ワールドトリガー ~ I will fight for you ~ 作:ルーチェ
昼食はマーナが
ダイニングテーブルの上に家庭用ホットプレートを置いて、彼女自ら豚玉を焼いてコスケロとラタリコフにもご馳走をする。
貴族の夫人が従属国の兵士に対してもてなしをすることにふたりは驚くが、
コスケロとラタリコフのふたりは身分の差などない自由な世界の一片を見たような気がしたのだった。
午後は自由時間ということでレクスのお気に入りのプールで水遊びをすることになっている。
ポリ塩化ビニールのシートを組み立てたフレームに設置するだけでプールが完成するという手軽な「フレームプール」が1階のピロティーに設置してあり、ここでレクスだけでなくテオやマーナたちも水浴びをするのだ。
サイズは4メートル×3メートル×0.8メートルの大きなものなので大人でも十分に使うことができるため、今日はコスケロとラタリコフも参加しての水遊びとなる。
梅雨もまだ明けていないというのに正午の気温が30度を超える暑さだ。
住む世界や年齢は違っても水遊びは誰にとても楽しいもので、特に
なにしろ水はすべて井戸か河川で汲んで運ぶという手間がかかるため入浴すら滅多にできないことだというのだから、きれいな水を惜しげもなく使うことができるとなればこれ以上の贅沢はない。
なみなみと注がれた冷水に身体を浸し
◆◆◆
河川をせき止めて水を貯めるための構造物を造るよりも優先順位が高いものが他にあるからである。
トリオン兵やトリガーに優先的にトリオンを注ぎ、人間の日常生活に必要なものは後回しというのだから仕方がない。
ダムだけでなく大規模で頑丈なものを造ることはすなわちトリオンを大量に消費することであり、城郭や城のような大規模な構造物でも戦争と直接関係のあるものにはトリオンを大量に注ぎ込むが、人々の暮らしに必要なものであっても王が不要だと判断したものには一切トリオンを使うことはないという始末。
もし
河川にダムや堰を造ることができれば治水や利水に役立つことになり、上水道の整備だけでなく農業用水としても使うことができ、条件が整えば水力発電も可能となる。
人々の生活を豊かなものにすることを優先する指導者が登場すれば、
キオンでは現在の元首であるテスタ・スカルキが
アフトクラトルの場合は次の神と王がどうなるかわからないが、ディルクが国内でも有名なトリガー使いで領民から慕われているという事実がある以上は彼が
ガロプラに関してはガトリンたちが計画している「蜂起」が成功するか否かで大きく変わってくるのだが、迅がダムを見学させたことには別の意味があった。
ダム本体だけでなくそれに付随する各種施設をひと通り見学すると迅たちは三門市への帰途についた。
そして運転をしながら助手席に座っているガトリンに言う。
「あのダムだけでなく
「ああ、それはわかっている」
「実を言うとああいったものは簡単に他所者には見せられないものなんだ。というのも
「それは
「もちろんそれもあるが、それだけじゃない。ツグミはあんたたちがボーダーの敵にはならないと確信しているからだ。もし俺が
「ああ」
「わかっている」
ディルクとゼノンは静かに返事をした。
「一度仲間と認めたものに関しては全力で守るが、それを裏切るようなことをすれば敵とみなして全力で戦う。そういうヤツなんだ、ツグミって人間は」
迅はそう言ってから最後に付け加えた。
「ボーダーにとってあんたたちはアフトに利用された従属国の兵士であり、過去の本部基地襲撃はガロプラという国の意思ではないと判断している。だからボーダーはガロプラに対して報復しようなどという考えはないし、むしろ虐げられている国をアフトから解放させたいと考えているくらいだ。だからこそ俺たちは協力することにして例のモノを渡す段取りを進めている。そして蜂起に成功したとして、そのことでガロプラに対して恩を着せようという気持ちはない。そのことは覚えておいてくれ」
「承知した」
ガトリンは力強く答えた。
彼はボーダーや
もし遠征艇の破壊に成功したならばボーダーはまだC級隊員の救出はできずにいて、ベルティストン家が力を蓄えたままでディルクを生贄にして「神選び」に臨むことになるだろう。
そしてガロプラは特に恩恵を受けることなく、これまでどおりにアフトクラトルによる様々な搾取と不本意な戦闘を強いられる日々が続いたはずなのだ。
それがボーダー…というよりもツグミの機転によって「遠征艇の破壊によって遠征が遅れる」という虚偽の報告をし、ガトリン隊は任務を無事遂行したとして本国に帰還することができたのだった。
ボーダーの遠征艇の一部を物的証拠として示したおかげでハイレインを信じ込ませることができたわけで、仮に破壊に成功したとしてもあの時のガトリン隊のメンバーの中で証拠を持ち帰るというところまで頭が回った者がいたかどうかも怪しい。
そういった点でボーダー・ガロプラの両者にとって最善の結果を得られたのだった。
だからガトリンは
(
イルガーやラービットなど大量にトリオンを使うトリオン兵を作るのは使うためで、持っていることを誇示して敵の戦意を失わせるという使い方はしない。
しかしガトリンは人の手に余るような強大な力を持つ兵器や武器は使わずに敵を屈服させることができるのだという結果を導き出した。
(ボーダーがもし
ツグミの意図は正しくガトリンに伝わっているようだ。
彼女は自分がその場にいなくても迅や忍田が間違いなくやってくれると確信していて、エウクラートンへ発つ前にこれらのシナリオを作っていたのだった。
城戸に認めさせるには少々骨を折ったものの、これまでの彼女の行動と結果を鑑みて城戸も許可を与えるしかなかった。
実際に手配をしてくれる唐沢もツグミの
◆◆◆
迅たちがダム見学から帰って来ると、寮の庭にはバーベキューをするための準備ができていた。
それは食用の牛や豚を育てるために大量の穀物を栽培しなければならず、また育成に時間がかかるためにあまり普及していないのだ。
もっとも貴族や金持ちなら価格が高くても手に入れられるので毎日は無理であっても5日や10日に1回は夕食の食卓にのぼる。
しかし一般庶民には手が出ないので、養鶏で卵を産まなくなった鶏を食肉に転用するか、森で野生の鹿や熊を捕まえることができると煮込み料理にするのが精一杯であった。
だから牛肉やソーセージなどはガトリンたちにとって滅多に口に入らないご馳走で、それが自分で焼いて好きなだけ食べてもかまわないとなれば人生の中で最高の食事となるだろう。
ちょうど市内巡回任務から戻って来たヒュースが合流し、全員揃ったところで「ガトリン隊の歓迎会」が始まった。
ディルクのそばにいてハイレインの魔の手から守るという目的が果たされ、玉狛第2が解散したことでヒュースはボーダーを辞めるつもりでいたのだが、C級隊員の育成とB級隊員のレベルアップを最優先としているボーダーにとって彼は失いたくない「駒」なのである。
少なくとも「神選び」が終了してディルクがアフトクラトルに戻っても大丈夫だというまでは三門市に滞在しなければならず、それまでは玉狛支部の
これはディルクが命じたことなのでヒュースは渋々従っているらしいが、ライバルとなる
ツグミは「赤の他人と仲良くなるには美味しい料理でもてなすのが一番」という考えを持っていて、ヒュースの時も自らポトフを作ってやったり、ゼノン隊の3人にもリクエストを聞いてできる限り要望に応えた。
そのおかげで彼らをボーダーの味方にし、アフトクラトル遠征を無事に終えることができたのだった。
一緒に同じものを食べて感動を共有し、同じ思い出を作って親密さを増していくことにより「兵士」ではなく「個人」として打ち解けて、生まれや育ちが異なっても同じ人間であると知るのである。
どこの国でもそうだが、戦争をしたい人間と実際に戦場で戦う人間は別である場合が多い。
戦争をしたい人間は戦争によって利益を得るからであり、そういった輩は戦場から遠く離れた安全な場所にいて死ぬことはまずない。
しかし兵士として戦う人間が戦争などしたくはなく、家族や友人と一緒に語り合い食事をしてささやかな幸せを満喫したいのだが、階級が下になればなるほど使い捨て感が強くなり、無事に帰還できる確率は非常に低くなる。
この場にいるゼノン隊、ガトリン隊は軍の組織の中で底辺というほどではないが、戦争になれば最前線で戦わなければならない兵士だ。
祖国に忠誠を誓っているといってもその根底にあるのは家族や友人を守るためで、嫌々ながら上の人間の命令に従っているだけなのである。
よって国の壁を取り除いてしまえば気持ちは一緒となり、腹を割って話し合えば争い事など起きようはずもない。
いや…3国間の争いは起きていた。
食べ盛りのヒュースとテオとラタリコフの3人が先を争うようにして肉を焼き、焼けた瞬間にはもう彼らの胃袋に収まってしまうという始末。
だから大量に用意した肉であってもどんどん減っていき、その減る様子を見れば我先にと加速してしまうのは無理もない。
大人組は缶ビールや缶チューハイ片手に優雅に食べているように見えるが、やはり肉メインであるから若者組に負けじとなる。
それをマーナとレクスが冷ややかな目で見ていて、肉と野菜をバランス良く食べていた。
「お母さま、
「そうかもしれないわね。こんなに美味しいお肉なんだからもっとゆっくり味わって食べればいいのに。…ほら、こっちのトウモロコシが焼けたみたい。レクス、食べる?」
「うん。
トウモロコシにかぶりつきながらレクスが子供なのに大人らしい感想を言う。
「みんながあなたみたいに賢い子供じゃなかったのよ。さあ、わたしたちはゆっくりと食事をしましょう」
マーナはそう言いながら優雅な手つきで自分の脇に置いた皿から肉を網の上に載せた。
実は肉の追加分は傷まないように冷蔵庫に保管しているのであり、テーブルの上に置かれている肉がすべてではないことを準備したマーナだけが知っているのである。
◆◆◆
ガロプラの3人にとって有意義な一日が終わろうとしていた。
「隊長、今日はとても充実した時間を過ごすことができました」
そう言うコスケロにガトリンが訊く。
「アフトやキオンの子供たちから学ぶものでもあったのか?」
「はい。ふたりとも良い意味で
「ほう…。おまえがそんなことを言うとはよほどのことがあったらしいな?」
「はい。実は…」
コスケロは一日の出来事を説明した。
それを聞いたガトリンは腕組みをしながら黙って聞いており、話が終わるとしばらく目を瞑って何かを考えているようだった。
そして口を開くとコスケロとラタリコフが想像もしていなかったようなことを言い出した。
「我々は数日の内にボーダーから例の兵器を受け取ったらすぐに帰国し、タイミングを見計らって作戦を決行する。そして上手くアフトの連中を無力化したとしよう。しかし
「その代表者とは…? 心当たりがあるんですか?」
「ああ。適任者ではあるがその人物を口説き落とすのはなかなか難儀しそうだ」
「それはもしかしてツグミのことですか?」
ラタリコフが口を挟んだ。
「彼女なら我々を導くこともできるだろうが、彼女には知恵だけ借りて実際に行動するのは我々でなければならない。これ以上彼女に負担はかけられないからな」
「それなら誰なんですか?」
「いや、今は言えない。本人の承諾を得てない以上はここで名を出すことは控えたい」
「気になりますが隊長がそう考えているのなら我々は従うまでです」
「すまないな。これはすべて俺の独断によるもので、おまえたちはそれに仕方がなく付き合わされたということになっているのだ。今聞いた話も俺の絵空事だと思ってくれ」
ガトリンが誰よりも
だからガトリンが何をしようも信じて共に進む覚悟はあるのだが、万が一の時に部下である自分たちが罪に問われないようにといつも考えていて、隠し事をしている部分もあるために心配の種は尽きない。
しかしいざとなれば全面的に頼ってくれるので、コスケロとラタリコフはガトリンが再び計画を話してくれることを待つことにしたのだった。