ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
アフトクラトル遠征帰還記者会見が無事に終了し、参加者が本部基地で解散するというタイミングでツグミは林藤を掴まえた。
「林藤支部長、お話があるんですけど少しだけお時間をいただけませんか?」
「何だ? 15分くらいならいいぞ」
「それだけあれば十分です。用件はレプリカのことですけど、修理のためにトロポイへ行きたいと言うユーマくんを『アフトの報復があるかも』だなんて嘘をついてまで止めようとしているのはなぜか教えていただきたいと思いまして」
すると林藤は「ああ、そのことか」といった顔でツグミの耳に口を近付けてヒソヒソと言う。
「あれは嘘も方便というヤツだ。あの勢いを止めるには他に方法が見当たらなかったんだよ」
「でもそのせいでユーマくんはボーダーを辞めようって考えているみたいですけど」
「それは困るな…。だが俺はダメだとは言っていないぞ。今は無理だからもう少し先にしろって言っただけだ」
「すると彼がボーダーの任務としてトロポイへ行くことができるようにするために何か手立てがあると?」
「まあな。要は遊真が
林藤の言い分は納得できるものだ。
たしかに次の遠征は行われることは決まっていてもまだどれくらいの規模で行うか等を決める「材料」がない。
手がかりが一切ない状態で手当たり次第に…というのでは無計画と同じで、無駄に資金を失うだけでなく参加する隊員たちを危険に晒すことにもなりかねない。
そこで少人数の調査隊を送り込んで情報収集をし、どこの国にいるのかだけでもわかれば大雑把でも計画が立てられるというものだ。
「それならそうだと教えてあげれば良かったじゃないですか」
「そん時には時間がなかったんだよ。それにこの記者会見が終われば少しは暇になるから、その後に詳しい話をしようかと思ってたんだ。それに修のことだからおまえに相談するだろうって想像してた。何だかんだ言っても一番頼りになるのがおまえらしく、特に
「頼りにしてくれるのは先輩として嬉しいですけど、わたしも忙しい身ですからねえ…。ひとまずこの後できるだけ早いうちに事情を話してあげてください。それと城戸司令たちにも。ユーマくんにとってレプリカは家族のようなものですから早く
「ああ、わかってるって。…そうなると遠征会議の際にはおまえやキオンの連中にも出席して話をしてもらうことになるだろう。例のヒュースの主人のこともあって大変だろうが協力してくれ」
「はい、もちろんです」
林藤との話が終わるとそのタイミングを待ち構えていたかのように迅がヒュースと一緒に近付いて来た。
「ツグミ、
「ええ」
「俺たちは寮に帰ろう。で、その帰り道にスーパーに寄って今夜の夕食の買い物をする。今夜はディルクさんの歓迎会と
迅はそう言って右手の指を全部広げて「5万」を示す。
「これは城戸さんのポケットマネーだってからレシートはいらないそうだ。…ところで昨日の夜はおまえたち何を食った?」
「レクスくんのリクエストでデリバリーピザです」
「それなら…ちょっと値の張る肉でのすき焼きパーティーはどうだ?」
「それは魅力的ですね。ひと月近くちゃんとしたお肉は食べていませんから」
「じゃ、すき焼きで決定な」
ツグミは嬉しそうな顔をして頷いた。
肉が食べられるからでも、仲間たちと一緒の食事だからでもなく、城戸が
ボーダーの総司令官としてはそんな素振りを見せることはあってはならないが、個人的にはボーダー創設時の理想を失わずにいてツグミに希望を託している城戸。
彼女には城戸が昔の明るくて朗らかな笑顔を見せてくれる日がそう遠くない、自分の進んでいる道が間違っていないと確信できたのだった。
◆◆◆
修と遊真には林藤が事情を
次の遠征へ向けて
上層部では現在の三門市民によるボーダー支持率97.4%の追い風に乗って一日も早く次の遠征を行いたいと考えているのだが、ツグミやゼノン隊による「別動隊」の成果を重視していて、通常の戦闘訓練の他に諜報部隊を設立して特殊な訓練を行う必要があると考えている。
素人のツグミであってもゼノンたちの教育によって困難なミッションを成功に導くことができたわけで、他の隊員たちであっても不可能ではない。
もちろん希望者を募って行うことになるのだが、遠征に耐えうるだけの戦闘能力を持つことが最低条件であるから人数を集めるのは難しいだろう。
しかしだからといって情報のまったくない国に遠征部隊を送り込むというハイリスクな作戦を実行できるはずもなく、せめて危険の少ない「調査隊」だけでもと…ということになりそうだ。
ただ調査隊といっても場合によっては敵地への潜入の際に戦闘に及ぶ可能性もあるから、少人数で最大の効果を出すために現状の
それも遠征経験の多い風間隊は理想的だ。
同時に
遊真にとってもボーダーの任務を遂行しながらトロポイを探すことができることになり一石二鳥というもの。
そこで重要になるのは資金面の問題で、スポンサーに名乗り出る企業が以前の倍にほどなっているのだが、単にボーダーに集う若者を支援したいというのではなくトリオンやトリガーの技術を狙っていると思われる企業も少なくない。
表向きは軍需産業とは無関係であると思われていても唐沢という「蛇の道は蛇」な敏腕外務・営業部長がいることで、そういった企業には丁寧にお断りをしている。
トリガーが
よって少しでも戦争に関わる人間にはボーダーにも近付いてもらいたくはないということで、スポンサーとしていくら大金を出すと言われても倫理面から断るのが道理である。
たった一社だけ、たった一度でも
そして上層部による会議で城戸直轄の「遠征対策準備室(仮)」という部署が設置されることが決まった。
責任者は忍田が本部長と兼任するのだが、これはこの先も彼が遠征の引率責任者として隊員たちをまとめることになるからで、他に林藤の名が上がったものの過去に彼が
そしてこの部署の仕事の実務を行うのはツグミと迅とゼノン隊の3人で、ツグミたちの住む弓手町の寮「レジデンス弓手町」のミーティングルームを執務室として使用することになる。
やることは遠征のマニュアル作りで、ゼノン隊の持つ
レプリカの持っていた
しかしトロポイの位置はゼノンですら知らないと言う。
ただしキオンの使用している機動配置図の中にひとつだけ国名のわからない国があり、それがトロポイである可能性が高いらしい。
というのもトロポイという国は
したがって戦争の耐えない
そこであらゆる国がトロポイへと諜報員を派遣するのだが、どの国の諜報員も帰還しないか戻って来ても記憶を失っていて情報を得られないのだそうだ。
キオンも同様に諜報員を送ったものの、トロポイに関する記憶が一切ない状態で帰還したのだった。
自律型トリオン兵の技術だけでなく国の場所すら知られたくはないので潜入した人間はすべて記憶を抹消しているのだろうと考えていて、よって目的としていた国がトロポイであったかどうか確かめることもできず、名称不明の国として機動配置図に載せているということだ。
有吾がトロポイへどのようにして行き、そこで何があり、そしてレプリカという国家機密レベルの自律型トリオン兵を個人で所有していたのかはまったくわからないが、何らかの理由で許されたに違いない。
有吾が遊真にトロポイでの話を一切しなかったこととレプリカの持っていた機動配置図にトロポイの位置が載っていなかったのは、有吾がトロポイでの記憶を消されたか秘密にすることを条件にしていた可能性が高く、不可抗力によって他人の手にレプリカが渡ってしまった時の情報漏えいを防ぐためにトロポイの位置を載せていなかったと考えると辻褄が合う。
すべてが憶測でしかないもののキオンの機動配置図にある正体不明の国がトロポイであるならば…いや、そうでなかったとしても遊真を調査隊の一員とするのならそこへ向けて送り出したいと考え、ツグミたちは「正体不明の国」について上層部への報告はしないでおくことにした。
第一次
まず軌道配置図によって
しかしその数は数十に及び、さらにその中から大量のトリオン兵を送り込んで大規模な「市民の拉致」ができるほどの軍事力を持ち、400人近い人間を養って兵士に育てるだけの国力がなければ三門市を襲撃した意味がないということでさらに選別していく。
そして残ったのが6ヶ国で、その中でも有力な3ヶ国に絞った。
その3ヶ国とは大規模侵攻前に攻めて来る可能性のある国として名前が上がっていたリーベリー、レオフォリオ、そしてエクトスである。
ただし可能性が高いというだけで絶対というわけではなく、また乱星国家であった場合は軌道が特定できないためにさすがにキオンの諜報員ですら判断する手がかりもないのだった。
それでも数百もある
ゼノン隊の3人を友人としたことでできたことであり、もし捕虜として処分していたら今後の遠征どころかアフトクラトル遠征ですらまだ成功させてはいないだろう。
もちろんツグミはこんなことになるなどと想像もしておらず、すべては彼女が家族や仲間たちと一緒に平穏な日々を過ごしたいという「小さな幸せ」を自分自身の力で叶えようとしているだけのこと。
それがふたつの世界を変えようとしているのだから一番驚いているのは彼女自身であろう。
3日ほどかけて遠征計画に関わる資料を完成させたツグミは城戸に提出すると一旦「遠征対策準備室(仮)」の仕事から離れて
◆◆◆
今後のボーダーはこれまでのように三門市防衛と並行して第一次
そうなると遠征に参加するメンバーはA級を中心としてB級からも何人か選ぶことになるわけで、これまでのように年3回のB級ランク戦で
2月~4月、6月~8月、10月~12月の年3回行う現状のシステムを続けるのであれば遠征に参加する隊員のいる
B級だけでなくA級ランク戦はほぼ不可能となり、公平なランク戦を行うとすれば遠征を行う期間を限定しなければならない。
しかし市民の救出とランク戦のどちらを優先すべきかと問われたら前者であると答えるに決まっている。
さらに遠征の期間が長期に及ぶことは確実であるから、その期間の三門市防衛任務を担う防衛隊員には過大な負担がかかることにもなる。
いくら入隊希望者が増えたといっても即戦力になる人材はそれほど多くない上に訓練生を指導する正隊員がいないという状況であるから、三門市に残る隊員と遠征に参加する隊員のバランスや遠征の回数を調整する必要が出てくるだろう。
それに万が一遠征部隊が出かけている間に大規模侵攻レベルの襲撃があった場合、民間人の犠牲をゼロにした
遠征中に新たな被害が出てしまっては本末転倒だ。
スポンサーが増えて資金面の心配はいらなくなっても人材はそう簡単に湧いて出てくるものではない。
しかしだからといって遠征を先延ばしにすることもできず、城戸たちは頭を抱えてしまうのだった。
◆◆◆
ボーダーの遠征部隊がアフトクラトルへ乗り込んでさらわれた仲間を救出したという話は瞬く間に
なにしろ軍事大国・アフトクラトルの名は知らない者はいないというくらい有名で、それも悪名高いアフトクラトルに一矢報いたのが
特にたった30人でベルティストン家に大きなダメージを与えたという「事実」と、意趣返しに有能な部下のトリガー使いの一家を拉致したという「捏造」に対して拍手喝采を贈る者さえいたくらいだ。
そうなると「神選び」で国内が不安定な状態であるアフトクラトルの支配からの脱却は今であると行動を開始する国も出てくるというもの。
もちろんいくらアフトクラトルの支配から解放されたいと思っていても物理的に逃れられない国は初めから諦めているが、
特にベルティストン家の仕打ちに対して恨み辛みのある「彼ら」がこのタイミングで動かないはずがない。
とはいえ自分たちの力だけでは「解放戦争」に勝利するのは無理だと考えた結果、信頼のできる人間を頼ることに決めた。
さっそく3人の人間を選抜して国を発ち、
当初はアフトクラトル遠征を終えた時点でオリ主は自分自身の将来を決める旅に出て、そのままエンディングとなる予定でした。
しかしもう少し描きたいことができてしまったために「最終章」であったこの章を「アフトクラトル遠征」とし続きを描くことにしました。
原作における修と千佳の問題のうち千佳の方は概ね解決させましたが修はまだ十分だとは言えないと感じたためです。
そもそも原作での展開に納得ができずに自分自身で解決させたくて描き始めたものですから、中途半端なままでは終わらせたくありません。
また、伏線の回収が終わっていない部分もあり、そこは回収させてしまいたいと思っています。
そこでますます原作とはかけ離れ、オリジナル設定によるストーリーが進んでいくことになります。
ここまで読んでくださった読者様、もうしばらくこの物語をお楽しみくださいませ。