ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
「我が祖国ガロプラがアフトクラトルによって侵略されたのは今から7年ほど前のことです」
ガトリンは事情を知ってもらうためにとガロプラがアフトクラトルに攻め込まれた時の話から始めた。
「当時の…いや、現在でもそうだがガロプラは
現在のガロプラはアフトクラトルから約70人のトリガー使いが送り込まれていて、
その話を黙って聞いていた迅と忍田もガトリンたちの気持ちは理解できるし今がチャンスであることは十分に承知している。
しかし彼らのためにボーダー隊員を送り込むことはできない。
今のところアフトクラトルの現国王はボーダーを敵だとはみなしておらず、先の大侵攻はベルティストン家個人による私的な交戦だという認識である。
よってボーダーと事を構える気はないのだが、ガロプラの蜂起にボーダーが手を貸したとなればアフトクラトルとボーダーは全面対決の恐れが出てくる。
現在は「神選び」でゴタゴタしているが、新しい神が決まれば国内も安定して本格的な侵攻を行うかもしれない。
もし次期国王にハイレインが就くことにでもなれば最悪のシナリオが待っているだろう。
「神選び」は約60日後に行われ、ボーダーとしては市民救出作戦の進行とB級ランク戦が重なる時期であるから無用なトラブルは極力避けたい。
そうなると隊員の派遣は無理で、ガトリンたちの望む形での協力は不可能だ。
「ガトリン隊長、やはり我々ボーダーは隊員を派遣することはできそうにない。しかしアフトの兵士を無力化することができさえすれば良いというのであれば知恵を貸し、有効な
「兵器とは先ほど説明のあった生物兵器や核兵器のことですか?」
「そのとおり。核は不可能だが生物兵器なら用意することはできる。ツグミには名案があり、貴君らと『取引』をしようと考えているようだ。彼女の考えた策を今から説明するが、それで納得できたならこちらからの条件をのんでほしい。こちらも
「その条件とは?」
「貴君らが使用している変装用トリガーとトンネルトリガーの技術だ。たぶんそれくらいが妥当な線だとツグミは考えているんですよ」
「わかった。ではシノダ本部長、説明をお願いする」
忍田はツグミに渡された書類の中から「ガロプラが救援を求めてきた時の立ち回り方」のページを見ながら、彼女の立てた作戦を説明した。
ガトリンたちはその作戦内容を聞き、
(基地を襲撃した時には彼女の気配は微塵も感じられなかった。普通に兵士たちが頭を使って見事な連携をした戦いを見せてくれたが、そこに彼女は関わっていないからだろう。だが訓練生を拉致した時の対応や今の話を聞いていると彼女特有の
ガトリンもまた常識にとらわれずに柔軟な発想のできるツグミに関心を持ったようだ。
「シノダ本部長、我々は貴公の提案をのみましょう。これはお互いにとって非常に有益な取引となる。正直言うと
「それは結構。では急いで用意をさせてもらうが、それでも数日はかかる。なにしろ一般では手に入れることのできない特殊な『兵器』だからな」
「承知した。…では、我々は遠征艇に戻って ──」
ガトリンがそう言いながら立ち上がろうとすると、迅が言葉を遮った。
「ここに泊まっていってくださいよ。艇の中より広くて快適だし、何日か滞在することになるんだからこの部屋を使ってください。食事も俺たちと一緒でもかまいませんよね?」
ガトリンたちの意向も聞かずほとんど強引に引き留めようとする迅。
彼は別に特別な意図があっての誘いではなかったのだが、この状況では見張るためにガトリンたちをボーダーの監視下に置こうとしているように思われるのが自然だ。
そこで迅は慌てて言う。
「ツグミなら
「それがさっき言っていた『ワケありの人間』ということか? トラブルを起こされるとちょっと困ったことになるということだが、我々はあえて問題を起こそうなどとは考えてはいない。それに貴公らが我々を警戒していないことはその気配からわかる。よって純粋に厚意だと理解している」
「そう言ってくれるとありがたい。それでこれからそのワケありの人間たちに会ってもらいたいと思うんだが、いいかな?」
「それはもちろんかまわないが、その勿体ぶった言い方が気になるな。もしかしたら本当は会わせたくはない人物なのではないのか?」
「いや、ぜひ会ってもらいたいと思っている人物だ。たぶん会っておいた方が後々役立ってくると思う」
「わかった」
ガトリン、コスケロ、ラタリコフの3人は迅に連れられて4階へと向かった。
(もし奴だとすれば俺たちと対面すればトラブルは必至。だが会っておいた方が後々役立ってくる人物のようだから、奴のことではないだろう。だとするとボーダーの人間ということになりそうだが、だとするとワケありの人間という表現はおかしい。まあ、会ってみればわかる)
ガトリンには「ワケありの人間」にひとりだけ心当たりがあったが、その可能性はないと判断したのだった。
しかしその直後にその判断が間違っていたことを知る。
◆
ガトリンたち3人が引き合わされたのはディルク、マーナ、レクス、そしてヒュースの4人。
彼らにとってアフトクラトル、それもベルティストン家の家臣とその家族は「仇敵」であり、憎むべき対象である。
しかしその場に漂う空気が険悪なものになるかと思いきや、ディルクがフレンドリーな態度で接したものだからガトリンたちは呆気にとられてしまったのだ。
「ガロプラのみなさん、
マーナとレクスが貴族らしく洗練された身のこなしで挨拶をし、続いてディルクの一歩後ろに控えていたヒュースが前に出る。
ガロプラの3人はハイレインから「アフトクラトルの捕虜を発見した場合、救助・奪還の必要はない。邪魔であれば始末してかまわない」という指示を受けており、接触したレギンデッツはヒュースに破れたという経緯があるものだから、お互いに気不味い関係となっているのは間違いない。
そしてヒュースの性格上トラブルが生じてもおかしくはないのだが、
「ジンがここへ連れて来たということはボーダーがキサマらを敵と認識していないというだけでなく仲間として受け入れるつもりがあるという意味だろう。ならば不本意であってもオレも同様に受け入れなければならない。…もっともオレはキサマらに感謝している部分もあるから、不本意どころか歓迎してもいいと思っている」
「歓迎…だと?」
「ああ。キサマらがオレを見捨てていったことで、オレはツグミと取引をしてエリン家の家族をこうしてハイレインから匿うことができたのだ。オレひとりでは不可能だったこともボーダーが全面的に協力してくれたおかげで最も理想的な形で主を守ることができた。おまけにハイレインに仕返しをして溜飲を下げることもできたしな」
そう言ってヒュースはニヤリと笑った。
それはガロプラの人間に対しての嫌味や皮肉、負け惜しみなどではなく本気でそう思っているのである。
もしガロプラの力を借りてアフトクラトルへ帰還したとしてもハイレインの手からエリン家の家族を守りきることはできないと本人が一番わかっていたことで、紆余曲折はあったもののこれが最善の答であったと本気で信じているのだ。
「キサマらが
「祖国がどうなってもかまわないというのか?」
「キサマらが考えているほどオレはアフトクラトルという国に対しての忠誠心はない。ただディルク様のいる場所がオレにとっての居場所であり、主に対してのみ忠誠を誓う。そういうことだからキサマらがエリン家のご家族に危害を加えるようなことがあればその時には全力で叩き潰してやるから覚えておけ」
ヒュースは迅たちが思っていたほどガトリンたちの仕打ちを根に持ってはおらず、ボーダーに協力することでディルクたちを安全な場所に匿うことができたのだから結果オーライということで恨みはないらしい。
迅だけでなくディルクもヒュースの口から「歓迎する」などという言葉が出るとは想像もしていなかったものだから少々面食らってしまったようで、ひとまず
続いて迅はガトリンたちを2階へと連れて行った。
「あとふたり紹介したい人物がいる。こっちもボーダーに協力している
そう言って迅が引き合わせたのはゼノンとテオである。
「彼らはキオンのトリガー使いでゼノンとテオだ」
迅が紹介すると、ゼノンは親しげな様子でガトリンたちに挨拶をした。
「俺はゼノン。こいつが部下のテオだ。他にもうひとりリヌスというのがいるんだが、そいつはツグミと一緒に
ゼノンが差し出した手をガトリンは握り返した。
部隊の隊長であることや年齢など共通する部分や、お互いに醸し出す歴戦の勇士のオーラがふたりを自然と「同志」として認め合ったのだろう。
「俺はガトリン隊の隊長のガトリンだ。このふたりは部下のコスケロとラタリコフ。…しかし
「最初は
「それにしても任務に失敗したというのによく無事でいられたな? キオンはそういった点では非常に厳しいと聞いているが、もしかして亡命をしたのか?」
「いいや、ここにいるのは軍命によるものだ。たしかに任務に失敗した時には強制収容所への送還を覚悟したさ。だがツグミは俺たちの任務失敗の減刑のためにいろいろ奔走してくれた。そしてわざわざキオンまで同行してくれて、そのおかげで罰を受けるどころか昇進してしまったんだよ。総統閣下が彼女のことを気に入ったらしく、ボーダーの依頼で俺たちゼノン隊が
「なんと…
「ああ。アフトの連中にさらわれた仲間を救出する作戦にも俺たちは微力ながら協力させてもらったよ。それは彼女に対しての感謝の気持ちであり、俺たち自身が自分の正義を貫く彼女の姿に魅せられてしまったからなんだ。ツグミはただの少女ではない。他の人間よりも少々頭が良くて行動力があり、未知のものに対して怯えることなく積極的に受け入れようとする。相手が敵であった
「さっきシノダ本部長から話を聞いて驚いたよ。少々乱暴なやり方だが、ボーダーの人員を必要とせず済むだけでなく俺たちの仕業だと悟られずにアフトの連中を無力化できる。
「
「たしかに。…これまでアフトやキオンは敵とみなしていたが、こうして話してみると戦うどころか手を取り合って仲良くやっていけるような気がしてきた」
「ハハハ、それこそツグミの影響を受けつつある証拠だ。俺たちと違って長期の滞在はできないだろうが、少しでも
ゼノンが迅に訊くと、大きく頷いて答えた。
「もちろん。なんなら明日ディルクとゼノンが行くダムの見学に付き合ってもらってもいい。
「ダム?」
ガトリンにとっては初めて聞く言葉だった。
「ダムというのは川の流れをせき止め、水を貯めるための構造物だ。主な役割は治水や利水で、利水には灌漑用水、水道用水、工業用水などの他に水力発電というものがある。水が高いところから低いところへ落ちる力を利用して電気をつくるんだ。
「トリオンを使わないエネルギー…か。たしかに興味深いな。
「了解。じゃ、顔合わせはこれくらいにしておこうか。ガロプラのみなさん、さっきの部屋に戻りますよ。部屋の中のものの使い方を教えますから」
迅はガトリンたちを連れてミーティングルームへ戻ると水道やトイレ、風呂の使い方を教えた。
そして押入れから3組の客用布団を和室に並べて敷き、最後に大事なことだという顔で言う。
「明日の朝は7時に朝食で、この部屋のダイニングルームで食事をすることになるんだが全部俺が準備をするからあんたたちは何もしなくていい。よってこの建物から外へは出ないでくれ。もちろん用事があるのなら艇まで送るが、夜間は勘弁してほしい。理由はいろいろあるが、無用なトラブルを避けるためだと考えてくれ」
ガトリンたちの来訪に関してはボーダー内でも上層部と迅しか知らないことで、開いた
そんな状況でガトリンたちが勝手に街の中を歩き回っていて市内巡回の任務に就いていた隊員と鉢合わせしてしまったら大変だ。
特にガトリンたちが本部基地を襲撃した事件に関わっている隊員で面識があればそこで戦闘開始にもなりかねない。
もちろんガトリンたちも
「承知した」
「じゃ、長旅の疲れを癒してくれ。おやすみ」
迅はそう言ってミーティングルームを出て行った。