ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
約束したとおり、ツグミは迅の部屋へと行った。
本来なら男性の部屋を訪問するのに相応しい時間ではないが、明日の朝には
幸い彼女の部屋は迅の部屋の隣で、このフロアには彼女と迅のふたりしか住んでいないので他の誰かに見られてしまうこともない。
ツグミは鍵のかかっていないドアを静かに開けて中へ入ると、迅がリビング兼寝室にしている部屋へ直行した。
「お待たせしました」
ベッドに腰掛けている迅に対し、ツグミは床に敷いてあるカーペットの上に正座して真っ直ぐに彼の目を見る。
「ずっと隠しているわけにはいかないと思ってはいましたが、ジンさんにはもうバレバレだったみたいですね。これでやっと告白する気になれました」
「は? …ああ、全部話してくれ」
ツグミは勘違いをしているようである。
迅は別に彼女の秘密を告白させようという気持ちなどなく、ただ久しぶりにふたりきりで恋人同士らしい時間を過ごしたかっただけだ。
しかしツグミは自分が隠し事をしている後ろめたさもあり、その不自然な態度から迅にバレてしまったのだと思い込んでしまっていた。
「以前にエウクラートンでジンさんに添い寝をしてもらったことがありましたよね。覚えていますか?」
「うん、そんなことがあったな。悩み事があるけど自分ひとりで考えて答えを出さなければいけない問題で、俺にも相談ができないって」
「そうです。でも自分の中で答えを出したので、そろそろ真実を話さなければいけないと思ってはいたんです。でもなかなか言い出せなくて、エウクラートンへ出発する前に言うべきか、帰って来てから結果として報告すべきか悩んではいたんですよ。たぶんジンさんのことだから出発前に話を聞いておかないと未来が悪い方へ流れてしまうとわかったんでしょ?」
「まあ、な…」
「わたしだって悪い未来なんて望んではいませんから全部話してしまいますね」
ツグミはそう言ってエウクラートンで知った自分の「真実」について語った。
彼女の父親がエウクラートンの人間だということは知っていたが、まさか彼女が王家の血筋を持つ
そして彼女が次期女王候補で、彼女の祖父であるリベラートと現女王に「答え」を伝えるためにも自分自身でエウクラートンへと行かなければならないのだと説明した。
「…ということで、女王の体調が回復すれば次期女王の問題については少しだけでも先延ばしできるわけで、城戸司令に事情を話したら白峰先生にお願いしてくれたんです」
「城戸さんはおまえがエウクラートンの次期女王候補だということを知ってるのか?」
「ええ。誰にも相談できないからジンさんにも真史叔父さんにも内緒にしていたんですけど、さすがに城戸
「まさかおまえが女王になるなんて言わないよな?」
「ジンさんにはわたしが女王になってエウクラートンを統治している未来が視えるんですか?」
「いや…そんなことはないが」
「だったら心配しなくても大丈夫ですよ。それにわたしが無事に帰って来るという未来が視えたって言っていたじゃないですか。わたしは必ず
「しかしエウクラートンの人間にとっておまえは貴重な『
「流石にそこまではしませんよ。それにボーダーが入って
ツグミが自信満々に言うものだから、迅も自分の不安がバカバカしく思えてきた。
たしかに自国の女王のためにはるばる
さらに彼女のことを気に入っているテスタの機嫌を損ねてしまい、キオンとエウクラートンの関係が悪化することも考えられるので無茶をするはずがない。
そして自分でツグミが無事に帰って来るという
「そうか…そうだよな。女王の座に据えるために拘束なんかしたら国際問題に発展するもんな。それで女王の後継問題の解決法ってなんだ? 俺には教えてくれるだろ? どうせ城戸さんには話したんだろうけどさ」
するとツグミは首を横に振った。
「いいえ、まだ誰にも言っていませんよ。城戸司令には事情は話しましたが、結論は女王の健康問題が解決するまで保留にするとだけしか言いませんでしたから。でもとってもいい解決法を思い付いちゃいましたから、予定よりも早く終わらせて帰って来る予定です。それでどんなことをするのかと言うと…」
そこまで言うとツグミはニコッと微笑んでから続けた。
「それはヒ・ミ・ツ…です。だって万が一失敗してしまうことになった時のことを考えると知らないでおいた方がいいと思うからです。何事においても100%ということはありません。もしわたしの目論見が外れ、ジンさんの
「……」
「それでも教えろと言うのなら
「共犯者?」
「はい。わたしの計画の片棒を担いでもらい、帰国した時に
ツグミの「半殺し」という言葉を聞いて迅はぞっとした。
それも「城戸司令」と「城戸さん」、「忍田本部長」と「真史叔父さん」をあえて言い分けているのだから何となく想像ができる。
「う~ん…それはちょっとヤバいな。あのふたりに睨まれたら俺たちに未来はない。…仕方ない、我慢するよ」
「懸命な判断です。嘘つきはわたしひとりだけで十分ですから」
ツグミがどんな嘘をつこうとしているのかは想像ができないが、迅には彼女が嘘をつかなければならない事情はわかる気がした。
(こいつは相手に自分は信用できる人間だと思わせてしまうから、多少の嘘なら信じ込ませることも簡単にできてしまう。そしてその嘘も誰かへの加害や不利益になるようなものではなく、結果的にすべて丸く収まってみんなが幸せになれるような
迅はツグミに自分も自分ひとりで抱えていた秘密を告白することにした。
「なあ、俺にもおまえにいずれは言わなければいけないと思っていたことがある。これから
迅が言い終わるやいなや、ツグミは身を乗り出して言った。
「聞きたいに決まっているじゃありませんか! わたしがエウクラートンの次期女王候補で、他に候補者がいないということは候補なんてレベルではなくほぼ100%確定って誰でも思うでしょうから、わたしはこれまで黙っていたんです。そうしないとわたしがエウクラートンのために身を捧げるんじゃないかって勘違いする人が現れるだろうから。わたしが
そこまで一気に言うとまた普通に座り直して続けた。
「ジンさんの告白の内容がわたしに隠しておきたいことなら別に聞こうとは思いません。でもあなたが話す覚悟を決めたならわたしはきちんと聞く義務があります。わたしが心配するかもしれないと今まで隠していたような内容でしたらなおさらです」
「わかった。それなら全部話すよ」
迅は自分の
するとツグミの反応は迅が想像していたものと違っていた。
「ジンさん、それは能力の質が変化したのでも能力の低下でもないとわたしは思います。これまでだってすべての事象において未来がどのようになるか視えたわけではないでしょ? それに今の話だとガロプラの襲撃の頃までは今までのようにいくつもの『可能性』が視えていて、その中から最適だと思われるものを選んで行動をしていた。でもそれ以降は『アフト遠征は誰も死なないで成功する』とかわたしがこれからエウクラートンへ行くことも『無事に帰って来る』という選択の余地のない確定した未来だけしか視えない、と。それは当然ですよ。だって
ツグミの言っていることには一理ある。
たしかにこれまでの確定した未来と確定していない未来は両方とも視えていて、大規模侵攻の時には三門市民に被害が出る未来や修が死ぬ未来も視えていた。
それはいくつもの不確定な要素が絡み合っていて、確定していない未来が複数視えるのは当然だ。
そこで迅は修の死ぬ未来を避けるために行動し彼の命を守ることができたのだが、そのせいで他の人間の命が奪われることになったとはいえ迅が未来を選ぶことはできていた。
(そういえば…確定した未来しか視えなくなったのはすべてツグミが関わっていることばかりだ。ガロプラによる本部基地襲撃にはこいつは一切関わっていない。だから直近になるまでガロプラの連中がどのように攻め込んでくるのかわからなかったし、必ず撃退できるという未来も視えなかった。その時にはいくつもの可能性があり、未来は確定していなかったからだ。しかしその後のアフト遠征に関わることは不確定な未来が視えなくなった…のではなく、こいつの意思と行動が成功するという未来を確定させてしまい、それしか視えなくなったからなんだと考えれば腑に落ちる)
アフトクラトル遠征に関してだが、ツグミひとりで成功させたわけではない。
ガロプラの連中がC級隊員を誘拐してなりすまし、ヒュースが
ハイレインがガトリン隊の報告を疑って本部基地内に偵察用超小型ラッドを送り込んできた時も、ツグミがわざと偽情報を持ち帰らせることでボーダーの遠征が予定よりもずっと遅れることを信じ込ませたという
ただしその時点では遠征が成功する未来は視えてはおらず、その後の遠征部隊参加者の試験や訓練にも彼女が関わっており、さらにキオンを訪問することでゼノン隊を味方にし、ディルクを協力者にしたことでパズルのピースは全部揃い、そこでやっと遠征が成功する未来が確定して迅は「アフト遠征は成功する」という未来を視たのだった。
本来ならここまでの間にいくつかの未来の可能性が視えていたはずで「C級隊員を救出できても負傷者が出る」とか「ツグミかディルクがベルティストン家の連中に捕まる」といった悪い未来が視えてもおかしくはなかったが、そういったことは一切なかった。
それがなかったのは彼女が遠征の結果に関わる何人もの人間に働きかけて最善の未来へ導いたからで、その結果が遠征の成功という結果を確定させて、その結果だけが迅に視えたわけだ。
そうなると逆に言えばツグミひとりがいないだけで結果が大きく変わっていた可能性が高く、彼女の行動を妨げるようなことがあったとしたらC級隊員の救出どころか遠征部隊のメンバーに犠牲が出ていたかもしれない。
迅がそんなことを考えているとツグミが言った。
「仮にジンさんが確定した未来しか視ることができなくなったとしましょう。でもそうなったらどんなことをしても変えられないということであなたには責任はありません。ただし実現する未来が良いものばかりとは限らず、場合によっては見たくもないものを視てしまうこともあるでしょう。だけどそれはいずれすべての人が経験することで、あなただけ他の人よりもほんの少しだけ早くわかってしまうだけです。それはそれで辛いでしょうけど仕方がないんです。…例えば明日は晴れてほしいと思っても雨が降っている未来が視えたとしましょう。でもそれって人間が介入して変えられる未来じゃありません。朝から雨が降っていたとしても諦めるしかないです。それと同じだと思えば気が楽になりますよ」
「……」
「それにジンさんのように未来が視える人間が他にいる可能性はほぼゼロに近いです。実際わたしにはどんな未来になるかなんて視えません。ただどんな人であっても
「……」
「わたし個人としてはあなたの
そして最後に付け加えた。
「サイドエフェクトというものが神から与えられた能力であるのなら、それを奪い去るのも神だと思います。自身の努力によって後天的に身に付けた能力であれば失うのは理不尽だと思いますが、神によって与えられたものを神に奪われるなら仕方ありません。ジンさんの
ツグミの言葉に迅は目が覚めた思いであった。
(いつもそうだ。俺がひとりで悩んでいてもこいつに話すといつでも一刀両断にしてくれる。たしかに悩んだところで答えが出るわけじゃない。それにこの
迅の
しかしツグミに話をしたことで迅の迷いや悩みは吹っ切れたようだ。
「ありがとう、ツグミ。おまえに話してすっきりしたよ。やっぱおまえはすごいな」
「いつものことじゃありませんか。あなたが重い荷物を背負っているというのならその半分をわたしが背負って…なんてことはしません。半分を背負ってあなたの負担を軽くするのではなく、その重い荷物自体を消してしまって、ふたりで身軽になって手を繋いで一緒に歩けるようにするんですから。だってあなたはわたしの半身なんですもの。世界中のどこにも代わりを務めることのできる人はいない唯一無二の存在なんです。だから自分と同じく…いえそれ以上に大切にしたいと思うのは当然でしょ? もしわたしに感謝しているのなら、わたしと同じように考えてもらえませんか? わたしを悲しませたくないから言わないとか、こんなことを言えば苦しむだろうから黙っているなんてことをして自分ひとりだけで重たい荷物を背負い込んでしまうのではなく、わたしに全部話してしまいましょう。ひとりで抱え込むなんてホントにくだらないですよ」
ツグミの言葉には説得力があり、迅は正直に話したことを正しい判断だったと改めて感じていた。
(長い間離れ離れになるっていうのに会えない時間を寂しいと思わないから平然としていられるんじゃないかと疑ってしまったが、その逆だったんだ。長い一生を俺と共に過ごすために今の短い時間を我慢しているだけ。エウクラートンに行くのも女王の病気のこともあるが、自分自身の将来のために決着をつけるため。こいつはみんなのためになどという博愛主義を気取って行動するのではなく、自分が幸せになりたいと願う気持ちが誰よりも強くてそれが原動力になっている。そしてこいつにとって俺は自分と同じもので、自分のためと言うのは俺のためでもある。遠く離れ離れになったとしても、どこにいようとも心はひとつだという自信があるから寂しいなんて素振りを見せないんだ。強いな、ツグミは。俺もこいつの半身として恥ずかしくない行動をしなきゃいけないぞ)
迅は己の「半身」を信じて待つだけだと心に強く誓うのだった。