ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

353 / 721
334話

 

 

競技場部分の奥側3分の1に舞台を作り、残った部分にマスコミ関係者席100席とその後部に市民用の観覧席を200席設け、2階の固定観客席500席は市民に開放した。

よって700人の一般市民が観覧できるのだが、朝から大勢の市民が体育館前に並んだことで整理券を渡すことになり、午前中にはすでに定員に達してしまったということだからそれだけ市民の注目度が高いと言えよう。

舞台には上手側にC級隊員32人、下手側に遠征部隊本隊30人がそれぞれひな段状の席に着き、上手側の手前に忍田を除いた上層部メンバーの席がある。

ツグミは下手側の本隊メンバーの席の一段下にひとりだけの席が設けられた。

そしてその隣にスタンドマイクがあり、司会者の根付が立つことになっている。

マスコミ席の上手側には三門市長やスポンサーなどのVIPたちが座る席もあり、開始時間までまだ30分もあるというのにもう満員であった。

その様子をツグミは舞台袖から覗いてみた。

 

(そりゃそうよね…。宇宙飛行士が初めて月面着陸したなんてレベルじゃなくて、地球を侵略しに来た宇宙人にさらわれた仲間を敵の母星まで行って救出してきたようなものだもの。三門市民だけじゃなくて全世界が注目する事件よね、これって。近界(ネイバーフッド)という異世界にわたしたちと同じ人間の近界民(ネイバー)がいて、トリオンとかトリガーといった未知の文明を持っているってことが知られてしまった。この記者会見はそれを今まで知らなかった人にも教えてしまうことになってメリットだけでなくデメリットを背負い込んでしまうことになる。なにしろトリオン兵は玄界(ミデン)の最新式の兵器ですら歯が立たなかったんだもの、トリガーを悪用しようとする連中が現れるのは目に見えている。事実、ヤバイ国のスパイが入り込んで誘拐事件にもなったし。ボーダーの敵は近界民(ネイバー)だけじゃなく、こちら側の世界にもいるってことだから、城戸司令たちはそっちの心配もしなきゃならなくなって大変よね…)

 

第一次近界民(ネイバー)侵攻のことは一般にはあまり知られていなかったが、世界中の軍や軍需産業に関わる人間にとっては注目されていた。

これまでにも何人かの諜報員が防衛隊員として潜入しようと試みたが失敗している。

入隊試験を受けてもトリオン能力が低くて不合格になったり、入隊してもトリガーの持ち出しに失敗したなど特に実害はなかったのだった。

しかし正隊員と技術者(エンジニア)を同時に拉致して本国に連れて行きトリガーの解析をさせようという()()()()頭を使った人間が現れ、ツグミと技術者(エンジニア)の高木が某共産主義国の情報機関の人間に拉致されたという事件があった。

これはツグミの策略によって完璧な形で解決を見せ、このケースに限っては事件を公にしていた。

とは言っても事実をそのまま公表できないので、偽のシナリオをでっち上げて某国のスパイが絡んでいるということではなく、単純にボーダーの活動に不満を持つ人間の犯罪ということになっている。

そしてこの事件が起きるまでは正隊員の顔と名前と所属部隊はボーダーの広報サイトで紹介されていたが、現在は隊員の安全確保のためにそのページは削除されている。

これが表向きの発表であるが「裏」では別の形でケリをつけていた。

対象国の大使にどんな言い逃れもできない証拠を突き付け、今回の事件は「なかったこと」にする代わりに二度とボーダーに手を出させないという約束をさせた。

さらにこの事件は公にはしないものの()()()には広く知れ渡ることとなり、他国の諜報員もボーダーを警戒するようになったことで今のところはこういった事件は起きていない。

だがボーダーが近界(ネイバーフッド)まで遠征して敵性近界民(ネイバー)と戦ったとなればトリガーの戦略的価値が高まり、再びトリガーとそれに伴う技術を我がものにしようという輩が現れるのは目に見えている。

いくらボーダーの広報サイトで正隊員紹介のページを削除しても最前線で戦っている隊員をマスコミの前に出せば顔と名前は覚えられてしまい、以前のツグミのように拉致されてしまう恐れがあるのだ。

もちろん城戸たちがそのことに気付いていないはずがなく何らかの手は打ってあるはずなのだが、その話は彼女に知らされていないために不安を抱いているのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

午後3時、記者会見が始まった。

マスコミのために用意してあった100席はすべて埋まっていた。

国内の主な新聞社やテレビ局などは想定内で、それを考慮して1社2名までにしていたのだが、外国のメディアの日本にある支局からも取材希望が殺到したらしい。

それだけ注目度が高いということの表れである。

市民席も開場と同時に舞台が良く見える席から埋まっていき、整理券をもらなかった市民が体育館の周りに数十人いたことで、急遽立ち見であれば観覧ができるようになったという。

そして800人を超える人々が見守る中、まずは上層部のメンバーが登場して着席し、続いて上手と下手から同時に32人のC級隊員と30人の遠征部隊本隊メンバーが順に登場する。

最後にツグミが一番下手側の隅にある自分の席に目立たないように腰掛けた。

観衆は彼らを歓声と盛大な拍手で出迎え、彼らが着席してもなお拍手は止まらず、司会者の根付が制止するまで続いていた。

 

「ただ今から近界(ネイバーフッド)遠征帰還記者会見を行います。まず初めに遠征部隊の引率責任者である忍田本部長から遠征の概要についてお話いただきます」

 

根付に促され、忍田は自分の席でマイクを受け取り、その場で立ち上がると口を開いた。

 

「忍田です。今回の近界(ネイバーフッド)遠征は人類初の有人機による近界(ネイバーフッド)往還成功からわずか半月という短期間で行われたものですからいろいろ準備不足の点もあったかと思われますが、こうしてC級隊員全員を救出して誰ひとり負傷することもなく帰還することができました。これもひとえに資金面等で援助してくださったスポンサーのみなさまと、応援してくださった市民のみなさまのおかげであると存じます。この場を借りて御礼申し上げます」

 

そう言って忍田は市民に向かって深く頭を下げた。

そのタイミングに合わせ、上層部席の城戸、鬼怒田、唐沢、林藤も一斉に立ち上がって同じように頭を下げる。

もちろんC級隊員たちと遠征部隊本隊のメンバーとツグミも一礼をして、市民席からは再び大きな拍手が湧き上がった。

 

拍手が収まると、忍田は手元の書類の束を開いて説明を始める。

 

「今回の遠征の目的は本年1月20日に起きた大規模侵攻において敵国に拉致されたC級隊員の救出で、敵国の名称は『アフトクラトル』です」

 

マスコミ席と市民席からどよめきが起きた。

アフトクラトルという名称が公表されたのはこれが初めてで、今までは名前もわからなかった謎の国であったが、名前がわかったことで実在する侵略者としてリアルに感じるようになったのだ。

 

「敵国の名称と場所については先の有人機による近界(ネイバーフッド)往還の際に入手した情報によって判明したものです。…では先に進みます」

 

忍田は遠征部隊の出発から遠征艇内での様子、寄港地で見聞きしたものなどアフトクラトルまでの往路について簡単に説明した。

そして本題とも言うべきアフトクラトルに到着してからの話になる。

 

「さて、アフトクラトルという敵国に到着したわけですが、さらわれたC級隊員の居場所、またどのような待遇を受けているのかなどわからないことだらけです。どこにいるのかを確定しなければ救出することはできず、まずは敵本拠地の城郭都市へと向かいました。そして先発隊として派遣していた別動隊のメンバーと合流し、彼らから必要な情報を託された我々はその情報を元にC級隊員救出作戦を立案したのです」

 

ここで別動隊の存在を知り、マスコミや市民からざわめきが起きる。

本隊よりも先に敵地に到着して情報収集をしていたグループがあるということは初耳であり、敵本拠地に潜入して情報を得るということがどれだけ難しいことなのか想像できる人間なら動揺するのも無理はない。

 

「別動隊についてですが、メンバーは4人でそのうち3人はボーダーが臨時で契約した某国の諜報員です。潜入調査や破壊工作といった本来のボーダーの活動とはまったく違う内容ですので慣れていない隊員たちにはさせられません。そこでその手のプロに依頼し、ボーダー隊員をひとり連絡係として同行させました。彼女は連絡要員ですから危険なことは一切させず、彼女もまた無事に帰還しております。続いて救出作戦についてご説明いたします」

 

忍田は別動隊の存在には触れたが特にどのような役目を果たしたのかは説明せずにスルーしようとした。

しかしマスコミ席からひとりの男性記者が挙手をして立ち上がった。

 

「すいませーん。ひとつ質問、いいですか?」

 

すると根付が困ったような顔で言う。

 

「質問に関しましてはこの後に時間を設けてありますのでその時にお願いします」

 

しかしこの男は引き下がらなかった。

 

「いや、簡単な質問ですよ。別動隊の連絡係のことですけど、彼女というくらいですから女性だというのはわかります。それで最後に入場した女の子、確か有人機での往還に成功した子だったと思うんですが、遠征直前の会見には不参加だったはず。だから彼女は本隊ではなく別動隊として参加したのかなって。違いますか?」

 

会場内の視線が一斉にツグミに注がれた。

彼女は()()()人類で初めて近界(ネイバーフッド)へ行った人間として周知されていて、大勢の隊員の中に紛れ込ませていてもわかる人にはわかってしまう。

それに本隊メンバーは30人だと言っていて舞台上に31人いるのだから気付く人は気付くに決まっている。

遠征の経過を報告する以上は別動隊の存在を隠ぺいしたままでは話の辻褄が合わなくなるためどうしても公表しなければならないのだが、それをどのタイミングでどのように発表するかが根付の一番の頭痛の種であった。

よってツグミは本隊メンバーの中に密かに紛れ込ませておき、マスコミから要求されるまでは沈黙を貫いてもらおうことになっていた。

しかし彼女の存在に気付いた記者が手を挙げたのだ。

ここでスルーしてしまったらマスコミや市民からの不信感は募るだろうし、この後の質疑応答の時間では嫌が応でも彼女に別動隊での活動内容の質問があるはずだから避けては通れない。

根付は進行を妨げられて困惑した顔になる。

そこですぐそばに座っていたツグミが立ち上がり、根付に近寄って何か言うとマイクを借りて前に進み出た。

 

「えっと…今そちらの記者さんが指摘されたように、わたしが別動隊に加わった隊員の霧科ツグミです。別動隊のメンバーはプロの諜報員の方で顔出しNGですのでここには来られません。いちおうわたしが代表…というわけではありませんが、本隊の方々のように直接作戦に携わったのではありませんが、少しでも関わった者として出席させていただきました。これでよろしいですか?」

 

「別動隊の任務は危険なものだったらしいけど、きみは連絡要員ということで危ないことはしていないのかな?」

 

男性記者が訊く。

 

「はい、もちろんです。ちょうど良いタイミングですから別動隊の任務についてお話ししたいと思いますが…忍田本部長、よろしいですか?」

 

「ああ、かまわない」

 

忍田はツグミにバトンを渡した。

 

「では少々お時間をいただいて別動隊でわたしが見聞きしたことと経験したことをお話いたします」

 

そう前置きをしてからツグミは話を始めた。

 

「別動隊は本隊がスムーズに行動できるように()()()()する役目を負っていますので、本隊よりも先に敵地に潜入して情報収集をしなければなりません。そこで近界(ネイバーフッド)へ行った経験のあるわたしが別動隊に加わることとなりました。ですが諜報活動のプロの方のやることを素人のわたしに手伝えることはありません。そういうことでわたしの役目は入手した情報を本隊に正確に伝え、C級隊員救出作戦に役立ててもらうことでした」

 

ツグミは自分がやったことをすべてプロの人間がやったことにし、自らが危険な潜入調査をしたことなど微塵も感じさせないように上手く説明した。

3人の諜報員が地元民に変装して堅牢な城壁で囲まれた城郭都市に潜入し、街の様子を探りながらC級隊員が拘禁されている場所を特定。

街の地下に地下道があり、そこを使えば敵に悟られることなく城外へ脱出できることを確認し、C級隊員とコンタクトを成功させるとそのことをツグミが本隊に連絡。

そして本隊でこの情報を元に脱出計画を立てて実行した…という「大嘘」を平然と吐いたのだった。

ツグミの言っていることはすべて彼女自身がやったことで、それをさも他人がやったことのように言うものだから事情を知っている者には茶番劇に見え、それを信じてしまっているマスコミや市民たちの姿が滑稽に思えてしまう。

 

「別動隊の行動は縁の下の力持ち的なものであり、本隊の働きを支える役目を負っていました。ですので()()のお話はここまでにします。もっともわたしはそれ以上詳しい話を聞かされていないので知らないだけなんですけど。これで納得していただけましたか?」

 

ツグミはそう言ってにっこりと笑った。

ここで話せることは全部話したということにしておけば質疑応答の時間で彼女に質問をする記者は現れないはずである。

都合の悪い質問に答えずに済ませるには先に「自分の知っていることはこれで全部」だと本人の口から言わせてしまえばいいとツグミが言い出したことだった。

この男性記者というのが例のごとく根付の()()()で、質疑応答の時間より先にツグミを登場させて彼女の出番を作るというシナリオになっていたのだ。

そして男性記者はこれで納得したという顔で引き下がったので、別動隊の件はこれでひと段落である。

 

(これがわたしと根付さんと記者さんが演じた茶番劇だと気付く人はいないでしょうね…)

 

ツグミは忍田にマイクを返し、自分の席に腰掛けてしまうともう自分の役目は終わったとばかりにリラックスして見物を決め込んだ。

 

「少々本筋からずれてしまいましたが、ここで本隊の救出作戦についてご説明を再開いたします」

 

忍田は別動隊からの情報を元に本隊でC級隊員の救出作戦を計画し、その内容を連絡係のツグミに伝え、さらに彼女が別動隊の3人に伝えるという()()()()()()()話をさも事実のように説明する。

ボーダーの本部長という立場の人間が言うことなのだから本当のことなのだろうと善意に解釈する市民はもちろん、また疑いの目で見ようとするマスコミ連中からも()()()()が入らない隙のない完璧なシナリオで()()しているから問題は起きないはずである。

 

忍田の説明がひと通り終わると、そこで舞台と客席の間を遮るように天井から大きなスクリーンが降りてきた。

 

「ここからは現地での遠征部隊メンバーの活躍についてVTRでご紹介いたします。言葉で説明するよりも見ていただいた方が良くわかっていただけると思います」

 

ここで館内の照明が消え、C級隊員が別動隊の案内で城外に脱出し本隊メンバーと合流した時の様子やハイレイン隊と戦っている本隊メンバーの勇姿が映し出される。

これはリヌスとテオが撮影したものをメディア対策室で上手く編集をしたもので、下手にBGMやナレーションを入れていないものだから逆にリアルで緊迫した戦闘の様子が伝わってくる。

それを約20分にまとめたことで観客たちが集中して見ることができ、見終わった時には隊員たちが入場してきた時以上の拍手と歓声が沸き起こった。

スクリーンを巻き上げて再び舞台の様子が客席から見えるようになると、忍田はマイクを握りしめて言う。

 

「敵地での戦闘ですから三門市防衛戦のような戦い方はできずに困難を極めましたが、それぞれが自分にできることとできないことを正しく理解し、自分の役目を考えて全力を投入したことでこの人類初のミッションを成功に導いたのです。近界民(ネイバー)が人間であると知って動揺する隊員も少なからずおりましたが、それでも彼らは仲間を救うために覚悟を決めて戦ってくれたのです。誰だって好き好んで人間同士での戦いなどしようとは思いません。我々は三門市民を害するような敵であるから立ち向かうのであり、あえて近界(ネイバーフッド)へ行って武力行使をすることはありません。よって今後近界(ネイバーフッド)への遠征は第一次近界民(ネイバー)侵攻において行方不明になっている市民の捜索及び救出作戦に限ったものとなります。…ですが我々にとって近界(ネイバーフッド)はまだわからないことが多い世界であり、このアフトクラトルのような敵となりうる国が他にもあると考えられます。今回の遠征はC級隊員たちがさらわれた国が特定できたからこそ予定よりもはるかに早期に実現し、成功させることができました。しかし次の遠征はまだどこを目指せばいいのかさえわかっていない状態です。よって今回の遠征の別動隊のような部隊を特別に編成し、近界(ネイバーフッド)の情報を得てから本隊を送り込むことになるでしょう。我々の任務は三門市民を近界民(ネイバー)から守ることですが、隊員たちの安全も優先しなければなりません。なぜなら隊員たちもまた三門市民であり、我々が守るべき対象のひとりなのですから。ここにいらっしゃるマスコミ及び市民のみなさま、そしてこの放送をテレビで見ていらっしゃるみなさまには以上のことを念頭に入れて隊員たちの働きを応援してくださることをここにお願い申し上げるものであります」

 

そう言って忍田は自分の役目を終えたとして頭を下げた。

その姿に感動した市民は惜しみない拍手を贈る。

市民は第一だがボーダー隊員も大事であるというのは()()の言い分であるが、これを平時に言えば「市民を優先するのが当たり前だ」という声が上がるものだ。

隊員たちが命懸けで仲間を救出した様子を見せられ、その隊員たちが自分の子供や孫のような年齢であれば味方をしたくなるというもの。

自分たちが想像もできない未知の世界で若者たちが邪悪な侵略者と必死になって戦っている姿を見せられたのだから「自分たちのことよりも市民を優先して、危険な場所や相手であっても戦え」とは言えなくなるはずなのだ。

市民の気持ちをボーダーに引き寄せるにはこのアフトクラトル遠征は好都合であった。

 

こうして遠征帰還報告記者会見はスムーズに進行していった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。