ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「A級
「A級に手が届いただけでも奇跡のようなものだから、勝っても負けても自分が納得するものになればいい」
「無理に勝とうと思わず負けない戦いをすることにしよう」
試合が始まるまではそう考えていて心に余裕のあった修だったが、試合開始後には自分の立てた作戦で勝ち目があると思えてしまい、勝ちを狙った戦闘を行うようになっていた。
もちろん勝つことが目的の模擬戦であるから彼の気持ちは間違ってはいない。
しかし絶対に勝とう、勝たなくてはいけないと考えてしまったことで、逆に自分で自分を追い詰める結果となってしまったのだった。
(空閑と千佳はぼくの指示に従ってきちんとその役目を果たしてくれた。だけどぼくは自分の役目を果たせたとは言えない。東さんから少しだけ戦術を聞きかじっただけの素人のぼくが生意気にも戦術で勝とうとしたことが間違いだったんだ。敵の戦力を考慮して作戦を考えることが重要だというのに、ぼくは敵の戦力を過小評価していた。奈良坂先輩が
修は自分を責めるが、奈良坂が
ただし修が「○○をしておくべきだった」「××は想定外だった」と後悔しているように情報収集のアンテナを立てて常に周囲の様子を探っていたなら奈良坂が
奈良坂が
もし修が奈良坂の
そして遊真がこの時点で
もっともすべてが終わってしまった後にいくつもの可能性を振り返ってみても意味のないことで、修がやっていることは反省ではなく後悔である。
過去の時点でできたことをしないでいて、後になってやっておけば良かったと振り返るのはこれが初めてではない。
何度も同じ失敗を繰り返し、その度に自分の無力さや落ち度を責めるのは反省とは言わない。
この行為を反省と呼ぶのなら「反省の色が見られない」と言われても反論できないだろう。
反省とはその経験を未来に活かすためにすることで、修は悔やむことばかりで次に役立てることができないのだから紛れもなく「後悔」なのである。
無言で廊下を歩く修に遊真が声をかけた。
「オサムはやれるだけのことはやったと思うぞ。ただ三輪隊の3人がベテランで、おれたちの経験値がそれに及ばなかっただけだ」
「いや、違う。ぼくの慢心のせいだ。昇格試験がA級
修の推測は正しかった。
奈良坂は
しかしそれだけで満足せず、次のステップとして
理由は
しかし彼は「攻撃は最大の防御」として自分自身と仲間のために実戦で使用できるレベルにまで達し、遊真を相手にして相討ちにすることができたのだった。
もっとも奈良坂の場合は自分に斬りかかってきた
本来のポジション以外の
奈良坂はその条件を満たしていたからこそマスターできたのだ。
修の場合はレイガストを使う
それは正しい判断だし、彼に協力してくれる先輩や仲間もいてくれたから環境は整っていたと言えよう。
彼には腕と心に余裕はなかったが、絶対に強くなりたいという意思があったことで可能となったのだが、
さっきの模擬戦でも彼にせめて二宮や出水の半分…いや3分の1でもトリオンがあれば結果は変わっていただろう。
射程距離をもう少し伸ばせば槍弧月の旋空も届かなかっただろうし、米屋へのダメージを大きくして即死させることもできたかもしれない。
トリオン能力が低いから射程をギリギリにまで短くして威力に割り振ったものの、それで即死になるようなダメージを与えられなかったので反撃を受けてしまった。
米屋が即死していれば修への反撃はなく、最後まで残った修のいる玉狛第2が勝利をしていたはずなのだ。
つまり修は常に腕と心とトリオンに余裕がまったくなく、強くなりたいと願って努力しても時間がないからと目の前の問題を小手先の技で誤魔化しただけで済ませしまい、根本的な問題を解決していないから中途半端なままで終わってしまうのである。
木虎のように少しでもトリオンを増やすための努力をし、その上で腕を磨くのでなければいくら頑張っても頭打ちになってしまう。
トリオン能力が低いことと同時に戦闘力の低さから自分で得点することが難しいと知ると、仲間に得点させる援護をするためにスパイダーを使えるようになった。
ただしこれはB級ランク戦のような「罠とわかっていても敵が飛び込んで来てくれる」ケースでなければ効果は低く、実戦でどれだけ使えるかはわからないレベルである。
今回の試合でも修のワイヤー陣は一定の効果はあったものの、それは三輪隊が罠だとわかって飛び込んでいったのであり、完全に無視を決め込まれたら何の意味もなかったことだろう。
自身のトリオンを使って戦うトリガー使いにとってトリオンの少なさは致命的なものであり、そもそもそのトリオン能力の欠如で入隊試験が不合格であったということを本人は忘れてしまっているようだ。
修がいくら強くなりたいという必死になって願ったとしても精神論で解決できるものではないのだからいつまで経ってもひとりで戦うことはできない。
彼の人柄なら周囲の人間から見捨てられることはないだろうが、温かい目で見守られている状況が続くならそれは対等な立場の仲間として認められてはいないことになる。
そして今後行われる遠征はアフトクラトル遠征の時よりも厳しいものになる可能性は高いから、いくら修が遠征参加の意思を示しても周囲の人間の対応は違ったものになるはずだ。
このままでは修のことを気にしている風間や出水たちは彼を鍛えて遠征に参加させるのではなく、遠征には参加させないことで修の命を守ろうとする
ツグミが遠征に参加するだけの資格のない修をアフトクラトル遠征に参加させたのは
彼女も当初はアフトクラトル遠征に参加させることに反対していたが、レプリカの件もあって密航もしかねない修に
万が一の時には遠征艇を守る役目はあったが、ツグミや実動部隊が「万が一」の事態にさせなかったことで修は戦闘員として一度も
実際にハイレインたちと戦っていた実動部隊の活躍を見て不甲斐ない自分と比べたのか、修は以前ほど遠征参加に執着しなくなっていた。
そして焦っても意味はないことも、遠回りをしてでも確実な道を行くことが最短の道であることもわかった。
いや、わかったと思い込んでいただけだった。
ヒュースの抜けた玉狛第2がA級レベルではないことも、試験で合格するのが難しいこともわかっているつもりでいたのだが、結局のところ勝ちを狙って負けてしまったのだから。
焦ってはいけないと言いながら、一番焦っていてA級になりたいと思っているのは誰でもなく修自身なのだ。
遊真と千佳は何もしなくても遠征に参加できるだけの力や資格を持っていて焦ることはまったくない。
だから修は自分だけが取り残されてしまうと考えて焦るのである。
いくら遊真が慰めようと、本人が親友の肯定しようとする言葉を自ら否定してしまうのではどうすることもできない。
「ねえ、修くん。二宮さんのところに行かなくていいの?」
千佳が遠慮しがちに訊いた。
試験の説明会の後、二宮から話したいことがあるから玉狛第2の試合が終わったら彼の隊室へ来るように言われていたことを修は試験に落ちたショックで忘れていたのだ。
「あ、そうだった…」
修はふと顔を上げた。
「話したいことって何だろうな? とにかくみんなで行ってみよう」
「ああ、修くん。アタシはちょっとパス。これから用事があるんだ」
栞がそう言って手を合わせる。
「わかりました。話の内容によっては後で玉狛支部に帰ってから教えますから気にしないでください」
「うん。じゃ、またね」
そう言って栞は修たちと反対の方向へ歩いて行った。
用事があると言っていたが、彼女には二宮の話したいことが鳩原の密航事件に関わることだとなんとなくわかったから遠慮して席を外したのである。
玉狛第2が遠征に参加する資格を得たら情報を教えると約束していたのだが、忙しくてそれどころではなかったことと、二宮に教えろと要求するのも躊躇われたので今まで保留になっていた。
表向きはこの密航事件は限られたごく一部の関係者しか知らないことになっているので、栞は
◆
修は二宮に会うことを約束していたものの、そんな気分にはなれずにいた。
二宮隊はA級に昇格し、自分たちはB級残留が決まっている。
玉狛第2の結果は二宮隊にも知らされていることだから、二宮に会えば「所詮おまえたちはその程度なのだ」などと嫌味のひとつかふたつは言われるだろうと思うと気が重いのだ。
そんな修に千佳は恐る恐るだが声をかけた。
「修くん、A級になれなくたって次に頑張ればいいじゃない。次のランク戦でまた上位2位までに入ればいいんだし。それに、あっ…!」
そう言った時に千佳は試験前に修が宣言したことを思い出した。
「ねえ、さっきA級に昇格できなかったら
千佳の言葉に修の表情が一瞬こわばった。
その言葉に嘘はなかったが、本当に解散するような状況となったものだから少しだけ後悔していた。
そして「それぞれが自分自身のやるべきことをやろう」と言っておきながら、修は遊真や千佳が自分よりも遥か先を走っているものだから自分だけが取り残されるのではないかという不安に駆られてしまったのだった。
しかし今さら前言の取り消しは
「ああ、玉狛第2は一度解散しよう。ぼくは
「……」
「A級はもちろんB級でも隊長をやっている人は戦闘員としても十分に通用する人ばかりで、そういう人たちと比べるとぼくは数段見劣りがする。やっぱり空閑が隊長をやった方が良かったんじゃないのかな」
自虐的に笑う修の前に立ち塞がった遊真が言う。
「じゃあ、おれが隊長になるって言えば玉狛第2は解散しないのか? オサムは隊長が負担だったのか? 隊長でなくなって普通の隊員になったらそんな自分を貶めるようなことを言わなくなるのか? それでオサムの気が晴れるならおれが隊長くらいやってやるよ」
「……」
「
「空閑…!」
「たしかにおれにとってレプリカは家族だから早く会いたいさ。だけどそんないじけた相棒を放っておいて家族を優先するような人間じゃないぞ、おれは」
遊真の言葉に胸を打たれた修は涙が溢れてきた。
俯くことで泣き顔を隠そうとする修に遊真が言う。
「泣くなよ、オサム」
「…傷が痛むんだよ」
「怪我なんてしていないだろ? つまんない嘘つくね。まあ、解散の話は後回しだ。早く二宮隊の隊室に行かないと面倒なことになるとおれの
遊真が迅のマネをして言うものだから、修はつい吹き出してしまった。
心に傷を負ってはいたものの、遊真の気持ちでだいぶ癒されたのは事実だ。
修が大規模侵攻で重傷を負った時、見舞いに来てくれた遊真の言葉と心遣いで慰められたが、これでまた自分には
「プッ…。わかったよ。その話は玉狛支部に帰ってから宇佐美先輩を交えて改めてしよう」
遊真のおかげで修の顔にいくらか生気が戻ったようである。