ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「ぼくたちが遠征部隊に選ばれたら教えてもらえますか? その情報を」
「…選ばれてから言え」
二宮は隊室でひとりきりになると、約5ヶ月前の修とのやり取りを思い出していた。
(あの時はよもや
第二試合が終了して玉狛第2の「不合格」の結果は二宮隊にも知らされていた。
つまりB級残留で、次の遠征に参加する資格を失ったということである。
二宮隊がA級に昇格したことで順位が繰り上がってB級としては1位にはなるが、遠征参加資格は原則としてA級隊員であるから、玉狛第2は次のB級ランク戦で上位2位までに入って、さらにA級昇格試験に合格しなければ参加資格を得ることもできないのだ。
よってしばらくは
「三雲です。二宮さん、いらっしゃいますか?」
ノックの音に続いてドアの向こう側から聞こえた修の声に二宮は返事をした。
「入れ」
自動ドアがさっと開き、修と遊真と千佳の3人が中へ入って来た。
そして奥のソファに脚を組んで腰掛けている二宮の前に立つ。
「そこに座れ」
二宮は自分の前の3人掛けのソファに腰掛けるように促すと、修を中心にして3人で並んで座った。
まるで生徒指導室に呼び出された生徒と教師のようにも見え、もしここに犬飼がいたら部屋の隅でクスクス笑っていたに違いない。
そういった
「話というのは鳩原と雨取の兄が関係している密航事件の情報だ」
「…!?」
修は驚いた。
この状況で今まで教えてくれなかった情報を提供すると二宮の方から言い出したのだから驚くのも無理はない。
「昇格試験では不合格だったようだが、アフト遠征に参加したのだから教えないわけにもいかない。B級のおまえたちに話したところで
そう前置きをしてから二宮は話を始めた。
「昨年5月1日、鳩原未来と雨取麟児、そして他2名の合計4人が
上着のポケットから手帳を取り出してさっと開いた。
その手帳は黒い革製のものだが、その表紙は使い古されていて傷だらけだ。
常に持ち歩いていているに違いないと修は思った。
「事は二宮隊が遠征参加を希望したところから始まる。当時の隊員は犬飼、辻、鳩原、氷見、そして俺の5人で、遠征に参加したいと言い出したのは鳩原だった。それ以外の4人は特に
ツグミが鳩原のために改良型ライトニングを作ろうとしていたことは修たちも知っている。
千佳が同様の問題を抱えていた時、
その結果、千佳は友人の協力を得て
二宮の話は続いた。
「俺は別に霧科を責めるつもりは毛頭ない。悪いのは鳩原の弱い心なんだからな。遠征選抜試験では合格したのだがあいつが人を撃てないことが上層部にバレて、そのせいで参加が取り消しになってしまった。霧科は友人として寄り添っていただけだから何の罪もない。こんな結果になるとはさすがの霧科でも想定外だっただろうな」
二宮自身もこの事態を想像することはできなかったのだから、ツグミを責めることなどできるはずがないのだ。
「遠征に参加できないとわかった鳩原は意気消沈していたが、そこに雨取麟児が密航計画を持ちかけてきた。奴が主導権を握っていたのはほぼ間違いない。鳩原が雨取麟児のような
二宮は千佳に訊く。
以前に千佳自身が「兄にならそういうことができます」と断言したくらいで、それを再確認したのだ。
「はい」
千佳は頷いて小さく返事をした。
「雨取麟児は他にふたりの人間の存在が確認されているが、個人を特定するまでには至っていない。なにしろ年齢・性別すらわからないのだから特定のしようがないのだ。そして鳩原が奪ったトリガーの数が3つであり、鳩原を含めた4つのトリオン反応があったから4人で密航したと推測しているだけだ。…三雲、おまえにもこの正体不明のふたりの人間に心当たりはないのだろ?」
「はい。ぼくは麟児さんから計画のことを聞かされましたが、詳しいことは一切教えてくれませんでした。ただ
「だろうな。おまえに教えたら後々面倒なことになるとわかっていたのだから雨取麟児が話すはずがない」
「…ですよね。ぼくなんかに教えても意味はないですし」
しょんぼりする修に二宮は慌てて訂正した。
「いや、そういう意味ではない。おまえが雨取麟児の計画について詳細を知っていたなら、おまえはボーダーに拘束されて拷問まがいの酷い目に遭ったかもしれない。おまえをこの密航事件の関係者にしたくなくてあえて何も教えなかったということだ」
「……」
「話を元に戻そう。鳩原が密航計画に加わり、
「二宮さんだけでなく霧科先輩も…ですか?」
「ああ。あいつはパズルのピースのようなバラバラな情報を組み立てて事実を導き出す才能がある。今から話す内容はあいつがアフト遠征へ行く前に俺に教えてくれたことで、俺はその話を聞いてさらに自分の仮説の信憑性が高まったと考えている」
それまでしょんぼりしていた修の目の色が変わった。
これまでずっと知りたがっていた麟児に関わる情報が聞けるのだから当然だ。
千佳もまた身を乗り出して一言一句聞き漏らさないぞという気迫が感じられる。
「まあ、気持ちもわかるが落ち着いて聞いてくれ。…霧科はいくつかの疑問点を挙げ、それについてあいつは仮説を立て、俺も独自の仮説を立てていたからそれを総合したものになる。まずこの密航事件の最大の疑問についてだが、奴らは
「兄さんが
自分が
「落ち着け、雨取。これは仮説だ。そういうことにすると辻褄が合うということで、雨取麟児と
二宮が否定すると千佳は少しだけ落ち着いたようだ。
「それに俺は協力者が
修たちは二宮の話を聞いても「協力者=
「つまりだ、トリオン能力者を
二宮はここまで説明したところで喉が渇いたらしく、立ち上がってミニキッチンに置いてあるコーヒーサーバーから自分のカップにコーヒーを注いだ。
「おまえたちも飲むか?」
「いえ、けっこうです」
「そうか」
そう言って二宮はコーヒーカップを持って戻って来た。
そしてひと口飲んで口を湿らすと再び話を始める。
「鳩原と雨取麟児の接点についてなのだが、調べてみたところ意外なところで繋がった。鳩原には弟がいて、その弟が第一次
「え?」
「雨取麟児は過去に学童保育のボランティアで放課後に十数人の小学生に勉強を教えていて、その中に鳩原の弟がいたことを突き止めた。雨取麟児が弟と知り合いなら、鳩原本人とも面識があったのではないかと考えられる。いや、鳩原自身は雨取麟児のことは知らなかったかもしれないが、少なくとも雨取麟児は鳩原のことは知っていたはずだ。ボーダーのサイトを見れば正隊員の名前と顔は知ることができるからな。そこで雨取麟児の
鳩原と麟児の接点が鳩原の弟で、弟を探すために遠征に参加したかった鳩原と、千佳を守るために
このふたりが協力関係を結ぶことは自然な流れで、
「さらに霧科はこんな面白い仮説も立てていた。トリオン兵の腹の中に入って
ツグミの言い分は突拍子もない妄想ではなく、現実味を帯びているので二宮も修たちに教えることにした。
持っている情報を教えるという約束だから、ツグミの立てた仮説であっても全部話そうということなのだ。
「鳩原の弟がどの国にさらわれたのかは不明だが、今後のボーダーの遠征目的が第一次
二宮は鳩原の密航事件によってB級に降格されたことを恨んで彼女のことをキツく言っているのではない。
憎んでもいないし、本気で馬鹿だとも思ってはいない。
ただ過去に「
また隊長である自分に何の相談もなかったことが信頼されていなかったのではと思えて悔しいし、部外者の麟児の言葉に唆されて仲間を裏切るようなことをした部下の心の中を察して汲み取ってやることができなかったことで、隊長として無能であるという烙印を押された気持ちになって悔しい。
あの時に何も知らず何もできなかった自分に対しての侮蔑の気持ちが鳩原への悪態となっているのだとツグミに指摘されたことも悔しいと、すべてにおいてこの1年の間ずっと「悔い」がつきまとっていたのだと二宮は悟ったのだった。
だから彼が修たちにすべてを教えたのも約束だったからというだけではなく、「あの時に何も知らなかったせいで何もできなかった」という自分と同じ「悔い」を後輩にさせたくはないからなのだ。
「以上が現時点で俺の知っている密航事件に関する情報のすべてだ。情報といってもほとんどが俺と霧科の仮説で事実とは違うものかもしれないが、まったくの妄想というわけではない。迅の
そして最後にひとつ付け加えた。
「これはまだ調査途中で結果は出ていないことだが、霧科はメノエイデスにいる
「はい、わかりました」
修がそう答えると、遊真と千佳は黙って頷いた。
「それと鳩原の密航事件はボーダーの公式記録ではなかったことにされている。調査も打ち切るよう命じられているのだから、俺や霧科のやっていることが城戸司令たちに知られると非常に都合が悪い。おまえたちも共犯者だ。ボーダーをクビになりたくなかったら余計なことはせずに時が来るのを待っていろ。おまえたちのような素人が動き回れば上層部にすぐ悟られるからな」
「はい。これだけの情報を教えてもらっただけでも感謝していますから、二宮さんや霧科先輩の迷惑にはならないようにします」
二宮は修に約束をさせると話を終えた。
礼を言って隊室を出て行く修たちを目で見送った二宮は少し冷めたコーヒーを飲み干してからソファに深く腰掛けて目を瞑る。
二宮が最後に言った「俺や霧科のやっていることが城戸司令たちに知られると非常に都合が悪い」というのは嘘である。
ツグミ自身が城戸に密航事件について調べていることを教えているし、城戸も彼女や二宮がコソコソと調べていることは承知していた。
絶対にダメだと強く言えば逆に調べたくなるのが人情というものであり、友人や元部下のことだから心情的に
城戸もツグミと二宮ならバカなことはしないだろうと考え、ふたりの行動について黙認しているのである。
修たちも二宮から情報を与えられ、口止めされているのだから無茶なことはしないだろう。
(下手に隠しだてせずに知っていることをすべて話してしまえばそれで納得してそれ以上足を踏み入れることはない。余計なことをすればボーダーをクビになると脅しておけばおとなしく待っているはずだ…か。まあ、たしかにあの様子なら独自で調査をすることもないだろうし、そもそもそんな暇もない。遠征に参加もできないのだから三雲が鳩原のように暴走することはないな)
目を瞑ったままで二宮はニヤリとした。
(それにしても霧科は奴らの思考パターンを読んで行動し、自分のシナリオに合うように誘導しているというのだから驚くしかない。初めて出会った時の俺に対する高飛車な態度にはムカついたが、その年齢にそぐわない知恵や戦闘能力を見せ付けられて俺はあいつに屈し…いや、敬服して互いを認め合うようになったのだったな)
初の
しかし人間というものは成功経験よりも失敗経験の方がより成長させるもので、二宮はこの
だからこそ彼が№1
(霧科は俺たちには想像もできない未来を視ているのだろうな。B級ランク戦での途中退場、使う気のない
ツグミが
ただ…ツグミの正体を知ったところで二宮の彼女を見る目は変わらないだろう。
◆◆◆
修と遊真と千佳、そして栞の4人は相談をして玉狛第2の解散を決めた。
それは4人の総意であり、この決定は当事者以外の誰にも止める資格はない。
その日のうちに修は林藤に部隊解散届を提出し、B級