ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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335話

続いてC級隊員と遠征部隊()()メンバーの代表によるそれぞれの立場での報告となる。

C級隊員の代表は脱出作戦で連絡役となった有田と里中で、それぞれが仲間たちと一緒に経験した苦労や不安などを自分の言葉で報告をした。

約5ヶ月にわたる異国での捕虜としての過酷な体験を想像していた人々はこのふたりの話を聞いてひと安心をした。

C級隊員は「雛鳥」と称されトリガー使いとなるための訓練をさせられていただけで、拷問や強制労働などの目も当てられないような仕打ちをされていたのではない。

むしろ健康に気遣ってもらい、食料事情はアフトクラトル一般市民よりもずっと厚遇されていたくらいだ。

ただし食事が厚遇されていると言っても玄界(ミデン)と比べれば雲泥の差であり、おまけに行動の自由と娯楽と呼べるものが一切なかったのは十代の少年少女としては耐え難いものであった。

しかし必ずボーダーの正隊員たちが救出に来てくれるという希望を捨てず、ひとりも欠けることなく生還できたのは先輩たちのおかげで感謝していると涙まじりに言うものだから、会場にいた大人たちは同様に涙を浮かべて聞いていた。

 

遠征部隊本隊の代表は東で、遠征艇内での生活や寄港地で見聞きした近界(ネイバーフッド)の様子などを()()()()()()で語った。

そしてC級隊員の救出作戦の際に敵地では緊急脱出(ベイルアウト)をすると遠征艇の場所を敵に知られてしまい総攻撃をされたらおしまいであるから戦闘体を破壊されないように気を付けながら戦ったことや、生身のC級隊員の身の安全を第一に考えて足止め班と護衛班の二手に分かれて行動したこと、実動部隊のリーダーとして感じたことなどを話した。

 

「このアフトクラトル遠征はこの先何度も行われるであろう遠征の手本にすべきものとなるでしょう。この遠征には大勢の人間が関わっていて、そしてその中のひとりでも欠けてしまえば成功は叶わなかったかもしれません。次の遠征がいつになるのか、また誰が参加するのかなどはまだ決まってはいません。ですが第一次近界民(ネイバー)侵攻で連れ去られた約400人の市民の方々が救出を待っているのですから一日も早い第2回遠征を行うべく、ここにいる隊員たち…いえ、我々が留守をしている間三門市を守ってくれていた隊員たちも気合を入れてこれまで以上に訓練に励む覚悟でいます。みなさまの理解と応援が我々のやる気を何倍にもアップさせてくれます。どうかこれからもボーダーの活動にご期待下さい」

 

東がそう言って締めくくり頭を下げたタイミングで舞台上のC級隊員、遠征部隊本隊、そしてツグミの62人が一斉に立ち上がって同様にお辞儀をする。

それが「若きボーダー隊員たちの()()」を体現したものに見え、市民だけでなくマスコミ席からも惜しみない拍手が贈られた。

 

 

 

 

そして最後はマスコミ関係者からの質問に答える質疑応答となるのだが、ここからが根付にとって緊張する時間である。

個人的に親しかったりボーダーに対して友好的な人物を選び質問を予め把握して回答を用意していてそれを隊員たちに覚えさせてはいるものの、突発的なものや悪意ある質問に関しては十分に準備ができていないものもある。

中にはボーダーの信頼を失墜させようと考えている輩が混じっているかもしれないのだが、そういった「敵」を排除してしまうと公正さを失うために取材を希望する人間はすべて受け入れているのだ。

よってアドリブの苦手な隊員に意地の悪い質問が投げつけられる恐れがあり、それに対してどう受け答えをするのか想像もできないので朝から胃が痛くて仕方がない。

それでも彼はマスコミ対策の責任者であるからそんな素振りも見せずに振舞っているのだった。

 

「えー、ではマスコミのみなさんからの質問をここでお受けいたします。時間の関係もありますので1社につきひとつずつで、同じ隊員への質問もひとつだけにしてください」

 

根付がそう言うとすぐに十数人の手が挙がった。

隊員ひとりにつき質問がひとつという条件だから、お目当ての隊員から話を聞くためには早い者勝ちとなる。

だから我も我もという先を競う感じになるわけだ。

 

「はい、最前列のあなた、どうぞ」

 

舞台袖に控えていたメディア対策室の女性職員がマイクを持って指名された男性の元へ走って行く。

そしてマイクを受け取るとその場で立ち上がった。

 

「三門新聞の大崎です。C級のみなさんの中でボーダーを辞めようと考えている人はいますか? ああ、別に偉い人がいるからって遠慮したり萎縮する必要はないです。誰でもいいので手を挙げて正直な気持ちを言ってください」

 

この質問を聞いたC級隊員たちはリーダー格の有田の顔を一斉に見た。

これは質疑応答想定集の中にあったもので、誰が答えてもかまわないのであれば彼が代表して答えるということになっていたようだ。

有田は手を挙げて立ち上がる。

すると別の女性職員が舞台上をパタパタと走って行き、彼にマイクを渡した。

 

「僕が代表してお答えします。僕たちが異世界の人間に拉致されるという恐ろしい経験をし、アフトクラトルで苦労をしたのはボーダーの人間だったからです。ですが僕にボーダーを辞めるという選択肢はありません。いえ、僕だけでなく他の31人も同じように考えています。なぜなら僕たちは正隊員の人たちも知らない近界(ネイバーフッド)をこの目で見て経験をしていることが今後の任務に大いに役に立つと思うからです。僕たちの入隊動機はいろいろありますが、第一次近界民(ネイバー)侵攻で家族や友人をさらわれてしまい、自分の力で救出したいからという理由の仲間が何人もいます。自分たちと同じかもっと苦労しているかもしれない大切な人たちを助けに行くことにためらいはありません。正直に言えば近界民(ネイバー)が人間であり、その人間と戦うのは怖いです。でも怖いからと逃げてしまうような臆病者はここにいません。僕たちはまだ訓練生ですから遠征に参加できるようになるまでの道のりは長いでしょう。もしかしたら力が足りなくて遠征には参加できないかもしれません。でも遠征部隊がいない間の三門市を守る守護者(ガーディアン)として全力を尽くしたい。ですから僕たちはこのままボーダーで訓練を続け、一日も早く正隊員になる努力をすることをここに誓うものです」

 

これはボーダー側が用意した「模範回答」ではなく、C級隊員たちが自分の意思で出した答である。

健康診断をした後に忍田から進退を訊かれ、それぞれが自分自身で考えて答えを出したのだが、それが全員「正隊員を目指す」であったのだ。

遠征部隊のメンバーが自分たちの希望(ヒーロー)であったように、自分たちがさらわれた市民にとっての希望(ヒーロー)になりたいという強い意思が彼らの目標であるから、彼らの保護者の半数以上が辞めさせたいと考えていても、本人の意思が強いものだから無理に辞めさせることはできずにいた。

彼らの貴重な経験は今後のボーダーの活動に役立つことは間違いなく、上層部としても彼らが辞めてしまうとそれをきっかけにして他のC級隊員が辞めてしまう恐れもあったことからこの判断は歓迎すべきものであった。

有田の言葉には彼と31人のC級隊員の「想い」が込められていて聴衆の心を強く打ったようで、会場にいた彼らの親と同世代の女性の何人かは涙を流しながら聞き入っていた。

 

 

次の質問は太刀川を指名してのものだった。

 

「A級1位部隊(チーム)の隊長で、きみ自身も個人総合及び攻撃手(アタッカー)1位というすごい隊員なのにさっきのアフトクラトルでの戦闘を見る限りあまり活躍をしていなかったように思えるんだ。どうしてそうなったのか理由があるのなら教えてほしい」

 

これも想定内の質問であったから、忍田は太刀川に「回答」を暗記させてあった。

 

「ご指名のあった太刀川です。えっと…あの時の作戦はC級隊員を守りながら遠征艇まで連れて行く護衛班と敵の人型近界民(ネイバー)の足止めをする足止め班の二手に分かれて戦うというものでした。俺は足止め班の方だったんですが、この足止め班というのは4人の敵を倒そうとすると激しい戦いになって負傷者が出る可能性がありました。なにしろ()()()()()()()()()()()ですからどんな武器を持っていてどれくらいの戦力かわからないわけです。よって被害を出さないために敵を無理に倒すのではなくC級たちが遠征艇に着くまで時間稼ぎをしようということになりました。そこでそれぞれ自分の役目を果たすわけですが、俺はとりあえず()()()()()というのが役目でした。他の隊員たちが敵と戦ったり睨み合いをして『膠着状態』を作り、そのバランスが崩れそうになった時に初めて俺が手を出すことになっていたんです。ここでもし俺が手を出して敵のリーダーでも倒してしまったとしましょう。そんなことをしたら敵側は増援を頼んでこちらに不利な状況に追い込まれてしまったかもしれません。なにしろ敵の本拠地に乗り込んでの戦いですからね。増援はいくらでもできたはずです。ですが敵は俺たちのことを甘く見ていて、約100体のトリオン兵と4人の人型だけしか出撃させませんでしたから、こちらはそれを利用させてもらいました。それでみんなが頑張ってくれたおかげで俺の出番はなかったというわけです、ハハハ…」

 

太刀川はもさもさの頭を掻きながら微妙な笑顔でそう答えた。

近界民(ネイバー)が人間であることは1月の大規模侵攻の時ではなく5月に有人機での往還で成功した際に初めて知ったことになっているのだから、ハイレインたちの武器(トリガー)がどんなものなのかをボーダーが知っているはずがない。

別動隊も敵主戦力の把握まではできすはずもなく、城郭都市における警備員の配置などのおおまかなところまでしか調べようがない。

したがって敵戦力が不明であるから戦闘は極力避けたという作戦を選んだというのは正しいと誰もが判断するだろう。

そして質問をした記者も納得したらしく、そのまま質問を終えたのだった。

 

 

続いていくつか当たり障りのない質問が続き、とうとう根付が一番心配している「修への質問」が回ってきた。

 

「三雲くんに質問。きみの軽率な行動によってC級隊員が狙われて32人もの若者がアフトクラトルとかいう異世界の国へと連れて行かれたわけだが、この遠征できみはその責任を果たしたと言えるのかね?」

 

この質問者はいつもの根付の仕込みの記者ではない。

同じパターンを繰り返していると()()()だと疑われて信頼度が落ちるために今回は別の記者にお願いしていた。

少し言葉遣いを荒げ、納得する答をもらうまで引き下がらないというポーズを見せてくれるよう頼んである。

修はマイクを受け取ると立ち上がって真っ直ぐに記者の方を見た。

 

「ぼくがこの遠征でどれだけのことができたのかと振り返ってみると、情けないですが他の人と比べて()()()()何もしていないと言うしかありません。ぼくは戦闘に参加できず、非戦闘員の先輩たちと一緒に食事の支度をするなどの日常のサポートしかできませんでした」

 

「つまりそれってきみでなくて誰でも良かったってことにならないかい? 出発前には『今の自分にできることを精一杯やって、遠征艇を守る役目を果たすことが自分のやるべきことだとわかりました』とか『どんなことをしてでも遠征艇を守る覚悟です』など大口叩いていたのに、結局のところ戦力としてはまるっきり役立たずだったってことだろ」

 

この記者はわざとキツイ言い方をして修を挑発しているかのようである。

 

「そう言われるのは悔しいですが事実ですから否定はできません。…ぼくは自分が『そうするべき』と思ったことから一度でも逃げたら本当に戦わなきゃいけない時にも逃げてしまうだろうと考える弱い人間です。だからいつもぼくは自分に逃げてはいけないと喝を入れて、第三中学校に現れたトリオン兵に無謀にも立ち向かいました。ぼくの行動は短絡的で、その行動によってどんな結果を生むかなど考えていませんでした。あの時のぼくは訓練生で訓練用のトリガーしか持っていませんでしたから正隊員のように戦うのは無茶としか言いようがありません。本来なら正隊員が到着するまで時間稼ぎをするとか、トリオン兵を生徒のいない場所へ誘導するなど他にあの時のぼくにできることを考えて行動すべきだったでしょう。運良くトリオン兵を倒すことができたからよかったようなものの、緊急脱出(ベイルアウト)ができないのですから殺されてしまっていたかもしれません。ぼくは自分のやりたいことと自分にできることが一致していないことを思い知らされました。そんなぼくは先輩から自分が行動した先にどんな結果が生まれるかを考えてから行動しろと言われました。そしてやりたいことがあるのならそれに相応しい力を身に付けてからでなければ行動する資格はないと考えるようになりました。ですからぼくは次の遠征にも参加したいと思っていますから、今度こそ先輩たちと一緒に戦えるだけの力を身に付ける覚悟です。それで認められたなら必ず遠征に参加しますし、ダメであったらその次の遠征に向けて一層訓練に励むつもりです」

 

修がこうした記者会見でマスコミの前に立つのは3回目であるからだいぶ慣れてきている。

1回目は大規模侵攻後の記者会見に()()した時で、記者の質問に対して反省している素振りも見せず持論を展開しただけであったから非難轟々であった。

しかし彼が遠征計画を暴露してしまったことでそれどころではなくなり、記者会見も城戸のフォローによって無事に終了した。

2回目はアフトクラトルへの出発前の記者会見で、その時は無難にやり過ごした。

そしてこの3回目であるが、彼も馬鹿ではないからこれまでの経験を生かした上手な受け答えができるようになっている。

持論を話すにしても自分の行動を反省している謙虚な姿を見せてから、今後はどうしたいのかを言うから聴衆が耳を貸してくれるようになった。

若者がたくさんの経験を積んで少しずつだが成長しているところを見せれば誰だって応援をしたくなるというものだ。

大規模侵攻直後の彼と今の彼を比べたらずいぶんと成長したと誰もが思うだろう。

もちろん根付が苦労して書いたシナリオのおかげもあるが、修の内面が大きく変わったからである。

「自分が行動した先にどんな結果が生まれるかを考えてから行動する」「やりたいことがあるのならそれに相応しい力を身に付けてからでなければ行動する資格はない」といったツグミの教えを真摯に受け止めることができるようになったからこそ修は自分にそう言い聞かせて変わろうとしている。

そんな彼の正直な言葉だから聴く者は誰もが心を打たれるのだ。

この修の真っ直ぐで表裏のない性格は彼の秘めた「力」のひとつであり、周囲の人間を自然と惹き寄せる。

今も体育館の中にいる800人を超える人間が彼の進む「未来」に胸を熱くさせていた。

マスコミ関係者のほとんどはボーダーに対して中立な立場を守っているが、この時ばかりは一個人として修に肩入れしたくなってしまい、彼が着席してもしばらくの間は拍手が続いていたくらいだ。

 

(オサムくん、あなたの人を惹きつける『魅力』も文字どおり『力』のひとつなのよ。今、この場所にいるすべての人間があなたの言葉に耳を傾け、あなたの味方になっている。市民の中でもわざわざここに見に来るくらいだから元々ボーダーを応援してくれている人たちだろうけど、これでますます熱狂的に支持するようになるわ。大規模侵攻後の記者会見の後に入隊希望者やスポンサーを申し出る企業が増えたけど、その時よりもずっと多くの人がボーダーを支援してくれるでしょうね。人を動かすという能力は誰でも持っているものじゃない。トリオンは少ないし戦闘能力も低いけど、あなたはボーダーの活動にとって欠かせない人材になっているのよ。もしかしたらジンさんはあなたのそういうところが視えてボーダーに入隊させたんじゃないかしら?)

 

迅が修に肩入れしているのは間違いない。

彼にどんな未来が視えたのかは本人以外に誰も知る由はないが、大規模侵攻では「修が死ぬという最悪の未来」を回避するためにいくつもあった未来を容赦なく切り捨てた。

今でもそのことで苦しんでいる迅を見てツグミも心を痛めている。

 

(オサムくんの存在がボーダーと城戸()()の未来にとって良いことだからと言って強引に入隊させたという経緯があって、大規模侵攻ではその流れで助けられる命を見捨てなければならなかった。神様でもないのに未来が視えてしまい、自分の判断や行動で他人の人生まで大きく変えてしまうという残酷な才能の与えられてしまったジンさんを救うなんてことはできないけど、せめて心の傷を癒してあげられるようにそばに寄り添っていたい。…ううん、ジンさんのためになんて言っているけど、自分がそばにいたいだけ。それって相互依存じゃなくて共依存で、お互いにとって不幸の原因にもなりかねない。でもわたしはジンさんが好きだし、いつまでも一緒にいたいって思ってしまう…)

 

修への質問が終わるとまたC級隊員や本隊メンバーへの2・3質問が続き、その間ずっとツグミは自分と迅のことを考えていたのだった。

そして質疑応答の最後にツグミへの指名があったが、それも回答に困るようなものではなく、呆気ないくらいスムーズに終わってしまったのだった。

 

 

何事もなく無事に記者会見は終了し、翌日の朝刊は市内紙・地方紙だけでなく中央紙まで一面で扱っており、本部や支部へ入隊希望の問い合わせが殺到した。

さらにいくつかの企業のトップが自ら城戸を名指しして電話をかけてきた。

もちろんスポンサーとして支援したいというもので、記者会見の翌日から数日間、唐沢は目も回るような忙しさであった。

その甲斐もあり、ボーダーのスポンサー企業は一気に増え、中規模の遠征艇をもう一艇建造する計画も本格的に動き出す気配を見せている。

もうしばらくの間はボーダーフィーバーが続くことだろう。

 


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