ワールドトリガー ~ I will fight for you ~   作:ルーチェ

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343話

 

 

「A級部隊(チーム)と戦ってそう簡単に勝てるはずがない」

「A級に手が届いただけでも奇跡のようなものだから、勝っても負けても自分が納得するものになればいい」

「無理に勝とうと思わず負けない戦いをすることにしよう」

 

試合が始まるまではそう考えていて心に余裕のあった修だったが、試合開始後には自分の立てた作戦で勝ち目があると思えてしまい、勝ちを狙った戦闘を行うようになっていた。

もちろん勝つことが目的の模擬戦であるから彼の気持ちは間違ってはいない。

しかし絶対に勝とう、勝たなくてはいけないと考えてしまったことで、逆に自分で自分を追い詰める結果となってしまったのだった。

 

(空閑と千佳はぼくの指示に従ってきちんとその役目を果たしてくれた。だけどぼくは自分の役目を果たせたとは言えない。東さんから少しだけ戦術を聞きかじっただけの素人のぼくが生意気にも戦術で勝とうとしたことが間違いだったんだ。敵の戦力を考慮して作戦を考えることが重要だというのに、ぼくは敵の戦力を過小評価していた。奈良坂先輩が通常弾(アステロイド)を使うようになったことはアフト遠征の訓練の時から知っていたけど、まさか変化弾(バイパー)まで覚えて使うとは想像していなかった。そのことは空閑も知らなかったみたいだけど、ぼくの情報不足であるのは間違いない。それに米屋先輩が槍弧月を使うことは当然知っていたけど、旋空を使うことはまったくの想定外だった。これはぼくの想像力の欠如が招いた結果だ。昇格試験がA級部隊(チーム)との模擬戦であるとわかった時点で、どの部隊(チーム)との対戦になっても大丈夫なように最新の情報を仕入れておくべきだったんだ)

 

修は自分を責めるが、奈良坂が変化弾(バイパー)を使うようになったことを知っていたのは限られた少数の人間だけだし、米屋が槍弧月を使う場合のオプショントリガーは「幻踊」ばかりなので「旋空」が思い浮かばないのは無理もない。

ただし修が「○○をしておくべきだった」「××は想定外だった」と後悔しているように情報収集のアンテナを立てて常に周囲の様子を探っていたなら奈良坂が変化弾(バイパー)も使うようになったことを知ることができたかもしれないし、弧月使いのほぼ全員が旋空を装備することは常識として知っていなければいけない。

奈良坂が通常弾(アステロイド)しか使えないと考えたから遊真でも対応できると判断し、その遊真も通常弾(アステロイド)ならば対応できると考えたが、変化弾(バイパー)を使われたせいで予想外の攻撃を受けてしまった。

もし修が奈良坂の変化弾(バイパー)のことを知っていたら、遊真に対してそのことを伝えておいて変化弾(バイパー)対策もできたかもしれないし、屋上での戦闘に関しても別の作戦を講じることはできただろう。

そして遊真がこの時点で緊急脱出(ベイルアウト)することがなければその後の修の作戦は上手くいったかもしれない。

もっともすべてが終わってしまった後にいくつもの可能性を振り返ってみても意味のないことで、修がやっていることは反省ではなく後悔である。

過去の時点でできたことをしないでいて、後になってやっておけば良かったと振り返るのはこれが初めてではない。

何度も同じ失敗を繰り返し、その度に自分の無力さや落ち度を責めるのは反省とは言わない。

この行為を反省と呼ぶのなら「反省の色が見られない」と言われても反論できないだろう。

反省とはその経験を未来に活かすためにすることで、修は悔やむことばかりで次に役立てることができないのだから紛れもなく「後悔」なのである。

 

 

無言で廊下を歩く修に遊真が声をかけた。

 

「オサムはやれるだけのことはやったと思うぞ。ただ三輪隊の3人がベテランで、おれたちの経験値がそれに及ばなかっただけだ」

 

「いや、違う。ぼくの慢心のせいだ。昇格試験がA級部隊(チーム)との一対一の模擬戦であると聞いた時点では対戦相手が誰なのかはわからない。だからぼくはここでどの部隊(チーム)と対戦しても大丈夫なように最新の情報収集をしておくべきだった。ぼくたちが成長しているように他の人だって成長しているんだから、以前にこうだったから今度も同じだという考えは通用しない。奈良坂先輩はアフト遠征のために通常弾(アステロイド)をマスターしたけど、それは射手(シューター)用トリガーの基本を覚えるためで、基本を身に付けたから今度は変化弾(バイパー)を使おうという気になったんだと思う。専門の射手(シューター)でもリアルタイムで弾道を引くのは難しいことだけど訓練をすれば不可能じゃない。特に奈良坂先輩なら那須先輩からマンツーマンで教えてもらえたはずだ」

 

修の推測は正しかった。

奈良坂は狙撃手(スナイパー)射手(シューター)用トリガーを使うことについてのメリットを理解しており、まずは基本となる通常弾(アステロイド)をマスターした。

しかしそれだけで満足せず、次のステップとして変化弾(バイパー)を覚えることに決めたのだ。

理由は攻撃手(アタッカー)標的(ターゲット)、特に近くに味方がいない狙撃手(スナイパー)に接近した時は目の前の標的(ターゲット)に意識が集中してしまって背後の防御には無関心になっているパターンが多いからで、那須に相談すると彼女も同感だと言って熱心に指導してくれた。

射手(シューター)用トリガーを使いこなせるようになるための訓練は生易しいものではない。

しかし彼は「攻撃は最大の防御」として自分自身と仲間のために実戦で使用できるレベルにまで達し、遊真を相手にして相討ちにすることができたのだった。

もっとも奈良坂の場合は自分に斬りかかってきた攻撃手(アタッカー)の背後から強襲するというシーンを想定していて弾道のパターンが決まったものであり、リアルタイムで弾道を引くのではなく前もって弾道を引いておけば良いのだから彼にとってはそう難しいことではなかったようだ。

本来のポジション以外の武器(トリガー)をマスターするのは不可能ではないが腕と心に余裕があって絶対に強くなりたいという意思がなければ中途半端に終わってしまう。

奈良坂はその条件を満たしていたからこそマスターできたのだ。

修の場合はレイガストを使う攻撃手(アタッカー)であったが、それだけではダメだとわかって射手(シューター)の技術を覚えた。

それは正しい判断だし、彼に協力してくれる先輩や仲間もいてくれたから環境は整っていたと言えよう。

彼には腕と心に余裕はなかったが、絶対に強くなりたいという意思があったことで可能となったのだが、射手(シューター)としては致命的な欠点 ── トリオン能力の低さがあってその技術を十分に発揮できてはいない。

さっきの模擬戦でも彼にせめて二宮や出水の半分…いや3分の1でもトリオンがあれば結果は変わっていただろう。

射程距離をもう少し伸ばせば槍弧月の旋空も届かなかっただろうし、米屋へのダメージを大きくして即死させることもできたかもしれない。

トリオン能力が低いから射程をギリギリにまで短くして威力に割り振ったものの、それで即死になるようなダメージを与えられなかったので反撃を受けてしまった。

米屋が即死していれば修への反撃はなく、最後まで残った修のいる玉狛第2が勝利をしていたはずなのだ。

つまり修は常に腕と心とトリオンに余裕がまったくなく、強くなりたいと願って努力しても時間がないからと目の前の問題を小手先の技で誤魔化しただけで済ませしまい、根本的な問題を解決していないから中途半端なままで終わってしまうのである。

木虎のように少しでもトリオンを増やすための努力をし、その上で腕を磨くのでなければいくら頑張っても頭打ちになってしまう。

トリオン能力が低いことと同時に戦闘力の低さから自分で得点することが難しいと知ると、仲間に得点させる援護をするためにスパイダーを使えるようになった。

ただしこれはB級ランク戦のような「罠とわかっていても敵が飛び込んで来てくれる」ケースでなければ効果は低く、実戦でどれだけ使えるかはわからないレベルである。

今回の試合でも修のワイヤー陣は一定の効果はあったものの、それは三輪隊が罠だとわかって飛び込んでいったのであり、完全に無視を決め込まれたら何の意味もなかったことだろう。

自身のトリオンを使って戦うトリガー使いにとってトリオンの少なさは致命的なものであり、そもそもそのトリオン能力の欠如で入隊試験が不合格であったということを本人は忘れてしまっているようだ。

修がいくら強くなりたいという必死になって願ったとしても精神論で解決できるものではないのだからいつまで経ってもひとりで戦うことはできない。

彼の人柄なら周囲の人間から見捨てられることはないだろうが、温かい目で見守られている状況が続くならそれは対等な立場の仲間として認められてはいないことになる。

そして今後行われる遠征はアフトクラトル遠征の時よりも厳しいものになる可能性は高いから、いくら修が遠征参加の意思を示しても周囲の人間の対応は違ったものになるはずだ。

このままでは修のことを気にしている風間や出水たちは彼を鍛えて遠征に参加させるのではなく、遠征には参加させないことで修の命を守ろうとする()()()()と考えるだろう。

 

ツグミが遠征に参加するだけの資格のない修をアフトクラトル遠征に参加させたのは近界(ネイバーフッド)の現実を知らない彼に自分の耳と目で確認させることが目的であった。

彼女も当初はアフトクラトル遠征に参加させることに反対していたが、レプリカの件もあって密航もしかねない修に()()()を教えることでバカなことをさせないようにという意図もあり、迅の未来視(サイドエフェクト)でも修が死ぬことはないと断言されていたことと、アフトクラトル遠征ならツグミが自分自身の力で悲劇が起きないようにすることができると判断したから遠征艇の居残り組という直接戦闘には関わらない役目を与えた。

万が一の時には遠征艇を守る役目はあったが、ツグミや実動部隊が「万が一」の事態にさせなかったことで修は戦闘員として一度も武器(トリガー)を使うことはなく全員が無事に帰還したのだった。

実際にハイレインたちと戦っていた実動部隊の活躍を見て不甲斐ない自分と比べたのか、修は以前ほど遠征参加に執着しなくなっていた。

近界(ネイバーフッド)へ赴くためには「資格」が必要で、自分がその条件を満たしていないと理解することができたからだ。

そして焦っても意味はないことも、遠回りをしてでも確実な道を行くことが最短の道であることもわかった。

いや、わかったと思い込んでいただけだった。

ヒュースの抜けた玉狛第2がA級レベルではないことも、試験で合格するのが難しいこともわかっているつもりでいたのだが、結局のところ勝ちを狙って負けてしまったのだから。

焦ってはいけないと言いながら、一番焦っていてA級になりたいと思っているのは誰でもなく修自身なのだ。

遊真と千佳は何もしなくても遠征に参加できるだけの力や資格を持っていて焦ることはまったくない。

だから修は自分だけが取り残されてしまうと考えて焦るのである。

いくら遊真が慰めようと、本人が親友の肯定しようとする言葉を自ら否定してしまうのではどうすることもできない。

 

 

「ねえ、修くん。二宮さんのところに行かなくていいの?」

 

千佳が遠慮しがちに訊いた。

試験の説明会の後、二宮から話したいことがあるから玉狛第2の試合が終わったら彼の隊室へ来るように言われていたことを修は試験に落ちたショックで忘れていたのだ。

 

「あ、そうだった…」

 

修はふと顔を上げた。

 

「話したいことって何だろうな? とにかくみんなで行ってみよう」

 

「ああ、修くん。アタシはちょっとパス。これから用事があるんだ」

 

栞がそう言って手を合わせる。

 

「わかりました。話の内容によっては後で玉狛支部に帰ってから教えますから気にしないでください」

 

「うん。じゃ、またね」

 

そう言って栞は修たちと反対の方向へ歩いて行った。

用事があると言っていたが、彼女には二宮の話したいことが鳩原の密航事件に関わることだとなんとなくわかったから遠慮して席を外したのである。

玉狛第2が遠征に参加する資格を得たら情報を教えると約束していたのだが、忙しくてそれどころではなかったことと、二宮に教えろと要求するのも躊躇われたので今まで保留になっていた。

表向きはこの密航事件は限られたごく一部の関係者しか知らないことになっているので、栞は()()()()()の人間として気を遣ったのだった。

 

 

 

 

修は二宮に会うことを約束していたものの、そんな気分にはなれずにいた。

二宮隊はA級に昇格し、自分たちはB級残留が決まっている。

玉狛第2の結果は二宮隊にも知らされていることだから、二宮に会えば「所詮おまえたちはその程度なのだ」などと嫌味のひとつかふたつは言われるだろうと思うと気が重いのだ。

そんな修に千佳は恐る恐るだが声をかけた。

 

「修くん、A級になれなくたって次に頑張ればいいじゃない。次のランク戦でまた上位2位までに入ればいいんだし。それに、あっ…!」

 

そう言った時に千佳は試験前に修が宣言したことを思い出した。

 

「ねえ、さっきA級に昇格できなかったら部隊(チーム)を解散しようかと思うって言っていたけど、本当に解散しちゃうの?」

 

千佳の言葉に修の表情が一瞬こわばった。

その言葉に嘘はなかったが、本当に解散するような状況となったものだから少しだけ後悔していた。

部隊(チーム)を解散して再結成ということになると新規と同じことになり、B級ランク戦では最下位から始めなければならない。

そして「それぞれが自分自身のやるべきことをやろう」と言っておきながら、修は遊真や千佳が自分よりも遥か先を走っているものだから自分だけが取り残されるのではないかという不安に駆られてしまったのだった。

しかし今さら前言の取り消しは()()()()()()()できず、試験で不合格だったという事実も変えることはできない。

 

「ああ、玉狛第2は一度解散しよう。ぼくは部隊(チーム)を率いる隊長として未熟だし、なによりも戦闘員としての実力がB級でも中位レベルだと思い知らされた。入隊試験ではトリオン能力が低くて不合格になるようなぼくが隊長と戦闘員というふたつの役目を同時にやるなんて最初から無理なことだったんだ」

 

「……」

 

「A級はもちろんB級でも隊長をやっている人は戦闘員としても十分に通用する人ばかりで、そういう人たちと比べるとぼくは数段見劣りがする。やっぱり空閑が隊長をやった方が良かったんじゃないのかな」

 

自虐的に笑う修の前に立ち塞がった遊真が言う。

 

「じゃあ、おれが隊長になるって言えば玉狛第2は解散しないのか? オサムは隊長が負担だったのか? 隊長でなくなって普通の隊員になったらそんな自分を貶めるようなことを言わなくなるのか? それでオサムの気が晴れるならおれが隊長くらいやってやるよ」

 

「……」

 

部隊(チーム)を解散するって言い出したのはレプリカのことがあるからだろ? だったらおれはレプリカのことを後回しにしてもかまわない。おれとレプリカのせいでオサムがそんな卑屈な気持ちになるくらいなら、おれはレプリカよりもオサムを選ぶ」

 

「空閑…!」

 

「たしかにおれにとってレプリカは家族だから早く会いたいさ。だけどそんないじけた相棒を放っておいて家族を優先するような人間じゃないぞ、おれは」

 

遊真の言葉に胸を打たれた修は涙が溢れてきた。

俯くことで泣き顔を隠そうとする修に遊真が言う。

 

「泣くなよ、オサム」

 

「…傷が痛むんだよ」

 

「怪我なんてしていないだろ? つまんない嘘つくね。まあ、解散の話は後回しだ。早く二宮隊の隊室に行かないと面倒なことになるとおれの未来視(サイドエフェクト)が言っている」

 

遊真が迅のマネをして言うものだから、修はつい吹き出してしまった。

心に傷を負ってはいたものの、遊真の気持ちでだいぶ癒されたのは事実だ。

修が大規模侵攻で重傷を負った時、見舞いに来てくれた遊真の言葉と心遣いで慰められたが、これでまた自分には遊真(相棒)が必要だということが身に染みてわかったことだろう。

 

「プッ…。わかったよ。その話は玉狛支部に帰ってから宇佐美先輩を交えて改めてしよう」

 

遊真のおかげで修の顔にいくらか生気が戻ったようである。

 

 

 

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