ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
15階建てのビルとなると高さが50メートルを超えるが、グラスホッパーを使えば垂直に上っていくことも可能で、建物の内階段を走って上っていくよりもはるかに早く屋上まで行くことができる。
こうしてこの戦闘のキーとなる場所に遊真は6人の中で最も早く到着した。
本来ならこの場所は
しかしここに遊真がいると知らずにいれば、奈良坂がひとりで上って来て遊真の
その様子を見ていた試験官たちは修の作戦を一定のレベルで認めはしたものの、太刀川や風間といったアフトクラトル遠征の本隊メンバーだった隊長はこの作戦の「穴」に気付いていた。
「空閑の機動力を上手く活かしたいい作戦だとは思うが、奈良坂の
太刀川の言う「例のアレ」について知っている風間が頷いて言う。
「まだ訓練を続けていたのか。まあ、たしかに初見の相手ならある程度の効果はあるだろうし、敵を怯ませて即死を逃れることができれば何らかの手立てを打つことも可能だ。特に奈良坂のような頭のいい奴なら尚更だ。たぶん三雲は知らないのだろうが空閑は
「いや、最近は新技を覚えたらしいぞ。どこまで通用するかわからねぇが、少なくとも
他の隊長たちは太刀川と風間の会話の意味がわからないものだから、これから起きると思われる屋上での戦闘に一層興味を持ったようである。
◆◆◆
遊真が屋上に着いて数分後、三輪隊の3人が同ビルの前に到着した。
3人は正面入口で1-2分会話をしたかと思うと奈良坂ひとりが階段を上り始め、三輪と米屋は入口のすぐ脇にある太い柱の陰に隠れるようにして後から侵入して来るはずの玉狛第2を待つことにした。
「やっぱり三輪隊の作戦は奈良坂くんが屋上で狙撃場所を先にキープして地上で戦う三輪くんと米屋くんの援護というセオリーどおりのものとなったわね。まさか屋上で空閑くんが待っているとは想像もしていないんでしょうね」
加古がそう言うと、冬島が言い返した。
「たしかに屋上で空閑が待っているとは想像し難いが、奈良坂も絶対に誰もいないとも考えていないはずだ。だから油断はせずに階段を上っている。ほら、各フロアの直前で一旦立ち止まって様子を窺っているぞ。そんなことをしていると屋上に着くまで時間がかかるが、途中のフロアに罠が仕掛けられていないとは限らないからな」
レーダーでは駅前広場からまだ数百メートル離れた場所に玉狛第2の反応がふたり分ある。
先に消えたひとつが千佳で、残っているふたつが修と遊真のものだと三輪隊は信じ込んでいるし、試験官たちもフィールド内の映像がなければ同様に信じてしまったことだろう。
三輪はこの状況から「三雲と空閑が真っ直ぐに駅前広場に向かっていて、雨取はバッグワームを起動して別行動をしている。三雲たちが居場所を堂々と明らかにしているのは雨取に注意を向けさせないためだ」と間違った答を導き出してしまったのだった。
よって機動力の低い千佳が奈良坂よりも先に屋上にいるはずがなく、修と遊真がまだ離れた場所にいるのだから屋上には誰もいないと考えるのは至極当然である。
しかし奈良坂は「絶対ということはない」と考え、注意深く15階分の階段を上って行ったのだった。
そして15階のフロアに到着したところで屋上へ続く関係者以外立ち入り禁止の階段へと向かった。
奈良坂はここまで何もなかったのだから屋上にも何もないと安心してしまうような単純な人間ではない。
むしろここから先が怪しいと考えるような慎重なタイプで、ライトニングを抱えながら屋上へ出るドアのノブに手をかけたのだった。
◆◆◆
[オサム、屋上に着いたぞ]
遊真からの通信に修が答える。
[まだ誰も来ていないはずだから、どこかに隠れていてくれ。たぶん奈良坂先輩が上って来るだろうから、様子を見て攻撃を開始してくれ]
[了解]
簡単な通信が終わると修は千佳に言う。
「空閑が屋上に着いたようだ。ぼくたちもそろそろ駅前広場に着くからバッグワームを使うぞ」
修と千佳はバッグワームを起動してから再び走り出した。
遊真は広告看板や貯水タンクなどが置かれている屋上を歩いていると建物内部から屋上へと出るために使う出入口のドアらしきものを見付けた。
(学校の屋上にも同じようなものがあったから、たぶんここが出入口になってるにちがいない。ならさか先輩が出て来るのはここからだな)
ドアから7-8メートルほど離れた場所にある貯水タンクの陰に隠れながらドアが開くのを待つことにした遊真。
(ここからならドアが開いて出て来た瞬間に斬りかかることができるな。ならさか先輩ならライトニングを装備して上って来るだろうから、念の為にシールドを張っておいた方がいいかもしれない。どんな計画にも100%はありえない。オサムは自信ありげだったけど、敵がこっちの作戦を想定して準備をしているってことも考えておかなきゃダメだ。みわ先輩かよーすけ先輩のどちらか、もしくはふたりとも上って来ているかもしれない。すぐには手を出さずに様子を見てみよう)
それからしばらくしてドアノブがゆっくりと回転し、ドアがギギギと重たそうな音を立てて開いた。
しかし中から誰かが出て来る様子はない。
鉄製のドアが勝手に開くはずがなく、そこに人がいるのは間違いないのだ。
奈良坂はゆっくりとドアを開けたがすぐに外には出ようとしなかった。
(万が一屋上に誰かいるとすればそれは空閑だとしか考えられない。俺がここに来ることは玉狛の連中でも普通に想像できることで、空閑ならグラスホッパーを使うことで屋上まで一気に上って来られる。もしバッグワームで姿を消しているのが雨取ではなく空閑であったら時間の経過から判断して既にここに着いているとしてもおかしくはないからな。うっかり外に出たところを攻撃されたら俺に勝ち目はない。…しかしいつまでもここで逡巡していても埓が明かない。いっそ空閑はいることを前提で飛び出してみようか。『兵は神速を尊ぶ』という言葉もある。道連れにできれば幸い、最悪でも腕や脚の1本くらいは奪ってやるか)
双方の隊長たちよりも遊真や奈良坂の方がずっと慎重で、わずかな可能性についてもゼロではないと考えて行動していた。
その結果、どちらもそこに敵がいると想定しているのでなかなか戦端を開くことはない。
しかし奈良坂が早急に行動を開始しなければ玉狛第2にとって有利なことになってしまう。
なにしろ主戦場となる駅前広場に全員が揃っている三輪隊に比べ、玉狛第2はまだふたりが到着していないのだからさっさと戦闘を開始してしまった方が三輪隊にとって都合がいいのだ。
奈良坂はライトニングをかまえた状態で屋上へと飛び出した。
しかしそこには人の姿はなく、奈良坂は一瞬拍子抜けしたが油断せずにゆっくりと歩きながら周囲の様子を確かめる。
(隠れる場所はいくらでもあるな…。襲って来ないということは俺がひとりで来ているのかどうか観察しているのかもしれない。たぶん俺がひとりだと確信してから斬りかかってくるんだろうな。まあ、いなければいないで安心して自分の仕事ができるんだが、まだ安心はできない)
そんなことを考えながら同時に狙撃ポイントを探す奈良坂。
探すといっても半年前に一度現実の世界で同じ場所に来ているからベストポジションは把握しているのだが。
奈良坂が辺りを警戒しながら歩いている姿を遊真は貯水タンクの陰から見ていた。
(ならさか先輩は誰かいるかもしれないと警戒しているようだが、オレがここに隠れていることには気付いていないみたいだ。みわ先輩とよーすけ先輩は来ていないのかな?)
遊真もすぐに奈良坂に斬りかかることはせず、伏兵の可能性を考えてじっとしている。
十数メートルしか離れていない場所に狩る者と狩られる者がひとりずついるのだからこの様子を見ている試験官たちは手に汗握っていた。
もちろんそんなことを当事者たちが知る由もなく、周囲の気配を察知するアンテナを張って神経を研ぎ澄ませている。
奈良坂の行動によって膠着状態は破られた。
彼は安心した素振りを見せて狙撃地点でイーグレットを起動して構え直したのだ。
背中はガラ空きで、ライトニングならともかくイーグレットでは接近した敵を撃つのはほぼ不可能である。
おまけにバッグワーム起動中だからシールドを張ることもできず、この状態で攻撃されたら防ぎようがない。
この無防備な状態を罠と見るか、それとも敵がいないという確信を得て安心仕切っていると見るか…
遊真はこの状況を後者であると判断し、奈良坂の背後へと移動して一気に斬りかかった。
「シールド!」
わずかな殺気を背後に感じた奈良坂は遊真が首を狙うだろうと即座に判断してシールドを展開。
遊真のスコーピオンを弾き返すと、遊真は大きく後ろにジャンプして奈良坂から離れた。
奈良坂を囮にして三輪か米屋が屋上まで上って来ているのではないかと考えて、逃げることも選択肢のひとつに入れた。
(ちっ、しくじったか。でもこの状況でみわ先輩もよーすけ先輩も出て来ない。ここにはならさか先輩しかいないのか?)
これで遊真が屋上にいることはバレてしまったことになるが、奈良坂との一対一であれば奈良坂が不利なのは誰の目にも明らかだ。
しかし三輪と米屋が突入して来る気配はなく、遊真は改めて奈良坂を攻撃することにした。
奈良坂は逃げても無駄だといった諦めの表情でいるが、シールドを張った状態で後退りをして遊真との距離を少しずつ取ろうとしている。
奈良坂はこの時バッグワームを解除していた。
正確には遊真の初撃を受ける直前に解除したのだが、まるでこうなることを承知であったかのようにスムーズな切り替えであった。
これは遊真がいることを前提にしていて、攻撃してくるよう誘導したということである。
これでは
それを覚悟の上であったのか、奈良坂は自分の正面にシールドを張っていつでも防御できるという状態になっている。
メイントリガーに装備している
その様子を見ながら遊真は思い出した。
(そういえば…ならさか先輩はアフト遠征へ行く前に
太刀川と風間が話題にしていた「例のアレ」とは
アフトクラトル遠征の前に東、奈良坂、古寺の3人はいざという時のために
それは東がツグミに「俺が
アフトクラトル遠征の際には使用することはなかったが、その前の最終試験では試験官として協力してくれたヒュースとゼノンは思わぬ反撃を受け、その効果が実証されている。
また千佳も
だから奈良坂が今でも
しかし二宮みたいなベテラン
(
スコーピオンを右手に握った遊真とシールドで防御態勢の奈良坂が10メートルほど離れて対峙し、遊真はグラスホッパーの
「
奈良坂は遊真がグラスホッパーを起動したのを確認すると
(きた!)
「シールド!」
グラスホッパーの
自分の正面に
シールドの面積を広げると奈良坂レベルの
そして一瞬のうちに間合いに入ってスコーピオンで首を落とす…というのが遊真の策である。
奈良坂にも策はある。
しかし遊真のように相手を倒すというものではなく、自分にできる
だから自分を囮にして遊真を釣り出し、追い詰められているように思わせ、そして遊真を道連れにしようというのであった。
それは一瞬のことであった。
グラスホッパーで勢いをつけた遊真の身体が奈良坂に向かって真っ直ぐ飛んだ瞬間、奈良坂の放った
遊真の勢いのついた身体は止まることができず、奈良坂の正面から斬りかかった。
奈良坂はシールドを張っているのだから普通に斬ろうとしてもスコーピオンの刃は届かない。
しかし遊真の握るスコーピオンが大きく湾曲したショーテル状になり、奈良坂のシールドを迂回するような形で彼の首を斬り落とし、それとほぼ同時に遊真の背後から8つに分割された
奈良坂の撃った
戦闘体が破壊されてしまったふたりは奈良坂、遊真の順に
◆◆◆
遊間と奈良坂の勝負を見守っていた試験官たちはふたりが
彼らが想像もしていなかった戦いが繰り広げられ、さらに想定外の結果に終わったのだから無理もない。
「何だったの、あれ? 奈良坂くんが
加古が誰に聞くともなしに口にした言葉に風間が反応した。
「加古は途中で遠征部隊から離脱したから知らないのは無理もない。遠征前に
「
「そうなるかもな」
風間はそう言ってニヤリと笑った。
風間の言うように玉狛第2は修と千佳のふたりで、遊真に頼っている部分が大きかったから彼を欠くことで圧倒的に不利な状態になってしまっている。
修のワイヤー陣も遊真がいてこそ意味があるのだし、いくら千佳が人を撃てるようになったといっても三輪と米屋に当てるのはかなり難しい。
千佳の狙撃を活かすには修が囮になるしかないが、ここで修が
「さて、両