人さらわれたから、そこはかなり突かれるだろうね。…行こう、裏から入れる」

 

ツグミは唐沢が何を企んでいるのか考えながら後を付いて行き、舞台袖へとやって来た。

舞台では城戸、鬼怒田、忍田、林藤が座っており、中央で立つ根付が概要の説明を終えたタイミングだった。

 

「…報告は以上です。お手元の資料により詳細な数値が載っています。質問があれば受け付けます」

 

すると記者席からひとりの男性記者が立ち上がって質問をする。

 

「ボーダー内部に犠牲者を出したという事実はボーダーの防衛力に疑問を呈する結果になったと思うんですが、そのあたりに関してはどういった認識なのかお聞かせください」

 

「…まず殉職した職員6名のご遺族には謹んでお悔やみ申し上げます。有能な人材であり魅力ある人物でもあった彼らを失ったことは現在行方不明の32名の訓練生とあわせて非常に大きな損失であり、まことに無念に思っています」

 

根付は遺憾であるとばかりの表情で答える。

 

「さて、基地内部に犠牲者が出たことを受けて、ボーダーの防衛力不足をどう考えているかという質問ですが、結論から言って不足であるとはまったく考えていません」

 

続いて出た言葉で場内はざわめいた。

 

「お手元の資料をもう一度よく見ていただきたい。今回起きた戦闘の規模は4年半前の第一次近界民(ネイバー)侵攻のおよそ8倍です。1200人以上の死者、400人以上の行方不明者を出したあの第一次近界民(ネイバー)侵攻の8倍の近界民(ネイバー)が攻め込んで来たのです。かつての8倍以上の敵を相手にして被害は40分の1。最高の結果ではありませんでしたが、我々のこれまでの備えが結実した想定以上の大きな成果だと考えています」

 

ざわめく記者たちの中で女性記者が立ち上がった。

 

「それは戦闘の規模が大きかったら40人程度は誤差の範囲ということでしょうか? 行方不明者の32人の中に私の知り合いの息子さんがいるんですが、その親御さんにも同じことが言えますか?」

 

舞台袖で説明を聞いていた遊真が言う。

 

「なんかボーダーが悪いみたいに言われてるな」

 

「つらいことは誰かのせいにしたくなるものさ」

 

唐沢は仕方がないと言わんばかりに答えた。

 

「ボーダーがいなかったら何百倍も死んでるだろ」

 

「お互いそれはわかってるよ。だからボーダー側には余裕があるし、マスコミ側はイラついている」

 

舞台では根付の説明は続いていた。

 

「行方不明者になった32人の訓練生は近界民(ネイバー)の迫る戦線のすぐ近くで避難誘導の任に当たっていました。危険を顧みず最後まで前線に残った彼らの働きが民間人死者ゼロという結果に繋がったと考えています。彼らの存在を軽視するなどありえない。彼らの犠牲があったからこそ市民を守ることができたのです」

 

力説する根付に男性記者が質問した。

 

「その犠牲をなくすことはできなかったんですか? ボーダーには緊急脱出のトリガーがあると聞いています。なぜそれを訓練生にも装備させないんですか?」

 

「トリガーの数が足らんからに決まっとろう! 全員に付けられるもんなら付けとるわい! 緊急脱出のトリガーひとつ作るにも金と材料と人の手が要る! 湯水のごとく湧いて出るとでも思っとるのか!? 少しは考えて質問しろ!」

 

鬼怒田が後ろの席で座ったまま忌々しげに言い放つと、男性記者は何も言えなくなってしまった。

すると別の男性記者が手を挙げて質問をした。

 

「今回、訓練生ばかりが狙われたということは、訓練生は緊急脱出ができないと近界民(ネイバー)側に知られていたということでしょうか?」

 

根付は言いにくそうに答える。

 

「…訓練生は基地の中でしかトリガーの使用を許されていません。なので近界民(ネイバー)にトリガーの情報が漏れることは…」

 

「先月の上旬、市立第三中学校に近界民(ネイバー)が現れた事件がありましたよね。その際、現場にいた訓練生がトリガーを使って戦ったという目撃談があります。そこで近界民(ネイバー)に情報が漏れたという可能性は?」

 

それは修がモールモッドを倒したことになっているあの事件のことだ。

聞いていた修の表情が変わった。

 

「その件はもちろんこちらでも把握していますが、それが原因であるとはまだ判断が…」

 

「じゃあ他に心当たりがあるんですか!?」

「規則を破ったその隊員の処分は!?」

「まだボーダーにいるんですか!?」

「第三中学の生徒ですよね!?」

 

次々と記者の中から声が上がる。

 

「今回の事との関連性はともかく規則を破った彼の行動は級友(クラスメイト)を守るためだったということを考慮していただきたい。事実、多くの生徒が救われており…」

 

「始まったな」

 

唐沢が言う。

 

「あの記者は根付さんの()()()だよ」

 

「え…!?」

 

修と遊真が驚いて唐沢の顔を見た。

 

「記者の矛先をボーダー全体からひとりの隊員に誘導する役目だ。手ぶらで帰せば何を書かれるかわからないからな。わかりやすいネタを提供したのさ」

 

「オサムひとりのせいってことにするわけか」

 

遊真は静かに苛立っていた。

もちろんツグミも同じ気持ちだが、妙な違和感も覚えた。

 

(オサムくんをスケープゴートにしようという上層部の腹は読めたけど、なぜ唐沢部長はオサムくんをここに連れて来たのかしら? 単に残酷な現実を突きつけるためってことじゃないはず。…もう少し様子を見た方がいいかも)

 

修は拳を握り締めながら唐沢に訊く。

 

「唐沢さん…これを見せるためにぼくを連れて来たんですか?」

 

「そうだ。事前の会議でこうなることは決まっていた。何も知らないのはかわいそうだと思ってね」

 

正直に答える唐沢。

 

「どうする? オサム。あのおっさんの尻、蹴り飛ばしてやるか?」

 

遊真は質問をした記者を睨みながら言うが、修は自分の気持ちをグッと堪えて答えた。

 

「…どうもできないよ。今の話が本当なら…悪いのはぼくだ」

 

「オサム、おまえ、つまんないウソつくね」

 

修の言葉に遊真は嘘を見つけた。

 

「病院で頑固な性格まで治してもらったのか?」

 

修は城戸に訊かれたことがある。

C級隊員だった頃、隊務規定違反だと知りながらもトリガーを使用して同級生たちを助けようとしたあの一件だ。

もし同じようなことがまた起きたらどうするかという城戸の問いに、修は「目の前で人が襲われてたら、やっぱり助けに行くと思います」と正直な気持ちを言った。

それは今でも変わらない。

彼は「ぼくがそうするべきだとおもってるから」という信念で行動している。

良い意味で自分の行動が正しいと信じているから、ツグミですらさっきの修の言葉は嘘だとわかる。

そうなると修が次に何をするかが彼女には容易に想像できた。

 

「空閑、悪い。ちょっと行ってくる」

 

「おう、行ってこい」

 

修は遊真たちに見送られて会見会場へと歩み出た。

 

「…いいコンビだな」

 

唐沢がぼそりと言う。

 

「カラサワさんはなんでオサムの味方してくれんの?」

 

「…別に味方ってほどのことはないよ。…ただ…ヒーローにも反撃の機会が与えられるべきだろう?」

 

その言葉を聞いてツグミは理解した。

 

(学校にモールモッドが出現した時、オサムくんは隊務規定違反と承知で生徒たちを助けようとした。彼は損得勘定など考えもせず、ただ自分がそうするべきだという意思で動く。唐沢部長はオサムくんのそういうところを気に入ってるんだ。だから当事者抜きの欠席裁判で終わらせようとする城戸司令たちに内緒でこんなことをしたに違いないわね)

 

ツグミは唐沢という人間を誤解していたことを素直に認めて非礼を詫びた。

 

「唐沢部長、先ほどは大変失礼いたしました。部長のことを疑ってしまって…」

 

「いや、気にしないでいい。きみは後輩のことを心配して守ろうとしていただけなんだからな。それよりも三雲くんの行動を見守ってやろう」

 

そんな会話をしているうちに修は舞台へと顔を出した。

それを見た根付をはじめとした上層部たちは大慌てだ。

 

「…!? なぜここにキミが…!?」

 

修は右手を吊り、左腕に松葉杖といった姿で根付のそばへと歩いて行く。

その姿を見た記者たちはざわめき始めた。

 

「三雲くん! どうしてここに!? ケガは大丈夫なのか!?」

 

忍田が席を立って修に訊く。

 

「大丈夫です」

 

そう言っても大丈夫とは言い難い様子なのは誰でもわかる。

しかしそれだけ修の決心が強いことを示してもいるのだ。

修は根付に視線で「ぼくに説明させてほしい」と言い、根付は彼の迫力に負けて場所を譲った。

 

「三雲修です。今の話に出てきた先月学校でトリガーを使った訓練生はぼくです。質問があればぼくが直接答えます」

 

「本人…!? じゃあこの子が元凶の…」

 

そう言いかけた男性記者に忍田が一喝した。

 

「憶測で隊員を罪に問うのはやめていただこう。彼は現在は正隊員。問題の隊務規定違反については1ヶ月以上前にすでに裁定が下されている!」

 

「そう、そのとおり。寄って集って子供を責めるのは…」

 

根付も修を庇おうとするが、予定外の修の乱入によりあたふたしている。

 

「当人が話すと言ってるんだ! そいつに喋らせろ!」

「そうだ! そうだ!」

 

記者たちは突然飛び込んできた生贄の山羊(スケープゴート)を血祭りにあげようとしている。

大の大人が寄ってたかって中学生の少年を「悪」に仕立て上げ、それで憂さを晴らすかのような態度にツグミは憤りを感じていたが、ここは修に任せるしかないと拳を固く握ったまま見守ることにした。

 

「…修、ホントに大丈夫か?」

 

林藤が訊く。

 

「大丈夫です。でもボーダーには迷惑をかけるかもしれません」

 

「気にするな。好きにやれ」

 

その言葉は修にとってとても心強く感じられ、記者たちを前にした。

 

「きみが先月学校で訓練生でありながらトリガーを使ったのはボーダーの規則違反だという話がある。それは知っていたかな?」

 

男性記者の質問に修が答える。

 

「はい」

 

「きみの行動によって訓練生のトリガーの情報が漏れた疑いがあるんだが、それについてはどう思うかな?」

 

あの時学校にイレギュラー(ゲート)が開いたということは近くにラッドがいたことになる。

 

「今にして思えば…その可能性はあると思います」

 

馬鹿正直に答える修。

それが修らしいといえばそうなのだが。

 

「事の重大さをわかっているのか!? 32人が犠牲になったんだぞ!?」

「今にして思えばだと!? そんな言い訳が通用するか!」

 

矢継ぎ早に記者の非難の声が上がる。

 

「言い訳する気はありません。情報が漏れると知っていたとしても、やっぱりトリガーを使ったと思います。それくらい切迫した状況でした」

 

「そのせいでその先さらに犠牲者が出るとしてもかね!?」

 

「はい。将来的に被害が広がる可能性があったとしても、それが目の前の人間を見捨てていい理由にはならないと思います」

 

「言っていることは立派だけど、問題なのはあなたが訓練生だったことでしょ? あなたがはじめから正隊員だったら学校のお友達も守れてトリガーの情報も漏れなかった。ヒーローになりたいなら、順序を守ってまず正隊員になるべきだったんじゃないの?」

 

女性記者の嫌味な質問に修は声を張り上げて答えた。

 

「運命の分かれ目はこちらの都合とは関係なくやってきます。準備が整うまで待っていたらぼくは一生何もできません。ぼくはヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない。ただその時やるべきことを後悔しないようにやるだけです」

 

その堂々とした態度が気に入らなかったのか何人もの記者が次々と修を糾弾する。

 

「半人前だから大目に見ろってことか!?」

「反省の色が見えないぞ!」

「犠牲者や遺族の気持ちはどうなる!?」

「罪の意識はないのか!」

 

あまりにも酷い言葉をぶつける記者たちに香澄がキレそうになるが、グッと堪えて成り行きを見守ることにした。

 

「もう少ししおらしいところを見せたらどうだ。さっきから聞いていれば開き直ってるだけじゃないかね。我々が訊きたいのは、きみが原因で失われた32人の若者の人生をきみはどう埋め合わせるつもりなのか。きみがどう責任を取るのかということだよ」

 

この質問に対し、修は真正面を見据えて堂々と言い放った。

 

「取り返します。近界民(ネイバー)にさらわれた皆さんの家族も友人も取り返しに行きます。責任とか言われるまでもない。当たり前のことです」

 

取り返しに行くという修の言葉はボーダーの事情を何も知らない記者たちにとって衝撃的なものであった。

あれだけ修を責め立てていた記者たちは一瞬にして沈黙し、続いてざわめきと変わった。

 

「ん? こいつら遠征のことは知らないのか?」

 

遊真の疑問に唐沢が答える。

 

「そうだな。近界(ネイバーフッド)遠征は機密事項だ。だが…」

 

修のひと言で流れが変わったと唐沢は感じた。

ツグミも同様である。

 

(これまで民間人には極秘にされていた近界(ネイバーフッド)遠征。いずれは公にすることになると思っていたけど、まさかこんな形で知らされてしまうなんて…。さて、城戸司令はこの騒ぎをどうやって収めるのかしら?)

 

修の言ったことを認めるのか、それとも子供の妄言とするか。

この事態をどうのように収拾するのか、ツグミは城戸の発言に注目した。

 

「…彼の言ったとおり、現在ボーダーでは連れ去られた人間の奪還計画を進めている」

 

城戸の言葉にその場にいた人間すべての視線が彼に注がれた。

 

「すでに無人機での近界民(ネイバー)世界への渡航・往還試験は成功した」

 

現実にはすでに近界(ネイバーフッド)遠征は何度も行われている。

そのことをずっと隠していたのだが、修の発言により「これから行く」ということにすり替えることで公式に認めてしまったのだ。

これは予定外のことなので、この記者会見のシナリオを書いた根付は慌てている。

もちろん記者たちにとっても大ニュースなので会場はざわめいた。

 

近界民(ネイバー)の世界に隊員を送り込むと…!? 危険ではないですか? 32人を救うためにさらに犠牲が出る可能性が…」

 

記者の間から質問が出た。

しかし城戸は表情を変えず淡々と答える。

 

「…そうかきみたちはこの場合『将来を見越して()()()3()2()()は見捨てるべき』という意見だったな」

 

「……」

 

ついさっき記者が修を批難した時の言葉の揚げ足をとって城戸は言う。

そう言われれば誰もぐうの音も出まい。

城戸は続けた。

 

「この奪還計画は今回攫われた32人だけでなく、第一次侵攻で行方不明になった400人以上の市民も対象となる。ボーダーにとって過去最大の長期プロジェクトになるだろう。我々は今まさに『戦力』を求めている。それは前線で戦う隊員であり、隊員の援護を担う職員であり、組織を支える母体となるこの都市そのものだ。従来の防衛活動及び奪還プロジェクトへの市民の理解と参加を期待する。以上だ」

 

すると記者の中から声が上がった。

 

「奪還計画の人員はどのように決めるんですか? 三雲くんもそのメンバーということですか?」

 

「隊員から希望者を募り、その中から選定する。基本的にはA級隊員。選抜試験も実施されるだろう。彼が遠征に参加できるかどうかは、単純にその条件を満たせるかどうかで決まる」

 

城戸が修をちらりと見る。

 

「はい、わかっています」

 

修のそのことは十分に理解していて、その上で近界(ネイバーフッド)遠征を目指して遊真たちと部隊(チーム)を組んだのだから。

城戸にも彼の強い意思は感じたことだろう。

 

「きみはもう下がりたまえ。まずは身体を治すことだ」

 

「はい」

 

修の爆弾発言とそれを認める城戸の言葉で会場は騒然となった。

なにしろ近界(ネイバーフッド)遠征という派手なネタを提供されたのだから、もう修のことを非難している場合じゃないのだ。

一刻も早く社に戻って記事にしなければならない。

記者たちはもう修には関心がなく、大慌てで会場を出て行ったのだった。

 

一方、舞台袖に戻って来た修をツグミたちは笑顔で出迎えた。

 

「お疲れさま、オサムくん。カッコよかったよ」

 

「ああ、いい演説だった」

 

唐沢も修の行動を認めてくれているようだ。

そんな中、香澄が修に言う。

 

「一度死にかけたのに、まだ続けるつもりなのね?」

 

「…母さん」

 

「半年前、あなたが入隊希望の書類を持ってきた時、私が大反対したのを覚えてる? あなたが大怪我したって聞いた時『だから言ったじゃないの』って思ったわ」

 

「……」

 

「でも不思議ね。大怪我して意識もないあなたを見ても、お見舞いに来た人たちは誰ひとり『もうボーダーはやめさせた方がいい』って言わなかったの」

 

「え…?」

 

「どうしてなんだろうと思ってたけど、今日のあなたを見て少しわかった。ボーダーに入ってから、いえ玉狛支部に転属してからのあなたは『自分のやることを見つけた』って顔してる。好きにやりなさい。あなたの人生だもの。でも本当に嫌になった時は私に言いなさい。首に縄をかけてでも引き戻してあげるわ」

 

「…ありがとう、母さん」

 

穏やかな表情で微笑む修に遊真が言う。

 

「でかいこと言った分がんばんなきゃな、オサム」

 

「最初からそのつもりだ。まずは全速でA級まで上がる。やるぞ、()()

 

「おう、まかせろ」

 

修と遊真はこれでまたひとつ絆を深めたのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。