ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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35話

 

 

修たちを病院へ送り届けた唐沢はツグミひとりを伴って車を走らせていた。

ツグミは不安というより不満といった表情で助手席に座っている。

 

「えっと…何かわたしに用があるんですよね? さっさと済ませてくださいませんか。わたしもこれで忙しい身なんです」

 

相手が幹部であってもツグミは遠慮なく言う。

唐沢はそんなことを気にするような性格ではないので彼女の無作法を窘めるようなことはしないが、ただ残念そうな顔で答えた。

 

「おれは若くて可愛いコとドライブできて楽しいけど、きみは相手がおれじゃお気に召してもらえないのかな? …じゃ、先に用件を説明しようか」

 

唐沢はそう言って一旦車を停めると後部座席のカバンから書類を取り出してツグミに渡し、再び車を発進させた。

 

「これは…!?」

 

ツグミは手渡された書類を見て驚いた。

それはボーダーのスポンサーのリストで、どこがいくら資金援助しているかというもののようだ。

いくつかには赤ペンで丸がついていて、その中に例の須坂会長の会社もある。

さらに黄緑色のマーカーでチェックしてある会社や団体もあった。

2枚目は4年前の現ボーダー組織の設立から本年度までの金額の推移が棒グラフでわかるようになっているものだ。

金額のところは墨で塗り潰してあるので具体的な数値はわからないが、「TOP SECRET」 ── 極秘というスタンプが押されていているところをみると外務・営業部の部外秘資料であることは間違いない。

 

「こんな機密書類を部外者に見せてしまってはマズイんじゃないですか?」

 

「うん、まあ普通はそうだね」

 

こともなげに言う唐沢。

 

「そうだね、じゃありません。…ですがこれをわたしに見せるということは、唐沢部長はご自身のお仕事をわたしに手伝わせようとしているのではないか…と思われるんですけど」

 

「きみは頭の回転が早くて助かるよ。きみにはおれの仕事のうち資金集めを手伝ってもらいたいと思っている」

 

「このことは林藤支部長もご存知なんですか?」

 

「もちろん話はついているよ。それに今日は防衛任務があるってことも聞いているから、それまでには必ず玉狛まで送って行く。心配しなくていい」

 

「…その言葉、信じることにします」

 

「ありがとう。…で、本題に入るが、そのリストの社名で赤丸がついているところがボーダーに対して非常に好意的で積極的に支援してくれている企業だ。須坂会長の会社もあるだろ?」

 

「はい。…全体の約4分の1というところでしょうか」

 

「ああ。そしてマーカーでチェックしたところが、例の模擬戦できみ個人に興味を持ち、きみの行動如何によって支援の額が増えそうなところだ。三門銀行…あの後磯貝氏と話をしたんだが、彼はきみのボーダー隊員としての姿勢と剣の腕に感服していた。一度きみと会ってじっくり話がしたいと言っていたよ」

 

ボーダーが活動できるのは唐沢が資金を集めてくれているからであり、外務・営業部の仕事は直接戦闘には関わらないものの非常に重要なものであることはツグミも重々承知している。

だから自分の出来る範囲内で手伝うのはやぶさかではないが、都合良く利用されるのも癪である。

彼女は「面倒くさいな…」と思いながらも冷静に考えて発言した。

 

「つまりオサムくんがマスコミの面前で近界(ネイバーフッド)遠征という爆弾発言をしてしまったために、城戸司令は自らのシナリオを大きく書き直さなければならなくなってしまった。大規模侵攻で多額の補償金や本部基地の修繕費などがかかる上に時期が早まりそうな近界(ネイバーフッド)遠征。外務・営業担当としては頭が痛い問題ですものね」

 

「わかってくれるかい?」

 

「どこの世界でもお金に余裕があればいらぬ苦労はしなくて済むものです。…そして具体的にはわたしに何をさせようと?」

 

「なに、大したことじゃないよ。おれの外回りの時に一緒に来てもらって、現場の生の声を相手に話してもらいたい。場合によっては先方との会食など接待っぽいこともお願いするだろうが、その時にはおれも一緒にいるから心配はいらない。…あと、防衛任務の回数を減らしてもらうことになるけど、そっちも林藤支部長の承諾はもらっているから」

 

「でも唐沢部長もご存知のように来月になるとわたしはランク戦に参加しますのでそれほど時間はありませんよ。それに勉強の方も手は抜けません」

 

すると唐沢がニヤリとする。

 

「ランク戦はともかく勉強の方は問題ないんじゃないか? 通信課程を選んだきみは時間に余裕があるようだし、進学校だというのに成績は学年トップクラスだ。そしてきみは保護者の援助なしに自力で授業料を稼いでいる」

 

「なんでそれを…?」

 

「きみが何事にも真剣に取り組んでいるのは評価するけど、忍田さんにあまり心配かけるものではないよ。彼はきみを実の娘同様に大切に思っているからね」

 

「…!」

 

ツグミは唐沢が自分のことを調べ上げ、さらに忍田の関係まで知っていることに驚いた。

しかしそれを表情には出さず冷静に訊く。

 

「良くご存知ですね。それをどなたから聞いたんでしょうか?」

 

「おれが調べたんだよ。おれの仕事は情報というものが重要になってくるからな。ただ別にこのネタできみを脅迫しようというのではない。あくまでもきみの意思を尊重するよ、忍田ツグミくん」

 

唐沢が自分の経歴を調べるとは想像もしていなかったツグミ。

彼女は忍田との関係を隠すために、戸籍上の「忍田ツグミ」の名を使わずに霧科姓で通していた。

もちろんこれは城戸も了承していて、ボーダーの書類を見る限り忍田と彼女に繋がりがあるようには思えない。

ただボーダーに提出した書類で彼女の保護者が祖母になっていて忍田姓であるから、勘が働いて探りを入れたのかもしれない。

 

ツグミは考えた。

どういう手を使ったのかわからないが彼女の身辺調査をした手腕は侮れず、よって唐沢を敵に回すのは得策ではない。

それに唐沢の人間性は記者会見の際に「信頼しても大丈夫」だと認めている。

 

「わかりました。できるだけ協力させていただきます。ここで部長に恩を売っておくのもいいかもしれませんね」

 

「ではこれで商談成立だ。ではまず一番楽な須坂会長のところへ行こうか。すでにアポは取ってあるから」

 

「すべては織り込み済みだったということですね…。やっぱりわたしの倍も生きている人間には敵いません」

 

「ハハハ…。自分ではまだ若いつもりでいたが、ボーダーはおれよりはるかに若い連中の集まりだからな」

 

そう言って唐沢は笑ったが、すぐに真剣な目に変わった。

 

「そんな子供たちを危険な戦いに駆り立てる大人(おれ)たちはなんて無力なんだろうな…」

 

「……」

 

ツグミはこの気持ちが唐沢ひとりだけのものではなく、忍田や林藤、城戸たちも同じなのだと知っている。

そしてボーダー隊員の親も同じことを感じているはずなのだ。

だから彼女はボーダー隊員としての気持ちを正直に話した。

 

「わたしたちボーダー隊員は子供ではありますが自分の考えや価値観を持ち、自分の意思で戦っているんです。別に大人たちに強いられているわけじゃありません。それにわたしたちは家族、友人、今の生活といった大切なものを守りたいから戦っているだけ。もちろん近界民(ネイバー)に恨みがあって戦う人もいますけど。ただどういう理由であっても戦おうという意思に大人も子供もありません。戦う力を持っている者が前線で戦い、その力のない者は戦う者を後方から支える。それって当り前のことではありませんか?」

 

ツグミの言葉に唐沢はハッとさせられた。

 

「そうだったな…。だからおれたち大人はきみたちが思う存分戦えるように全力でバックアップする、か」

 

「ええ。兵站は兵士が戦う上で重要なものですから、そちらの方はどうぞよろしくお願いします」

 

そう言ってツグミは真っ直ぐ前を見つめた。

 

 

 

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