ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
B級1位・二宮隊と2位・玉狛第2のA級昇格試験が行われる日曜日の朝、受験する
特に玉狛第2は
そんな彼らの姿を見ているレイジたちにはもう何もしてやれることはなく、本人たちの実力が試される試合を見守るしかできない。
というのも玉狛第1の隊長であるレイジは試合を見て判断を下す試験官に任命されていて、後輩だからといって甘い点を付ければ他の試験官から非難を浴びることになるので第三者の冷静な立場でいなければならないからだ。
二宮隊は元々A級の
たぶん第一試合の二宮隊は合格となるだろう。
しかし第二試合はそうはいかない。
修のワイヤー陣と千佳の狙撃が援護をして遊真とヒュースというふたりの
千佳が人を撃てるようになったことでその分は有利となるだろうが、当真や東のような得点に至るほどの狙撃技術はまだない。
修のワイヤー陣も一定の効果はあるが、そこに罠があるとわかっていれば対抗する手段はいくらでもあるというもので、ヒュース抜きではA級昇格はほぼ不可能だというのが関係者の共通した意見である。
それを一番わかっているのが修自身で、せめて隊長としての務めを果たそうと考えていたのだが、試験の概要については一切教えられてはいないため対戦相手が三輪隊であることも開始直前まで知らずにいた。
もちろんどんなマップになるのかもわからないから作戦の立てようもなく「ぶっつけ本番」の状態だ。
それは二宮隊や敵となる
だが経験も実力も乏しい玉狛第2では経験したことのないシチュエーションとなれば冷静になることも難しい。
いくら遊真ひとりが戦闘経験豊富なベテランであっても
レイジの運転する車の後部座席で3人並んで座っている修、遊真、千佳。
玉狛支部を出発してからひと言も発しない彼らに対し、助手席に腰掛けている小南が喝を入れた。
「いつまでもそんな辛気臭い顔してるんじゃないわよ。悩んだり考えたところで答が出るわけじゃないんだし、それに『病も気から』って言うじゃない」
「その言葉は適切ではないぞ、小南」
運転をしながらレイジが小南に言う。
「それくらいわかってるわよ。つまり気の持ちようってことを言いたいだけ」
「いや、『病も気から』の『気』とは本来漢方医学の『気・血・水』の『気』で、人間の生命活動を維持するための重要な物質とされているものだ。『気・血・水』がバランスよく循環している状態を健康といい、『気・血・水』バランスが崩れることで身体に症状が出てくると考えられているものだから、気持ちの持ちようというのとは違う」
「むぅっ…」
自分の言い分を否定されて口を尖らす小南。
たしかに本来の意味はレイジの言うとおりなのだが、実際には「病気はその人の心の持ち方しだいで軽くもなるし、また重くもなる」という意味で使われることが多い。
しかし今の修たちは病気ではないし、この場合は「案ずるより産むが易し」の方が相応しいと思われる。
「あれこれ考える前に行動をしてしまえば、意外とカンタンにできてしまう」という意味のことわざなのだが、これまでの修は考える前に行動してしまって、その後の結果について自分で始末がつけられないということが多かったことを反省し、考えてから行動するようになったばかりなのだ。
今の修たちにかけられる相応しい言葉が見当たらず、レイジも小南も黙り込んでしまったのだった。
◆◆◆
会議室には二宮隊の二宮、犬飼、辻、氷見と、玉狛第2の修、遊真、千佳、栞がそれぞれ好きな場所で待機していて、定時になると忍田が試験の説明のために入室してきた。
「では今からA級昇格試験について説明をする。これまではB級ランク戦で1位と2位になった
忍田はルールの説明をする。
「まずマップについてだが、公平を期すためこれまでランク戦で使用したものとは違うものを使う。つまりA級
「はい」
修が手を挙げた。
「ぼくたちの対戦相手はもう決まっているんですよね? それで相手はどちらの
「答えはYesだ。彼らには防衛任務のローテーションを交代してもらってわざわざ来てもらっているのだからな。…すると敵側は対戦相手を知っているから事前に作戦を考えることができて有利だときみは言いたいのか?」
「いえ、そうではありません。ぼくたちは受験者なんですから有利も不利も関係なく、ただ与えられた試練を乗り越えるだけです。質問したのは単に聞いてみたかったからです」
「そうか。ならばあえて対戦相手の情報は言わないでおいた方がいいだろう。ここで言ってしまえば二宮隊には作戦を練る時間が与えられず、受験者間で差ができてしまうことになるからな」
忍田は対戦相手の名を言うおうか言うまいか考えあぐねていたのだが、一番知りたいだろうと想像していた修が知らなくてもかまわないというのだから言う必要はないのだ。
すると二宮が言う。
「俺たちは差ができてもかまわないが。試験といっても同じ対戦相手ではないようだし、玉狛第2と競う必要もないのだからな」
たしかに二宮の言うとおりである。
どちらか片方しか合格できないというのならライバルになるが、両方合格することも可能な試験であるから玉狛第2が有利になってとしても関係ないのだ。
「ならば三雲くん、きみたちは対戦相手のことを知っておくかい?」
忍田が修に訊くと、修は首を横に振った。
「いえ、結構です。対戦相手がどの
「では勝つこと…A級昇格を諦めたのか?」
「そういうことではありません。玉狛第2は結成してまだ半年、B級ランク戦で2位になれたのも周囲の先輩たちの指導のおかげで、本来なら分不相応な結果であったことを認めざるをえません。ぼくたちがA級を目指したのは千佳の友人と家族を自分たちで探しに行きたいからであり、A級になることが目的ではないのです。アフトクラトル遠征では望みが叶って全員で揃って
「ふむ…」
「ぼくたちは焦っていたんです。いろいろと急がなければならない事情があって、ひとつひとつクリアしていかなければいけないことを裏ワザのようなものを使って進んで行ったのは事実です。でもさすがに
忍田は修がB級に昇格した時の事情を知っているし、
本来なら遠征に参加するための「
「なるほど…きみがそういう覚悟でいるのなら私は何も言うことはない。きみが納得するやり方できみたちの目的を果たしてくれたまえ」
「はい!」
「他に質問のある者は? …ないのならこれで以上とする。両
そう言って忍田が出て行くのを見送り、修たちが会議室を出ようとした時だった。
二宮が修に声をかけてきたのだ。
「三雲、この試験が終わったら話したいことがある。玉狛の試合が終わったら俺たちの隊室へ来い。いいな?」
「あ…はい、わかりました」
それだけ言うと二宮は犬飼と辻と氷見を連れて会議室を出て行った。
◆◆◆
午前10時、二宮隊VS嵐山隊(佐鳥抜き)の第一試合が始まった。
二宮隊は降格される前はA級で嵐山隊よりも上位であったのだから、鳩原が抜けたとはいっても十分に通用する実力を有している。
マップは3種類用意され、二宮がクジで「旧弓手町駅」を選んだことで実際の旧弓手町駅周辺をリアルに再現したフィールドでの戦闘となった。
駅前の商業ビルや駅前広場の平坦な場所、高架になっている鉄道の線路など普通にありそうなマップでありながらこれまで使われることのなかったものだ。
以前に遊真が初めて三輪隊と遭遇して
しかし二宮隊と嵐山隊のどちらにも
よって上空から狙撃される心配はなく、地上にいる敵にだけ警戒すればいい…と考えるのはB級の中位か下位の隊員だ。
特にバッグワームを使用されていたらレーダーではわからないのだから、自分の目で確かめようとするのが自然である。
さらに駅前広場が主戦場になるのはまず間違いなく、そのすぐそばのビルの上なら
そういった点を考慮した二宮隊は転送直後に全員で駅前広場を全速力で目指した。
一方、嵐山隊も全員で駅前広場へと向かっていた。
いくら時間無制限だといっても持久戦に持ち込むのは不利であるから適度に障害物がある開けた場所 ── 駅前広場で戦おうというのである。
当然のことながらこちらも高所を制圧することを考慮に入れているから、どちらが先に駅前広場に着くかで勝敗は大きく左右されるだろう。
そして…
駅前広場に到着したのは二宮隊で、二宮が階段を使って15階建ての商業ビルの屋上へ向かう。
そこにわずかに遅れて到着した嵐山隊がビル内に入ろうとするのを犬飼と辻が食い止めようとするのだが、木虎がビルの外壁にスパイダーを撃ち込み、スコーピオンと
そして木虎の追い上げが凄まじかったために先に屋上に到着したのが彼女であったのだが、いくら待っても二宮の姿はなかった。
それもそのはずで二宮は屋上へと向かうように思わせておいて実は地上階にいて、犬飼・辻組が嵐山・時枝組と戦っている隙を虎視眈々と狙っていて、その圧倒的な火力による
二宮が屋上を制圧しようとしたのは事実だが、木虎が外壁を伝って先に屋上へ到着するだろうと考えた二宮は作戦を切り替え、木虎を切り離した状態の嵐山と時枝のふたりをビルの入口付近で犬飼と辻が迎撃して均衡している状態を一気に打破したのだった。
こうなると木虎が戻って来て二対三になったものの圧倒的に不利な状態であるのは明らかで、いくら嵐山と木虎の連携プレイが秀逸なものであっても各種
結局、犬飼と辻は傷だらけになりながらも
嵐山隊が弱いわけではない。
仮に木虎が屋上へ向かわずに地上にいて三対二の戦いをしていたとしても犬飼と辻が身体を張ってビルの中へ入らないように食い止め、駅前広場にいる嵐山隊3人をめがけて二宮の
二宮隊は模擬戦に勝利したもののこれだけで即昇格というのではない。
嵐山隊と三輪隊以外のA級7
判断基準は「今後A級として相応しいか働きができるか否か」であり、二宮隊は無事にA級昇格を遂げ、A級9位の座が確定したのだった。
◆◆◆
修たちは二宮隊の試合が終わったことだけを知らされ、結果がどうなったのかわからない状態で自分たちの試験に挑むことになった。
「二宮隊の結果がどうであろうとも、ぼくたちはぼくたちだ。玉狛第2として恥ずかしくない戦いをしよう。今のぼくたちではA級に手が届いただけでも奇跡のようなものだから勝っても負けても自分が納得するものになればいいと思っている。…ぼくは隊長として未熟で、一隊員としても全然ダメな人間だ。そのせいで3人一緒に
修がそう決意を話すと、遊真、千佳が力強く頷いた。
「霧科先輩は『夢は諦めなければ必ず叶う』という言葉について諦めないという気持ちだけじゃ何も意味はなく叶えようと努力をすることに意味があると教えてくれた。気持ちは大切だけど、夢を叶えるために努力することの方がずっと大事だってわかったから、ぼくは一歩一歩確実に自分の足で進んでいくことにした。空閑の身体のことは心配だけど、だからって焦っても逆効果になってしまう」
「……」
「今こんなことを言うのはおかしいし縁起でもないけど、A級に昇格できなかったら一度
修の爆弾発言でその場にいた3人の表情が一瞬こわばった。
「別に解散までしなくてもいいだろうって言うかもしれないけど、空閑はこれからレプリカの修理のためにトロポイへ行くことになるだろうし、千佳はぼくたちと一緒にいるよりもいろいろな人たちと交流して狙撃の技術と心の強さを身に付けるべきだと思う。そしてぼくはひとりでも十分戦えるように自主トレと
遊真と千佳は小さく頷いてから修に言う。
「おれはオサムの意見に賛成だ。オサムがそう言うのならそれが正しいんだと思う。それにオサムがレプリカも一緒に4人でって言ってくれたことが嬉しかった。だからおれは元気になったレプリカと一緒に帰って来て、オサムとチカと一緒に玉狛第2を再結成して今度こそ
「わたしも修くんがそうしたいと言うのならそれでいいと思う。わたしもやっと人を撃つことに抵抗はなくなったけど、技術的にはまだまだだから。ランク戦も勉強になるしおもしろくなってきたから続けたいと思うけど遊真くんがいなければ勝てないし、それよりももっと腕を上げたいという気持ちの方が大きい。それに修くんが言うようにわたしはもっといろんな人と話をして自分自身の世界を広げるべきだとも思っているから、ちょっとの間だけ
そして3人の様子を見守っていた栞が言う。
「みんながそう決めたならアタシも異議はないよ。でも再結成の時にはアタシに声をかけなかったら怒るからね」
すると笑いながら修が答えた。
「大丈夫ですよ。ぼくたちの
そんな会話をしているうちに誰もが抱えていた不安は払拭され、清々しい気分で試験に臨むことができるようになっていた。